To Heart SS

              
恋するメイドロボ







   晴れた朝の ニワトリは
   元気が無いの ゴメンナサイ
   トサカ サカサカ 逆立ちしても
   かなわぬお方に 恋をした



 街で偶然耳にした歌……。
 歌詞の内容とメロディーから、幼い子供向けの歌だと推測できます。
 わたしはメイドロボです。
 わたしは人間ではありません。
 ですから、わたしにとって、
歌とはただの言葉と音律の組み合わせでしかありません。

 だけど、何故か、この歌はわたしの記憶回路に焼きつきました。

 とても強く……強く……。

 とても深く……深く……。





   屋根の上に 呼びかける
   わたしはここよ ここ ここよ
   だけどあの人 こっちを見ても
   すぐに向きをかえる くるくると



 バス停でマルチさんを待っていると、
時間より少しだけ遅れて、マルチさんはやってきました。

 また、あの人と一緒に……。

 ……うれしい。
 今日も、あの人とお話をすることができます。
 あの人は、他の人とは違います。
 あの人は、わたしをメイドロボとしてではなく、
一人の女の子として接してくれます。


 もっと、あなたとお話がしたい。
 もっと、あなたに見ていてもらいたい。
 もっと、あなたと一緒にいたい。


 あの人に会うたびに、そんな思いが募っていく。

 でも、あの人はすぐにマルチさんの方を向いてしまいます。
 あの人の心は、マルチさんの方を向いています。



 お願いです。
 わたしの方を向いてください。

 ほんの少しでいいんです。
 わたしだけを見てください。





   あの人立派な 風見鶏
   わたしは ちいさい ニワトリよ
   貝殻食べても 鉄にはなれず
   貝殻はじける 胸の中



 あの人は、わたしを作った人間……。
 わたしは、人間の方々に作られたメイドロボ……。

 もし、わたしが人間なら、あの人はもっとわたしを見てくれるでしょうか?
 もし、わたしにマルチさんのような『心』があったら、
もっとわたしとお話をしてくれるでしょうか?

 でも、どうしたら良いのでしょう?

 試しに、わたしは人間の皆様の真似をしてみることにしました。
 それは、食物の摂取です。


 しかしそれは徒労に終わりました。

 確かに、わたしには味覚があります。
 ですが、それはお料理を作る時に味見をする為のものでしかないのです。
 データ内にある調理法の、調味料の比率を感知する為だけのものなのです。
 わたしが塩や砂糖を舐めて『しょっぱい』『甘い』と感じるのは、
それがデータとして記憶されているからで、
わたし自身が感じているわけではないのです。


 ……おかしい。

 今になって、わたしは思う。

 何故、わたしはこんな無意味な事をしたのでしょう。
 いつものわたしなら、こんな事は実行に移す前に予測できるはずなのに。
 いえ、そもそも、こんな事を考えることなど無かったはずです。


 わたしには、バグがあるのでしょうか?

 わたしの回路は、おかしくなってしまった。

 そう……あの人に出会ってから……。






   旅に出るのは ツバメたち
   お化粧するのは ジュウシマツ
   庭にわニワトリ 思いを込めて
   ひとりでタマゴを 産みました



 マルチさんは、あの人のところへ行きました。
 今までお世話になったご恩返しをするそうです。

 そして、わたしは研究所にいます。

 本当は、わたしもマルチさんと一緒に行きたかった。
 少しでも、あの人と過ごす時間を増やしたかった。

 でも、結局、わたしは残りました。
 何故なら、あの人が見ているのはマルチさんだから。
 あの人の心は、わたしではなくマルチさんに向いているのだから。








 ついに、わたしが眠りにつく時がやってきました。
 あの人との思い出は、わたしの記憶回路の最も大切な部分に保存されています。
 わたしはこの記憶を、これから生まれてくるわたしの妹達に残していこうと思います。



 わたしはメイドロボです。
 ニワトリではありません。
 ですから、ひとりでタマゴは産めません。
 でも、わたしには、妹達がいます。
 だから、わたしは、あの人への思いを妹達に伝えます。


 妹達も、わたしのようにあの人を好きになってくれるように……。
 妹達も、わたしのように誰かを好きになってくれるように……。







 ――『好き』。
 ――あの人が『好き』。


 そう……わたしは理解したのです。
 どうしても理解できなかったあの歌の最後の歌詞の意味を。











 ――藤田 浩之さん。
 ――わたしは、あなたを愛しています。











   ココ コココ ココ ココ
   コココ 恋は 恋は 恋

   ココ コココ ココ ココ
   コココ 恋は 恋は 恋

   ココ コココ ココ ココ
   コココ 恋は 恋は 恋



   恋は 恋は 恋……








<おわり>
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 歌詞:谷山 浩子『恋するニワトリ』より引用