雫 SS

      
恋と電波とさおりんと







 放課後――

 僕と沙織ちゃんは学校の屋上に来ていた。

 別に理由なんか無い。
 ただ、二人きりになりたかっただけ。

 珍しく、今日は瑠璃子さんはいなかったから、
望み通り、二人きりになることができた。

 フェンスを背にして腰掛け、二人寄り添って西の空に沈む夕日を見つめる。

 沙織ちゃん、今日は静かだな、と思っていると、
ふいに僕に話しかけてきた。

「……ねえ、祐クン」

「なに? 沙織ちゃん」

「あたしに、電波使ってみて」

 あまりに唐突な沙織ちゃんの言葉に、僕は自分の耳を疑った。

「ええ? で、でも、沙織ちゃん、電波は嫌いなんでしょ?」

「いいから」

 沙織ちゃんは、僕の目をジッと見つめて言う。
 その表情は、とても真剣だった。

 何か、理由があるのかな?

「……じゃあ、いくよ」

 仕方なく、僕は沙織ちゃんに電波を送る。
 軽く、ほんの少しだけ……。


 
ちりちりちりちり……


「んっ!」

 僕が送った電波に、沙織ちゃんはギュッと目を閉じて堪える。

「ご、ごめんっ! 大丈夫?」

「……うん、ちょっとビックリしただけだから。
……でも、やっぱり平気だったよ」

「やっぱりって……どういうこと?」

「月島さんの電波はイヤだけど……でも、祐クンの電波なら平気。
だって、すごく優しい感じがするもん」

「……わかるの?」

「うん……なんとなくだけど」

「そっか……じゃあ、こんなのはどう?」


 
ちりちり、ちりり……


「……あ」

「どう?」

 僕が電波を送ると沙織ちゃんは僕の肩に寄りかかってくる。

「なんか、今のはすっごくあったかくて幸せな気持ちになれたよ。
……今のどんな電波を使ったの?」

「……僕の気持ち」

「え?」

「……『沙織ちゃん、大好きだよ』っていう僕の気持ち」

「……祐クン……嬉しい」

 僕の胸に甘えかかる沙織ちゃん。

 そんな沙織ちゃんの髪を撫でながら、
僕は気になったことを訊ねる。

「……ねえ、沙織ちゃん」

「なぁに?」

「どうして、急にあんなこと言ったの?」

 僕の言葉に、沙織ちゃんの表情がちょっと曇る。

「……祐クン、いつも瑠璃子ちゃんと電波でお話してるでしょ?」

「う、うん……」

「ちょっと羨ましいかなって思って」

 ……そっか。
 僕は特に気にしないで電波を使って瑠璃子さんと話していたけど、
そうすることで沙織ちゃんに寂しい思いをさせていたんだ。

「……ごめん」

 素直に謝る僕に、沙織ちゃんは首を横に振る。

「ううん、いいの。だって、もう祐クンの電波は平気だってわかったから」

「沙織ちゃん……」

 優しいんだね、沙織ちゃんは。

「でも……あたしも電波が使えたら良かったな。
そしたら、祐クンと電波でお話できるのに」

「……こんな力は、無い方がいいんだよ」

「どうして?」

「どうしても」

 そう……こんな力は必要無いんだ。
 狂気の扉を開く鍵になるかもしれないのだから。

 それに……、

「僕と沙織ちゃんとの間に、電波はいらないよ」

「……え?」

「僕は沙織ちゃんには言葉を使って話したい。
言葉を使って、自分の気持ちをハッキリと伝えたい。
自分の正直な気持ちを……キミに伝えたい」

 それは、電波を使うよりもずっと難しいことだと思う。
 言葉だけでは伝えられない思いもあるだろうから。

 それでも、沙織ちゃんにだけは、自分の言葉を使って伝えたい。
 言葉を使って伝えられるようになりたい。
 僕は、そんな男になりたい。
 沙織ちゃんの為に……。

「……じゃあ、今度は、ちゃんと言葉で伝えて……祐クンの気持ち」

「うん……」

 僕は頷き、沙織ちゃんの瞳を見つめた。

 綺麗な瞳……。
 元気で、明るくて、可愛い沙織ちゃんの瞳……。
 僕の大切な沙織ちゃんの瞳……。

 その瞳が、今、僕だけを見つめている。

 嬉しい……。
 すごく嬉しい……。

 沙織ちゃんは僕にたくさんの素晴らしいものを与えてくれる。
 そんな沙織ちゃんの気持ちに、僕は応えたい。

 明るい沙織ちゃん……。
 元気な沙織ちゃん……。
 泣き虫な沙織ちゃん……。
 怖がりな沙織ちゃん……。

 そんな沙織ちゃんが、たまらなく愛しい……。

「……沙織ちゃん、大好きだよ」

 僕の言葉に、沙織ちゃんの瞳にうっすらと涙が浮かぶ。

「……あたしも、大好きだよ」

 僕は沙織ちゃんの涙をそっと指で拭う。

 沙織ちゃんが瞳を閉じる。

 僕は、ゆっくりを顔を近付けていく。





 そして……、








<おわり>
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