痕 SS
エルクゥが笑う時
「おおー。今年のペナントレースはドラサンズの優勝かー」
リビングのソファーでつくろぎながら、俺は新聞のスポーツ欄に目を走らせている。
「やっぱ、あの開幕していきなりの11連勝がきいてるのかねー」
などと、一人呟いていると、台所からあかりが現れた。
手にした御盆には、お茶がのっている。
「あれ? 浩之ちゃんって、プロ野球に興味あったんだ。
わたし、全然知らなかったよ」
そう言うあかりの表情を見ると、、少しショックを受けているようだ。
コイツは『藤田浩之研究家』を自称してるからな、
大方「そんな事も知らなかったなんて」って思っているに違いない。
……ったく、しょーがねーなー。
俺は、あかりの頭にポンッと手を置いた。
「別に興味があるわけじゃねーよ。
ただ、一応、世の中の話題についていけるようにしとかなきゃな、って程度のことだ」
「なーんだ。そうだったんだ。ビックリしちゃった」
「ったく、驚くほどのことかよ」
俺はあかりの淹れたお茶をずずっと啜った。
あかりも俺の隣に腰掛け、お茶を啜る。
「来年は、どこのチームが優勝するんだろうね?」
と、唐突にあかりがそんな事を言ってきた。
「おいおい……まだ日本シリーズだって終わってないのに、
もう来年の話かよ」
「ヘ、ヘンかな?」
「別に変じゃねーけどよ。どうせするならもうちょっとマシな話題にしろよな」
「う……ご、ごめん」
シュンとうなだれるあかり。
ったく、もっと気の利いた話は出来ないもんかねー。
ま、志保じゃあるまいし、あかりにそんな事を求めること自体ムリな話か。
「じゃ、じゃあ……」
うなだれていたあかりがパッと顔を上げた。
おっ、何かネタを思いついたか?
よし、聞いてやろうじゃねーか。
「あ、あのね……来年のわたし達はどうしてるのかな?」
と、そう言って、あかりは顔を赤くしてうつむいてしまった。
だぁぁぁぁーーーーーっ!!
照れるくらいなら、最初から言うなっ!
こっちまで、何だか恥ずかしくなってきちまったじゃねーか!
ったく、何でコイツはこうも恥ずかしいことを言えるんだ?
「ま、まあ……何も変わってねーんじゃねーか」
照れ隠しに頬をポリポリと掻きながら答える俺。
「そ、そうかな。わたし達、来年にはもう卒業してるんだよ。
やっぱり、色々と変わる事はあると思うよ」
「そっか……そうだよな……」
来年には、俺達、高校卒業してるんだよな。
そうだな、あかりの言うとおりだ。
俺達は変わって行くんだ。
少しずつ……少しずつ……。
自分では、気が付かないうちに。
俺達も、そして周りのみんなも、全て変わって行くんだ。
その時、俺は何をしているんだろう?
俺はどんな道を歩み始めているんだろう?
全く想像もつかねーな。
……でも、
「絶対に変わらないこともあるぞ」
「え?」
俺の言葉にキョトンとするあかり。
俺はそんなあかりの肩に腕を回し、グイッと抱き寄せた。
「それは、俺の隣にはお前がいるって事だよ」
「……浩之ちゃん」
あかりは瞳を閉じて、俺に体を預けてくる。
「な? そうだろ?」
「うん……わたし、ずっと浩之ちゃんの隣にいるよ」
身を寄せ合って、俺達は互いのぬくもりを確かめ合う。
そう……俺達はずっと一緒だ。
それだけは、絶対に変わらない。
「……フフ……何だかおかしいね?
わたし達、何でこんな話してるんだろうね?」
「何でって、そもそもお前が言い出したんじゃねーか。
来年はどーのこーのってよ」
「フフ……そうだったね。
……そういえば、来年の話をすると何が笑うっていうんだっけ?」
「あ? ことわざはレミィの得意分野だからなー。
うーん……何だったかなー……」
一方、その頃、隆山の柏木家では……、
「あははははははっ! わ、笑いが止まらないよー!」
初音はお腹を抱えて笑っている。笑い方も可愛らしい。
「こ、こりゃどうなって……ぶっ、ぶぁーはっはっはっ!」
耕一は大声で笑い転げている。品が無い。
「…………」
楓はうずくまって肩を震わせている。笑っていても静かな子だ。
「ち、千鶴姉っ! また、料理の中に変なキノコ入れたん……ぎゃははははははははっ!」
梓は床をドンドンと叩いている。女の子なんだから、もう少し恥じらいを持て。
「ふふふ……わ、私……そんなこと、して……ふ、うふふふふふふ……」
千鶴は耕一の前だから必死で上品ぶった笑い方を保っている。うーん、偽善者だ。
何故か、一同は理由も無く大笑いしていた。
「……あ、思い出した。確か、『来年の話をすると鬼が笑う』だ」
『鬼』か……。
もしかして、耕一さん達、今頃、笑ってたりしてな……。
<おわり>
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