オフ会――

 それは、ネット内で知り合った者同士が、
リアルで直接、顔を合わせる為のイベントである。

 今回、そのオフ会の企画立案者である彼女は……、
 『速水 晶良』は、待ち合わせ場所である駅前へとやって来ていた。

 待ち合わせの相手は、ネットゲーム『THE WORLD』で知り合った仲間達――

 そして――
 そのゲームの中での、彼女の名前は『ブラックローズ』――

 ――そう。
 彼女こそが……、

 .hackersのオリジナルメンバーであり……、
 あの勇者『カイト』のパートナーである……、

 ――あの『ブラックローズ』であった。





.hack SS

二度目の出会い





「はあ〜……」

 駅前広場の中心に有る噴水――

 オフ会の待ち合わせ場所である、
その噴水前のベンに腰を降ろし、晶良は大きく溜息をついた。

 チラリと腕時計を見れば、
時計の針は、もう約束の時間である11時を示している。

 しかし、周囲を見回しても、.hackersのメンバーらしき人影は見えない。

「やっぱり、ちゃんと目印を決めておくべきだったかな〜?」

 目的の人物が、一向に現れない事で、晶良は、自分の無計画さを悔やんだ。

 ネット内だけの知り合いである以上、当然、本人の外見は分からない。
 だから、本来、こういったオフ会の場合、分かり易い目印を用意するものなのだ。

 しかし……、
 晶良は、敢えて、それを決めなかった。

 何故か、というと……、



「一目見れば、相手がカイトだって分かる自信、あったんだけどな……」



 ……とまあ、そういうわけである。

 実は、カイトにだけは、待ち合わせ時間を、一時間早く伝えてあるのだ。

 ゲームの中の事とはいえ……、
 自分にとって、大切なパートナーであるカイト……、

 例え、目印など無くても、本人を見れば、
絶対に分かると信じて、彼女は待ち合わせ時間を、他のメンバーとはズラしたのである。

 だが、その考えは甘かったようだ。
 約束の時間になっても、カイトらしき人物は現れない。

 いや、もしかしたら……、
 実は、もう来ているのだが、自分が気付いていないだけなのかもしれない。

『あたし、アンタのこと好きかも……』

 半分、冗談混じりだったとは言え……、
 生まれて初めて、あんな恥ずかしい事が言えた相手なのに……、

 ……そう考えると、無性に自分が情けなかった。

 そして……、
 それ以上に、悲しかった。

 カイトは、自分を見つけてくれないのか、と……、
 二人の絆は、所詮、ゲームの中のものでしかなかったのか、と……、

「もしかして、あたしのイメージとは、全然違ってたりして……」

 不安のあまり、脳裏に、そんな疑問が浮かんでくる。
 なにせ、ネットの世界では、そういう事は別に珍しいことではないのだ。

 例えば、彼女の仲間の中で、一番良い例がミストラルである。
 『黄昏事件』中に本人から聞いたのだが、なんと、彼女は子持ちの人妻だったのだ。

 故に、カイトも、それと同じ様に……、
 実は、中学生のフリをした中年のおっさんなのかもしれない。

 まあ、彼の言動や行動からして、その可能性は無いに等しいくらいに低いのだが……、

 それに、オルカ曰く……、
 カイトのPCは、リアルの本人に良く似ている、とのこと……、

 あの堅物のバルムンクの相棒が言う事だ。
 その言葉に、嘘は無いだろう。

「あいつに限って、時間に遅れるって事は無いだろうし……」

 そう呟いて、晶良は、もう一度、時計を見る。
 当然の事だが、約束の時間は、すてに過ぎていた。

「こんな事なら、カズも一緒に連れて来れば良かったかな〜」

 顔も分からない相手を、延々と一人で待ち続けるは、結構、つらいものがある。

 どうしても、一人でカイトと会いたかった彼女は、
一緒に連れて行いけ、とねだる弟の文和を、半ば無理矢理置いて来たのだが……、

 徐々に膨れ上がってくる不安に、晶良は、ついつい、そんな弱音を吐いてしまう。

 そして……、
 とうとう、それがキッカケとなった。

「しゃ〜ない……メールしよ」

 元より、ジッと待ち続けるなんて、彼女の性分ではない。

 すぐさま、前向きに気持ちを切り替えると、
晶良は、メールでカイトに連絡をつけようと、携帯電話を取り出した。

 と、そこへ……、



「――お待たせ」

「どわぁぁぁぁぁーーーーーっ!!」



 いきなり、頬に当てられた冷たい感触に、彼女は大声を上げる。
 相変わらず、年頃の女の子らしくない悲鳴である。

「ゴメンゴメン……ビックリした?」

「あったりまえでしょっ! いきなり、何すんのよ、アンタはっ!!」

 先程の冷たい感触の正体はそれなのだろう……、

 いつの間にか、自分の傍に立つ……、
 人の良さそうな笑みを浮かべ、両手に缶ジュースを持った少年を、晶良は睨みつけた。

「遅れたお詫びのつもりだったんだけど……」

「人を驚かせといて、よくそんな事が言えるわね?
だいたい、人違いだったら、どうするつもりだったのよ?」

「あ、そういえば……」

 そう言って、晶良は、少年の手から、缶ジュースを奪い取る。
 そして、そんな晶良の言葉に、少年はポンッと手を叩くと……、



「もしかしなくても……ブラックローズだよね?」

「リアルでも、その間抜けっぷりは変わらないみたいね……カイト」



 まるで、旧知の仲ように……、
 まあ、事実、それに近い間柄なのだが……、

 二人は、ごく自然に、パンッと軽くハイタッチを交わす。

 それと同時に……、
 いや、彼を見た瞬間に……、

 何処か頼りなくて……、
 でも、何故か安心させられる……、

 そんな……、
 ちょっとノンキな声を耳にした瞬間に……、

 ……晶良は、確信した。





 目の前にいる彼が――
 自分の相棒である『カイト』だ、と――





「どうして……あたしだ、って分かったわけ?」

「う〜ん、何でだろう? まあ、何となく……かな?」

「ふ〜ん……じゃあ、遅刻した理由は?」

「――うっ」(汗)

 ベンチに腰掛け、ジュースを飲みながら語り合う二人。
 だが、早速、遅刻した原因の糾弾が始まり、少年は言葉を詰まらせる。

「別に気にしなくて良いわよ。ただ、アンタが遅刻するなんて珍しいな、思ってね」

「実は……本当は、ヤスヒコと一緒に来るつもりだったんだ」

「――オルカと?」

「うん……それで、あいつに約束の時間の確認をしたんだけど、なんか時間がズレててさ」

「そ、そう……それで?」(汗)

「連絡ミスかな、って思って、昨日、ミストラルにも確認したんだ。
そしたら、待ち合わせは12時だって言うから、そのつもりでいたんだけど……」

「……けど?」

「今朝になって、いきなり、ミストラルから、
『ブラックローズに言われた通り、11時に行け』ってメールがあってさ……」

「それで……慌てて来たわけだ?」

「うん……ゴメンね、待たせちゃって」

「いや、アンタは悪くないわよ……紛らわしい真似したあたしが悪いんだし……」

 申し訳なさそうに、ポリポリと頬を掻く少年。
 そんな彼の話を聞き、晶良は、気にするなと手を振って答える。

 だが、内心では、『あちゃ〜』と頭を抱えていた。

 ――見抜かれた。
 ――絶対に見抜かれた。

 さすが、人妻……、
 伊達に歳はとってないってわけか。

 はあ〜……、
 こりゃ、オフ会が始まったら、真っ先にからかわれるわね。

 と、ミストラル本人が聞いたら怒り出しそうな事を考えつつ……、

 晶良は、未だに遅刻した事を気にしている少年を気遣い、サッサと話題を変えることにする。
 このへんは、やっぱりお姉さん、といったところか……、

「ミストラルって言えば……赤ちゃんはどうするのかしら?」

「未玲ちゃん? 連れて来るって言ってたよ」

「へぇ〜、未玲ちゃんって言うんだ? なんだか、楽しみ〜」

「そうだね……ところでさ、ブラックローズ? 僕からも、一つ訊いていいかな?」

「あん? 何よ?」

「名前だよ……まだ、本名を聞いてないし」

「あ、そっか! あたしも、アンタの名前、まだ聞いてない!」

 そう言って、二人は思わず笑い出す。
 お互い、まだ名前も知らないのに、親しく話をしていたのだ。

「それじゃあ、改めて、自己紹介ということで……」

「あたしは『速水 晶良』よ……アンタは?」

 真っ先に、自分から名乗り、晶良は手を差し出す。

 その手を握り返しながら……、
 カイトという、もう一つの名を持つ少年は……、
















「僕の名前は――」








<おわり>
<戻る>








 おまけ――



 一方、『THE WORLD』では――


「シクシク……カイトの浮気者……」

「こうなったら、次こそは墜としてみせるわ!
ちょうど、CC社にも妖しい動きがあるみたいだし、それを利用して……」

「よし……例え、ブラックローズがいても、兄妹なら敵じゃないわ」

「そうね、既成事実も必要ね……、
だったら、子供も用意しましょう。リコリスを……」

「うふ、うふふ、うふふふふふふ……♪」





 何やら……、
 アウラが、企てていたそうな……、(爆)





<おしまい>