.hack SS

       
最高のパートナー







 ある日のこと――
 ブラックローズは、ちょっと不機嫌だった――





「な〜んか、最近、カイトからの呼び出しが少ないのよねぇ〜」

 Δサーバーのルートタウン――
 水の都『マク・アヌ』――

 その街の中央にある大きな橋の上で、
ブラックローズは、目の前を次々と横切っていくPC達を、ボンヤリと眺めていた。

「ったく、カイトの奴……、
冒険する時は、必ずあたしを呼べって言ったじゃない……」

 自分をパーティーに加えようとしているのか……、
 たまに話し掛けてくるPCの誘いを断りつつ、彼女はポツリと呟く。

 もちろん、独り言のつもりなので、他のPCに聞かれないように、
ボイスチャットの設定は、トークモードからパーティーモードに変えている。

 初心者だったブラックローズも、そのくらいの芸当が出来るくらいには、
このゲーム『ザ・ワールド』には慣れていた。

「仕方ない……レベル上げでもしておきますか」

 イチイチ話し掛けてくる他のPCが鬱陶しかったので、
ブラックローズは、その場を離れると、充ても無く、ブラブラと街を歩く。

 そして、カオスゲートの前で足を止めると、そう言って、大きく溜息をついた。

「さて、と……どのエリアに行こうかしら?」

 エリアワードをランダムに選択し、向かう場所を吟味するブラックローズ。

 だが、何やら考え直すと、
彼女は、エリア選択を中断し、カオスゲートから一歩離れた。

 そして……、

「よく考えたら、あたし一人じゃ効率が悪いわよねぇ〜」

 と、呟きつつ、ブラックローズはメンバーアドレスのリストを開く。

 なにせ、彼女の職業は重剣士だ。
 攻撃力・防御力は高いが、その分、隙も多く、複数の敵に囲まれるのに弱い。

 だから、冒険に出るなら、最低でも一人くらいは仲間が欲しいところだ。
 例えば、スピードのある双剣士のような……、

「カイトは……やっぱり、応答無し、か」

 一応、カイトと連絡を試みるブラックローズ。
 しかし、案の定、カイトからの応答は無く、彼女は肩を落とす。

「はあ〜、しゃ〜ない……ミストラルでも呼ぼうかな」

「――呼んだ?」

「うどわっ!?」

 突然、背後から声を掛けられたブラックローズは、
年頃の女の子らしくない悲鳴を上げつつ、その場から飛び退く。

 そして、慌てて、声がした方を見ると、
そこには、相変わらずの能天気な笑みを浮かべたミストラルの姿があった。

「ミ、ミストラルっ!? あんた、いつからそこにっ!?」

「ん〜? 今、ちょうどログインしたところだよ〜」

「もう、いるならいるって言ってよね〜……心臓バクバク……」

「あははー、めんごめんご♪」
 
 胸に手を当てて、脱力するブラックローズに、お気楽口調で謝るミストラル。

 そして、キョロキョロと周囲を見回すと、
彼女は可愛らしく小首を傾げ、ブラックローズに訊ねた。

「あれ〜? ねえねえ、カイトは〜?」

「カイト〜? 今日は、あたし一人だけよ」

 ミストラルの口からカイトの名前が出た途端、一気に不機嫌になるブラックローズ。

 そんな彼女の様子に、何かピーンとくるものがあったのか……、
 ミストラルは、ちょっと意地悪な笑みを浮かべて、ブラックローズに耳打ちした。

「カイトが一緒じゃないと、寂しいよね〜♪」

「――んなっ!?」

「なんか元気無いな〜、って思ってたら、そういう事だったんだ〜♪」

「な、ななな、何をバカなこと言ってるのよっ!!」

 ミストラルに図星を突かれ、思い切り狼狽するブラックローズ。
 そして、彼女の言葉を必死で否定しようと、勢い良く剣を振り回し始める。

「ほらほらっ! あたしは、こ〜んなに元気が有り余ってるわよ!
ちょうど、今から、レベル上げに行くところだったし……」

「この間、新しい装備をカイトに貰ったばっかりだしね〜♪」

「――あうっ!」

「私、知ってるんだよ〜♪ ブラックローズって、カイトに貰った古い装備、
ぜ〜んぶ、売らずに取っておいてあるんだよね〜♪」

「――あうあうっ!」

 ブラックローズの誤魔化しをサラリとかわし……、 
 ミストラルは、次々と攻撃を繰り出し、ブラックローズを仰け反らせる。

 そして、最後のトドメとばかりに――

「それで? 前に手に入れたレアな双剣は、いつ、カイトに渡すのかな〜?」

「ち〜〜〜が〜〜〜う〜〜〜の〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

 今まで秘密にしていた事をアッサリと見破られ、
半ば半狂乱の声を上げながら、その場をのたうち回るブラックローズ。

 カオスゲート前といえば、タウンで最も人の行き来が多い場所である。

 そんな場所で、いきなり暴れ始め、道行くPC達の視線を集めまくっているが、
今の彼女に、そんなことを気にする余裕は無かった。

 今のブラックローズに出来ることは……、
 ただ、ひたすら、照れ隠しの言い訳を並べ立てるのみ……、

「あ、あれは、店に売っちゃうよりも、カイトが使った方が有意義かな、って思っただけで、
別に、それ以上の意味なんて、これっぽっちも無いんだからっ!
それに、よく考えたら、別に渡す相手はカイトじゃなくても良いのよねっ!
双剣士だったら、他にも、なつめとか月長石とかいるわけだしっ!
そうよっ! 別にカイトじゃなくたって――」

「――僕がどうかしたの?」


「どああああああーーーーっ!?」


 再び、背後から声を掛けられ、悲鳴を上げるブラックローズ。
 その声の大きさは、先程、ミストラルに声を掛けられた時の、軽く三倍はあっただろう。

 なにせ、そこにいたのは……、

「カ、カカカカ、カイトッ!?」

 ――そう。
 突如、現れたのは、彼女の相棒であるカイトだったのだ。

「どうしたの、ブラックローズ? そんなに慌てて……?」

「あうあうあうあう……」(大汗)

 自分の姿を見て、取り乱しまくっているブラックローズに、
カイトはキョトンとした顔で首を傾げる。

 しかし、ブラックローズは、一向に落ち着きを取り戻す気配は無く……、
 今の彼女には、何を訊いても無駄だ、と悟ったカイトは、傍にいたミストラルに視線を向けた。 

「やっほ〜、カイト♪」

「こんにちは、ミストラル……ねえ、何かあったの?」

 挨拶もそこそこに、カイトはブラックローズの件をミストラルに訊ねる。
 すると、ミストラルは、ぷぷぷっと微笑むと……、

「ブラックローズはね〜……カイトに大事な用事があるんだよ〜」

「……大事な用事?」

 ミストラルの言葉に、ブラックローズに視線を戻すカイト。
 そして、ブラックローズもまた、ミストラルに促され、カイトの前に立つ。

「ブラックローズ、用事って何?
もしかして、また何か、新しい情報でも入ったの?」

 と、真剣な顔で訊ねるカイト。

 意識不明となった親友のオルカを救う為、このゲームの謎を追うカイト――

 そんな、真面目な彼らしい言葉ではあるが、
傍から見れば朴念仁としか言いようが無いセリフである。

 まあ、それはともかく……、

「えっと、その……そんな大した事じゃないんだけど……」

 カイトの真剣な顔に、一瞬、ドキッとしつつ……、
 どうやって話を切り出そうかと、言葉を濁すブラックローズ。

「――?」

 そんなブラックローズを不思議に思ったのか……、
 カイトは、怪訝そうな表情を浮かべると、ブラックローズの顔を覗き込む。 

「どうしたの? なんか、今日のブラックローズ、変だよ?」

「あ……」(ポッ☆)

 間近に迫ったカイトの顔に、思わず顔が赤くなる。

 そんな自分に気が付き、ブンブンッと頭を振って正気に戻ると、
ブラックローズは、意を決して、カイトにプレゼントを渡そうと道具袋に手を突っ込んだ。

 と、その時―― 



「そうですね……ブラックローズさんらしくありませんよね」

「――っ!?」



 突然、カイトの後ろから、ヒョッコリと姿を現すなつめ。
 それを見た途端、ブラックローズの顔が引きつり、ミストラルは「あちゃ〜」と顔に手を当てた。

「カイト……なつめと一緒にいたんだ?」

「うん、今日は、なつめと約束してたんだよ」

 顔を伏せ、プルプルと肩を振るわせながら訊ねるブラックローズに、あっけらかんと答えるカイト。

 そんな能天気なカイトの口調に、
今度は声まで振るわせながら、彼女は言葉を続ける。

「ふ〜ん……つまり、相棒のあたしを放ったらかしにして、
なつめと一緒に楽しくやってたわけだ?」

「楽しむどころじゃないよ……、
ウイルスバグが出て、凄く大変だったんだから」

「はい、カイトさんがいなかったら、やられちゃうところでした」

 『ねぇ?』と目で同意を求められ、カイトの言葉に頷くなつめ。

 そんな二人の、仲良さげなやり取りが決め手となったのであろう……、
 ブラックローズは、くわっと勢い良く顔を上げると、大きく腕を振り被り……、





「カイトの……、
カイトのばかぁぁぁぁーーーっ!!」



 
バキィィィィーーーーッ!!


「――ぐはっ!!」





 強烈な属性クリティカルをカイトに叩き込み、走り去って行くブラックローズ。
 カイトは、そんな彼女を、呆然と見送ることしか出来ない。

「何なんだよ……わけわかんないよ」

 何故、いきなり殴られたのか……、
 その理由が分からず、カイトは、吐き捨てるように、そう呟く。

 と、そんなカイトに――



「カイト……早く彼女を追いなさい」

「――えっ?」



 普段のお気楽なものとは違う、真剣な口調で……、
 ミストラルは、ブラックローズが去って行った方角を、杖で指し示した。

「ミ、ミストラル……?」

 いきなり、ガラッと雰囲気が変わったミストラルに、面食らうカイト。
 その様子を見て、もう一度、ミストラルは一喝する。


「サッサと行きなさいっ!!」

「――は、はいっ!」


 ミストラルに怒鳴られ、カイトはビシッと身を強張らせる。

「そ、それじゃあ、なつめ、今日はありがとうっ! またねっ!」

 そして、なつめにそう言い残すと、
ブラックローズが去って行った方へと、逃げるように駆けて行った。

「まったく、二人とも、ホントに子供なんだから……」

 走って行くカイトの後姿を見送りつつ、やれやれと肩を竦めるミストラル。

「…………」

 すっかり、置いて行かれた恰好で、それらの一部始終を、黙って見ていたなつめ。
 そして、ちょっと感心したように……

「ミストラルって……大人なんですね」

「え〜? ミーちゃん、わかんな〜い♪」

 なつめの言葉に、再び、コロッと態度を変えて、ブリッコ口調に戻るミストラル。

 そんなミストラルに、なつめは、
一瞬、疑惑の眼差しを向けるが、すぐに、カイト達が去って行った方へと視線を戻すと――

「どうして……カイトさんがお礼を言うんですか?」

 ――と、何処か寂しそうに呟くのだった。
















 街の片隅に有る小さな橋の下――

 カイトが、川辺で膝を抱えて座り込んだブラックローズの姿を見つけたのは、
そんな人気の無い場所であった。

「ブラックローズ……」

「なによ……あたしのことは放っておいてっ!」

 ブラックローズは、一瞬、カイトにチラッと目を向けたが、
またすぐに、プイッとそっぽを向くと、突き放つように声を張り上げる。

「ねえ……何を、そんなに怒ってるの?」

「うるさいわねぇっ! 放っておいてって言ってるでしょうっ!
あんたなんか、なつめとよろしくやってれば良いじゃないっ!!」

「…………」

 まったく取り付く島の無いブラックローズの態度に、困り果てるカイト。

 そして、何を思ったのか……、
 道具袋をゴソゴソと漁り始めると、ひと振りの大剣を取り出した。

「――はい、これ」

 その大剣を、ブラックローズに差し出すカイト。
 だが、それを一瞥した彼女は、さらに不機嫌になってしまう。

「何よっ! そんな物でご機嫌でも取ろうって――」

「これ……なつめが教えてくれたエリアのアイテム神像にあったんだよ」

「……えっ?」

 カイトの言葉に驚き、目を見開くブラックローズ。
 そんな彼女に構わず、カイトは話を続ける。

「重剣士用のレアな武器がある、っていうエリアを、なつめが教えてくれてさ……、
今日は、それを取りに行ってたんだよ」

「……あたしの為に?」

「そうだよ……はい、受け取ってくれるよね?」

「うん……ありがとう、カイト」

 もう一度、大剣を差し出すカイト。
 ブラックローズは、今度は、それをしっかりと受け取った。

「さっき、僕からも言っておいたけど……、
今度、なつめに会ったら、ちゃんとお礼を言わなきゃね」

 やっと、彼女が機嫌を直したことに安堵の溜息をつきつつ、カイトが言う。
 その言葉が可笑しくて、ブラックローズはクスッと微笑んだ。

「変なの……カイトが礼を言う必要は無いんじゃない?」

「そんなことないと思うけど……、
だって、ブラックローズは僕のパートナーだろう?」

「あ……」

 言った本人に深い意味は無かっただろう……、

 彼女にも、それはよく分かっていたが、それでも、カイトが自分を、
パートナーと言ってくれたことが嬉しく、ブラックローズは顔をほころばせる。

「ねえ、カイト……、
あたしは、これからも、あんたの相棒やってて良いんだよね?」

「何言ってるんだよ、そのなの当たり前だろう?」

 訊ねるブラックローズに、さも当然といった口調で答えるカイト。

「僕一人じゃ、とっくの昔に諦めていたかもしれない……、
今まで頑張って来れたのは、ブラックローズが、僕の背中を引っ叩いてくれたからだよ」

「カイト……」

「だから……これからも、よろしく頼むよ」

「しょうがないわねぇ〜……、
あんたって、頼りないから、もうちょっとだけ面倒見てあげるわ」

 スッと、差し出されるカイトの手……、
 ブラックローズは、その手を、照れクサそうに握る。

「あははは……」

「えへへへ……」

 今更、こんなことをしている自分達が、
妙に可笑しく、どちらからともなく二人は笑い出す。

 そして、少し名残惜しげに、握っていた手を離すと、カイトは話を切り出した。

「ねえ、ブラックローズ……今日は、まだ時間ある?」

「うん? そうね……まだ大丈夫よ」

「じゃあ、一緒にレベル上げにでも行かない?
僕達、もっともっと強くならなきゃ……」

「はいはい……」

 さっきまでの雰囲気は何処へやら……、
 左腕にある腕を見つめ、すっかり、いつもの真面目モードに戻るカイト。

 そんなカイトに苦笑しつつ、ブラックローズカオスゲートへと先立って歩き出す。

 だが、何を思いついたのか……、
 唐突に、ポンッと手を叩き、足を止めると、クルッと踵を返して、カイトに向き直った。

「ねえねえ! それじゃあ、改めてよろしく、ってことで……、
せっかくだから、名前決めない?」

「えっ? 名前って……何の?」

 彼女の、いきなりの提案に、首を傾げるカイト。
 その言葉を待ってました、とばかりに、ブラックローズは得意げに説明する。

「コンビ名よ! あたしとカイトだけのコンビ名!」

「そんなの……別に決めなくても……」

「何か証が欲しいのよ……、
あたし達がパートナーだ、っていう証がさ」

「しょうがないな〜……で、どんな名前にするの?」

「カイトが考えてよ。リーダーなんだし♪」

「えぇ〜、僕が〜?」

「カッコイイやつ、考えてよね♪」

「はいはい……え〜っと、それじゃあ……」

 ブラックローズに強引に押し切られ、、
仕方なく、カイトは、腕を組んでしばらく考える。

 そして……、
















「――“.hackers(ドットハッカーズ)”っていうのはどうかな?」
















 後に、伝説として語り継がれることになる名前――
 『ザ・ワールド』の最後の謎を解き明かした最強のパーティーの名前――

 『勇者』カイトと……、
 その相棒であるブラックローズの……、

 ――二人の絆を示す名前が、今、ここに誕生した。








<おわり>
<戻る>



<あとがき>

 いかん……、
 書けば書くほど、ミストラルが「ミーちゃん」になっていく……、(笑)

 ところで、この闘いが終わった後、カイト達は何してるんでしようね?

 伝説になってるってことは、もうログインはしていないのかな?
 コミック版でも、(はっちゃけ)バルムンクは出てくるけど、オルカは出てこないし……、

 ああ、そうか……、
 きっと、リアルの方でよろしくやってるんだ。

 ブラックローズとなつめと寺島良子に追い駆けられてたりして……、(笑)