「ねえ、セイバー……?」

「――何でしょうか、凛?」

「貴方って、サーヴァントよね?」

「そうですが……何を今更……?」

「確か……アーサー王だったのよね?」

「ええ……」

「聖杯戦争って、もう終わったのよね?」

「凛、貴方らしくも無い……、
一体、何が言いたいのですか?」








「……貴方の真名、教えてくれない?」

「――お断りします」(キッパリ)









Fate/stay night SS

What's your name?










 朝――

 俺は、いつものように、
五時頃に目を覚まし、静かに体を起こした。

「セイバー、朝食作ってくるから、それまでには起きて来いよ」

 服を着替えながら、俺は、隣の部屋――
 と言っても、隔てているのは襖一枚だけなのだが――

 その襖の向こうで、寝ているであろう、
セイバーに、声を掛け、俺は台所へと向かう。

「さてと、桜達が来るまでに、準備しない……と?」

 昨日は、パン食だったから、今日は誰が何と言おうと和食にしよう……、

 と、そんな事を考えつつ、
俺は、軽い足取りで、台所へと続く居間へと、足を踏み入れる。

 その途端、奥から、人の気配を感じ、俺は首を傾げた。

 桜だろうか――
 でも、いくらなんでも早すぎるし――

 ――かと言って、藤ねえと遠坂って可能性は、限りなくゼロだ。

 藤ねえが、早起きするなんて有り得ないし……、
 遠坂は、これでもかって言うくらいに、朝は弱いからな。

 となると……、
 考えられるのは……、

「……誰だ?」

 一応、用心しつつ、俺は、そっと台所を覗く。

 すると、そこには……、
 案の定というか、何と言うか……、



「――おはようございます、シロウ」



 朝の台所には……、

 いつもなら、まだ、
部屋で、寝ているはずのセイバーがいた。

 しかも……、
 何故か、戦闘モードである鎧姿で……、

「あ〜……」

 朝一番で、いきなり非現実的な光景を見せられ、頭の中が真っ白になる。

 そんな俺を、訝しく思ったのか……、
 キョトンとした顔で、セイバーは、俺の顔を覗き込んで来た。

「シロウ……どうかしましたか?」

「あ、いや、ちょっと待て……まだ、目が覚めて無いみたいだ」

 間近に迫られ、一瞬、俺の鼓動が撥ね上がる。

 それを悟られまいと、俺は、
セイバーを手で制しながら、軽く深呼吸をして、動揺を抑えた。

 そして、少し思案し……、

 だいたいの状況を受け入れた俺は、
台所に入ると、慣れた手つきで、エプロンを身に付ける。

「腹が減ったんだ? すぐに朝食にするから、ちょっと我慢してろ」

 大人しく居間で待っているよう、
セイバーを促し、早速、俺は、包丁を手に取る。

 だが、何が気に入らないのか……、

「…………」(怒)

 セイバーは、動こうとせず、
とても不機嫌そうに、ジ〜ッと、俺を睨みつけてきた。

「……ちょっと待ってください、シロウ」

「――ん? どうした?」

「今のシロウの言葉には、いささか不可解な点があったのですが……」

「不可解って……?」

 それこそ、不可解な事を言うセイバー。

 そのセイバー言葉に、
俺は、少し考えた後、ポンッと手を叩いた。

「だって、腹が減ったから、冷蔵庫を漁ってたんだろ?
まったく、それならそうと、俺を起こしてくれれば、すぐにメシくらい作って――」


 
チャキッ――


 ……その音に、俺の言葉は遮られた。

 見れば、セイバーの構えた、
不可視の剣が、俺の首筋に、ピタリと当てられている。

「シロウ……ひとつ問います」

「あ、ああ……」

「貴方は、私を何だと思っているのですか?」

「――剣を振るしか脳が無い大飯食らい」





 ……。

 …………。

 ………………。





「シロウ……」(にっこり)

「――ま、待て! 今のは冗談だっ!!
だから、封印解くな! 剣、光らせるな! 真名、唱えるなっ!」

 それはもう、怖いくらいに優しい笑みを浮かべ、黄金色に輝く剣を振り上げるセイバー。

 だが、最初から、聖剣は脅しでしかなかったようで……、
 俺が必死に謝り倒すと、割りとアッサリと、セイバーは剣をしまってくれた。

「まったく……冗談も程々にしてください」

「はい、わかりました……」

 呆れたように溜息をつくセイバーに、俺は、もう一度、頭を下げる。

 だが、セイバーが早起きをするなんて、珍しいのも事実だ。

 その事を訊ねると、さっきまでの剣幕は、
何処へやら、セイバーは、申し訳なさそうに俯いてしまった。

「先程の、シロウの言葉……、
あれは、あながち間違いではないのです」

「……なんでさ?」

「聖杯戦争は、もう終わりました……、
平和なこの時代では、私が剣を振るう理由など無い」

「良い事じゃないか。セイバーは、もう剣なんて持たなくて良いんだ」

「シロウの言葉は嬉しい……、
ですが、それでは、私は、シロウに何もしてあげられない」

 そう言って、セイバーは口惜しそうに、拳を振るわせる。

「つまり、自分の存在意義が分からない、と……?」

 聖杯戦争の最中……、
 セイバー自身が、当たり前の事のように言っていた。

 サーヴァントは、闘いの道具でしかない、と――

 だがら、聖杯戦争が終わった事で、
セイバーは、自分の在り方が、分からなくなってしまったのだ。

 と、そう思い、俺は、セイバーに指摘したのだが……、

 その俺の言葉に、
セイバーは大きく首を横に振った。

「――それは違います。
私の存在意義は、シロウと共にある事ですから」(真っ赤)

「うっ……」(真っ赤)

 今日のセイバーは、表情が良く変わる。

 先程とは、一転して、セイバーは恥ずかしそうに……、
 でも、ハッキリと言い切ると、両手を胸元で握り締めて、照れた仕草を見せた。

 そんなセイバーの姿に、俺は顔が熱くなる。

 ヤバイ……、
 何がって、とにかく、ヤバイ。

 セイバーの気持ちは、凄く嬉しい。

 嬉しいのだが……、
 朝っぱらから、こんな雰囲気は危険過ぎる。

 ってゆ〜か、もたもたしていたら、桜達が来てしまうのだ。

 もし、こんな場面を見られたら……、
 絶対に、シャレにならない事態になるに決まっている。

「ま、まあ、それはともかく……、
早起きの理由にはなっていないと思うのだが?

 不測の事態を回避する為、
俺は、セイバーから目を逸らしつつ、話を進める。

 セイバーも、同じ事を危惧したのだろう。
 軽く息を整え、落ち着きを取り戻すと、先程の続きを話し始めた。

「ですから、現状では、私に出来る事はない。
そこで、まずは、家事を手伝い、少しでも、シロウの負担を減らそうかと……」

 そう言って、セイバーは、チラリと調理台に目を向ける。

「ああ……」

 なるほど……、
 ようするに、そういう事か……、

 何となく、セイバーの言おうとている事に気付き、俺は納得顔で頷いた。

 つまり、コイツは……、
 いつまでも、俺の世話になっているのを気にしていたのだ。

「家族なんだから、そんなの気にしなくて良いのに……」

「なればこそ! 私は、シロウの気持ちに応えたい!」

「う〜む……」

 勢い込んで言うセイバーを前に、俺は、腕を組んで考える。

 本人の意気込みは買いたいが……、

 正直、ちょっと不安……、
 だって、セイバーって、不器用そうだし……、

 でも――



「……ダメ、ですか?」



 ――そんな風に言われたら、断るわけにもいかないよな。

 それに……、
 セイバーと食事の準備をするというのは悪くない。

「わかった……じゃあ、取り敢えず、脱げ」

「――は?」

 予備のエプロンを用意しつつ、俺はセイバーに指示をする。

 すると、セイバーは、何を思ったのか……、
 一瞬、目を見開いた後、顔を耳まで真っ赤にしてしまった。

「ま、ままま、まさか、シロウ!?
それが、料理の手伝いをする条件なのですか!?」

「条件って……そんなの当たり前だろう?」

「――なっ!?」

 俺の言葉に、絶句するセイバー。

 ――はて?
 俺、何か妙なこと言ったか?

 おかしな反応を見せるセイバーに、俺は首を傾げる。

 そんな俺を前に、プルプルと拳を、
震わせていたセイバーは、キッと鋭い眼光を、こちらに向けると……、

「シロウ、私は貴方を見損なった!
まさか、そんな破廉恥な人だったとはっ!!」

「破廉恥って……料理をするのに、鎧はいらないだろう?」

「あっ……」

 俺の冷静なツッコミに、
真っ赤だったセイバーの顔から、一気に血の気が引いていく。

 そして――
 セイバーは、わたわたと慌てながら――

「す、すみません、シロウ……、
私は、てっきり『はだかえぷろん』なるものを所望しているかと……」

 ――トンデモナイことをのたもうた。

「そんな事を誰に教わった?!」

「リンと……イリヤに……」

「あ・い・つ・ら・は〜……」

 あまりの事に、俺は軽い眩暈を覚える。

 あの二人のことだ……、
 世間知らずなセイバーをからかったのだろうが……、

 よりにもよって、なんて低俗な……、

「ああ、あと、アーチャーも、そんな事を……」

 あの野郎……、
 今度、会ったら、ブッ殺す……、

「ま、まあ、それについては忘れろ……」

「は、はあ……」

 俺の言葉に頷きながら、セイバーは武装を解除する。

 そんな彼女に、予備のエプロンを、
手渡しながら、俺は、ふと、疑問を口にした。

「それにしても……何で、鎧なんか着てたんだ?」

「それは、その……、
料理なんて初めてで、緊張の余り、つい……」

「…………」

 やれやれ……、

 これは、もしかすると……、
 予想以上に、先が思いやられるかもしれないな。
















 とまあ――

 そんな紆余曲折を経て――

 俺とセイバーは、二人で、
一緒に朝食の準備をする事となったのだが……、

 俺の予想に反して、セイバーは割りと器用だった。

 一流の剣士故か……、
 特に、包丁捌きは見事なもので……、

 ちょっとコツを教えるだけで、
切る事だけなら、安心して任せられるレベルに達してしまった。

 味付けに関しても、本人が味に対して煩い気質なので、教えれば上達するだろう。

 この調子なら、いずれは、
セイバーの手料理が、食べられるかもしれないな……、

 と、そんな事を考えながらも、準備は進み――
 いつもの時間にやって来た、桜や遠坂達を出迎え――

 皆が揃ったところで、朝食の時間となったのだが――



「…………」(怒)

「…………」(怒)



 何故か……、

 今朝は、やたらと……、
 桜と遠坂の視線が、妙に痛い。

 二人とも、箸を動かそうとせず、
茶碗を持ったままの姿勢で、ジ〜ッと俺を睨んでいるのだ。

「…………」(汗)

 あまりの居心地の悪さに、俺は視線をさまよわせる。

 その途中、藤ねえやイリヤ……、
 さらには、セイバーに助けを求めようと、目で訴えてみたものの……、

「ん〜♪ 相変わらず、士郎のご飯って美味しいわね〜」

「ふむ……ふむ、ふむ……」

「あっ、タイガ、お醤油とって〜」

 三人とも……、
 食べるのに夢中で、気付きもしないし……、

「あのさ……俺、何か悪い事したか?」

 仕方なく、俺は意を決すると、
自力で現状を打破する為、俺は桜と遠坂に呼び掛ける。

 すると、二人は――
 まるで、示し合わせていたかのように――



「先輩とセイバーさん、仲が良さそうですね……」

「そうね……お揃いのエプロンなんか着ちゃって……」



 ――と、のたもうた。

 いや、まあ……、
 確かに、予備のエプロンは、俺のと同じデザインなんだけど……、

 それは、単に、安かったから、
二着一緒に買っただけであって、決して深い意味は……、

 と、頭の中で、言い訳(?)を、
考える余裕すら与えず、二人は、さらに、俺に追い討ちをかけてくる。

「まるで、新婚夫婦ね〜……」

「先輩、わたし達、お邪魔でしたか?」

「あうあうあうあう……」

 なおも続く、二人の口撃……、

 いつの間にやら、正座していた俺は、
その口撃に晒され、ただ涙するしか出来ない。

 こうして……、
 この日の朝食は……、

 ……全く、料理の味を感じる事の無いまま、終わったのだった。
















「……それでは、先輩、いってきます」

「士郎、遅刻なんかしちゃダメだからね」



 無事(?)に、朝食も終わり――

 弓道部の朝練習がある為、
桜と藤ねえは、一足先に、我が家を出て行く。

 それを見送り……、
 残った四人で、食後のお茶を飲んでいると……、

「ねえ、セイバー……?」

 唐突に、遠坂が、声を掛けた。

「――何でしょうか、凛?」

 さっき、あれだけ食べたというのに……、

 ポリポリと、お茶請けの煎餅を、
食べていたセイバーは、遠坂の声に、二枚目へと伸ばしていた手を止める。

 そのセイバーに、何を思ったのか……、
 遠坂は、何の脈絡も無く……、



「――貴方の真名、教えてくれない?」



 ……と、そんな事を訊ねた。

「リン、何を今更、そんなことを……?」

 遠坂の質問の意図が分からず……、
 セイバーは、呆れた口調で、遠坂に訊ね返す。

 確かに、遠坂の質問はおかしい。

 セイバーの正体が、かの有名な、
アーサー王だって事は、すでに遠坂も知っている事だ。

 なら、今更、そんな質問をする必要なんて無いはずなのだが……、

「貴方がアーサー王なのは知ってる……、
でも、女の子なんだから、ちゃんとした名前があるはずでしょう?」

 ちょっと拗ねたように顔をしかめると、遠坂は話を続ける。

 それで、ようやく合点がいったのか……、
 セイバーは、納得したように、ウンウンと頷く。

 そして……、
 答えを待つ、遠坂に向き直ると……、



「――お断りします」(キッパリ)



 それはもう……、
 気持ち良いくらいにスッパリと……、

 ……遠坂の質問を切り捨てた。

 さすがは、『セイバー』……、
 話題の切り方も、問答無用に最強だ。

 などと、どうでも良い事に感心する俺を余所に……、

「何でよ? 聖杯戦争は、
もう終わったんだから、教えてくれたって良いじゃない?」

「闘いが終わっても、私がサーヴァントである事に変わりはない。
ならば、例え、相手がリンでも、マスター以外に、真名を教えるわけにはいきません」

 セイバーと遠坂の口論は続く。
 しかも、何気に、現在進行形でヒートアップしてるし……、

「でも、シロウは知ってるじゃない!?」

「当然です。シロウは、私のマスターですから」

 ムキになって食って掛かる遠坂と……、
 そんな遠坂を相手に、冷静に対処するセイバー……、

「貴方だって、いつまでも、セイバーなんて呼ばれるのは嫌でしょう?!」

「私は一向に構いません。私がセイバーである事は事実だ」

 よく考えると……、
 この二人が言い争う光景って、結構、珍しいかも……、

 そんな事を、感慨深く思いつつ……、
 俺は、二人のやり取りを眺めながら、まったりと、お茶を啜る。

 と、そこへ……、
 今まで、黙って成り行きを見ていたイリヤが……、

「えっと、ようするに……」

 無邪気な声で……、
 何やら、確信めいた言葉を口にした。



「ようするに、セイバーは……、
シロウ以外の人に、真名を知られたくないのよ」



「――なっ!?」

 イリヤの不意打ちに、セイバーの頬が赤く染まる。

 その反応を見たイリヤは、
ここぞとばかりに、容赦無くツッコんでいく。

 しかも、遠坂すらも巻き込んで……、
















「もう少し具体的に言うと……、
真名は、シロウさえ知ってくれていれば良い、ってところかしら」

「あうっ……!!」

「ついでに、もう一つ言うと……、
リンは、シロウとセイバーだけの秘密があるっていうのが気に入らない、と……」

「そ、それは……」

「さらに、言っちゃうと……、
自分だけ苗字で呼ばれてる現状が――」

「「それ以上、喋るなぁぁぁぁーーーーーっ!!」」

     ・
     ・
     ・
















「……それじゃあ、留守番、頼んだぞ」

「は、はい……」



 登校時間となり――

 俺は、靴を履きながら、傍らに立つセイバーを見た。

 学校へ行く俺を見送りに、玄関まで来たセイバーは、
見ているこっちが、ちょっと心配になるくらいに落ち込んでいる。

 まあ、照れ隠しとはいえ……、
 あれだけ暴れて、居間を崩壊させたのだから、仕方ないか……、

 ちなみに、もう一人の犯人は、アーチャーを呼びに、自宅へとダッシュ中だ。

 多分、俺達が学校に行っている間、
あいつに居間の片付けをさせるつもりなのだろう。

 ……まあ、あいつも手伝ってくれるなら、大丈夫かな。

 何と言っても――
 家事をする姿が、最も似合うサーヴァントだし――

 と、今も、ブツブツと文句を言いながら、居間の片付けをしているイリヤと……、

 この後、片付け組に合流し、
四苦八苦するでろう、セイバーの姿を想像し、俺は、軽く安堵する。

「さて、と……」

 靴の紐を結び、立ち上がると、
俺は、セイバーが持っていてくれていた学生鞄を受け取る。

 そんな俺に、セイバーが、おずおずと話し掛けてきた。

「はい……あの、シロウ?」

「んっ? 何だ、セイバー?」

「あの、先程の名前の件ですが……」

「ああ、わかってる。誰にも喋らないよ」

 セイバーの言葉に、
俺は、了解したと、何度も頷く。

 だが、セイバーが言いたかったのは、そうではなかったらしい。

 セイバーは、恥ずかしそうに、
もじもじと、胸の前で指を絡ませながら……、

「そうではなく……、
その、私と――でいる時くらいは……」

「…………」

「……シロウ?」
















 ああ……、
 なるほど……、

 そういう事か……、
















「……いってきます、アルトリア」

「――いってらっしゃい」








<おわり>


 あとがき

 取り敢えず、一本くらいは書いておきたい。/挨拶

 とまあ、初のFateSSなわけですが……、

 凛ルート・グッドEND後っぽいですが、
実は、士郎のセイバー餌付け物語セイバールート後です。

 設定上の細かいツッコミは、全て無視ということで……、(横暴)

 まあ、敢えて理由をでっち上げると――

 アーサ王は、死後、『全て遠き理想郷』に行くというのなら……、
 士郎達のいる場所こそが、セイバーにとっての理想郷なんじゃないかな〜、と……、

 ほら……、
 美味しいご飯も食べられるし……、(爆)

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