「――よっしゃあっ! ギリギリセーフ!!」
「ギリギリセーフ、じゃありません!」
「これで三日連続ですね〜」
「おおっ、音夢に美春! 毎朝、ご苦労さんだな」
「兄さんが、早起きしくてだされば、少しは楽になるんですけどね……」
「朝倉先輩は、常習犯ですからね〜」
「……まあ、努力はする」
「努力するだけじゃなくて、結果も出してください!」
「……善処する」
「まったくもう……」
「あ、あははははは……」
「それはともかく、今日は熱は出てないだろうな?」
「――きゃっ!?」
「あわわわわわっ!?」
D.C.(ダ・カーポ) SS
人の噂もなんとやら
ある日の朝――
例によって寝坊した俺は、
通学路でもある、桜の並木道を走っていた。
「ああ、くそっ! かったるいっ!!」
腕時計を見て、残り時間が少ない事を確認すると、俺は走るスピードを上げる。
いっそのこと、遅刻が確定していれば、
諦めもつき、そのままサボリを決め込めるのだが……、
こういう、間に合うか、間に合わないかの、
ギリギリの時間というのは、本気で、かったるいの極地だ。
何せ、こうして、朝っぱらから、全力疾走を強いられるわけだからな……、
「おっす、眞子! 萌先輩っ!」
「――あっ! 朝倉っ!?」
「はい〜……?」
挨拶もそこそこに、ギリギリ組である、
眞子と萌先輩の二人を追い抜き、俺は校門へと急ぐ。
普段なら、ここで歩調を緩めて、眞子達と一緒に登校するのだが、今朝は、そうもいかない。
何故なら……、
「これで、三日連続か……音夢の奴、怒ってるだろうな〜」
――そう。
理由は、我が妹の音夢にある。
今更、言うまでも無いが……、
音夢は、風紀委員に在籍している。
それで、だ……、
今週は、音夢が週番で――
俺は、もう、二日連続で遅刻していて――
その為、音夢は、物凄く機嫌が悪いわけで――
ようするに……、
音夢を怒らせない為には……、
……これ以上、遅刻をするわけにはいかないのである。
「よしっ! 何とか間に合いそうだな!」
風見学園の校門が見えてきた。
校門だけじゃなく、そこに立つ音夢と美春の姿も見える。
ここまで来れば、もう間に合ったも同然だ。
俺は、走る速度を緩めると、小走りで、校門を潜った。
「――よっしゃあっ! ギリギリセーフ!!」
「ギリギリセーフ、じゃありません!」
遅刻では無いとはいえ、寝坊したのは事実……、
当然、音夢の機嫌も悪いのだろうと予測し、
俺は、それを誤魔化そうと、敢えて、ふざけてみせたのだが……、
どうやら、かえって音夢の神経を逆撫でしてしまったようだ。
音夢は、ツカツカと俺に歩み寄ると、
腰に手を当てて、こちらをジト〜ッと睨み付けて来る。
「まったくもう……、
いつもいつも、兄さんは、だらしいんですから……」
「はっはっはっ! 間に合ったんだから、良いだろう?」
「そういう問題じゃありません! もっと規則正しい生活をようとは――」
「分かった分かった……じゃあ、先に行ってるぞ」
「兄さん! まだ、話は終わって――」
「さらばだっ! 妹よっ!」
いくら、遅刻ギリギリの時間とはいえ……、
周囲には、まだ、他の生徒の姿があるというのに、
それに構うことなく、お馴染みの、お説教を始めようとする音夢。
そんな音夢から、早々に退散する為、
俺は強引に話を打ち切ると、スタコラサッサと校舎へと走り出す。
だが――
「おっと、そういえば……」
ある事を思い出すと、俺は、クルッと方向転換。
そのままの勢いで、音夢と美春のいる校門へと戻った。
「ど、どうしたんですか、兄さん……?」
「もしや、お説教されに戻って来た……わけじゃないですよねぇ?」
突然、戻って来た俺に、首を傾げると音夢と美春。
そんな二人に構わず、俺は、音夢の正面で立ち止まる。
そして、音夢の肩を掴み、
有無を言わせず、グイッと体を引き寄せると――
「1、2、3、4、5……よし、いつもの通りだな」
「に、兄さん……っ!?」
――互いの額を合わせて、音夢の体温の確認をした。
毎朝、こうして、ちゃんと確認してやらないと、
コイツは、すぐに体調が悪いのを、誤魔化そうとするからな。
「い、いきなり、何するんですかっ!」
「まあ、日課だし……」
「だからって、こんな所でしなくても……」
不意打ちTだったせいか、
思いの他、俺の頭突きが痛かったようだ。
ちょっと涙目で、上目遣いに、音夢は俺を睨んでくる。
そんな音夢を、不覚にも、可愛いと思ってしまいつつ……、
俺は、それを悟られまいと、
平静を装いながら、慌てて、音夢に背を向けた。
すると――
「あうあうあうあう……」(真っ赤)
「……?」
一体、何があったのか……、
そこには、顔を真っ赤にして、
口をパクパクとさせている美春の姿が……、
「……どうした?」
「何かあったの、美春?」
「あっ、いえ……そのですねぇ……」
何事かと思い、美春に訊ねる俺と音夢。
すると、美春は、明後日の方を向き、
落ち着きを取り戻そうと、何度か深呼吸を繰り返す。
そして――
「朝倉先輩……今、音夢先輩のお熱を測ったんですよね?
「あ、ああ……」
「オデコとオデコをくっつけて……」
「それがどうかしたの、美春?」
「それ……あまり、人前でやらない方が良いかと……」
「「――はあ?」」
要領を得ない美春の言葉……、
その意味が分からず、俺と音夢は顔を見合わせる。
いや……、
実を言うと、美春の言いたい事は分かる。
確かに、彼女の言う通り、
額を合わせて熱を測る、なんて真似は、人前でやるには、かなり恥ずかしい行為だ。
でも、俺と音夢にしてみれば、それは、いつもの事だし……、
美春だって、付き合いは長いのだから、俺達の日課の事は知っているはず……、
だから、今更、その事を改めて言われるまでもないのだが……、
「やっぱり、気付いてなかったんですね〜」
「何がだ……?」
「傍から見ると、それはもう、凄いんですよ」
「……そうなの?」
ハテナ顔の俺達を見て、
美春は、やれやれと、わざとらしく肩を竦める。
そして、スタスタと俺に歩み寄ると……、
「朝倉先輩……美春にも、音夢先輩にするみたいに、やってみてください」
「お、おう……」
「音夢先輩は、それを、朝倉先輩の後ろから、見ててくださいね」
「え、ええ……」
どうやら、実際に、やって見せた方が早いと判断したらしい。
美春は、俺の正面に立ち、
軽く爪先立ちになって、俺に自分の額を突き出した。
結局、訳が分からぬまま、俺と音夢は、美春の言葉に頷くと……、
「……これで良いのか?」
「――はい♪」
彼女に言われた通り、音夢は、
俺の真後ろに立ち、俺は、美春の額に、自分の額を当てる。
「…………」
「…………♪」
吐息がかかる程に――
間近に迫った美春の顔――
よく考えれば、美春の顔を、こんなに近くで見たのは初めてかも……、
ってゆ〜か……、
何で、こんなに嬉しそうなんだ?
「……もう良いよな」
「あ……」
何となく、気恥ずかしくなり、俺は、美春から離れる。
そして、名残惜しそうな声を上げる美春を、
意図的に無視して、俺は、後ろに立つ音夢へと視線を向ける。
すると――
「あうあうあうあう……」(真っ赤)
音夢もまた……、
先程の美春と同じ状態になっていた。
「おい、音夢……?」
「音夢先輩、どういうふうに見えました?」
答えを知らない俺……、
答えを知っている美春……、
二人に訊ねられ、音夢は、
これまた、さっきの美春と同じように、深呼吸を繰り返し……、
落ち着きを取り戻すと……、
「……兄さんが、美春にキスしてるように見えました」(真っ赤)
「……っっっっ!?」
「――分かって頂けましたか?」
音夢の言葉を聞き……、
そのあまりの内容に、俺は絶句してしまう。
そんな俺に、まるでトドメを刺すかのうに……、
美春は、淡々と……、
でも、何処か楽しそうに、事実を告げていく。
「つまり、後ろから見ると……、
朝倉先輩が、音夢先輩にキスしてるように見えたわけですね」
「…………」(汗)
「ちなみに、あの時……、
朝倉先輩って、校舎に背を向けてましたよね」
「…………」(大汗)
「今頃は、学校中、お二人の話題で持ち切りでしょうね」
「…………」(滝汗)
「あと、美春にした時も、位置関係は同じでしたから、
もっと凄い事になってるかもしれません」
「…………」(冷汗)
「それでは、朝倉先輩……せ〜のっ♪」
「……かったるい」(泣)
その後――
美春の言った通り……、
風見学園は、俺達の噂で溢れかえる事となった。
例えば……、
朝倉兄妹の禁断の愛、とか――
朝倉兄は二股掛けてる、とか――
朝倉兄を巡る女の闘い、とか――
・
・
・
だがまあ……、
人の噂も七十五日というか、何と言うか……、
その頃には……、
噂が、ただの噂ではなく……、
事実になってしまっていたわけで……、
……。
…………。
………………。
――なに?
どの噂が事実になったのか、って?
まあ、そのへんは……、
ご想像にお任せする、ということで……、(爆)
<おわり>
あとがき
――約二ヶ月ぶりのSSです。
いつもよりも、少し話が短いですが、
そのへんは、まあ、リハビリということで……、(^_^;