――美春が家に来た。
いや、まあ……、
それについては、別に問題は無いのだが……、
ただ、ちょっと間が悪い事に……、
今、我が家には、頼子さんがいて……、
やって来た美春に、彼女が応対してしまったのだ。
これだけでも、かなりヤバイのだが……、
さらに言うと……、
頼子さんといえば、猫耳にメイド服なわけで……、
「……どうする?」
その、かなり気まずい状況に直面し……、
いつものように(?)、俺の脳裏に選択肢が浮かび上がる。
1. 後ろめたい事は何も無いので、堂々としている。
2. 全てを正直に話し、ひたすら謝り倒す。
3. 取り敢えず、逃げる。
・
・
・
「……3、だな」
「逃がしませんよ、朝倉先輩っ!!」
D.C.(ダ・カーポ) SS
『にゃんこ』と『わんこ』
「――美春は、朝倉先輩のことを見損ないました!」
「いきなり、そうきたか……」
とある休日――
久しぶりに、美春が、我が家へとやって来た。
しかも……、
事前に、何の連絡も無く……、
――ピンポン、ピンポン、ピンポ〜ン♪
「んっ? 客か?」
「あっ、私が行きます」
休日の、ノンビリとした雰囲気を破るような、無遠慮なチャイムの音……、
その音を耳にした頼子さんが、
朝倉家のメイドとして、玄関に向かった。
この時、来客の正体が、
美春だと知っていれば、それなりの対処の仕方もあったのだが……、
完全にアポ無しの来訪では、それも出来るわけがなく……、
「ね、猫耳……メイド……?」
「――はい?」
不覚にも……、
俺は、頼子さんと美春を、鉢合わせさせてしまった。
島を出た音夢――
独り暮しの筈の朝倉家――
その家に行くと、見知らぬ女性が――
しかも――
猫耳とメイド服――
これだけの情報が揃っていて、誤解されないわけがない。
頼子さんが、我が家のメイドとなった、
複雑で微妙な事情を、イチイチ説明するのもかったるかったので……、
俺は、取り敢えず、逃亡を謀ろうとしたのだが……、
「逃がしませんよ、朝倉先輩っ!!」
「――ちっ、さすがは風紀委員、素早いな」
俺が逃げ出すよりも早く……、
家に上がり込んできた美春に、問答無用で捕まってしまい……、
で、開口一番――
説明を求める、美春の第一声が、冒頭のセリフである。
「あのな、美春……お前は、大きな勘違いを――」
「勘違いじゃなくで、事実ですっ!」
取り敢えず、興奮している美春を、
何とか落ち着かせようと、俺は穏便に話を切り出す。
だが、逆に火に油を潅ぐ事になったようだ。
美春は、俺の言葉を一蹴すると、
グイッとお茶を一気に飲み干し、空になった湯呑みを、ドンッと勢い良くテーブルに置いた。
ちなみに……、
お茶は、頼子さんが淹れたものだ。
ソファーに座る美春に、お茶を出す――
メイドとしては、ごく当たり前の行為なのだが……、
ここ、朝倉家で、見知らぬ女性に、
お客様扱いされたのが、美春的には、かなり気に入らなかったらしい。
まあ、俺や音夢と付き合いの長い美春にとって、
この家は、さくらの次くらいには、我が家同然の気安さがあるだろうからな……、
と、それはともかく――
「朝倉先輩が寂しがっているのでは、と思って、
せっかく、美春が、晩御飯を作りに来てあげたのにっ!!」
「そ、そうか……」
「ちゃんと、お泊りセットも持ってきたのにっ!」
「さすがに、それはマズイだろう」
「それなのに、音夢先輩の不在を良い事に、女の人を、家に連れ込んでっ!!」
「いや、だから、それは誤解だって……」
「しかも、そんな倒錯的な恰好までさせているなんてっ!!」
「……人を指差すのは止めろっての」
まあ、確かに……、
猫耳メイドってのは、倒錯的ではあるが……、
と、すっかり興奮度MAX状態の美春。
そんな美春に辟易つつ、
俺は、背後に立っている頼子さんを振り返った。
「それと、頼子さん……、
そんなトコに立っていなで、座れば良いのに……」
「いえ……その、私はメイドですから……」
「だからって、そこまで肩肘を張らなくても良いって」
「そうですか? それでは……」
「――むっ!!」
俺の言葉に頷き、頼子さんは、ごく自然に、俺の隣にちょこんと座る。
それを見た美春の両眉が、
何故か、さらにキリリと吊り上った。
「とにかくっ! 納得のいく説明をしてもらいますっ!」
「……はあ〜、かったるい」
携帯電話を片手に、美春は、俺に詰め寄ってくる。
どうやら、返答次第では、
即行で、音夢にチクるつもりのようだ。
さて……、
どう説明したものか……、
美春の鋭い視線に晒されつつ、俺は、腕を組んで考える。
そして……、
しばらく、思案すると……、
「……頼子さん」
「は、はい……?」
「ちょっと話が長くなるかもしれないから、メシの準備をしててくれないか?」
「でも、私の事で、純一さんに、ご迷惑を……」
「そんなこと気にしなくて良いって……、
とにかく、美春と二人で話をしたいから、ちょっと――」
――席を外してもらえないか?
「……わかりました」
俺の言葉の裏を感じ取ってくれたらしい。
頼子さんは、素直に頷くと、キッチンへと入っていった。
「…………」
「…………」
俺と美春は、無言で、お茶を啜る。
そして、キッチンから、
たどたどしい包丁の音が、聞こえてきたところで……、
「それじゃあ、最初から説明するぞ……」
「はい……」
俺は、ゆっくりと……、
言葉を選びながら、事の経緯を話し始めた。
・
・
・
「……『鶴の恩返し』ならぬ、『猫の恩返し』ですか」
「まあ、杉並の言葉を借りると、そういう事になるらしい」
杉並の仮説――
あの猫耳から察するに……、
頼子さんは、猫の変化した姿なのではないだろうか……、
そんなメルヘンチックな説明を終えた俺は、
珍しく長話をしたせいで、すっかり口が乾いてしまっている事に気付いた。
まあ、いくら美春とはいえ……、
こんな荒唐無稽な話を信じるわけないだろうな。
と、説得を、半ば諦めつつ、俺は、とっくの昔に、
ぬくなっていたお茶を啜り、喉を潤しながら、俺は美春の反応を待つ。
だが、意外な事に……、
「――らしいって、朝倉先輩は信じていないんですか?」
美春は、俺の説明を否定せず……、
何処から取り出したのか、バナナを食べながら、真剣な表情で、俺に訊ねてきた。
「信じる信じない以前に……、
俺は、猫に恩を売った記憶は無い」
美春の質問に、俺は、軽く肩を竦めて見せる。
すると、美春は……、
「もう、何を言ってるんです?
朝倉先輩は、先月、猫を助けてるじゃないですか?」
「……そうなのか?」
「忘れちゃったんですか?
ほら、美春が、木から降りられなくなってる猫を見つけて――」
「ああ、そういえば……そんな事もあったような……」
俺自身、すっかり忘れていた事を、美春に指摘され、俺はポンッと手を叩いた。
言われてみれば……、
確かに、俺は、木の上から、猫を助けた記憶がある。
「だが、あの程度で、恩を感じられたら……、
世の中は、とっくに猫耳メイドで溢れていると思うのだが?」
と、美春の話に首を傾げつつ、
俺は、猫耳メイドが、当たり前の様に、街を歩き回る世の中を想像してみる。
うむ……、
ちょっと良いかも……、(爆)
「はあ〜、それにしても……」
「――ん?」
突然、美春が、大きく溜息をついた。
それを耳にし、ヤバイ妄想に、
トリップしかけていた俺は、慌てて我に返り、美春に向き直る。
「もし、あの時、美春が猫を助けてたら、
こんなややこしい事には、なってなかったかもしれないんですね〜」
「いや、それはそれで、ややこしい事になってたような気もするが……」
「――と、言いますと?」
「例えば、お前が木から落っこちて、意識不明の重体に……」
「そんな事あるわけないですよ〜。
美春は、そこまで、おっちょこちょいじゃありません」
「その割りには、転んだりして、傷が堪えないけどな」
「あう〜……」
「そういえば、さっき、メシを作りに来た、とか言ってたけど……、
一体、どういう風の吹き回しだ?」
「朝倉先輩の面倒を見るように、音夢先輩にお願いされてるんですよ」
「……俺の面倒?」
「はいっ♪ 炊事、洗濯、掃除から、
夜のお相手まで、何でもやっちゃいますよ〜♪」
「……冗談でも、そういう事は口にするなっての」
「こんな冗談が言えるのは、先輩だけですから☆」
「まったく、そんな事ばかり言ってると、嫁の貰い手が無くなるぞ?」
「その時は、朝倉先輩が貰ってくださいね☆」
「……まあ、前向きに検討しておこう」
どうやら、頼子さんに関する、
これ以上の推察は、お互いに無駄だと感じたようだ。
俺と美春の密談は、そのまま軽口&雑談モードへと移行していく。
と、それを見計らっていたかのように……、
「あ、あの〜……」
不意に……、
頼子さんが、俺達に声を掛けて来た。
「んっ? どうし……た?」
「うあ……」
頼子さんに呼ばれ、俺と美春は、キッチンへと目を向ける。
そして……、
思わず、言葉を失った。
『肉火山』とでも言えば良いのだろうか……、
そんな、何とも形容し難い物体が、
頼子さんが持つ鍋の中で、グツグツと煮えていたのだ。
「すみません……失敗してしまいました〜」(泣)
「は、はは……ドンマイドンマイ」
泣きそうな顔で、頭を垂れる頼子さん。
……どういう失敗をしたら、あんな物が出来るのだろう?
そんな疑問を抱きつつ、
俺は、落ち込んでいる頼子さんを励ます。
頼子さんが、我が家のメイドとなって、早数日――
本人の努力の甲斐あって、掃除や洗濯といった技能は、
上達しているのだが、料理技能だけは、なかなか進歩が見られないのだ。
まあ、それでも……、
毒を生成する音夢と比べれば、遥かにマシなのだが……、
やっぱり、料理技能ってのは、
独学で、どうこう出来るモノじゃないって事なのだろうか?
我が家には、料理を教えられる人間が――
「美春……頼めるか?」
「はい! 美春に、全てお任せください!」
料理を教えられる人間……、
そう考えた瞬間、すぐ目の前に、
打って付けの人材がいる事に気付いた俺は、その人物に協力を要請した。
俺の知り合いの中で……、
美春の料理の腕前は、間違いなくNO.1だ。
その美春なら、頼子さんの料理技能を上達させてくれるに違いない。
そんな俺の期待を背負い、
美春は、頼子さんを伴い、キッチンに立った。
「それでは、始めましょうか! えっ〜と……」
「鷺澤です……鷺澤 頼子といいます」
「じゃあ、鷺澤さん……まずは、包丁の正しい握り方からいってみましょう!」
「は、はい! よろしくお願いします」
「良いですか? しっかり見ててくださいね」
・
・
・
料理の基本を、一つ一つ、
実践を交えて、丁寧に説明していく美春――
そんな美春の説明を聞き漏らすまいと、
真面目な表情で、猫耳をピクピクと動かす頼子さん――
そして……、
最初は、真剣だった二人の表情も、いつしか和らぎ……、
……時には、笑い声も聞こえてくるようになっていく。
「う〜む、犬猿の仲、とは良く言うが……」
キッチンに並ぶ――
二人の美少女の後ろ姿――
そんな和気藹々とした……、
漢なら、誰もがニヤけてしまうであろう、その光景を眺めつつ……、
俺は……
「……犬と猫って、意外に仲良かったりするのかな?」
なんて事を考え……、
思わず、苦笑するのだった。
そして――
あっという間に、時は過ぎ――
「それじゃあ、途中まで、美春を送ってくるから……」
「はい、いってらっしゃいませ」
「お邪魔しました〜♪」
さすがに、暗い夜道を、独り歩きさせるわけにもいかず……、
俺は、美春を、途中まで、
送っていく為、頼子さんに留守を任せ、家を出た。
「今日は助かったよ、美春」
「いえいえ、どう致しまして」
桜が咲き乱れる、暗い並木道を、美春と並んで歩く。
夜も遅いせいか……、
街の雑踏の音は聞こえず……、
耳に入って来るのは……、
二人の足音と、桜吹雪の舞う風の音だけだ。
「…………」
「…………」
そんな、少し不思議な静寂の中、俺と美春は、ゆっくりと歩を進める。
最初は、雑談などを交わしていたが、
次第に、口数は減っていき、いつしか、俺達は無言で歩いていた。
だが――
バス停がある桜公園に到着したところで――
「あの、朝倉先輩……」
「……何だ?」
――不意に、美春は立ち止まった。
そして……、
意を決したように……、
真っ直ぐに、俺の目を見つめると……、
「澤鷺さんのことですが……、
音夢先輩には、もう暫く、黙っていようと思います」
「そうか……」
美春の言葉に、俺は、ホッと胸を撫で下ろす。
いずれ、知られる事とは言え……、
音夢に話すのは、まだ、少し早いような気がしたからだ。
頼子さんが、何者なのか――
何故、俺のところに来たのか――
その理由が、ハッキリするまでは、頼子さんの事を、音夢に話すわけにはいかない。
夢を目指して頑張っているあいつに、
イチイチ、いらぬ心配を掛けるわけにはいかないのだ。
そんな俺の想いを汲み取ってくれた美春の気遣いに、
俺は、お礼も込めて、頭でも撫でてやろうかと、彼女の頭に手を伸ばす。
だが、美春の話は……、
まだ終わりではなかったようだ。
「でも、勘違いしちゃダメですからね!」
「――へっ?」
美春は、俺の鼻先に指を突き付けると……、
まるで、音夢のように、毅然とした態度で言い放つ。
「美春は、鷺澤さんが、先輩の家にいるのを認めたわけじゃないんですから!」
「お、おう……」
「いずれはバレる事なんです!
その前に、ちゃんと先輩の口から、説明してあげてくださいね!」
「ああ、分かってる……」
「それと、もう一つっ!」
「まだ、あるのか……?」
「鷺澤さんを襲っちゃダメですよっ!」
「――襲うかっ!!」
美春の最後の一言には、
さすがに、ツッコミを入れずにはいられなかった。
失礼な事をのたもうた美春の脳天に、俺は、チョップを振り下ろす。
そんな俺を、上目遣いで睨みつつ、美春は、尚も食い下がってきた。
「むう〜、でも、今夜だって、二人きりなわけですし……」
「あのなぁ、相手は猫なんだぞ?
いくらなんでも、そんな真似をするわけが……」
「じ〜……」
「……まあ、俺を信じろ」
「その間が、とても怪しいんですけど……、
分かりました……ここは、朝倉先輩の理性を信用する事にします」
自分自身……、
己の理性を信用できず……、
俺は、どうしても、美春と目を合わせられない。
そんな俺の言葉でも、一応、美春は納得してくれたようだ。
ジト目で、俺を睨んでいた美春は、
フッと表情を和らげると、小走りで、俺から距離を置いた。
そして……、
再び、クルリと、こちらを振り向くと……、
「ではでは、美春は、ここで失礼します」
「あ、ああ……気をつけて帰れよ」
「朝倉先輩こそ、くれぐれも、
間違いを起こさないようにしてくださいね」
「はいはい、分かったって」
「もし、どうしても我慢できなくなったら、
その時は、この美春が、お相手しますからね〜☆」
「まだ、そのネタを引っ張るか……、
冗談も、いい加減にしないと、本気になるぞ?」
「それは、朝倉先輩次第ですよ」
「……どういう事だ?」
「ここから先は、先輩が考えてください。
美春ばっかり勇気を出してちゃ、不公平ですからね♪」
「――はあ?」
「それでは、アデューです〜♪」
「お、おい……待て、美春っ!!」
謎の言葉を言い残し……、
鼻歌なんぞ唄いつつ、
美春は、尻尾を振りながら走り去って行く。
そんな美春の背中を見送り、その場には、俺だけが取り残されるた。
「何なんだ、一体……?」
美春の言葉を意味を、俺は、腕を組んで考える。
だが、しばらくして……、
いくら考えても無駄だ、と悟った俺は……、
「……帰ろ」
まだ少し肌寒い――
春の夜風に、身を震わせながら――
――我が家へと、急いで帰るのだった。
「――おかえりなさい、純一さん」
「ああ、ただいま……」
頼子さんが待つ――
あたたかな我が家へと――
で――
それから数日後――
「なあ、美春……」
「何ですか、朝倉先輩?」
「お前さ……俺のこと、信用してる、って言ったよな?」
「はい、言いましたよ。もちろん、今だって信用してます」
「じゃあ、何で……毎日のように監視に来るんだ?」
「監視だなんて、とんでもない!
美春は、ただ、朝倉先輩のお家に、遊びに来ているだけですよ♪」
「だからって、毎日来なくても……」
「あう〜……もしかして、美春はお邪魔ですか?」
「いや、そんな事は無いが……」
「わ〜い! やっぱり、(美春の)朝倉先輩は優しいです♪」(だきっ☆)
「こ、こらっ! いきなり抱きつくな!」
「うう〜……」(ぎゅっ☆)
「どわわっ、頼子さんまで!?
しかも、何で、そんな泣きそうな顔で睨むかな?!」
「むむ〜……」(バチバチバチッ)
「うう〜……」(バチバチバチッ)
「ひ、火花散ってるし……」(汗)
「美春さん、純一さんがお困りですので、
今日のところは、お帰りになられた方が宜しいのでは……」(ぎゅ〜)
「鷺澤さんこそ、メイドさんが、
そんなにでしゃばって良いんですか?」(ぎゅ〜)
「あの〜、そんなに引っ張られると、痛いんですけど?」(大汗)
「むむむ〜……っ!」(ぎゅ〜)
「ううう〜……っ!」(ぎゅ〜)
「ふ、二人とも……大岡裁きって知ってるか?」(滝汗)
「――知りません!」(キッパリ)
「何です、それっ!」(キッパリ)
「ね、音夢〜っ! 助けてくれぇぇぇ〜〜〜っ!!」(泣)
・
・
・
前言撤回――
やっぱり、犬と猫って、仲悪いみたいだな。(涙)
<おわり>
あとがき
――あれ?
頼子SSのつもりだったのに、
いつの間にやら、美春の出番がやたらと多いぞ?
どうやら、ボク内部での美春の存在は、思いの他、大きいみたいです。
期待していた皆さん、ごめんなさい。