「朝倉せんぱ〜〜〜いっ!!」
「美春! 美春じゃないか! 元気そうだな!」
「はい♪ おかげさまです〜!」
「はははっ、そうかそうか」
「それよりも、朝倉先輩!
一緒に帰りましょう! チョコバナナでも食べながら!」
「よっしゃ、復帰祝いに、俺が奢ってやるぞ!」
「わ! わ! マジですか!? やったぁぁぁ〜〜〜っ!」
D.C.(ダ・カーポ) SS
二人のわんこ
新学期――
本校へと進学した俺に、暦先生から朗報が入った。
どうやら、入院していた美春が、
無事に退院して、もう付属の方に通学しているらしい。
それを聞いた俺は……、
美春の復帰を喜びながらも……、
……内心では、複雑な心境であった。
思えば、今年の春休みには、色々なことがあった。
事故に遭い、意識不明となった美春――
彼女の代わりに学校へと現れた、美春そっくりのロボット――
暦先生に、そのロボットの『美春』の世話役を命じられた俺は、
春休みのほとんどを、彼女とともに過ごす事となった。
そんな日々の中で……、
俺と、美春は……、
「……かったるいな」
飽きる程に見慣れた桜並木を歩きながら、俺はポツリと呟く。
それが聞こえたのだろう……、
俺の隣を歩く美春が、不思議そうに首を傾げる。
「――どうしたんですか?」
「いや、何でも無い……」
俺の顔を覗き込んでくる美春。
その美春のを顔を、直視できず、
俺は、つい、ぶっきらぼうに応えてしまった。
――そんな自分に、少しイラつく。
まったく、俺って奴は……、
もう、大丈夫だと思ったんだがな……、
と、内心で舌打ちしながら、俺はチラリと美春を盗み見た。
退院したばかりとは思えない、
しっかりとした足取りで、美春は元気一杯に歩いている。
――そう。
美春は、帰って来た。
でも、今、俺の隣にいるのは、あの『美春』ではない。
俺が好きになった……、
俺が愛した、あの『美春』では……、
「先輩……ちょっと良いですか?」
「――えっ?」
そんな事を考えながら歩いているうちに、桜公園へと到着したようだ。
そのまま、チョコバナナを食べに、
いつもの店に行くのだろうと、俺は、そちらに足を向けたのだが……、
「お、おい……何処に行くんだ?」
「いいから、ついて来てください」
半ば強引に、美春に手を引かれ、俺達は桜林へと足を踏み入れる。
「美春……こっちには……」
「…………」
美春が向かおうとしている場所……、
それに気付いた俺は、咄嗟に、抵抗を試みた。
未だ、吹っ切れていない俺には、
美春と一緒に、その場所に行く事が躊躇われたのだ。
しかし、そんな俺に構わず、美春は、無言で進んで行く。
そして――
「――ここです」
「…………」
――目的地に到着し、美春の歩みが止まった。
枯れない桜の木――
初音島で、一番大きな桜の木――
そこは、俺達の秘密の場所だった。
幼い頃、さくらと別れた場所……、
家出をした音夢を見つけた場所……、
そして……、
「美春と朝倉先輩……お兄ちゃんと、約束した場所です」
「……ああ」
――そう。
ここは、美春と約束した場所だった。
幼い頃、一緒にタイムカプセルを埋めて……、
いつか、二人で、それを掘り返そうと約束した場所……、
「美春……俺は……」
「聞いてください……先輩……」
美春が、何を言おうとしているのか……、
それを察した俺は、
その言葉を、美春に言わせまいと、先手を打つ。
だが、俺を見つめる、美春の真剣な眼差しに、俺は何も言えなくなってしまった。
そんな俺に、優しく微笑むと、
美春は、カバンの中から『それ』を取り出す。
「……『美春』が、ずっと大切に抱えていました」
そう言って、美春は『それ』の……、
小さなオルゴールの蓋を、そっと開けた。
優しい旋律が、桜の花びらとともに、風に舞う。
それを聞きながら……、
俺は、『美春』と一緒に、このオルゴールを掘り返した時の事を思い出していた。
本来、ロボットである『美春』が持つ筈の無い、昔の記憶……、
それを辿り、俺と『美春』は、
オルゴールを見つけ出しす事が出来た。
『美春』は、本物の美春でなかったけれど……、
俺と美春の、幼い頃の大切な約束は、『美春』によって果たされたのだ。
そして……、
オルゴールに込められた、美春の願いも……、
「美春は……約束を守ることが出来ませんでした」
「……美春」
――不意に、オルゴールの旋律が止まった。
首から下げたゼンマイで、
オルゴールのネジの巻き直しながら、美春が寂しげに呟く。
「美春の代わりに、『美春』が約束を果たしてくれたけど……、
美春は、ちゃんと自分で、お兄ちゃんとの約束を果たしたいんです」
そう言うと、美春は、オルゴールを、俺に差し出した。
そして……、
意を決したように……、
真っ直ぐに、俺を見据えると……、
「朝倉先輩……もう一度、美春と、約束を交わしてくれませんか?」
「…………」
もう一度――
二人で一緒に――
それは、美春の、遠回しの告白――
だが、今の俺には、美春の想いを受け止める事は出来なかった。
俺の心には……、
まだ、あの『美春』がいるのだから……、
そんな俺の迷いを察したのだろう。
それまでの真剣な表情から一転、美春は、いつもの明るい笑顔で言った。
「朝倉先輩の気持ちは知っています……、
でも、美春だって、朝倉先輩の事を、ずっと想ってたんですよ!
この気持ちは、『美春』にだって負けません!」
「あの、美春さん……?」
さっきまでのシリアスな雰囲気は何処へやら……、
拳をググッと握り締め、美春は、何やら力説し始める。
それは、まるで……、
バナナについて、熱く語っている時の様子に見えなくも無い。
そんな美春の様子に、俺は恐る恐るといった感じで、彼女に呼び掛ける。
だが、美春は……、
俺の声には、全く耳を貸さず……、
「相手が、音夢先輩ならともかく……、
ポッと出の『美春』にばっかり、オイシイトコ取りされるわけにはいかないんです!」
そう言って……、
美春は、もう一度、俺に、オルゴールを差し出すと……、
「というわけで、先輩! お願いします!」
「いや、お願いしますと言われても……」
あまりに唐突な、美春のテンションに、
ついていけず、俺は、思わず一歩退いてしまう。
すると、美春は、ウルウルと瞳を潤ませ……、
「あう〜……やっぱり、美春じゃダメなんですか〜?」
「今度は、泣き落としですか……?」
しかも、上目遣い……、
俺は、これに弱いんだよな。
まったく……、
これって、ある意味、反則だっての……、
「はあ〜……かったるい」
「――はい?」
俺は大きく溜息をつくと、美春からオルゴールを奪い取る。
そして、キョトンとしている美春に構わず、枯れない桜の根元にしゃがみ込むと……、
「ここで……良いんだよな?」
「――っ! はいっ!」
俺の言葉に、パッと表情を輝かせ、
美春は、尻尾を振る犬の様に、俺に駆け寄る。
「えへへへへへ♪」
「気味の悪い笑い方をするなよ」
「だって、嬉しくって……♪」
「はいはい……」
それはもう、嬉しそうに微笑みながら……、
美春は、俺の傍に膝をつき、一緒に地面を掘る。
そんな美春に、苦笑しつつ、俺は、掘り起こした穴の中に、オルゴールを置き……、
「先輩、約束してください……、
美春達か大人になったら、また、二人で、ここに来ましょう」
「ああ、約束だ……」
美春の言葉に頷き、俺は、彼女の頭を撫でる。
そして……、
俺達を見守るように咲き誇る……、
……枯れない桜の木を、二人で、そっと見上げる。
再び、埋められたタイムカプセル……、
俺と美春の、大切な思い出……、
枯れない桜に願いを込めて……、
俺達は……、
もう一度、約束を交わした。
その約束を、いつ果たすのか……、
大人になったら、という、曖昧な約束……、
でも、その日は……、
いつか、必ず、やって来る。
何故なら……、
これからは、俺達は……、
ずっと一緒なのだから……、
「さてと、それじゃあ、そろそろ行くか?」
「はい♪ チョコバナナ、奢ってくれる約束ですよね♪」
「ちっ……覚えてやがったか」
「当然です! さあ、行きましょう!」
「ああ……」
花びらの絨毯の上を、美春は元気に駆けて行く。
彼女を追って、俺もまた、桜林の中へと踏み出した。
だが、途中で、ふと、立ち止まり……、
もう一度だけ、枯れない桜を振り返った。
そして――
「なあ、『美春』……これで、良いんだよな?」
俺は、これからも……、
美春と一緒にいても良いんだよな?
でも、誤解するなよ?
俺は、美春を、お前の代わりにするつもりなんてないからな。
この約束は……、
美春との、新しい約束なんだ。
あの時、『美春』との約束は、果たされた。
その約束がある限り……、
俺の中に、『美春』の思い出がある限り……、
俺と『美春』は、ずっと一緒だ。
例え、俺が、どんなに変わってしまったとしても、それだけは、ずっと変わらない。
俺は、『美春』が知っているままの俺だから――
『美春』もまた、俺の知っているままの『美春』だから――
――そう。
何も変わらない。
俺達の毎日は、何も変わらない。
でも、それを同じ事の繰り返しにするのか、違うものにするのかは自分次第……、
変わらない日々を――
ちょっとだけ、違うものにする為の――
それが……、
美春との、新しい約束の意味なのだ。
「せんぱ〜い! 何してるんですか〜!
早く行かないと、チョコバナナが無くなっちゃいますよ〜!」
いつまでも、追いついて来ない俺に、痺れを切らしたようだ。
美春は、こちらを振り返り、ブンブンと大きく手を振って、俺を呼ぶ。
やれやれ……、
あいつのバナナ好きは、ずっと変わらないんだろうな。
相変わらず、バナナに向かって一直線な美春に、
苦笑しつつ、俺は、のんびりとした足取りで、美春の後を追う。
「そんなに急がなくても、バナナは逃げないぞ」
「いいえ、逃げます! ツルンと逃げちゃいます!
ちゃ〜んと、歌にだってあるんですからっ!」
「……ったく、かったるい」
「朝倉せんぱ〜〜〜いっ!」
「はいはい! すぐに行くよ!」
そして……、
俺達は、走り出す……、
いつもと変わらない……、
同じ事の繰り返しのような……、
でも、少しだけ、昨日と違う……、
まるで……、
終わりの無い……、
ダ・カーポのような明日へと……、
おまけ――
「ところで、美春……?」
「はい? 何ですか、朝倉先輩?」
「どうして、俺の家に来るんだ?
しかも、買い物まで付き合わせやがって……」
「はい♪ 今日は、先輩に、晩御飯を作って差し上げようかと……」
「独り暮しの男の家にか?
お前、もう少し警戒心というものを……」
「でもでも、音夢先輩に、朝倉先輩の面倒をみるよう、お願いされてるんですよ〜」
「はいはい……どうせ、俺は無精者だよ」
枯れない桜の木の下で……、
幼き頃の約束を、再び交わし……、
当初の予定通り、一緒にチョコバナナを食べた俺達は、
その帰り道の途中で、スーパーに寄り、買い物を済ませて帰宅した。
どうやら、美春は、久しぶりに、手料理をご馳走してくれるつもりらしい。
正直、まだ、美春と二人きりになるのは躊躇われたが……、
俺を励まそうとする、美春の気持ちは、
充分に伝わってきたので、俺は、美春の申し出を、有り難く受けることにした。
「朝倉先輩! ボ〜ッとしてないで、早くお家に入りましょうよ〜」
「分かったから、少し落ち着けよ」
美春に急かされ、俺は玄関の鍵を開ける。
そして、音夢のいない――
すっかり、寂しくなった我が家へと足を踏み入れ――
「おかえりなさい、朝倉先輩!!」
「「…………」」
――バタン!
それを見た瞬間……、
俺は、すぐさま、ドアを閉めた。
「なあ、美春……」
「はい……」
眉間に指を当てて……、
ちょっとだけ、考えてから……、
俺は、隣で固まっている美春に訊ねる。
「今のは、俺の目の錯覚か……?」
「いえ、多分、錯覚では無いかと……」
「ということは……、」
俺の見間違え出なければ……、
今、玄関で、俺達を出迎えたのは……、
間違い無く……、
「……『美春』っ!?」
「朝倉先輩! 会いたかったです!!」
慌てて、俺はドアを開ける。
その次の瞬間……、
彼女が、俺の胸に飛び込んできた。
美春と瓜二つの、その姿……、
――そう。
俺達を出迎えたのは……、
プロトタイプであるが故に、日常生活の負荷に耐えられず……、
俺と暦先生の目の前で、眠るように機能を停止させた……、
俺の大好きな……、
『天枷 美春』だったのだ。
「お前……どうして……?」
俺の腕の中で……、
確かに感じる、そのぬくもり……、
だが、それを実感しつつも、
未だに、目の前の現実が信じられず、俺は、声を震わせながら、『美春』に訊ねる。
すると、『美春』は、シュタッと手を挙げて……、
「はい! 天枷博士が、一生懸命、直してくださったんです!」
「直した、って……あのなぁ……」
その説明の、あまの呆気なさに、俺は思い切り脱力してしまう。
直せるなら、最初から、そう言ってくれよ。
これじゃあ、あの時、大泣きした俺が、馬鹿みたいじゃないか。
そりゃまあ、並大抵の苦労じゃなかったんだろうけど……、
って、今となっては、そんな事はどうでも良いよな。
また、こうして……、
『美春』に出会えたのだから……、
「もう、壊れたりしないよな……?」
「無理せず、定期的にメンテを受ければ、大丈夫です」
一番、心配なのは……、
それは、『美春』が、再び、壊れてしまうのではないか、という事……、
だが、『美春』の態度からして、
もう、その心配の必要は無さそうだった。
つまり……、
「これからは、ずっと一緒です、先輩……」
「『美春』……」
俺の胸に頬を摺り寄せ、『美春』は潤んだ瞳で、俺を見上げる。
そんな『美春』を抱きしめると……、
俺は、ゆっくりと、『美春』に顔を近付けて……、
「ちょっと待ったぁぁぁぁーーーーっ!!」
「――うおっ!?」
「ひゃあっ!?」
突然、美春が大声を張り上げた。
それと同時に、美春は、俺達の逢瀬を、
邪魔するかのように、自分の体を、俺と『美春』の間に割り込ませる。
「おいおい、何をするんだ、美春……?」
「そうですよ、美春さん……、
人の恋路を邪魔する人は、冷凍バナナで地獄逝きですよ〜」
「地獄逝きですよ〜、じゃないです!
どうして、『美春』が、ここにいるんですかぁぁぁぁーーっ!!」
いいところで邪魔されて、
『美春』は、可愛らしく、ぷうっと頬を膨らませる。
そんな『美春』に、美春はビシィッと指を突き付けた。
どうやら……、
『美春』がいる事に、マジで驚いてるようだが……、
天枷博士っていったら、美春の親父さんだ。
その親父さんから、『美春』について、聞いてなかったのだろうか?
「もしかして……お前も、知らなかったのか?」
「知りません! 聞いてません! 寝耳に水です!
訊ねる俺に、美春は何度も頷く。
この反応からして……、
美春は、本気で知らされていなかったらしい。
美春の親父さんって……、
相当、お茶目な性格してるみたいだな……、
まあ、メイドロボを作るのが夢だ、なんて言ってる時点で、かなりアレなのは確かだが……、
って、それはともかく……、
このままだと……、
何だか、ややこしい事態になりそうな気が……、
と、少し現実逃避しかけていた俺が、我に返ると、
案の定、美春が『美春』に詰め寄っている真っ最中であった。
「とにかく、『美春』! 朝倉先輩から離れてください!
朝倉先輩は、美春のなんですからね! しかも、音夢先輩のお墨付きです!!」
そう言って、美春は、『美春』とは反対側の、俺の腕を抱える。
おいおいおい……、
いつから、俺は、お前の所有物になったんだ?
と、心の中でツッコむ俺。
だが、そんな俺など全く構わず、
二人のわんこの言い争いは、徐々にヒートアップしていき――
・
・
・
「いやですよ〜! 美春だって、お兄ちゃんが好きなんですから〜」
「あーっ! お兄ちゃんって呼んだ〜!」
「ダメなんですか? じゃあ、純一さん♪」
「うわ〜ん! 美春だって、先輩のこと、名前で呼んだことないのに〜!」
いやまあ……、
何と言うべきか……、
「だいたい、美春が二人もいたら、混乱するじゃないですかっ!」
「それについては、大丈夫です♪
美春は、今日から『天枷 美春』から『朝倉 美春』になりますからっ!」
「それも却下ぁぁぁーーーーっ!!」
取り敢えず……、
音夢が帰って来た時に、なんて説明しようかな?
と、そんな事を考えながら……、
「二人とも、近所迷惑だから、とにかく、これ食って落ち着け」
「うう〜……」
「うううう〜……」
いがみ合う、二人の頭を撫でつつ……、
俺は、手から、和菓子を……、
美春の大好きな、バナナ大福を出すのであった。
やれやれ……、
これは、当分……、
かったるい日々が続きそうだな。
<おわり>
あとがき
というわけで……、
D.C.SSの第一弾です。
いや、第二段があるかどうかは分かりませんけど……、
これは、一応、美春ED後の話になりますね。
美春(オリジナル)って、他のシナリオでは出番多いけど、
自分のシナリオでは、全く出番が無いので、ちょっと自己補完のつもりで書いてみました。
まあ、美春(オリジナル)の後日談については、
どうやら、ホワイトシーズンの方で、触れられているそうですが、ボクは知らないので……、
しかし、まあ……、
ASの時と言い、HPの常連者の期待を無視して、こんなの書いてて良いのかな?
ウチのHPを閲覧してる人で、D.C.プレイしてる人が何人いるのやら……、