エンジェリックセレナーデ SS
思い出のカード
「あのさ、サーリア……一つ、訊いていいかな?」
「――はい?」
ある日のこと――
ウィネス魔法店でバイトをしていたカウジーは、店内で用途不明の箱を見つけた。
まあ、用途不明とは言っても、
魔法店にある物なのだから、当然、何らかの効果を持つ魔法の道具なのだろうが……、
天使に関する知識は豊富ではあるが……、
魔法については、まるっきり素人なカウジーに、その箱の正体が分かるわけがない。
というわけで、その箱は、カウジーにとっては用途不明の謎の箱であった。
「……何なんだ、これ?」
その謎の箱を前にして、カウジーは、
商品を陳列している棚を整理する手を止め、首を傾げる。
だが、疑問に思ったのは、その一瞬だけ。
すぐに、分からないことを、いくら考えても無駄だと悟ると、カウジーは仕事を再開した。
その後――
仕事に没頭するあまり、
その箱の事は、すっかり忘れてしまっていたのだが……、
「そういえば……」
午後のティータイムの時に、ふと、その事を思い出し……、
思い出してしまうと、妙に気になってきたので、
カウジーは、好奇心の赴くまま、その箱について、サーリアに訊ねた。
「店のカウンターの隅に置いてある箱って、一体、何なんだ?」
「――はにゃ?」
カウジーの唐突な質問に、訊ねられたサーリアは間の抜けた声を上げる。
そして、額に指を当てると、う〜んと唸り始めた。
どうやら、あまり使っていない物らしく……、
持ち主であるサーリア自身も、忘れてしまっているようだ。
「えっと〜……そんなのありましたっけ?」
「ねえ、サーリア……もしかして、アレの事じゃない?」
「アレって、何ですかぁ?」
「ほら、え〜っと……何て言ったっけ? トレなんとかって言うの……」
「にゃにゃ! トレーディングカードのことですねぇ!」
暖房薬を買いに来たついでに、
お茶をご馳走になっていた、フィアの言葉を聞き、サーリアはポンッと手を叩く。
そして、何を思ったのか……、
慌ててティーカップを置くと、パタパタと店の方へと走って行ってしまった。
「な、何なんだ……?」
「さあ? 私にもサッパリ……」
「あぅ〜……」
サーリアが走って行った先を、呆然と眺めるカウジー。
そんな彼の呟きに、これまた、薬を買いに来て、
そのまま、お茶会に参加していた、ラスティとアルテも小首を傾げる。
「お待たせしましたですぅ☆」
と、彼等があっけに取られている中、件の箱を抱えたサーリアが戻ってきた。
大きさの割りには、意外と重いようだ……、
サーリアが、それをテーブルに置くと、ドスンと大きな音が鳴った。
「わざわざ持って来なくても……」
「言葉で説明するよりも、使って貰った方が早いと思ったんですぅ」
「……俺でも使えるの?」
「もちろんですぅ☆ これは、サーリアの会心の作なんですから」
カウジーの言葉に、えっへんと胸を張るサーリア。
ちなみに、これは余談だが……、
この時、サーリアの強調された胸を見たラスティが、
自分のぺったんこな胸を一瞥して、大きく溜息をついていたりする。
やはり、彼女も恋する乙女……、
そういう事が気になるお年頃のようだ。
まあ、それはともかく……、
「それで? これって、一体、何なんだい?」
「これはですねぇ、トレーディング・ブロマイド・ボックスなのですぅ☆」
「――はあ?」
聞き慣れない単語を耳にし、カウジーは眉をひそめる。
見れば、ラスティもアルテも、彼と似たような表情を浮かべている。
唯一、サーリアと付き合いの長いフィアだけが、やれやれと肩を竦めていた。
「実はですねぇ、この箱は――」
と、そんな彼らに構わず、サーリアは得意げに説明を始める。
彼女の説明によると……、
どうやら、この箱は、お金を入れると五枚のカードが出てくるらしい。
まあ、それだけなら、ただのコレクターズアイテムなのだが……、
この箱には、サリーアの魔法によって、少々、特殊な仕掛けが成されていた。
その仕掛けとは……、
『使用者の記憶をカードに投影する』というもので……、
ようするに、使用者の思い出のシーンが、
そのまま、カードに描かれて出てくる、と言うわけだ。
「なかなか、面白そうですね」
サーリアの説明を聞き、興味を持ったのか……、
アルテは、目の前の箱を両手で撫で回し、しげしげと観察する。
だが、彼女以上に……、
その箱の性能に興味を持った人物がいた。
その人物とは……、
「自分の記憶を……投影する?」
もちろん……、
最初に、話を持ち出したカウジーである。
何故かと言うと……、
「それって……記憶喪失の俺にも、効果はあるのかな?」
――そう。
カウジーには、過去の記憶が無いのだ。
正確に言うと、不老不死の体になる以前の記憶が無い。
だから、もしかしたら、この箱を使えば、自分の記憶の断片だけでも分かるのでは……、
そして、旅の目的である、自分が失った『何か』の正体が分かるのでは……、
……カウジーは、そう考えたのだ。
「サーリアも、そう思ったから、わざわざ持ってきたですよ。
カウジーさんから、記憶喪失のお話を聞いた時に、すぐに気が付くべきだったです」
どうやら、サーリアも、彼と同じ事を考えていたようだ。
申し訳なさそうに言うと、サーリアは、カウジーに数枚の小銭を渡す。
「でも、失った記憶が、そう簡単に出てくるものなの?」
当然の疑問を口にするフィア。
だが、それでも、サーリアの勢いは止まらない。
「そんなの、ダメで元々です! さあ、カウジーさん! 早速、試してみてください!」
「あ、ああ……」
サーリアに促されるまま、カウジーは箱と向かい合うと、
緊張の面持ちで、箱の中に小銭を投入した。
そして、箱の脇に有る小さなハンドルを、ゆっくりと回す。
すると……、
――ガシャン
軽快な音と共に……、
箱の中から、五枚のカードが吐き出された。
「…………」
振るえる手で、カウジーは、そのカードに手を伸ばす。
そんなカウジーを、ラスティ達は、押し黙ったまま、固唾を飲んで見守る。
「こ、これは――っ!?」
彼女達に見守られる中、カウジーはカードを手に取った。
そして、それに描かれたものを見た瞬間、大きく目を見開く。
そこに描かれていたのは……、
赤い髪と赤い瞳を持つ、一人の少女の姿……
何処かの街角で唄う少女――
綺麗な桃色のドレスを着飾った少女――
浴衣に身を包み、花火に見惚れる少女――
・
・
・
……出てきた五枚のカード全てに、同じ少女が描かれていた。
そして……、
少し幼い雰囲気はあるものの……、
……その少女は、夢の中で出会う『彼女』に良く似ていた。
やっぱり……、
あの子は、俺の記憶と、何か関係があるのか?
カウジーは、カードの中の少女が、
夢の中で出会った彼女と同一人物だと確信する。
そして……、
失われた自分の記憶との関係も……、
もちろん、これだけでは根拠は薄いかもしれない。
しかし、このカードに描かれた光景を見て、
胸の奥から湧き上がってくる懐かしさを、どうしても否定する事など出来なかった。
次に夢の中で会ったら……、
今後こそ、全てを話してもらわなければ……、
そう固く誓いつつ、カウジーは、カードをホケットに――
「ねえねえ、何が出てきたのか、見せてくれても良いでしょう?」
「――あっ!?」
――しまおうとしたところを、ヒョィッとフィアに奪われてしまった。
「おい、人の物を勝手に……」
「さてさて? 何が写ってるのかな〜?」
そして、カウジーが文句を言うよりも早く、
カードを奪い取ったフィアは、それに視線を落とす。
さらに、ラスティ達も、フィアの手元を覗き込み―ー
「――これれはっ!?」
「にゃにゃにゃっ!?」
「あうっ!!」
「まあ、五枚とも同じ女の子が……っ!?」
その内容を見た瞬間……、
一斉に、 彼女達の視線が、カウジーに集った。
しかも……、
それはそれは、殺気の込もった視線が……、
ちなみに、最後のセリフは、
サーリアからカードの内容を聞いたアルテのものである。
と、それはともかく……、
「あ、あの……皆さん、何を怒っていらっしゃるのでしようか?」
殺気に満ちた四人の視線に晒され、そのあまりの迫力に、カウジーは後ずさる。
そんな弱腰のカウジーを、
彼女達は、視線だけで追い詰めていく。
まあ、彼女達が怒るのも、無理はないだろう。
なにせ、想い人であるカウジーの記憶の中に……、
その中の、かなりの割合を占める位置に、見知らぬ女の子がいたのだから……、
しかも、それ以上に、彼女達をイラつかせていたのは……、
カウジー自身は気付いていないのだろうが……、
その少女が写るカードを見ていた時の、カウジーが浮かべた表情であった。
懐かしむような――
それでいて、何処か照れくさそうな――
彼女達が、一度も見たことが無い――
彼女達には、一度も向けられた事が無い――
――そんな、あたたかな微笑み。
その微笑を独り占めしている少女への嫉妬と、やり場の無い怒り……、
それが全て、自分達が怒っている理由に、
全く気付いていない、鈍感なカウジーに向けられていた。
そして……、
その鈍感っぷりが……、
……彼女達の怒りの炎に油をそそいでいく。
「サーリア……」
「……はいですぅ」
不敵な笑みを浮かべるフィアに促され、
サーリアは、例の箱を持ち上げ、カウジーに突き付ける。
「カウジーさん……続けるですぅ」
「あ、うっ……でも……」
さらに、カードを引く事を強要され……、
そこに至って、ようやく、カウジーは、
彼女達の怒りの原因が、そのカードである事に気が付いた。
だが……、
今更、気付いても、もう遅い。
すでに、彼の退路は……、
それはもう、怖い笑みを浮かべて迫ってくる彼女達に……、
「ほらほら、忘れた記憶を思い出さなきゃいけないんでしょ?」(怒)
「代金はいらないので、ドンドン引いてくださいですぅ」(怒)
「さあ、カウジーさん、遠慮なさらずに」(怒)
「あ〜う……」(怒)
完全に……、
断たれてしまっていたのだから……、
そして――
一時間後――
「……どうして、あたしのは一枚も出て来ないわけ?」
「あらあら、カウジーさんったら……覗きですか?」
「にゃにゃ〜……カウジーさん、えっちですぅ〜」
「あ〜〜〜う〜〜〜……」
床に散乱する、無数のカード……、
それらは、全て……、
カウジーの過去の断片映像……、
例の赤毛の少女が、半裸で荷物整理している姿だったり――
エメラルドグリーンの髪の少女の、水浴びのシーンだったり――
踵落としを放つメイド服姿の女性の、スカートの中身だったり――
十歳くらいの少女の額に、カウジーがキスをしている光景だったり――
それはもう、言い訳し様の無い内容のカードに囲まれ……、
ラスティ達の怒りゲージは、
MAXを通り越して、際限無く高まっていく。
特に、フィアの機嫌の悪さは顕著だ。
なにせ、これだけカードを引いたにも関わらず、
自分の幼年期を写したカードは、一枚も出て来ないのだ。
カウジー本人は気付いていないとはいえ……、
いや、だからこそ、余計にショックが大きいのも、当然だろう。
「どうやら、随分と……」
「たくさんの女の子を、毒牙にかけてきたみたいですねぇ〜」
「これは、少しお仕置きが必要ですね」
「あ〜う……」
ゆらり、ゆらり、と……、
ひたすら怖い笑みを浮かべたまま、断罪者達は、カウジーに歩み寄る。
今の彼女達を見たら、
ルーシアでさえ、わき目も振らずに逃げ出すだろう。
「あ……あ……あ……」
それ程までに、凄まじい圧力を一身に受け、腰を抜かすカウジー。
思わず、懐の天使の羽根に助けを求めるが、ウンともスンとも反応しない。
『まあ、自業自得よね〜』
どうやら、夢の中の彼女も、
カウジーを助けるつもりはないようだ。
そして……、
後に、カウジーは語る――
あの時ほど……、
不老不死の体を恨んだ事はない、と……、
<おわり>
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