エンジェリックセレナーデ SS

       
天使達の休日







「それにしても、今日も大盛況だったね」

「――あう♪」

「新曲も、なかなか好評だったし、
次も期待に応えられるように頑張らないとな〜」

「あ〜う♪」





 それは、とある闇の日の午後のことだった――

 もはや、すっかり恒例となった定期コンサートを無事に終えたカウジーとラスティの二人は、
フォンティーユの街にある唯一の公園に来ていた。

 唯一の、と言っても、フォンティーユの街は高台に位置し、
周囲の山並みが見渡せるので、その公園から見える景色は、まさに絶景……、

 それ故に、休日の午後を、
恋人と過ごすデートスポットとしては、最適の場所だったりする。

 で、そんな、何気に意味深な場所に、何故、この二人がやって来たのか、と言うと……、 



「じゃあ、この辺で食べようか?」

「――あう♪」

 

 そう言いながら、木陰に腰を下ろすカウジーの言葉に頷き、
ラスティもまた、彼の隣に座ると、持っていたバスケットから包みを取り出す。

 そして、その包みを広げると、中には美味しそうなサイドイッチが姿を見せた。

 どうやら、二人は、ただ単に、ここにランチを食べに来ただけのようだ。

 いつもなら、食事はファースン宅で食べているのだが、
今日は、少し気分を変えて外で食べよう、といったところなのだろう。

 尤も、そう思っているのは、この場では、カウジーだけであろう……、

 なにせ、このお弁当を二人に持たせたのは、エオリアなのである。
 さらに彼女は、出掛け際に、ラスティに『がんばってね♪』と耳打ちしたのである。

 幼くとも、ラスティだって女の子……、

 今日のデートで、カウジーとの仲を進展させなさい、という、
母の心遣いに気付かないわけが無い。

 そういうわけで……、
 ラスティは、今日は、ちょっぴり気合の入っていたりした。

 だが、そんな彼女の意気込みなど、知る由も無く……、

「もぐもぐ……さすがは、シアリィさんの料理は美味しいな〜♪」

 ノーテンキな顔をして、カウジーはサンドイッチをパクついている。

「――クスッ」

 そんなカウジーの様子を見て、いちいち気合を入れているのが馬鹿らしくなったのか……、
 ラスティは小さく微笑むと、肩の力を抜き、カウジーと一緒に、食事を楽しむことにした。

 そして……、

 二人で仲良くランチを食べ終え……、
 しばらく、雑談を交わしつつ、景色を眺めていると……、



「ふぁ〜あ……」

「――あう?」



 不意に、カウジーの口から、大きな欠伸が漏れる。
 それを耳にしたラスティは、カウジーに向かって小首を傾げた。

「――えっ? 眠いのか、って?」

 すでに、唇の動きを見なくても、ラスティが何を言いたいのか、
だいたい察しがつくようになったカウジーは、眠い目を擦りながら、彼女に答える。

「う〜ん……実は、昨夜は遅くまで作曲してたから、ちょっと、ね……、
まあ、ご飯を食べて、お腹が一杯になった所為もあるんだろうけど……」

 それに、今日は、こんなに良い天気だし……、
 と、これは口には出さず、カウジーは気持ちよさそうに空を見上げた。

「…………」(ポッ☆)

 木漏れ日の光を浴びて、優しく微笑むカウジー……、
 そんな、愛しい人の姿を前に、ラスティは思わず見惚れてしまう。

 そして、暫く、何かを考えた後……、

「んー……」(くいくいっ)

 意を決したラステイは、おずおずとカウジーに手を伸ばし、
彼の服の袖をチョイチョイと引っ張った。

「――ん? 何?」

 やはり、かなり眠いのだろう……、
 うつらうつらと船を漕ぎ始めていたカウジーは、ラスティに呼ばれて、ハッと我に返る。

 そんなカウジーを見つめ、ラスティは、ちょっと頬を赤く染めながら、
ぽむぽむと、自分の太腿を叩き、小さくコクリと頷いた。

「もしかして……寝ても良い、って?」

「――あう」

「……自分の膝を枕にしても良い、って?」

「……あ〜う」

 自分は、こんなにも恥ずかしいのを一生懸命に我慢しているというのに……、

 あまりにも無粋な聞き返し方をする朴念仁なカウジーに、
ラスティはちょっとだけ頬を膨らませつつ、それでも律儀に何度も頷く。

 そして、そんなラスティの複雑な想いなど気付きもしない、カウジーは、というと……、

「それじゃあ、お願いしちゃおうかな」

 なんとも、意外にアッサリと……、
 彼は、その場にゴロンと横になり、ラスティの膝に自分の頭を乗せてしまった。

「――っ!?」

 自分で誘っておきながらも、予想外の展開に、目を見開くラスティ。
 それに構うことなく、カウジーは、すでに寝息を立て始めている。

 どうやら、カウジーの大胆な行動は、
眠気のあまり、判断力が鈍ってしまっていたのが原因のようだ。

 それとも、もしかしたら、以前、アンクルノートでも似たような事があったので、
抵抗が無くなっていたのかもしれない……、

 まあ、それはともかく……、

「…………♪」

 カウジーに膝枕をする、目的を達成したラスティは、満足げに微笑む。

 そして、無防備な寝顔を見せるカウジーの髪を手で梳きながら、
彼が気持ち良く寝られるようにと、優しく唄い始めた。



 あなたのことが大好き
 そう気付いた瞬間の
 喜び 戸惑い 強い胸の鼓動

 言葉にしてしまったら
 壊れてしまいそうだから
 心で 瞳で あなたに伝えて

 二人、出会えたことが運命なら
 高い波が寄せても、怖くないよ、と言える

     ・
     ・
     ・




 フォンティーユの街の歌姫……、
 ラスティの可愛いソプラノボイスが、公園に優しく響き渡る。

 突如、聞こえてきた、その美しい歌声に、
動物達が彼女の周りに集まり、公園に来ていた人々が足を止める

 そして、仲睦まじい二人の姿を見て、人々は暖かい笑みを……、
 中には冷やかすような笑みを浮かべつつ、二人の邪魔をしないように、そっと立ち去って行く。

 狭い街である……、
 二人が、公園でデートをしていたという事実は、すぐに街中に広まるだろう。

 どうやら、しばらくは、
これをネタに、二人がからかわれるのは確実になったようだ。

 でも、今のラスティにとっては、そんなことはどうでも良いことであった。

 大好きな人が、安らいでくれている……、
 今、自分が、誰よりもカウジーの近くにいる……、

 ……それが、嬉しくてたまらない。

 いつまでも、この幸せが続きますように……、
 いつまでも、カウジーと一緒にいられますように……、

 ……そんな、淡い想いを込めて、ラスティは唄う。

 彼女を慕う、小鳥や動物達に見守られながら……、
 二人の行方を祈る、街の人々の暖かな心に包まれながら……、
















 だが、忘れてはいけない……、

 そんな光景を見せられたら、黙ってはいられない人物が、
この街には三人もいるのだ、ということを……、
















「あーっ! カウジーったら、またそんな事してーっ!」

「にゃにゃ? お昼寝ですか〜? サーりアもご一緒して良いですか〜?」

「あらあら……こんにちは、ラスティちゃん」
















「あ、あう……」(汗)

 あまりにも、まるで見計らっていたかのように良いタイミングで現れたフィア達に、
ラスティはちょっと笑顔を引きつらせつつ、ペコリと頭を下げる。

 だが、フィア達は、そんなラスティへの挨拶もそこそこに、
眠っているカウジーの側に腰を下ろすと、早速、ラスティに話を持ち掛けてきた。

「ねえねえ、ラスティ? 足、痺れない? 代わってあげようか?」

「サーリアも、代わって欲しいですぅ〜♪」

 それはもう満面の……、
 それでいて、やたらと迫力のある笑顔を浮かべるフィアとサーリア。

 二人は、そんな、ほとんど脅しに近い笑顔を、ずずいっと間近に寄せて、
ラスティに膝枕の交代を願い出る。(強要する)

「あ、あう〜……」

 フィアとサーリアの、有無を言わせぬ迫力に、タジタジのラスティ。
 その迫力に圧され、今のポジションを明け渡してしまうのは、もう時間の問題か……、

 だが、神様は……、
 ってゆーか、熾天使のサフィー様は、そんなラスティを見捨ててはいなかった。



「おーい! フィアちゃん! いつになったら買い物から帰って来るんだ、って、
ルーサさんが、カンカンに怒ってたぞ〜!」

「ああ、いたいた! サーリアちゃん! ウチの娘が風邪を抉らせちゃったんだよ。
悪いんだけど、大至急、薬を作ってやってくれないかい?」



 人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られてなんとやら……、

 フィアとサーリアを探していたのだろう。
 街の人が、こちらに向かって駆けて来ながら、二人を呼ぶ。

「――ええ〜っ!?」

「にゃにゃ〜っ!」

 せっかくの、カウジーに膝枕できるチャンスを、みすみす逃す羽目になり、
残念そうな声を上げるフィアとサーリア。

 だが、街の人の言葉を無視するわけにもいかず、二人は仕方なく立ち上がると……、

「こ、今回は、ラスティに譲ってあげるわ……」(泣)

「にゃ〜……残念ですぅ〜」(泣)

 ……無茶苦茶後ろ髪引かれる面持ちで、それぞれの家へと帰っていった。

「あう〜……」

 去って行くフィア達の後姿を見送り、彼女達に悪いとは思いつつも……、

 これでまた、カウジーと静かに休日を過ごせる――
 誰にも邪魔されずに――

 ……と、安堵の溜息をつくラスティ。

 だが、ラスティは、お邪魔虫三人組の内、
ただ一人、ここに残っていた人物のことを失念していた。



「うふふふ♪ よく寝ていますね」

「――あうっ!」



 あまりにも自然に、自分の横に座り、カウジーの頭を撫でているアルテの存在に気付き、
ラスティは思わず大きな声を上げてしまう。

 そんなラスティに、アルテは、自分の指を唇に当てると、小声で彼女に注意を促す。

「静かに……カウジーさんが起きてしまうわ」

「…………」(コクコクコク)

 アルテの言葉に、無言で頷くラスティ。

 だが、その表情は、ちょっと優れない。
 何故なら、カウジーとの蜜月(?)にはお邪魔な人物が、まだ残っていたのだから……、

 しかも、その相手が、自分には無い、
大人の魅力満載のアルテとくれば、不安を覚えるのも無理は無い。

 だが、アルテは、自分にとって大切な姉のような存在であり……、
 無下に扱うわけにはいかないわけで……、

「あう……」

 どうしたら良いのか分からず、軽く眉をひそめて、困ったように微笑むラスティ。

 そんなラスティの思いに気が付いたのだろう。
 アルテは、クスッと微笑むと……、

「ふふっ、大丈夫よ。交代して、なんて言ったりしないから」

「あ、あう……」

「でも、足が痛くなったら、遠慮無く言ってくださいね」

「う〜……」(ふるふるふるふる)

「あらあら……」

 冗談半分、本気半分の自分の言葉に、
激しく首を横に振るラスティを見て、アルテは暖かい笑みを浮かべる。

 どうやら、アルテは、フィアやサーリアのようにライバル心を剥き出しにするのではなく……、
 あくまでも、ラスティの姉的存在というスタンスを崩すつもりは無いようだ。

 こうやって、恋敵である自分に対するラスティの警戒心を薄れさせていき、
隙を見計らって、一気にかっさらおう、などと考えているとは、とても思えない優しい笑みである。

「それじゃあ……せめて、私も一緒に唄っても良いかしら?」

「――あうっ!」(こくん)

 そんな、アルテの遠謀など知る由も無く……、
 恋敵とはいえ、アルテを慕っているラスティは、その言葉に素直に頷く。

「曲は何にしましょうか? やっぱり、前に、ラスティちゃんに教えてもらった歌?」

「あ〜う♪」
















 そして、再び……、
 フォティーユの街に、優しい歌声が響き渡る……、

 まるで、街全体をあたたかく包み込むように……、
 そこに住む、全ての人々を癒すかのように……、

 もしかしたら……、

 その時、周りにいた動物達には見えたかもしれない……、
 二人の背に、光り輝く、6枚3対の天使の翼を……、

 でも、それが何を意味するのか、二人は、まだ知らない。

 だから、今は……、
 愛しい人が安らげるように……、

 ただ、それだけの為に、二人の天使は歌を紡ぐ……、
















 そして、そんな天使達に見守られる、旅の楽師は……、
 この街の行く末を握る、一人の若者は……、








「う〜ん……むにゃむにゃ……サフィー……」








 すでに回り始めてしまった、運命の歯車に気付くことなく……、

 寝言で、昔の恋人の名前を呟きながら……、
 それはもう、ノンキに、寝息をたてるだけであった……、
















 ちなみに――

 その寝言を言った瞬間……、
 二つの拳が、彼の顔面に振り下ろされたのは……、

 ……まあ、言うまでもないだろう。(笑)








<おわり>
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