エンジェリックセレナーデ SS
いんぷりんてぃんぐ
「にゃにゃ! ついに完成しましたですぅ〜!」
ある日のこと――
仕事の用事でウィネス魔法店にやってきたフィアは、
店内に入るなり、異様な光景を目の当たりにし、思わず、その場で固まってしまった。
さて、フィアが、一体、何を目撃したのか、というと……、
「にゃ〜♪ にゃにゃにゃにゃにゃ〜♪」
なんと、サーリアが店の中で踊っていたのである。
まあ、その程度なら、サーリアならさもありなん、と言ったところなのだが、
今回のサリーアの様子はひと味違っていた。
それはもう、かなりトリップした目つきで魔法の杖を抱きしめ……、
店内をところ狭しと、クルクル回って踊り狂い……、
しまいには、赤くなった頬に手を当てて、
某妄想超能力少女の如く、『やんやんやん☆』と身をくねらせているのだ。
こんな光景を見て、退いたりしなかったら、それは余程の大物か馬鹿である。
まあ、それはともかく……、
いつもとは、かなり違ったテンションのサーリアを見て、立ち尽くしてしまったフィア。
だが、いつまでもそうしているわけにもいかないので、
フィアはすぐさま我に返り、サーリアを正気に戻そうと声を掛ける。
「ね、ねえ、サーリア……?」
「はにゃ?」
「何をそんなに喜んでるの? 何か良い事でもあったの?」
「もちろんですぅ♪ それを見てくださーいっ!」
フィアの呼び掛けに、ピタッと踊りを止めるサーリア。
そして、フィアに得意げな笑みを向けると、
持っていた小瓶を、ジャジャ〜ンと、フィアに見せ付けるように差し出した。
「……なに? これ?」
と、訊ねつつ、サーリアが持つオレンジ色の液体の入った小瓶をしげしげと眺めるフィア。
そんなフィアに、サーリアは、えっへんと胸を張って答える。
「これはですね〜……謎ジャムですぅ♪」
「…………」(怒)
グリグリグリグリ……
「あうう〜……無言でオデコをグリグリするの止めてほしいですぅ〜」(泣)
「だったら、お馬鹿なこと言ってないで、ちゃんと説明しなさい」
「にゃ〜……これは、惚れ薬ですよ〜」
「――えっ!?」
その言葉に、サーリアの頭をグリグリしていたフィアの手が止まる。
そして、キラキラと瞳を輝かせ、サーリアに訊ね返す。
「惚れ薬って……もしかして、あの時の?」
「そうですぅ♪ ハラ薬と間違えて作ってしまったアレですぅ♪」
「そうなのねっ! アレなのねっ!」
サーリアの期待通りの答えに、思わず天に拳を突き上げるフィア。
そんなフィアを前に、件の薬をコップにそそぎつつ、サーリアは説明を続ける。
「はいですぅ! しかも、さらに改良を加え、効果をより強力にした惚れ薬DXなのですぅっ!」
「凄いわ、さすがサーリアねっ!! では、早速――」
――ササッ!!
偉業(?)を成し遂げたサーリアに賞賛の言葉を掛けつつ、
フィアは、カウンターに置かれた、惚れ薬DXが注がれたコップに手を伸ばす。
だが、彼女の手が、そのコップに触れるよりも早く、
サーリアが、それを邪魔するかのように、フィアの前に立ち塞がった。
「…………」
「…………」
無言で睨み合うフィアとサーリア……、
ちなみに、目は笑っているが、その引き攣った口元は、かなり怖かったりする。
「サーリア……どうして邪魔するのかしら?」
「そういうフィアちゃんこそ、この薬を誰に使うつもりですぅ?」
バチバチバチバチバチバチッ!!
二人の視線がぶつかり合い、激しく火花が散る。
ずっと一緒に笑い、一緒に泣いて過ごしてきた親友同士が、今はもう、排除すべき敵であった。
まあ、無理もない……、
何故なら、二人の目的は、全く同じなのだから……、
「そう……なら、力尽くで奪わせてもらうわ」
「にゃにゃにゃ! やれるものならやってみるですぅ」
フィアは、今まで何人もの酔っ払いを屠ってきた必殺の蹴りの構えをとり――
サーリアは、得意のジオスソードの呪文詠唱に入る――
まさに一瞬即発……、
フォンティーユ唯一の魔法店は、今、闘いのリングと化そうとしていた。
と、その時……、
「サーリア〜、戻ったよ〜。
採取してきて欲しいって言ってた薬草って、これで良かったのな?」
どうやら、今日は、この店でアルバイトをしていたらしい……、
サーリアに頼まれ、薬草を取りに行っていたカウジーが、カゴ一杯の薬草を抱えて帰って来た。
「にゃにゃ♪ カウジーさん、ありがとうですぅ♪」
「あっ、ご苦労様、カウジー♪」
さっきまでの緊張感は何処へやら……、
フィアとサーリアは、満面の笑顔でカウジーを出迎える。
「あれ? フィアも来てたのか?」
「ええ、ちょっとお母さんに買い物を頼まれちゃって」
「ははは、酒場は毎日大変だな」
「そうそう、ウチは人手が少なくて大変なのよ!」
「そうだよな〜。特に男手は欲しいところだろうな〜」
「うんうんうん♪ だからさ、カウジー? もし良かったら、ウチに永久就職しない?」
「おいおい……再来月には、俺は旅に出るんだって事は、もう知ってるだろ?」
「うっ……も、もちろん、知ってるけど……」
ついさっきまで、ここが修羅場となっていた事など知りもしないカウジーは、
持っていたカゴをカウンターの上に下ろしつつ、フィアと話を交える。
ちなみに、フィアの言う『永久就職』の本当の意味など、当然の如く、気付いていない。
「はあ〜……やっぱり、馴れない事はするもんじゃないな」
薬草が詰まったカゴを置いて、軽くなった肩をコキコキとマッサージしながら、
やれやれと椅子に座って一息つくカウジー。
そんなカウジーに、サーリアが、例の薬が入ったコップを差し出した。
「お疲れ様ですぅ♪ さあ、ジュースをどうぞ♪」
「ああ、ありがとう、サーリア」
サーリアからコップを受け取り……、
余程、喉が乾いていたのだろう、カウジーはそれを一気に呷った。
それが、サーリア特製の惚れ薬DXだとも知らずに……、
ゴクゴクゴクゴク――
「…………」
「…………」
惚れ薬が、カウジーの喉を通っていく……、
それを、緊張の面持ちで見守るフィアとサーリア……、
そして……、
「ふぅ〜……あれ? なんか、ジュースにしては味が――――」
――バタンッ!
全部、飲み干してから、ようやく、その液体がジュースでない事に気が付くカウジー。
だが、時すでに遅し……、
薬の効果によって、カウジーは、椅子から転げ落ちるように引っくり返ってしまった。
「ちょっと、サーリア……気絶しちゃったわよ?」
「はい♪ 計算通りですぅ♪」
床に倒れ、気絶してしまったカウジーの顔を覗き込み、フィアは不安げにサーリアに訊ねる。
しかし、そんなフィアとは裏腹に、サーリアは上手く行った、と上機嫌だ。
「何が、どう、計算通りなのよ?
前のヤツは、飲んですぐに気絶なんてしなかったじゃない?」
「にゃ〜、実はですね……気を失うくらい効果を強くし過ぎちゃたですよ」
「強くし過ぎたって……あたな、一体、何したの?」
「ご説明しますぅ♪ 媚薬や精力剤、さらにインプリンティング効果も付与したですよ♪」
「インプリンティングって……ということはっ!?」
「はいですぅ♪ カウジーさんは、目を覚ました時、最初に見た女の人を――」
「最初に見た女の人を?」
突然、サーリアが、何やら意味ありげに声をトーンを落としたので、
それにつられるように、フィアは神妙な顔で訊ね返し、ゴクリと生唾を呑み込む。
そして、サーリアは、軽くもったいぶった後……、
「なんとっ! 本能の赴くまま、襲い掛かるですぅ♪」
「それじゃあ、ただのケダモノじゃないっ!!」
スパァァァーーーンッ!!
何処からともなく取り出したスリッパで、サーリアに見事なツッコミを入れるフィア。
そんなフィアに、サーリアは、
叩かれた頭を押さえながら、心外だ、とでも言うような視線を向ける。
「で、でもでもぉ……カウジーさんとラスティちゃんの結婚式まで、もう時間が無いですぅ。
だから、手段を選んではいられませんですぅ」
「で、でも……」
「とにかく、どんな方法であれ、既成事実と愛の結晶を作っちゃうですよ!
そうすれば、ラスティちゃんから、カウジーさんを奪い取れますですよっ!」
「た、確かに、サーリアの言う通りねっ! 手段を選んじゃいられないわよねっ!」
これも、恋する乙女であるが故、ということなのか……、
二人とも、方向性が、かなりトンデモナイ方向へと弾けている。
しかし、今の彼女達が、そんな事に気付くわけがない。
ただ、ひたすらに、己が信じる道を、突き進みまくるのみ……、
「さて、それじゃあ、カウジーをウチに連れて帰りましょうか♪
そして、今夜は、あたしの部屋で朝までタップリと……うふふふふふふふふふ♪」
自分の部屋で、ゆっくりカウジーにインプリンティングさせる為、
フィアは、カウジーを背負おうと、彼の体を持ち上げる。
だが、突然、それを黙って見ているわけにはいかない者が約一名……、
「何を言ってるんですぅっ!? 惚れ薬を作ったのも、カウジーさんに飲ませたもの、
ぜ〜んぶ、サーリアのお手柄ですぅっ! だから、カウジーさんはサーリアのものですぅっ!」
フィアの鼻先に魔法の杖を突き付け、自分の意見の主張するサーリア。
まあ、確かに、もっともな意見である。
しかし、恋する乙女に、理屈など通用しないわけで……、
「はいはい、お疲れ様♪ だから、ここから先はあたしに任せて良いわよ♪
だいたい、カウジーはあたしと結婚の約束してるんだから、先にツバつけたのはあたしよっ!」
「だ〜か〜ら〜……そんなのは、もうとっくの昔に時効なのですぅっ!!」
「…………」
「…………」
「ふっふっふっふっ……」
「うふふふふふふふ……」
――バチバチバチバチッ!!
再び、二人の間に火花がほとばしる。
「やっぱり……」
「ここで、決着をつけるしかないみたいですぅ」
フィアは、さっき出したスリッパを……、
サーリアは、愛用の魔法の杖を……、
……それぞれの得物を構えて、二人は不敵に微笑み合う。
そして……、
「フィアちゃーーーーんっ! サーリアはあなたを超えるですぅーーーーっ!!」
「こぉの、馬鹿ネコがぁぁぁぁぁーーーーーっ!!」
こうして――
今日もまた、ウィネスの魔法店では――
「サーリアの邪魔はさせませんですぅぅぅぅぅっ!!」
「そんなにカウジーに抱かれたいのかぁぁぁぁーーーーーーっ!!」
最近、すっかりお馴染みとなった……、
二人の対決による大爆発が、巻き起こるのであった。
さて――
一方、気絶してしまったカウジーは、というと……、
「うおおおおーーーっ! サフィ〜〜〜〜〜ッ!!」
「ちょっ、ちょっと、カウジーッ!? いきなりなにするの!?」
「ああ、サフィ〜……俺の可愛い仔猫ちゃん……♪」
「えっ? あっ、ダメ……そんな、カウジー……夢の回廊で、こんなこと……」
「サフィー……好きだ……今でも、キミへの想いは変わらないよ」
「だ、だから、ダメよ……ぅんっ……お願いだから、落ち着いて、カウジー……、
で、でも、200年ぶりだから、ちょっと嬉しいかも〜……♪」(ポッ☆)
「サフィ〜〜〜〜〜ッ!!」
「ああん、カウジ〜〜〜〜〜ッ♪」(はぁと)
どうやら……、
サリーアの薬は、意外なところでも効果を発揮したようである……、
<おわり>
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