エンジェリックセレナーデ SS
もう大人です……
『ま、まあ……ラスティは、まだ子供だし……』
『わたし、子供じゃありません……』
『――えっ?』
『子供じゃないです……もう大人です』
フォンティーユを襲ったあの出来事から数ヶ月――
いくら雰囲気が盛り上がってしまっていたとはいえ……、
街の人々の前で公開キスをしてしまったカウジーとラスティは……、
あれからというもの、街の人々に散々、冷やかされながら生活していた。
だが、人の噂も七十五日とも言い……、
二人にとっては嬉し恥ずかしいそんな噂も、次第に沈静化していく。
そんな平穏な日々の中……、
ついに、カウジーとラスティとの結婚が決まった……、
そんなある日のこと――
「――うっ!?」
冬の初め頃から、ファースン家の居候となったカウジー。
そんなカウジーを交えての……、
もうすっかり家族同然となった三人での夕食……、
と、そんないつもの団欒風景の中、突然、ラスティが苦しげな声を上げた。
そして、椅子を蹴るように、慌てて立ち上がったかと思うと、
手で口元を押さえたまま、キッチンへと走って行く。
「ど、どうした、ラスティ?」
そんなラスティを見て、心配になったのだろう。
カウジーは、腰を浮かせつつ、キッチンにいるラスティに声を掛ける。
「だ、大丈夫です〜」
カウジーの呼び掛けに、すぐに返事はあったものの、
彼女の可愛いソプラノの声は、やはり、ちょっと苦しそうに歪んでいた。
それでも、一応、そんなに心配する程のことではないと判断したのたろう。
カウジーは、キッチンに視線を向けたまま、再び椅子に腰を下ろした。
「う〜……」
それと同時に、タオルで口元を拭きながら、ラスティが戻ってくる。
おそらく、今、食べた物を戻してしまったのだろう。
そんなラスティの顔色は、ちょっと悪い。
「ラスティ? 気分が悪い――」
それに気付いたカウジーは、ラスティを気遣うように声を掛ける。
だが、それよりも早く……、
「ラスティ……ちょっとこっちに来て」
「…………」(コクリ)
シアリィの呼び掛けにコクリと頷き、彼女へと歩み寄るラスティ。
そんなラステイを真剣な眼差しで見つめると、シアリィは、そっと娘のお腹に手を当てた。
「あ……」(ポッ☆)
それが何を意味するのか、分かったのだろう……、
ラスティはちょっと困ったように、でも、嬉しそうに、頬を赤らめる。
「ねえ、ラスティ? あなた、カウジーさんに大切なお話があるんじゃないの?」
「…………」(コクリ)
シアリィの優しい言葉に、ラスティは恥ずかしそうに小さく頷く。
そして、チラリとカウジーに視線を向け……、
「――え? 俺?」
この場で唯一、状況が分かっていないカウジーは、自分を指差して戸惑うばかりだ。
そんなカウジーに……、
数日後、自分の夫となる最愛の人に……、
――ラスティは、衝撃的な事実を伝えた。
「……できちゃいました」
「――はい?」
一瞬、何を言われたのか理解できず、カウジーは間の抜けた声を上げる。
だが、すぐに我に返ると、
ラスティに告げられた言葉の意味を考え始めた。
食べた物を戻してしまったラスティの症状――
彼女のお腹に添えられたシアリィの手――
そして、先程のラスティの発言――
それらから導き出される答えといえば……、
……。
…………。
………………。
「どええええええーーーっ!?」
さすがに、そこまで鈍感ではなかったようだ……、
ファースン親子の言動から、ある結論に達したカウジーは、大絶叫を上げると、
椅子から転げ落ちるように腰を抜かす。
「で、ででで、できちゃったって……まさか……」
まあ、当然かもしれないが、よほど驚いたようだ。
ほとんど呂律が回らないまま、カウジーはラスティに訊ねる。
すると、ラスティは、それはもう嬉しそうに……、
「はい♪ 私とカウジーさんの――」
「ちょっ、ちょっと待ったっ!!」
慌ててラスティの言葉を遮るカウジー。
そして、何かを思い出すように虚空を見上げると、カウジーは、何やら指折り数え始めた。
そして、結論が出たのだろう……、
カウジーは、複雑な表情で、再びラスティに訊ねる。
「あの……計算が合わないんだけど?」
ちなみに、このセリフが出る、ということは、身に覚えがあるということでもある。
どちらにしろ、カウジーのロリコン疑惑は確定だ。
ラスティの母であるシアリィも一緒に暮らしているというのに、なかなか良い度胸である。
いや、もしかしたら、以前までカウジーが野宿していた川辺で、という可能性も……、
まあ、それはともかく……、
「多分、あの時の……だと思います」
「――あの時?」
カウジーの質問に、照れながらも、言葉少なげに答えるラスティ。
だが、それだけでは分からなかったカウジーは、さらに訊ねる。
「あの時です……あの、洞窟で……」
「洞窟って……あっ」
そこまで聞いて、カウジーは、ようやく理解した。
ラスティが言う『あの時』とは、カウジーにとっても、まだ記憶に新しいものだったのだ。
あの事件があった時……、
崖から落ちてしまったカウジーとラスティは、
ラスティの天使の力と、川に落ちた事で、何とか一命を取り止めた。
だが、その際、ラスティを庇って落ちた所為だろう……、
川に飛び込んだ時の衝撃は、あまりに強く、カウジーは意識を失ってしまった。
そして、次に意識を取り戻した時……、
カウジーは、川辺の側にあった洞窟の中で、ラスティと裸で抱き合っていた。
ラスティ曰く、冷えてしまったカウジーの体を、自分の体で温めていた、とのこと……、
今、ラスティが言った『あの時』とは、この時のことを言っているのだ。
しかし、カウジーには腑に落ちない点がある。
「俺……あの時は、何もしてないよ」
――そう。
あの時、カウジーは、何もしていないのだ。
確かに、カウジーはラスティと裸で抱き合ってはいたが、それだけである。
子供が出来てしまうような……、
18禁指定を受けてしまうような真似はしていないのだ。
その記憶には、確固たる自信がある。
何故なら、あの時、カウジーは、自分の理性を総動員させていたのだから……、
あの時、ラスティに手を出さなかったのは、自分でも誉めてやりたいくらいである。
だからこそ、自信を持って言える。
自分は、ラスティに、何もしていない、と……、
だが、今、現在、ラスティのお腹の中に、自分の子がいることは確実な様子だ。
となると、考えられる事は……、
「あの時……私、言いましたよね?」
「…………」
「『……もう大人です』って♪」
「あのセリフは、
そういう意味かぁぁぁぁーーっ!!」
ラスティのその一言で、全てを理解し、
カウジーは、頭を抱えて床の上をのたうち回る。
「うふふふふふ……♪」
そんなカウジーを、ラスティは、とっておきの悪戯が成功したような、
ちょっと小悪魔的な微笑を浮かべて眺め……、
「偉いわよ、ラスティ♪ さすがは私の娘ね♪」
その母であるシアリィは、娘の偉業(?)を褒め称える。
つまり、だ……、
あの時、カウジーは何もしていなくても、
ラスティが何もしなかったとは言い切れないわけで……、
ラスティは、カウジーが気を失っている間に……、
冷えてしまった彼の体を温めると称して……、
「フィアさんや、アルテさん……、
ライバルがいっぱいいたから、私、お母さんに相談したんです」
「そこで、私が極意を伝授してあげたんですよ。亡くなった夫も、この手で捕まえました♪」
「あうあうあうあう……」
「でも、カウジーさんは私を選んでくれたから、嬉しかったです」
「まあ、いざというと時の為の、保険みたいなものかしらね♪」
「あうあうあうあう……」
「そういうわけで、カウジーさん♪ 子供の名前はどうしましょうか?」
「あらあら、ラスティたら♪ まだ、ちょっと気が早いわよ♪」
「うわあああぁぁぁぁーーーっ!!」
後に、カウジーは語っている……、
この時ほど、ファースン親子を怖いと思ったことはない、と……、
<おわり>
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