エンジェリックセレナーデ SS

       
フィアちゃん大暴走







「はあ〜……」

「なんだい、なんだい? またいつものかい?」

「なによ〜? その『いつもの』って〜?」

「言葉通りだよ。まったく、あれからもう一年も経ってるっていうのに、
いつまでもウジウジしてるんじゃないよ」

「む〜、だって〜……」

「だってじゃないよ。ほらほら、サッサと仕事を手伝いな。今日も忙しいんだからね」

「は〜い……」





 ここは、フォンティーユに唯一ある酒場兼宿屋――
 その名は『アンクルノート』――
 
 その店の看板娘であるフィアは、今日も今日とて、テーブルに突っ伏し、
それはもう、大きな溜息をついていた。

 カウジーとラスティが結婚し、
新婚旅行に出掛けてから、もう一年も経つのだが……、

 あれからというもの、フィアは、ずっとこんな調子なのである。

 まあ、無理も無いのかもしれない……、

 なにせ、歳の差ゆえ、叶うはずも無いと諦めていた初恋――
 病に侵され、療養の為に村を離れた為、もう二度と会えないだろうと思っていた大好きな人――

 その相手が、実は不老不死で……、
 再会した時には、自分も、彼に見合う程に成長し……、

 もしかしたら、自分の初恋は実るかもしれない。
 これからは、大好きな人と、ずっと一緒にいられるのかもしれない。

 ……そう期待に胸を膨らませずにはいられなかった。

 だが、意外な事に、ライバルはやたらと多かった。

 大人の魅力を持つ、踊り子のアルテ――
 無邪気な笑顔が可愛い、魔法店のサーリア――

 そして――

 赤い刻印を持つ者として、街の者達に忌み嫌われ……、
 楽師であった彼の協力により、街一番のアイドルとなり……、

 今や彼の最愛の妻となった、歌姫のラスティ――

「カウジー……どうして、ラスティなのよ〜」

 濡れタオルでテーブルを拭きつつ、フィアは、再び溜息をつく。

 ――そう。
 カウジーが選んだのは、フィアではなく、ラスティだったのだ。

 他の二人に負けたのならまだしも、
よりにもよって、最年少のラスティに、初恋の相手を奪われてしまったのだ。

 その悲しさ、その虚しさは、本人にしか分からないであろう。

「昔は、あんなに優しかったのに……」

 テーブル拭きを終え、次は床のモップ掛けを始めるフィア。
 そして、バケツに汲んだ水でモップを濡らしながら、幼き頃を思い出す。

 初めて出会ったのは、村の近くにある森の中だった。
 幼い頃、その森で迷子になった自分を、カウジーが家まで送ってくれたのだ。

 それをきっかけに、カウジーとノート家との付き合いが始まり……、

 カウジーは、病弱で良く寝こんでいた自分のところに、何度もお見舞いに来てくれた。
 そんな自分の為に、いつもフォルテールを弾いてくれた。

 そして、お別れの時には……、
 いつか自分の為に曲を作ると約束してくれたし、結婚の約束だってしてくれた。 

 いっぱい、いっぱい……、
 カウジーは、優しくしてくれた。

 それなのに……、
 ああ、それなのに……、

「ああーっ、もうっ! 思い出しただけでも腹が立つっ!!」

「モップ持って暴れるんじゃないよ! この馬鹿娘はっ!」


 
――スカーンッ!


「あうちっ!」

 街の教会で、幸せそうに微笑み合うカウジーとラスティの姿を思い出してしまい、
怒りのあまり、モップでテーブルをガンガンッと殴り付け始めるフィア。

 彼女の母親であり、この店の主人でもあるルーサ・ノートは、
そんなフィアの様子を見て、間髪入れずに、持っていたリンゴを投げ付けた。

 それが頭にクリティカルヒットして、我に返ったのだろう。

 フィアは振り上げたモップを下ろし、床に落ちたリンゴを拾うと、
ヤケ食いとばかりに、それにかぶりついた。

 ……なかなか、楽しい親子だ。

 しかし、普通なら悲しみに涙するであろうところで暴れるとは……、
 何とも、フィアらしいと言えばフィアらしい行動パターンである。

 尤も、それが原因で、カウジーにフラれたのかもしれないが……、

「やれやれ……誰に似たのやら……」

 リンゴを食べながらもモップ掛けを再開するフィア。

 そんなフィアを見て、ルーサは、街の者に尋ねたら、
100人中100人が『あんただ、あんた』と答えるであろう疑問を呟きつつ、仕事に戻る。

 と、そこへ……、

「ねえ? お母さん……」

「ん? 何だい?」

 唐突に、掃除する手を止めて、フィアはルーサに話し掛ける。
 仕事をする手を休めぬまま、それを耳を傾けるルーサ。

 そして、フィアは、真剣な表情で、カウンターにいるルーサに歩み寄ると……、





「カウジーって……やっぱり、ロリコンなのかな?」





 ……と、のたもうた。

「あ、あんたは……」(大汗)

 いきなりの、フィアのブッ飛んだ発言に、床に突っ伏すルーサ。
 それでも、なんとか立ち直り、ルーサは呆れたように自分の娘を一瞥する。

「何を馬鹿なことを言い出すんだい、この娘は?」

「だって、カウジーったら、立派に成長したあたしには見向きもしないで、
お子様のラスティと結婚しちゃうし……」

 そう言って、カウンターに指で「の」の字を書き始めるフィア。

 そんな娘のウジウジした態度に、さすがにイライラしてきたようだ。
 ルーサは、大きく首を横に振ると、ちょっと辛辣に、フィアに言い放つ。

「ったく、そんなに惚れてるなら、どうして、もっとしっかり捕まえとかないのさ?」

「うっ! だって……それはカウジーが鈍感だから……」

「相手が鈍感だ、って分かっていたなら、それ相応のやり方ってのがあっただろう?」

「うぐぐ……」

「まったく、いつも酔っ払いを蹴り飛ばしてるあんたは、一体、何なんだい?
ああいう鈍い男にはね、あれくらいの勢いで、ストレートに言ってやらなきゃわからないのさ」

「…………」

「まあ、今更、こんなこと言っても、もう手遅れなんだけどねぇ……」

「うう〜……カウジ〜……」(泣)

 ルーサのトドメの一言に、泣き崩れるフィア。

 言いたい事を全部言って、スッキリしたのだろう。
 落ち着きを取り戻したルーサは、さすがに言い過ぎたかと、困ったようにポリポリと頭を掻く。

 そして、何と言って宥めたものかと、思案し始めた。
 と、その時……、


 
カラン、コロン――


 店のドアの開く音がして、ルーサはそちらに目を向ける。

 そこには……、
 背中にフォルテールを背負った、懐かしい楽師の姿があった。

「お久しぶりです、おかみさ――」


「カウジ〜〜〜〜♪」


 店に入って来た楽師……、
 カウジーが何かを言うよりも早く、フィアがカウジーに飛び掛かる。

 さっきまで、カウンターに突っ伏して泣いていたのが嘘だったかのような素早さだ。

「カウジーだ、カウジーだ、カウジーだ〜〜〜♪」

「お、おいおい……」(汗)

 もう離さないとばかりに、カウジーを抱きしめつつ、フィアは、カウジーの胸に頬を摺り寄せる。

 街に帰って来て早々、フィアの、そんな熱烈な出迎えに、
引きつった笑みを浮かべ、カウジーはルーサの方に視線を向けた。

「なんか……フィアの性格、変わってません?」

「ん〜……早速、実践ってところかしらね〜」

「――はあ?」

 何やら訳のわからない事を言うルーサに首を傾げるカウジー。
 そんなカウジーにはお構いなく、フィアの暴走は続く。

「うふふふ〜♪ やっとラスティを捨てて、あたしのところに帰って来てくれたのね〜♪」

「再会して、いきなり不穏な事を言うなよ……」(汗)

「そうです。カウジーさんは、私『達』を捨てたりなんかしません」

 突然、カウジーの後ろから聞こえてくる、可愛いソプラノボイス……、

 その声の正体に気付き、露骨に不機嫌な表情になるフィア。
 そして、カウジーに抱き付いたまま、彼の肩越しに、そちらに目を向け……、


 
――ひきっ


 まるで、時間が止まってしまったかのように……、
 『それ』を見た瞬間、フィアの表情が固まった。


 ……。

 …………。

 ………………。


 たっぷりと30秒ほど、硬直状態が続いた後……、
 フィアは、カウジーから離れ、恐る恐るといった感じで訊ねる。

「ねえ、カウジー……?」

「どうした?」

「あの、ラスティが抱いてる物体は……何?」

 ワナワナと振るえる指先で『それ』を指差すフィア。
 
「おいおい……物体ってのはヒドイ言い方だな?
この子は、俺とラスティの愛の結晶だっていうのに……なあ、ラスティ?」

「うふふ……そうですね♪」

 そう言って、同意を求めるカウジーに頷きつつ、ラスティが店に入ってくる。

 カウジーと旅に出てから一年……、
 その一年は、ラスティは、見違えるほどに成長していた。

 もちろん、まだまだ幼さは残っているが……、
 着実に、大人の女性への階段を上がっているのが見て取れる。

 特に、旅を通じて、様々な経験をしたのだろう。
 その表情は、グッと大人びて見えた。

 そして、何よりも……、

「あぅ〜……すーすー……」

「ははは、まったく、良く眠るな〜」

「良いんですよ。寝る子は育つ、です」

「そうだな」

 ラスティの腕に抱かれた新たな命――
 多分、母親似であろう、可愛い女の赤ちゃん――

 それが……、
 ラスティが母になったのだ、ということを物語っていた。

「あうあうあうあう……」

 ようやく、その事実に気が付き、口をパクパクさせるフィア。
 だが、そんなフィアの様子に気付く事無く、若い夫婦は幸せオーラを全開に振り撒きまくる。

「しかしまあ、ホント、赤ん坊って、どうしてこんなにぷにぷにしてるんだろうな〜」

「もう、ダメですよ。この子が起きちゃいます」

「あははは、こんなに可愛いと二人目が欲しくなっちゃうな〜」

「もう、あなたったら……♪」(ポッ☆)

 『あなた』ときた……、
 旅に出る前までは『カウジーさん』だったのに……、

 どうやら、この一年の間に、二人の関係は、より親密になったようだ。
 尤も、子供が出来てる時点で、イクところまでイッちゃっているのだが……、

 まあ、それはともかく……、

「そんな……そんな……」

 二人の幸せオーラに押されるかのように、ヨロヨロと後ずさるフィア。
 カウジーとラスティの間に子供が出来ていたことが、余程、ショックだったようだ。

 いや、違う……、
 もしかしたら、それ以上にショックだったのは……、

「やっぱり……やっぱり、カウジーって……」

 何かを確信するように、フィアは呟く。
 そして、しばらく、なにやらブツブツと考え込んだかと思うと……、

「カウジーッ! このままじゃダメよっ!!」

「な、なにっ? おわっ!?」

 突然、凄い剣幕でカウジーに詰め寄り、彼の腕を掴んだかと思うと、
フィアは、グイグイと、店の奥の階段へと、引っ張って行く。

「あんなお子様に手を出すなんて……、
あなた、このままじゃ、社会復帰できなくなっちゃうわよっ!」(←作者:もう手遅れ)

「フィ、フィアッ!? 何を言って――」

「今から、このあたしが大人の女の魅力っていうのを、しっかりを分からせてあげるっ!」

「ま、待てっ! 落ち着け、フィアッ!!」

「さあっ! あたしの部屋に行くわよっ!!」

「ラスティ、助けてぇぇぇーーーーっ!!」





「…………」(汗)

「…………」(大汗)





 暴走状態のフィアに拉致られていくカウジーを、
ラスティとルーサは、ただただ呆然と見送る。

 そして、今の喧騒で目を覚ましてしまったのだろう……、

 ラスティの抱かれた赤ん坊の泣き声で、ハッと我に返ったルーサは、
自分の娘の暴走っぷりに、複雑な心境で呟いた。

「嫁さんの目の前で不倫宣言とは……さすがは、あたしの娘って言うべきかねぇ?」

「ルーサおばさんも、そうだったんですか?」

「さあてね……まあ、愛は奪い取るくらいが燃えるってもんだろ?
それはともかく、良いのかい? ウチの馬鹿娘を止めに行かなくても?」

「大丈夫です。私、カウジーさんを信じています」

「おやおや? 余裕だねぇ?」

「旅先で色々と鍛えられましたから。それに……」

「それに?」

「母は強し、です♪」

「やれやれ……もう、すっかり、ラスティの方が大人だよ」

 赤ん坊をあやしつつ、にっこりと微笑むラスティに、
ルーサはやれやれと肩を竦め、ドタバタと騒がしい二階を見上げる。

 そして……、





「まあ、元気になっただけ良しとするかね?」





 ……そう呟きながら、仕事を再開するのだった。








<おわり>
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