エンジェリックセレナーデ SS
これって修羅場?
ここは、天使を奉る聖なる街フォンティーユ――
今、この街で、一つの闘いが繰り広げられていた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
――バチバチバチバチ
街の広場に集まった四人の女性達の間に、火花が散っている。
もう、かれこれ30分程……、
彼女達は黙したまま、睨み合いを続けているのだ。
さて――
普段は仲の良い彼女達が、何故、火花を散らすほどに睨み合っているのか、というと……、
「あ、あははははは……」(汗)
その原因は、彼女達が散らす火花の真っ只中で、
乾いた笑みを浮かべている一人の楽師……、
カウジー・ストファーという名の青年にあった。
(い、一体、何なんだ……この緊張感は?)
一人の男を中心に、美しい女性達が睨み合う……、
その理由など、ちょっと考えれば、簡単にわかりそうなものなのだが……、
当事者である彼は、それに全く気が付いていない。
天然、鈍感、朴念仁……、
ここまで来ると、ほとんど犯罪である。
『なあ、サフィー……助けてくれよ』
いっこうに、睨み合いを止めない彼女達を前に、
その緊張感に堪えられなくなったカウジーは、懐から取り出した天使の羽根に助けを求める。
だが、その羽根から返ってきた言葉は、あまりにも素っ気無かった。
『知らないわよ……自業自得でしょ?』
『……何を怒ってるんだ? お前は?』
『怒ってなんかないわよ!』
『やっぱり、怒ってるじゃないか……』
『煩いわねっ! だいたい、カウジーがハッキリしないからいけないんでしょ?!』
『ハ、ハッキリっていったって……』
『ラスティが好きなら、そう言ってあげなさいよ』
『なっ!? どうして、そこでラスティが……ラスティはまだ――』
『まだ子供、だなんて言わせないわよ……、
昔、まだ10歳だったクリノンに手を出したこと、忘れたとは言わせないわ?
それに比べれば、ラスティは12歳なんだから、まだマシ……』
『人聞きの悪い言い方するなっ! 俺はクリノンに手なんか……』
『…………』(ジトー)
『ああっ!? なんか、疑惑の眼差し向けてるしっ!?』
と、彼らが脳内漫才を続けている間にも、
睨み合いを続けている彼女達の緊張感は、加速度的にヒートアップしていく。
そして……、
「やはり、カウジーさんのお相手は、わたしに決まりですね」
彼女達の中で、一番年上の女性、アルテ・セーマが、その沈黙を破った。
「む〜、何を根拠にそういうこと言うのかしら?」
「そうです、そうですぅ」
アルテの言葉に、桃色の髪の少女、フィア・ノートがむくれる。
それに同意するように、魔法使いの姿をした少女、サーリア・ウィネスが激しく頷く。
「私もカウジーさんも、天使の呪いによって不老不死……、
ならば、同じ境遇の者同士、支え合える、というものです」
そんな二人に余裕の笑みを返し、得意げに話すアルテ。
しかし、フィアも負けてはいない。
「それなら、あたしは、ずっと昔にカウジーと結婚の約束してるんだからっ!
その責任は、ちゃ〜んと取ってもらわないとね♪」
それに負けじと、サーリアも続く。
「そんなちっちゃかった頃の話なんて、もう時効ですぅ!
サーリアなんて、初対面で、いきなり胸を触られちゃったですよ!
それに、デートもしたし、プレゼントだって貰ったですよ!
だから、カウジーさんの恋人さんは、サーリアなんですぅ♪」
そのサーリアの主張に、アルテはやれやれと肩を竦める。
仕草がアメリカンチックなところが、何気に挑戦的である。
「元使い魔風情が、何を偉そうに……」
「人が気にしてることを言っちゃダメですぅ!
それなら、アルテさんなんて、もう200歳越えたおばあさんですよ!」
サーリアの言う論理だと、カウジーも同様なのだが……、
まあ、恋する乙女に、そういった理屈は通用しない。
とにもかくにも……、
やれ、ライスボールしか作れないだの――
やれ、やたらと実験に失敗して爆発起こすだの――
やれ、墜天使に寄生されてて危なっかしいだの――
普段の仲の良さは何処へやら……、
フィアとサーリアとアルテは、これでもかと、恋敵を罵倒し合う。
ちなみに、事の原因であるカウジーは……、
「ゆ〜め〜に、む〜かい、ま〜っす〜ぐ〜あ〜るこう〜♪」
フォルテールを弾きながら現実逃避中……、
昔の歌を弾いているあたり、かなり逝っちゃっている様子だ。
さて――
そんな中――
「あう〜……」
フィア達の勢いに圧されて、カウジー争奪論争に乗り遅れてしまった少女がいた。
ラスティ・ファースン――
楽師であるカウジーのパートナーであり、
最年少ながらも、カウジーに最も近しい存在である少女だ。
「う〜……」
さらに加熱していくフィア達の修羅場についていけず、
オロオロとうろたえることしかできないラスティ。
狼狽するあまり、もう、とっくに喋れるようになっているにも関わらず、
以前のように「あう〜」状態になってしまっている。
それでも、カウジーを盗られてなるものか、と、
ラスティは勇気を奮い立たせて、フィア達の中へと入っていく。
「あ、あの……」
「なに? ラスティ? 今、あたし達はとっても大事な話をしてるの。
だから、お子様はちょっと黙っててね」
「…………」(怒)
お子様、という言葉に、さすがのラスティもカチンときた。
どのくらいきたかと言うと、両目が赤くなっている。
今なら、天使の力で、三人ともブッ飛ばすことも可能だ。
「お、おい……ラスティ?」
「…………」
そんなラスティの様子に気がついたのか……、
カウジーは現実逃避から戻ってくると、恐る恐るラスティに呼び掛ける。
だが、カウジーの声は届いていないようで、
ラスティは、ツカツカと、フィア達の側へと寄って行く。
そして……、
思い切り、息を吸い込むと……、
「わたしは、カウジーさんと
裸で抱き合った事がありますっ!」
……爆弾を投下した。
「「「――っ!!」」」
さすがは、街一番の歌姫である。
その声量は素晴らしいもので、しっかりとフィア達の耳にも届いたようだ。
まあ、その内容も内容だし……、
「カウジーさん……」
「ラスティーちゃんが言ったことは……」
「……本当なの?」
ラスティの言葉を聞き、殺気の込められた三つの視線が、カウジーに集中する。
「え、ええと……その……確かに、そういう事はあったけど……、
それは、込み入った事情が……」
彼女達の迫力に押され、ついつい口を滑らしてしまうカウジー。
それを聞き、フィア達の殺気が一気に膨れ上がる。
だが――
「カウジーさん……」
「はいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
彼女達以上に迫力のある……、
それでいて、氷よりも冷たい声が、カウジーの背後から掛けられた。
恐る恐る、後ろを振り向くカウジー。
そこには……、
それはもう、怖いくらいに優しい笑みを浮かべたラスティーのお母さんが立っていた。
「シ、シアリィさん……」
いきなり現れたシアリィに、恐怖に顔を引きつらせるカウジー。
そんなカウジーに、シアリィは笑みを絶やさぬまま問い掛ける。
「カウジーさん?」
「は、はいっ!」
「今、ラスティが言ったことは……本当ですか?」
「えっ!? あっ! だから、それは色々と事情が……」
「本当ですか?」
「…………」(汗)
「…………」(にこにこ)
「…………」(大汗)
「…………」(にこにこ)
「……………………はい」(涙)
「そうですか……」
「娘をキズモノにした責任……とってくださいね♪」
「はい……」(泣)
それから数ヶ月後――
ラスティ=ファースンは……、
ラスティ=ストファーとなったのであった。
<おわり>
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