「遅いな、このみの奴……」
「――タカくん、お待たせ〜っ!」
「やっと来たか……、
もう、忘れ物は無いだろうな……?」
「戦闘レベル、目標確認――」
「はい……?」
「ターゲット捕捉っ! カウント、3、2、1――」
「お、おい、何を……?」
「――“このみさいる”発射〜っ♪」
「ぐえぇぇぇぇ〜〜〜っ!!」
Heart to Heart 外伝
To
Heart 2 編
「二人のスタートライン」
早いもので――
俺とこのみが恋人同士となり――
――もう、1ヶ月が過ぎようとしていた。
二学期を迎え――
無事、修学旅行も終わり――
――いつもと変わらぬ学校生活が始まった。
いや、違うな……、
永遠に変わらない日常なんて無い。
自分でも気付かぬうちに、
俺達の周りは、少しずつ変化しているのだ。
特に、ここ数ヶ月……、
俺を取り巻く環境の変化は著しかった。
愛佳と一緒に書庫整理をしたり――
九条院にいたタマ姉が帰って来たり――
るーこの奇行に、散々、振り回されたり――
他にも、由真とか、花梨とか――
珊瑚ちゃんとか、瑠璃ちゃんとか、草壁さんとか――
なんか、関わってるのが、
女の子ばかりっていうのが気になるけど……、
まあ、とにかく……、
短い間に、本当に色々な事があった。
そして……、
やっぱり、その際たるは……、
「――このみさいる、発射〜っ♪」
「ぐえぇぇぇぇ〜〜〜っ!!」
毎度の如く、一緒に登校し――
タマ姉達との待ち合わせ場所へと、
向かう途中、このみが、忘れ物をした、と言い出した。
このみの健脚なら、すぐに戻るだろう、と……、
自宅へ戻る彼女を見送り……、
その場で、待っていたのだが……、
案の定、このみは、全速力で、駆け戻って来ると……、
その勢いのまま……、
一直線に、俺へと飛び掛ってきた。
「こ、このみ、苦しい……、
頼むから、首にぶら下がるなっ!!」
「――あっ、ゴメン!!」
俺の背中に乗っかり――
ガッチリと首を絞めていたこのみは、
苦しげに呻く俺の声を聞き、慌てて、腕の力を弛める。
「ゲホッ、ゲホッ……、
あ〜、マジで死ぬかと思ったぞ」
「タ、タカくん……大丈夫?」
いくら、このみが軽いとは言え……、
さすがに、首に全体重を掛かると、それを支えるのは困難だ。
まあ、それでも、普段は、我慢出来るのだが……、
今のは、かなりヤバかった……、
このみの細腕が、完全に、頚動脈に入っていたからな。
「ゴメンね……ホントに大丈夫?」
「あ、ああ……」
腕を弛めはしたが……、
このみは、未だに、俺の背中の上にいる。
彼女は、その体勢のまま、
肩越しに、咳き込む俺の顔を覗き込んできた。
俺を気遣ってか、このみの手は、何度も俺の胸を擦っている。
「タカくん、どうどう……」
「人を馬みたいに……、
ってゆ〜か、普通、擦るのは背中だ」
「あれ、そうだっけ?」
俺に指摘されたにも関わらず、このみは、手を止めようとしない。
そんなこのみに呆れつつ、
俺は、彼女を背中にぶら下げたまま、先を急ぐ事にした。
「だいたい、さっきのは何なんだ?」
「さっきの、って……?」
「ターゲット補足とか……、
やたらと、物騒な事を言ってただろう?」
――排除されるのかと思ったぞ?
と、先程の事を思い出しつつ、俺は首を傾げてみせる。
すると、このみは……、
あっけらかんとした口調で……、
「――“このみさいる”だよ♪」
「はあ……?」
……と、のたもうた。
意味不明の単語を聞き、
俺は、思わず、間の抜けた声を上げてしまう。
そんな俺の肩に頬擦りをしながら……、
嬉々とした表情を浮かべ、
このみは、その意味不明の単語の説明を始める。
「“このみさいる”はね……、
このみが持ってるタカくんエネルギーを、
全部使って、タカくんだけに発射されるのでありますよ」
「なんだそりゃ……?」
「えへ〜♪」
眩し過ぎる笑顔を見せるこのみ……、
それが気恥ずかしくて……、
俺は、照れ隠しに、このみから視線を逸らす。
“このみ”と“ミサイル”――
二つを合わせて“このみさいる”――
ネーミングセンスはイマイチだが……、
ようするに……、
それは愛情表現というヤツで……、
「まったく……恥ずかしい……」
「タカくん、何か言った?」
「いや、何でも無い……、
タマ姉達が待ってるし、ちょっと急ぐぞ」
「――了解であります、隊長♪」
俺の洩らした呟きを耳にしたのか……、
このみは、お互いの吐息が、
頬に掛かる程に、間近まで、顔を寄せてくる。
突然の事に、顔が赤くなり……、
それを誤魔化すように、俺は、歩調を速めた。
「――えへ〜♪」(すりすり)
「…………」
しかし、一度、意識してしまうと……、
身体のぬくもり、とか――
鼻を擽る髪の香り、とか――
背中に感じる柔らかさ、とか――
“女の子”特有の部分が……、
思い切り、気になってしまうわけで……、
「……ところで、いつまで乗ってるつもりだ?」
「えっとね……学校まで〜♪」
「あのなぁ……」
本気で降りて欲しいのなら……、
もっと、強く言えば良いのだろうが……、
正直なところ、飛びついてくるのが、
嬉しかったりするので、俺は、本気でこのみを止められない。
それを分かっているのか、いないのか……、
恋人同士になってからと言うもの、
以前よりも、輪を掛けて甘えん坊になったこのみは……、
その可愛くて小さな唇を、
不満げに尖らせつつ、さらに、体を摺り寄せてきた。
「お、おい、こんな所で……」(大汗)
「今は、誰も見てないも〜ん♪」
恥ずかしさか、緊張か……、
より高まる密着度に、俺の全身が強張る。
なにせ、恋人が出来たとはいえ……、
俺に根付いた、女の子への、
苦手意識が、克服されたわけではない。
いくら相手が、このみでも……、
いや、今の俺にとっては、このみだからこそ……、
どうしようもないくらい、
このみに“女の子”を感じてしまうわけで……、
「えへ〜、らくちん、らくちん♪」
「…………」
俺の背中の上で、ご満悦のこのみ……、
そんな相変わらずな、
彼女の様子に、俺は、内心で、大きく溜息を吐く。
――変わっていない。
――本当に、まるで変わっていない。
恋人同士になっても……、
やっぱり、このみは、このみのままで……、
なあ、このみ……、
俺だって、一応、男なんだぞ?
さらに言うと、俺達は恋人同士なんだぞ?
そんなに無防備でいられると……、
俺としては、色々と、大変だったりするんだけど……、
「なあ、このみ……、
いい加減、そこから降りてくれないか?」
「――ダメなのであります」
さすがに、堪え切れなくなり――
残る理性を総動員して……、
俺は、背中から降りるよう、このみに言う。
だが、このみは、俺の言葉を一蹴し……、
そして、より強く……、
俺にしがみつく腕に力を込めると……、
「さっき、タカくんエネルギーを、
全部、使ったから、充填が必要なのでありますよ♪」
「…………」(真っ赤)
このみの発言に、またしても、俺の頬が熱くなる。
こ、こいつは……、
天下の往来で、何て事を……、
「――えへ〜♪」
では、充填再開、とぱかりに……、
このみは、満面の笑みで、俺に体を預けてくる。
正直、このみの気持ちは嬉しいが……、
そういう事をするのは、
出来れば、二人きりの時だけにして欲しい。
ああ、もうダメだ……、
恥ずかしくて、このみの顔が、まともに見れない。
と、苦悩しつつ――
内心で、頭を抱えていると――
「ふ〜ん、良いこと聞いちゃった♪」
「うわっ、タマ姉……っ!?」
どうやら、考え事をしているうちに――
いつの間にか、タマ姉達との、
待ち合わせ場所に、到着していたらしい。
そして、今のこのみの発言を聞いたのだろう。
タマ姉と雄二は……、
生暖かい眼差しを、俺達に向けていた。
「羨ましいわねぇ……、
このみは、いつも元気一杯で……」
「――もちろん♪」
タマ姉が、優しい手付きで、このみの頭を撫でる。
それが嬉しいのだろう……、
このみは、気持ち良さそうに、顔を綻ばせる。
……故に、気付いていない。
このみを撫でるタマ姉の目が……、
怖いくらいに、妖しい輝きを放っている事に……、
「それって、やっぱり、タカ坊のおかげ?」
「うんっ、タカくんは……、
このみの元気の素なのであります♪」
訊ねるタマ姉に、このみは上機嫌に答える。
そんなこのみとは裏腹に、
俺の脳裏では、警報が、けたたましく鳴り響いていた。
何故なら、このみと話をしながらも……、
タマ姉は、ジリジリと……、
俺達の間合いへと入って来ているのだ。
――ここは、逃げるべきなのかもしれない。
しかし、俺に対する、
タマ姉の無言の圧力が、それを許さない。
そして――
徐々に俺達の距離が詰まり――
「じゃあ、私も……、
タカ坊エネルギーを分けて貰おうかしら?」
「へ……っ?」
と、タマ姉が言った瞬間――
俺の右腕は、タマ姉に、
しっかりと抱きかかえられてしまっていた。
「な、なにしてるんだよ!?」
「そりゃあ、もちろん……、
私も、タカ坊エネルギーを充填してるのよ♪」
いきなり、腕を組まれ、狼狽える俺……、
何とか逃れようと、抵抗を試みるが、
俺の腕は、ガッチリとホールドされ、ビクともしない。
いや、それだけじゃなく……、
俺の腕は、タマ姉の豊満な胸の谷間に挟まれ……、
その柔らかな弾力が、モロに伝わって……、
「むむむ〜……」(怒)
「あいたたたたっ!!」
突然、頬を抓られ、俺は、悲鳴を上げる。
恐る恐る、後ろを振り向けば、
そこには、ぷうっと頬を膨らませているこのみがいた。
「タカくん……目がえっちだった」
「そ、そんな事は……」
「ふ〜んだ、どうせ、このみは、
タマお姉ちゃんみたいに、胸が大きくないですよ〜だ」
すっかり拗ねてしまったようだ。
俺の弁解も、聞く耳持たず……、
このみは、プイッと、そっぽを向いてしまう。
「モテる男はツライな、貴明」
「この野郎、人事だと思って……、
ノンキに笑ってないで、何とかしてくれよ」
先程から、俺達を傍観していた雄二が、茶化すように言う。
藁にも縋る思いで……、
俺は、そんな雄二に、助けを求めるが……、
「ったく、冗談じゃね〜や……、
恋愛勝ち組の野郎を、フォローしてやる義理は無い」
「何なんだよ、それは……」
「いっそ、噂の男みたいに、
このみと姉貴を、同時攻略してみるか?」
「はあ……?」
「尤も、そんな羨ましい事になったら、
その瞬間から、俺は、お前を仇敵とみなすがな」
と、そう言い残して……、
サッサと、その場を立ち去ってしまった。
「っち、薄情なヤツめ……」
――あいつを当てにした俺がバカだった。
と、俺を見捨てて、駆けて行く、
悪友の背中を見送り、俺は舌打ちをする。
「なあ、この……み?」
そして、気を取り直し……、
自力で何とかしようと……、
再度、このみと向き合う為、後ろを振り向き……、
――ちゅっ☆
「んむむ……っ!?」
「なっ……!?」
唇に柔らかな感触――
それに驚き、目を見開けば、
目の前には、瞳を閉じた、このみの顔が……、
――えっ、えっ、えっ?
あまりに突然の事に……、
頭は混乱し、状況が理解出来ない。
も、もしかして……、
俺ってば……、
このみと、キスしちゃってる?
「……えへ〜♪」(ポッ☆)
「あうあうあうあう……」(真っ赤)
ゆっくりと、お互いの唇が離れた。
頬を赤く染めて、微笑むこのみ……、
それとは、対照的に、俺は、驚愕のあまり、言葉を失う。
「なっ、なっ、なっ……」(真っ赤)
タマ姉もまた、俺と同様に、
目の前で展開されたキスシーンに衝撃を受けているようだ。
「“このみさいる弐号機”〜♪
我、奇襲に成功す、でありますよ〜♪」
そんな俺達の反応に、
悪戯を成功させたこのみは、とても満足げである。
「じゃ、じゃあ、先に行ってるね〜!」(ポッ☆)
それでも、やはり恥ずかしかったのだろう。
このみは、俺の背中から、
飛び降りると、あっと言う間に、走り去ってしまった。
「…………」
「…………」
呆然と立ち尽くしたまま……、
俺とタマ姉は、走っていく、
このみの後姿を、見送る事しか出来ない。
しばらくして……、
ハッと、我に返った俺は……、
「……前言撤回」
「何が……?」
俺が洩らした呟きを耳にし、
ショックから立ち直ったタマ姉が首を傾げる。
「このみは、いつまでも変わらないって思ってたから……」
「そんなわけないじゃない。
これから、あの子は、どんどんイイ女になっていくわよ」
「……えっ?」
「“好き”って言って貰えたから……、
大好きなタカ坊に、愛されてるから……」
「俺に……?」
「恋する女の子はね……、
好きな人の為なら、いくらでも綺麗になれるのよ」
タマ姉の言葉に、俺は、無言で頷く。
ああ、確かに……、
きっと、タマ姉の言う通りだ。
何故なら、あの時の……、
俺にキスをして……、
頬を染めた、このみの笑顔は……、
……とても、綺麗だったから。
「ほら、タカ坊……、
グズグスしてると、このみに置いて行かれちゃうわよ?」
その言葉に、どんな意味がー―
どれだけの意味が込められているのか――
組んでいた俺の腕を離し……、
タマ姉は、このみにしていたように、俺の頭を撫でる。
そして……、
俺の背中を、力一杯叩くと……、
「頑張れ、タカ坊っ!
このみの為に、もっとイイ男になりなさい!」
「ああ……もちろんだっ!」
――軽快な音が響く。
それに後押しされるように……、
俺は、ずっと先を行く、このみを追って、走り出した。
このみに追い付く為に――
このみの隣に立つ為に――
そして――
いつかのように――
このみの手を引いて――
二人で一緒に――
どこまでも、走って行けるようになる為に――
「それにしても……、
雄二も、たまには良い事を言うわ」
「…………」(汗)
「恋人がダメなら……、
愛人になるっていう手もあるのよね……」
「…………」(大汗)
「タカ坊、このみ……、
すぐに追い付いてあげるから、覚悟してなさい」
「…………」(滝汗)
「ふふふふふふ……♪」
・
・
・
な、何だろう……?
なんか、後ろの方から……、
物凄い寒気が漂ってくるんだけど……、
き、気のせいだよな……、
うん、きっと……、
今のは、俺の空耳に違いない。(汗)
<おわり>
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