え、え〜っと、まずは……、
 キャラクターの名前を決めるのよね?

 名前は……『ノエル』。

 性別に……種族に……、
 初期ステータスは、バランス良く振って、っと……、

 ……メインクラス? サポートクラス?

 両方とも、ウォーリアで良いよね?
 メイジとか、アコライトって、色々と大変そうだし?

 初期スキルは、これと、これと、これと……、

 まだ、始める前なのに、決めなきゃいけない事が多いのね?

 え〜っと、これで最後みたい……、

 ライフパスを3つ……、
 あっ、これは、ランダムで決まるんだ?

 ノエルのライフパスは――








「――始祖の紋章?」









Heart to Heart 外伝
To Heart 2 編

「小牧 愛佳 〜ネットゲーム〜」










「――ノエル! 大物が、そっちにいきましたよ?!」

「ふぇ? あっ、はい〜っ!」

「まず、俺とトランで雑魚を蹴散らすっ!
しばらくの間、そのデカブツを抑えておけっ!」

「わ、わかりました〜っ!」

「範囲攻撃、来るぞっ! 《サモン・アラクネ》!」

「――《プロテクション》!」

「あわわわわわ〜っ!?」

   ・
   ・
   ・








 ――今、私は、パソコンの前で悪戦苦闘しています。

 頭には、イヤホンマイク……、
 右手と左手には、マウスとキーボード……、

 それらを使い、目の前にある、
ディスプレイの中で、次々と変化していく状況に、必死に対応していく。

 ……えっ?
 一体、何をしているのか?

 え〜っと、ですね……、
 実は、今、ネットゲームをプレイしてるんです。

 『アリアンロッドRPG・オンライン』――

 あまり詳しくは無いのですが、
今、人気上昇中の、オンライン・ロールプレイングゲームです。

 正直なところ、ゲームって苦手なんですけど……、
 知人の勧めと、キャラクター作成時以降は、基本プレイの料金が無料だった事もあり……、

 ……『物は試しに』と、私は、このゲームを始める事にしたんです。








「――《バッシュ》!!」

「――これで終わりだっ!
《デスターゲット》! 《ダブルショット》!」

 私と仲間の同時攻撃で、最後のエネミーが倒れる。

 これで、周囲の安全は確保されました。
 今の内に、回復と、軽い休憩を取ることにしましょう。

 あと、折角だから、ここで、私のギルド……、
 『フォア・ローゼス』のメンバーを紹介させてもらいますね。

「やっぱり、このダンジョンのエネミーは、
ノエルさんのレベルでは、まだ、ちょっと早かったのでは?」

 と、呟きつつ、私に《ヒール》を掛けて、
HPを回復してくれているのは、アコライトの『クリス』さん……、

 高い防御力と、防御スキルで、
私達を守ってくれる、我がギルドの頼れるディフェンダーさんです。

「確かに、少々キツめですが……、
その分、ノエルのレベルも早く上がりますし……」

 次に、MPポーションで、
自分のMPを回復しているのが、メイジの『トラン』さん……、

 先程は、範囲魔法で雑魚エネミーを一掃し、
また、戦術指揮も的確な、我がギルドの優秀な軍師さんです。

「……ま、俺らが上手くフォローすれば良いってこった」

 続いて、エネミーのドロップ品を、
黙々と拾い集めているのが、シーフの『エイプリル』さん……、

 常に落ち着いて行動し、ハードボイルドな、
ロールプレイが、とってもステキな、我がギルドの知恵袋さんです。

「す、すみません、すみません……、
私が、あまり時間が取れな所為で、皆さんにご迷惑を〜……」(ぺこぺこ)

 そして、最後が、この私……、
 『小牧 愛佳』が操る、ギルドマスター『ノエル』……、

 ギルドマスターと言っても、初心者なので、
特に戦闘では、いつも、皆さんの指示通りに動いてるだけなんですけどね。

 クラスも、一番簡単そうなウォーリアーだし……、

 今日だって、なかなか、プレイ時間が作れず、
一人だけレベルアップが遅れている私の為に、皆さんが、協力してくれているわけで……、

「まあまあ、気にしないで……、
我々も、楽しんでやっているわけですし?」

「時間が取れないのは仕方が無い。リアル重視は当然だ」

「それに、ノエルさんのパーソナルクエストは、是非とも達成したいですからね」

「何だ、クエストが目的なのか? やれやれ、これだから神殿は……」

「そうは言ってないだろう?!」

「所詮はゲームだ……ノエルも楽しめ。
『神竜ゾハールの討伐』が、どんなモノか、俺も、今から楽しみだ」

 ――自分は、仲間の足手纏いになっている。

 それに責任を感じ、気落ちする私を、
皆さんが、軽口を叩き合いながら、励ましてくれます。

 ……そ、そうですよねっ!

 これは、ゲームなんだし……、
 もっと気楽に、楽しまないとダメですよねっ!

「神竜ゾハール……強そうな名前ですよね。
私も、頑張ってレベルアップしないといけませんね!」

 気持ちを切り替える為、私は、両拳をギュッと握り、意気込みを改める。

 私のパーソナルクエストは、
レアな分、難易度も、かなり高そうなので大変です。

 ――はい?
 あっ、はいはい、パーソナルクエストの説明ですね。

 え〜っと、パーソナルクエストというのは、
キャラクター作成時に与えられる、固有のクエストで……、

 ようするに、ゲームクリアの為の、最終目的のようなモノです。

 例えば、攫われた姫を救出する、とか、伝説の武器を手に入れる、とか……、

 ほら、ドラ○エの勇者の目的って、大魔王を倒す事じゃないですか?
 あれと同じようなモノ、と思って良いです。

 普通、ネットゲームには、そういった最終目的は無く、半永久的にゲームを続けられます。
 とにかく、長く遊んで貰わなければ、ゲームを運営する側が儲かりませんからね。

 ……ただ、当然、それにも限界はあります。

 長く続ければ続ける程、達成感が薄れ、プレイヤーのゲームへの意欲も低下していくからです。

 アリアンロッド・オンラインは、そこを逆手に取り、
ライフパスという要素を使って、無数に存在するキャラクターに最終目標を……、

 即ち、全てのキャラクターに、ストーリー性を与えたんです。

 そうすることで、プレイヤーのモチベーションと達成感を維持させ……、
 さらに、次々と、新たなキャラクターの作成を促す事で、長くゲームをプレイできようにしたんです。

 もちろん、パーソナルクエストを無視する事も出来ますし、
それを達成した後も、同じキャラクターでゲームを続けていく事も出来ます。

 プレイヤー同士が闘う闘技場など、
そういった人達の為のイベントも、沢山用意してあるそうですし……、

 ――以上、トランさんからの受け取りでした。

「さて、準備は終わりましたか?
休憩は、これくらいにして、次のフロアに進みましょう」

「まだ、ダンジョンは続くから、気を引き締めていこう」

「は、はい……」

 回復と所持品のチェックを終えた、
トランさんとクリスさんが、ダンジョンの奥へと続く通路を示します。

 私は、二人の言葉に頷きつつ、先へと――

「いや……ちょっと待て」

 ――進もうとしたら、エイプリルさんに呼び止められました。

「な、何ですか?」

 慌てて足を止め、私は、エイプリルさんに向き直ります。
 すると、エイプリルさんは、クイッと、親指で、フロアの隅を指差しました。

「あれ……どうする?」

 エイプリルさんが示した先には、宝箱があります。

 どうやら、フロアの敵を、
全滅させる事が、宝箱の出現条件だったようです。

「もちろん、開けましょう♪」

 意気揚々と、私は、宝箱に駆け寄る。
 すると、再度、エイプリルさんに呼び止められちゃいました。

「待て待て! 宝箱にはトラップが付きモノだ。ここは、俺に任せろ」

「範囲攻撃系のトラップの可能性があるから、全員、出来るだけ離れましょう。
私はあっち、ノエルは、一番離れたそっちでお願いします」

「……私は?」

「お前は、エイプリルの傍にいろ。《プロテクション》要員」

「判断は間違ってないが、なんかムカつく」

「け、喧嘩はしないで〜っ!
仲良くっ! 仲良くしましょうっ!」

 睨み合うトランさんとクリスさんを宥めてから、
私は、指示通り、宝箱から一番離れた、フロアの隅に移動します。

「じゃあ、開けるぞ――」

 全員が位置に付き、エイプリルさんを見守る。

 そして、トラップ解除のスキルを持つ、
エイプリルさんによって、慎重に宝箱が開けられ――

「――すまん、ミスった」

 アッサリとしたエイプリルさんの言葉に、一瞬、全員が固まる。

 次の瞬間、私の真後ろの壁が開き……、
 その奥に仕掛けられいた砲台から、無防備な私に向かって……、





「――《ガーディアン》!!」





 ……その攻撃は、私には届かなかった。

 私に使用されたスキルが、
トラップである砲台の攻撃を防いでくれたんです。

「トランさん……じゃないですよね?」

 《ガーディアン》って言うと……、
 確か、サモナーが持つ絶対防御のスキルでしたっけ?

 そのスキルは、トランさんも持っています。

 でも、流石のトランさんも、
間に合わなかった様で、スキルを使った様子はありません。

 ……じゃあ、一体、誰が? 

 と、キョロキョロと周囲を見回すと、
フロアの入り口に、見知らぬキャラクターの姿を発見しました。

 両手に短剣を持った軽装のキャラ……、
 ということは、メインクラスはシーフですよね?

 キャラクター名は……『マコト』?

「危ない危ない、間一髪だったな」

「あ、ありがとうございます! とんだご迷惑を〜」(ぺこぺこ)

 どうやら、この人が、私を助けてくれたみたいです。
 難を逃れた私は、慌てて、何度も、マコトさんに頭を下げました。
 
「いや〜、ありがとうございました。
あそこで、ノエルがやられてたら、デスペナルティは確実でしたよ」

「彼女のレベル上げをしていたのに、逆に、経験値を減らしてたら意味無いからな〜」

「すまない、助かった」

 と、トランさん達も、口々に、マコトさんにお礼を言います。

「気にしなくて良いって……、
たまたま、通り掛かっただけだしさ」

「通り掛かりって……あんた、ソロか?」

「だとしたら、余計に申し訳がありません。
《ガーディアン》は、使用制限があるスキルですから……」

「あ〜……と、ところで、宝箱の中身は何だったんだ?
それを知る権利くらい、俺にもあるだろ?」

 照れ隠しのつもりでしょか?
 マコトさんは、露骨に話題を変えてきました。

 それも、モニターと回線の向こうにいる、
本人の狼狽える姿が、目に浮かぶくらいの慌て振りで……、

 と言っても、相手が、どんな人かなんて、当然、分からないんですけど……、

 でも、何となく……、
 本当に、何となく、ですが……、

 ――ああ、良い人なんだな〜。

 不思議と、そう思える……、
 そんな雰囲気が、マコトさんから感じられます。

 ……本当に、不思議です。

 ネットゲームって、本当に不思議な世界です。

 男の子が苦手な私……、
 初対面の人と、上手く話せない私……、

 そんな私が、この世界だと、割と普通に、人と話をする事が出来る。

 マコトさんは、男の人なのに、初対面なのに……、

 緊張する事も無く……、
 こうして、ちゃんと、落ち着いて、お話が出来ている。

 相手が、誰なのかも分からないのに……、

 いえ、だからこそ……なのかもしれない。
 お互いの存在が曖昧だから、平気なだけなのかもしれない。

 はあ〜、ダメだな〜……、
 私、全然、進歩してないよぉ〜……、

 実は、ネットゲームを始めた理由に、
自分のそういう面を治せるかも、なんて期待もあったのに……、
 
 そういえば『ネットでダメな人は、リアルでもダメ』って、聞いた事があるけど……、

 これって、逆でも言える事なんだぁ〜……、

「さて、何が出るのか……?」

 と、こっそり、私がヘコんでいる間に、
エイプリルさんが、宝箱の中身を確認したようです。

 宝箱の中から出て来たのは――


「『精霊のナイフ』か……」


 ――割と、レアな武器でした。

 短剣を使わない私達には無意味ですが、街に戻って、
露店売りすれば、捨て値でも、それなりの収入になるでしょう。

「レアアイテムだな! おめでとう!」

 マコトさんが、パチパチと拍手をして、
私達のレアアイテム入手を、素直に祝福してくれます。

 エイプリルさんは、そんなマコトさんと、獲得したアイテムを、見比べると……、

 無言かつ無造作に……、
 アイテムを、マコトさんに投げ渡しました。

「――はい?」

 思わず受け取ってしまったマコトさんは、ハテナ顔です。

「礼だ……持って行け」

 頭の上にハテナマークを浮かべるマコトさんに、
エイプリルさんは、端的に言い放つと、今度は、私達を一瞥します。

「……構わないだろ?」

「はい! 全然、おっけ〜です」

 確認するエイプリルさんに、私は心良く頷きました。
 見れば、トランさんとクリスさんも、異論は無いようです。

「あっ、でも、その武器は、
属性の支援が無いと、普通の武器より弱いですよ?」

「大丈夫、《ファイアウェポン》があるから」

「シーフなのに、メイジのスキル……ソロならではのスキル構成ですねぇ」

「ともかく、これは、遠慮無く頂くとして……」

 早速、精霊のナイフを装備したようです。
 マコトさんのキャラクターの右手の武器のグラフィックが変わりました。

「流石、レア武器……カッコイイな」

 武器の性能を確認しているのか……、
 マコトさんは、2、3回、武器を振るって見せる。

 そして、私達に向き直ると――

「ノエルさんのパワーレベリングをしてるんだろ?
良かったら、俺にも手伝わせてくれないか?」

 ――と、手を差し出してきました。

「こんな良い物を貰っちゃったんだ。
ここで、サヨナラするわけにはいかないじゃないか」

「その提案は、魅力的だが……」

「ここは、ギルドマスターに決めてもらいましょうか」

「なるほど……どうかな?」

 トランさんとクリスさんの言葉に頷き、
マコトさんは、改めて、エイプリルさんに訊ね――あれ?

「…………」

 話を振られたエイプリルさんは、無言で、私を示します。

 そ、そうです! そうですよ!
 このギルドのギルドマスターは、私ですよ!

 私は、手を挙げつつ、
ピョンピョンと飛び跳ねて、存在をアピールします。

 そんな私を見て、マコトさんが一言……、

「……なるほど、奥が深い」

「何がですかっ!?」

「まあ、色々と……で、どうする?」

 再度、マコトさんに訊ねられ、私は、ちょっと考えます。

 正直なところ、これ以上、
お世話になるのは、大変心苦しいんですけど……、

 とはいえ、相手の善意を、無下に断るのも気が引けますし……、

「え、え〜っと……」

 迷った私が、チラッとトランさん達を見ると、全員が、無言で頷きます。

 そ、そうですね……、
 ここは、多数決という事で……、

「じゃあ、お願いしても良いですか?」

「OK、任せとけ」

 私からのパーティーへの参加申請を、マコトさんが承諾します。

 これで、今回だけ、マコトさんは、
私達の五人目のパーティーメンバーになりました。

「よし、そうと決まれば、早速、あなたのスキル構成を教えて下さい」

「おい、トラン……いくらなんでも、
初対面の人を相手に、それは図々しいんじゃないか?」

「何を言う? パーティーの戦力の把握は重要だぞ?」

「ト、トランさんらしいですねぇ……」

「え〜っと、俺のスキル構成は――」(かくかくしかじか)

「――万能キャラにも程がある!?
無いわっ! このスキル構成は無いわっ!」

「《ダガーマスタリー》と《ガンマスタリー》?
使い分けてるのか? 普通、どっちか一つだろう?」

「……どうして、こうなった?」

「あっちのサーバーで、最初に組んでた人が、やたらと火力重視でさ……、
それをフォローしてたら、自然と、こういう事になった」

「あっちのサーバー?」

「アルディオンサーバーですよ。
PK上等で、国取りルール採用の上級者向けサーバーです」

「そんなサーバーで、火力一辺倒って……何処のどなた様だ?」

「名前は伏せさせてもらうが……、
それはそれは、殺意の高い人で……」

「さ、殺意って……」(汗)

「《アヴェンジ》使いたい〜! 《フロストプリズム》撃ちたい〜!
あのボスキャラを、木端微塵にしたい〜っ!!――って人だ」

「……あ〜」

「トランさん? 心当たりでも?」

「いえ、何でもありません。我々には関係の無い話です。
ですから、ノエルさん、貴女は、そのままでいてください、お願いします」

「は、はあ……?」

   ・
   ・
   ・








 とまあ、そんな話をしつつも――

 幾つもののエネミーとトラップを乗り越え……、
 ついに、私達は、ダンジョンのラスボスがいる部屋の前までやって来ました。

「……予想以上ですね」

「何が、ですか?」

 ラスボスとの戦闘に備えて、
準備を整えていた、トランさんの呟きに、私は首を傾げます。

「万能キャラが一人いるだけで、ここまで戦線が安定するとは……」

「いつもは、もっと大変ですものね……、
特に、壁役と回復役をこなすクリスさんが……」

 確かに、トランさんの言う通り、
ここに来るまでの間、何度も、マコトさんに助けられました。

 トランさんが万能キャラと呼ぶだけあって、マコトさんは、様々なスキルを持っています。

 多彩なスキルを持つ分、攻撃力は、あまり無いのですが、
そちらは私達に任せ、支援に徹する事で、マコトさんの存在が、とても大きくなるんです。

 ただ、エイプリルさんが言うには、
マコトさんの実力は、多彩なスキルだけではないそうです。

 それ以上に、プレイヤーの実力が高い、と……、

「どんなに多くのスキルを持っていても、使いこなせなければ意味は無い。
あいつ、多分、マウスとキーボードの両方で、スキルを操作しているぞ」

「ショートカットのFキー以外も使ってる、ってことか?」

「あと、ダガーと銃の装備変更も早すぎる。
そっちも、キー操作でやってやがるな」

「は、はう〜……」

 エイプリルさんとクリスさんの話を聞き、私は、眩暈がしました。

 わ、私なんて、ショートカットすら、
上手に使えていないのに、全部、キー操作だけでしてるなんて……、

「……ん? どうかした?」

「い、いえいえ、何でも無いです。
ところで、ポーションの数は足りてますか?」

 いけない、いけない……、
 つい、マコトさんを、マジマジと見てしまいました。

 それを誤魔化す為、私は、話を切り替えます。

「《ファーマシー》の分が残ってるから、大丈夫だ」

「《ポーションピッチ》に《エリクサー》……、
回復する手間が省けて助かるな〜」

 と、クリスさんが、しみじみと呟きます。

 今まで、本当に大変だったんだろうな〜。

 特に、レベルの低い私を、
いつも《カバーリング》してくれてましたから……、

「さあ、準備は万端……行きますよ」

「――はいっ!」

 トランさんの言葉に、全員が頷きます。

 そして、クリスさんによって、
ラスボスの部屋への扉が、ゆっくりと開かれ――

 ――このダンジョンでの、最後の闘いが始まりました。








「作戦は、いつも通りですっ!
エイプリルが雑魚を引きつけ、それを、私が一掃します!」

「雑魚が片付くまで、ノエルは、ボスの相手をっ!
大丈夫、いつものように、守ってみせます!」

「は、はいっ! 《ボルテクスアタック》! 当たって〜!」

「ノエル、その調子です! マコトは――」

「――中距離で、全員をサポートする!
ポーションは充分あるから、回復は任せろっ!」

「範囲攻撃……来るぞっ!」

「打ち消すっ! 《インタラプト》!」

「ノエルを《カバーリング》して《ソウルバスター》!
このダメージ、そのまま持って行け!」

「《マジックブラスト》《マジックフォージ》《アースブレット》!
よし、雑魚は片付い――うわっ?! また、湧いて出た!?」

「召喚タイプ……厄介な……」

「長期戦は不利だな……マコト、雑魚の相手は任せる」

「任された! マスケット銃に《ウェポンチェンジ》!
《クローズショット》《ブルズアイ》《アローシャワー》!」

「ノエル、加勢するぞ……、
《デスターゲット》《ダブルショット》!」

「うあっ、数が多すぎ!? 回避しきれな――」

「マコト!? 《プロテクション》!」

「――《サモン・アラクネ》!」

「《ダンシングヒーロー》と《スマッシュ》と《バッシュ》で!
お願い、早く倒れてぇ〜っ!」

   ・
   ・
   ・








「――カラドボルグッ!!」

 激しい闘いの末――

 防御を無視する、私の魔剣の力による一撃で、
ようやく、ラスボスのHPを削り切りる事が出来ました。

「お、終わった〜……」

 勝利を手にした私達は、一気に脱力し、その場に座り込みます。

「レベルアップしたみたいだな、おめでとう」

 残ったポーションで、自身を回復しつつ、
マコトさんが、私のレベルアップを祝福しに来てくれました。

「あ、ありがとうございます〜」(ぺこぺこ)

 やって来たマコトさんに、私は頭を下げます。

 今回の闘いは、何度も、厳しい場面がありました。
 多分、マコトさんの《ポーションピッチ》が無ければ、回復は間に合わなかったでしょう。

 マコトさんがいたから、勝てたんです。
 この偶然の出会いと幸運に、感謝しないといけませんね。

 もちろん、マコトさん本人にも……、

「今日の勝利は、全部、マコトさんのおかげです。
本当に、ありがとうございました」

「いやいや、俺も楽しかったよ」

 何度も頭を下げる私に、マコトさんは、気さくに笑ってくれます。

 そんなマコトさんを見て……、
 ふと、私の頭に、ある考えが思い浮かぶ。

 ど、どうしよう……お願いしてみようかな?
 でも、いきなり、こんな事を言い出したら、失礼じゃないかな?

 と、私が、話を切り出すべきかどうか迷っていると……、

「マコト、ドロップ品を集めるのを手伝ってくれ。
数が多すぎて、持ち切れん」

「了解〜」

 ドロップ品を集めるエイプリルさんに呼ばれ、マコトさんは手伝いに行ってしまいました。

「お疲れ様です、ノエル」

 それと入れ替わるように、
トランさんとクリスさんが歩み寄って来ます。

 ……ちょうど良かった。
 お二人に、相談してみましょう。

「あ、あの、トランさん……、
実は、皆さんに、相談したい事が――

「――良いんじゃないですか?」

「はい……?」

 機先を制され、私は、言葉を詰まらせてしまう。

「実はですね、ノエル……、
我々も、同じ提案をしようと思っていたんですよ」

「まあ、そういう事です。
あとは、ギルドマスターが決めてください」

「じゃあ、後は、エイプリルさんにも訊いてみて……」

「……俺も、別に構わん」

 いつの間に、こちらに戻っていたのか……、
 そこには、ドロップ品を拾い終わった、エイプリルさんとマコトさんがいました。

「あ、あの、マコトさん……?」

「――ん?」

 マコトさんは、拾い集めたドロップ品を、クリスさんに渡しています。

 それが終わったところで、
私は、思い切って、例のお願いをしてみる事にしました。

「マコトさんは、ソロなんですよね?」

「ああ……そうだけど……?」

「も、もし宜しければ……、
私達のギルド『フォア・ローゼス』に入りませんか?」

 ――そう。
 これが、私達からのお願い。

 今日の闘いを通じて、私達は感じたんです。

 マコトさんの実力と、ネットマナーと……、

 そして、何よりも……、
 マコトさんの好感の持てる人柄を……、

 ――彼と一緒なら、きっと楽しい。

 ゲームの戦力として、ではない。
 共に闘い、遊ぶ仲間として、傍にいて欲しい。

 そう感じたから、私達は、ギルドの一員になって欲しい、と思ったんです。

「……ど、どうでしょう?」

 私達は、マコトさんの返事を、固唾を呑んで待ちます。

 この提案が予想外だったのか……、
 マコトさんは、最初は、口をポカンと開けて、呆然としていましたが……、

 少し考えた後……、
 とても申し訳なさそうに……、



「俺さ……今、入院中なんだ」

「――えっ?」



 マコトさんの言葉に、私の鼓動が跳ね上がる。

 もしかして、マコトさんも、
妹の郁乃と同じように、生まれつき体が……?

「あ〜、変な誤解するなよ?
単に、自分のヘマで、足の骨を折っただけだから」

「そ、そうなんですか……」

 私の動揺を察したのか……、
 マコトさんは、軽い口調で補足しつつ、話を続けます。

 このゲームをプレイしているのは、入院中の、
ただの暇潰しで、退院した後も、ゲームを続けるかどうかは分からない。

 そんな人が、ギルドにいたら、
きっと、他のメンバーに迷惑を掛ける事になる。

 だから、特定のギルドに入るつもりは無い、と……、

「それに、仮に続けるなら……、
先約がいる、あっちのサーバーに戻らないとな」

「アルディオン、ですか?」

「ああ、なんだかんだで、世話になったし……」

「そうですか、残念です」

 別に、そんな事は気にしなくても良いんですけど……、

 でも、マコトさんの考えがあるなら、
これ以上、無理に誘ったりしたら、失礼ですよね?

「本当に残念だ……、
お前とは、ウマが合いそうだったが……」

「ああ、確かに……あなたとなら、ウマが合っても良いですね」

「……過去に、何か嫌な事でもあったのか?」

「まあ、色々と……」

 ギルドへの勧誘は断られ……、
 結局、マコトさんとの冒険は、今回限りになってしまいました。

 もちろん、縁があれば、
また、何処かで会えるかもしれませんが……、

 まさに、一期一会……、

 ダンジョンからの帰り道の間で、
私達は、共に闘った戦友との別れを惜しみます。

 そして、近くの街に到着し――

「じゃあ、もうすぐ消灯時間だから……」

「はい、今日は、ありがとうございました」

「俺も楽しかった……またな」

 また、機会があれば――
 と、そんな再会を願う言葉を残して――

 ――マコトさんは、ログアウトしました。
















「え〜っと、烏龍茶、烏龍茶……」

 来栖川総合病院――

 私は、放課後になると、
妹の郁乃が入院する、この病院に直行する。

 洗濯物を届けたり……、
 先生に容態を聞きに行ったり……、
 お菓子や本などを差し入れをしたり……、
 
 仕事で忙しい両親の代わりに、
それらの仕事をするのが、姉である私の役目だから……、

 ……ううん、違う。

 そんな役目が無くても……、
 私は、毎日、ここに来るだろう。

 だって、ここには、郁乃がいるから……、

 大切な郁乃――
 大好きな郁乃――

 私自身が、郁乃に会いたいから……、

 ……私は、今日も、ここにいる。

「これが、郁乃の分で……私は〜、何にしようかな?」

 今日も、郁乃のお見舞いに来た私は、
飲み物が欲しいと頼まれ、購買に向かいました。

 まず、郁乃の烏龍茶を買い、
次に、自分は何にするか、自販機の前で、しばらく悩みます。

 やっぱり、紅茶かな〜?
 たまには、コーヒーも捨て難い?
 炭酸ジュースは……太っちゃうよね?

「……オレンジジュースにしよ」

 散々、悩んだ挙句……、
 オレンジジュースのボタンを押します。

 そして、缶を取り出そうと、身を屈め――

「――あっ!?」

 と、その時――

 うっかり、手を滑らせて、
持っていた烏龍茶を落としてしまいました。

「ま、待ってぇ〜」

 落ちた烏龍茶が、コロコロと床を転がっていきます。

 缶を拾おうと、私は、すぐに追い掛けましたが、
病院の廊下を走るわけにもいかず、なかなか、追い付くことが出来ません。

 いや、追い付けないどころか……、
 缶が転がって行く先には、下り階段が……、

 ――いけないっ!
 このままじゃ、下に落ちちゃう!?

 割れる心配は無いけど、きっと、大きな音が鳴る。
 静かな病院の中だから、その音は、良く響くに違いない。

「……っ!」

 そんな事態を想像し、
私は、思わず、ギュッと目を瞑ってしまう。

「……?」

 だが、どんなに身構えても、そんな音は聞こえて来ませんでした。

 恐る恐る、目を開くと……、
 私が落とした烏龍茶は、車椅子に乗った人の手にありました。

 骨折でもしているのか……、
 左足をギプスで固定した、見慣れない制服姿の女の人……?

 どうやら、階段から落ちる寸前に、あの人が、拾い上げてくれたようです。

「危ない危ない、間一髪だったな」

「あ、ありがとうございます! とんだご迷惑を〜」(ぺこぺこ)

 烏龍茶を受け取りつつ、
私は、何度も、車椅子の人に頭を下げます。

 ……あれ?
 なんか、既知感?

 つい最近、これと似たような事があったような……?

「……ぷっ」

 ふと、湧き上がった既知感に、
私が首を傾げていると、突然、車椅子の人が苦笑を漏らしました。

「な、何でしょうか〜……?」

「いや、気にしないで良いから……、
昨日、似たような事があったな、って思っただけで……」

「は、はあ……?」

 車椅子の人の言葉に、私は、再び首を傾げます。

「それじゃ、また、落とさないように気を付けてな」

 そう言い残し、車椅子の人は、
器用に車椅子を反転させ、去って行きました。

 それを見送り、私は、自販機に残したままだった、
オレンジジュースを回収すると、郁乃が待つ病室に向かいます。

「……あっ、お隣さんだったんですね」

 その途中、あの車椅子の人の姿を発見し、私は、ちょっと驚いてしまいました。

 なんと、車椅子の人は、
郁乃の病室の、隣の病室に入って行ったんです。

 そういえば、一週間くらい前に、
隣の部屋に入院した人がいる、って、看護師さんが言ってたっけ……?

 う〜ん、お隣さんなんだし……、
 後で、ちゃんと、ご挨拶しておくべきかな〜?

 なんて事を考えつつ、
私は、その病室の前を通り過ぎ……、

 何気なく、そこのネームプレートを確認し……、





 ――藤井 誠。





「……まこと?」

 それを見て、私は、思わず足を止めてしまいます。

 骨折して入院――
 さっきの既知感――

 そして、この名前――

「まさか……ねぇ?」

 ある推測が、脳裏を過るが、私は、その可能性を否定しました。

 いくらなんでも、そんな偶然……、
 昨夜、出会った『あの人』は、男の人だったし……、

「うん……偶然、偶然」

 私は、気を取り直し、郁乃の病室に向かいます。

 軽くノックしてから……、
 静かに、病室のドアを開けて……、








「郁乃〜、お茶、買ってきたよ〜♪」








<おわり>
<戻る>