――この街には、有名人がいる。
と言っても、芸能人とか……、
そういう類の有名人ではなくて……、
まあ、何と言うか……、
その人物は、常に、
ご近所に、話題を提供しているのだ。
例えば……、
猫に好かれ易い、とか――
物凄く女装が似合う、とか――
大食いの記録を更新中、とか――
とまあ、こんな具合に……、
この街には、その人物に関する噂話が溢れていたりする。
その中でも、特に凄いのは……、
なんと、なんと……、
四人もの美少女を、恋人にしている、とのこと……、
あまりにも、突拍子の無い噂――
所詮は、噂でしかないこと……、
でも、火の無い所に煙は立たないわけで……、
・
・
・
さてさて……、
一体、どんな人物なのか……、
……ちょっと、興味が湧いちゃったりしない?
Heart to Heart 外伝
To
Heart 2 編
「向坂 環 〜私の街の有名人〜」
「――あら?」
ある日のこと――
私が、商店街で、
ウインドウショッピングをしていると……、
突然、何処からか、誰かの悲鳴が聞こえてきた。
「……何事?」
折角、穏やかな午後を楽しんでいたのに……、
と、若干、不機嫌になりつつ……、
それでも、好奇心を刺激された私は、後ろを振り返る。
そして――
「なに……あれ?」
その光景を見て……、
思わず、目を丸くししてしまった。
迫り来る土煙――
ドドドッと、響き渡る轟音――
「何なのよ、一体……?」
平和な商店街には、
あまりにも、似つかわしくない状況……、
それを目の当たりにして、私は、顔を顰めつつ、首を傾げる。
いやねぇ……、
まさか、今時、暴走族?
しかも、こんな真昼間から……、
あっ、でも……、
そうなると、さっきの悲鳴の説明がつかないわね。
だいたい、そういう類の集団って、
随分前に、街から姿を消した、って聞いた事あるし……、
確か、酔っ払った女性に、一晩で壊滅させられた、とか……、
その後、壊滅した暴走族は、
立派なボランティア団体へと更生した、とか……、
まあ、所詮は噂だし……、
何処まで真実なのかは分からないんだけどね。
と、そんな事を考えていると――
「――って、こっちに向かって来てる!?」
気が付けば……、
土煙は、間近まで迫って来ていた。
その気配に、我に返った私は、すぐさま、その場からの退避を試みる。
だが、それも間に合わず……、
「――きゃあっ!?」
逃げ遅れた私の目の前を、
土煙と共に、物凄い勢いで、『何か』が通り過ぎていく。
その風圧で、スカートが捲れそうになり、私は、慌てて、それを両手で押さえた。
「い、今のは……?」
取り敢えず、周囲を確認……、
どうやら、誰にも……、
特に、男には見られていないようだ。
嫁入り前の乙女の下着を、
そこいらの、つまらない男なんかに見られてなるものか。
まあ、タカ坊なら良いけど……、(ポッ☆)
もちろん、恥ずかしくはあるわよ。
でも、それを理由に、
責任追求とかして、色々と楽しめそうだし……、
と、それはともかく――
「今のは、間違いなく……『彼』よね」
まるで、突風のように……、
私の前を通り過ぎていった『何か』……、
……その正体を、私の優れた動体視力は、しっかりと捉えていた。
――そう。
あれは、噂の『有名人』だ。
『藤井 誠』――
彼に関する噂の数々は、
この商店街だけでなく、東鳩高校でも、よく耳にする。
つい先日も、弟の雄二から聞いたばかりだし……、
確か、同時攻略の実例だ、とか――
緒方理奈と森川由綺の弟分だ、とか――
他にも、『伝説の男』がどうのって……、
ああ、これは……、
『藤井 誠』とは、別人の話だっけ?
まあ、とにかく――
『藤井 誠』という人物は、
噂話を挙げていくと、キリがない程に有名なのだ。
まあ、私的には『悪名高い』と言うべきかしら?
だって、同時攻略の実例だ、なんて……、
まさしく、優柔不断の極み、ってやつじゃない?
他人事ではあるけれど、正直、相手の女の子が可哀想だわ。
タカ坊や雄二には、
そんな風にはなってもらいたくないものよね。
特に、タカ坊は可愛いし……、
最近、あの子の周りには、妙に女の子が多いし……、
……要注意なのは、姫百合姉妹ね。
瑠璃ちゃんの方はともかく……、
珊瑚ちゃんは、常識が通用しないから……、
まあ、非常識云々に関しては、るーこちゃんの方が上っぽいけど……、
――話が逸れたわね。
というわけで……、
『藤井 誠』という人物は、噂の絶えない男の子なのだ。
尤も、その殆どは眉唾モノで……、
噂の真偽なんて、
ハッキリしないものばかりなんだけど……、
……だって、とても信じられないじゃない?
商店街で、毎日のように、
人妻に追われ、唇を奪われてる、なんて……、
しかも、その人妻は恋人の母親だ、なんて……、
――あら?
でも、そうなると……、
今、私の目の前を駆け抜けて行ったのは、何なの?
まるで、『何か』から逃げていたような……、
「……まさか、ねぇ?」
ふと、脳裏に浮かんだ言葉……、
それを否定するように、私は、首を横に振る。
――そう。
まさか、そんな事があるわけがない。
あの噂が真実だ、なんて……、
だが、しかし……、
世の中には、こういう諺がある。
即ち、『真実は小説よりも奇なり』と……、
「――えっ?」
それは、一瞬の出来事……、
再び、私の目の前を……、
二つの『何かが、通り過ぎていった。
あまりの速さに、正体は確認出来ず……、
でも、確かに……、
二つの『何か』が、音も無く横切って……、
一体、何が……?
と、首を傾げつつ、私は、
『何か』が駆け抜けていった先へと、視線を向ける。
その次の瞬間――
ずどぉぉぉ〜〜〜〜んっ!!
強烈な圧力――
背後から襲ってきた『それ』に、
私は、思い切り、前につんのめってしまった。
「な、何!? 何が起こったの?!」
倒れそうになるのを、私は、何とか踏み止まる。
全く、何だって言うの!?
さっきのは、間違いなく衝撃波じゃないっ!
という事は、さっきの『何か』は、
音速の壁を越えていた、って言うの?!
……あれは、一体、何だったの?
「確かめてみるべき……なのかしら?」
これは、好奇心と言うべきか……、
私は、『何か』が向かったであろう先を見据える。
と、その時――
「うわぁぁぁぁ〜〜〜〜んっ!!」
「――また、悲鳴っ!?」
先程と、同じ悲鳴……、
それを耳にした瞬間、私は、駆け出していた。
まさか、本当に噂通りの事が――
それとも、何か別の事件が起こったのか――
どちらにしても、あんな悲鳴が聞こえてくるなんて、タダ事ではない。
一体、何が起こっているのか、
しっかりと、自分の目で確かめなければっ!
もし、危険があるのなら、姉として、
タカ坊やこのみの為に、その原因を取り除かなきゃいけないし……、
「……決して、野次馬根性じゃないんだから」
と、巧みな論理武装で、
自分を納得させつつ、私は、悲鳴が聞こえた方へと急ぐ。
「確か、こっちの方から聞こえたわよね?」
僅かな記憶と情報を頼りに、私は、現場を探す。
「……この辺かしら?」
そして、人目につき難そうな、
店舗の間の、薄暗い路地を、ヒョイッと覗き……、
・
・
・
「それじゃあ、誠君……、
今日も、いただいちゃうわねぇ〜♪」(んちゅ〜)
「あらあら、次は、はるかですよ〜♪」(んちゅ〜)
「んむむむむむ……きゅ〜」(グッタリ)
「あらあら……、
気を失っちゃいましたか?」
「……スキンシップの刺激が強すぎたみたいね〜」
「お家に連れて行きましょう。
こんな所で寝ていたら、風邪をひいてしまいます」
「二人で添い寝して、暖めてあげなきゃね♪」
「はるかの家で良いですよね?
実は、先日、とっても素敵なお洋服を手に入れたんですよ」
「……それは楽しみね〜」(じゅる)
「では、行きましょうか♪
あやめさん、そっち持ってください」
「おっけ〜、おっけ〜♪」
・
・
・
「ナ、ナンテコト……」(汗)
その光景を目の当たりにし、
私は、その場に、呆然と立ち尽くしてしまう。
ま、まさか……、
あの噂が、本当の事だったなんて……、
しかも、あんな濃厚な……、
「…………」(真っ赤)
先程まで、すぐそこで、
展開されていた、背徳感タップリの出来事……、
その内容を思い出し、私は、思わず赤面する。
いたいけな少年の唇を奪い――
さらに、気絶した少年を、お持ち帰り――
しかも、添い寝とか、着せ替えとか……、
そんな面白そうな……、
随分と、物騒な言葉が飛び交っていたし……、
――あんな事が許されるの?
いくら相手が、娘の恋人だから、って……、
ほとんど、息子同然の付き合いだから、って……、
あんな事が、『母と子のスキンシップ』として、許されると言うの?
私なんて、私なんて……、
こんなにも、タカ坊に、
もっと色々としたいのを、我慢してるのに――っ!!
……。
…………。
………………。
そう、そうよね――
『母と子』が許されるなら――
――『姉と弟のスキンシップ』だって許されるわよねっ!
弟を抱き締めるのは、姉の愛情っ!
弟の衣服を見繕うのは、姉の務めっ!
弟を介抱するのは、姉の甲斐性っ!
独り寝が寂しい弟には、姉が添い寝してあげるべきだしっ!
一緒にお風呂に入って、弟の成長具合を確かめるのも、姉の権利っ!
姉と弟なんだから、
この程度のスキンシップは当たり前よねっ!
そして、いつしか……、
スキンシップによって、
育まれた愛情は、姉と弟の垣根を越えて……、
そうよ……、
そうだったのよ……、
我慢する必要なんて無かったのよ……、
だって――
姉が弟を可愛がるのは――
もはや、常識――
当たり前の事なのだからっ!!
「ふ、ふふふ……」
……思わず、笑みが毀れる。
悟りの境地に達した私は……、
改めて、タカ坊への愛情を燃え上がらせる。
――そう。
もう、これからは、遠慮なんていらない。
私は、姉として……、
そして、一人の女として……、
胸に抱く愛の赴くまま、
手加減なしで、タカ坊を可愛がってあげるわっ!
ふふふふ……、
覚悟して待ってなさい、タカ坊〜♪
・
・
・
で、後日――
「あ〜、もうっ……、
タカ坊の抱き心地は最高ね〜♪」
「――うわっ、タマ姉っ!?」
「もしかして、誘ってる?
お姉ちゃんのこと、誘ってるんでしょ〜?」
「抱きつくな、頬擦りするな、耳に息を吹きかけるな〜っ!!」
「ふふふふ……、
このまま、食べちゃおうかしら……」
「うわぁぁぁ〜〜〜っ!!
タマ姉が、いつにも増して暴走してる〜っ!!」
・
・
・
ああ〜ん……、
やっぱり、タカ坊って可愛い〜♪
<おわり>
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