暖かい春の朝――
時折、強く吹く風に、
桜の花びらが舞い、道を桜色に染める。
その美しさを……、
ゆっくりと、鑑賞する余裕も無く……、
「ああああ〜〜〜っ!!
自転車通学だからって、油断したぁぁぁぁ〜〜〜っ!!
花びらの絨毯の上……、
あたしは、MTBを駆り、
死に物狂いで、通学路を疾走していた。
Heart to Heart 外伝
To
Heart 2 編
「十波 由真 〜エキサイトバイク〜」
「――これは、あたしへの挑戦ね」
ある日の朝――
愛用のMTBに乗り、
あたしは、通学路を爆走していた。
自転車通学、とタカを括り……、
家で、ノンビリし過ぎた為、
気付けば、遅刻ギリギリの時間となってしまっのだ。
まだ、肌寒くもある春の空の下……、
道に積もった桜の花びらを、
巻き上げながら、あたしのMTBが風を切る。
と、そこへ――
「むっ……?!」
疾走するあたしの横を……、
一人の男子生徒が、
物凄い勢いで、通り過ぎていった。
しかも、ママチャリで……、
「なんつ〜脚力……」
突然の出来事に、あたしは、
自分を追い抜いていった自転車を、呆然と見送る。
見る見るうちに、遠ざかっていく自転車……、
その背中を見送るうちに、
あたしの中で、沸々と対抗心が湧き上がってきた。
抜かれた――
あたしが、抜かれた――
MTBに乗った、このあたしが――
よりにもよって――
あんなボロいママチャリなんぞにっ!!
「その勝負、受けてたぁぁぁーーーつ!!」
――あたしの勝負魂に火が点いた。
ハンドルのグリップを確かめ、
叫びながら、手元のギアを一段階上げる。
そして、ペダルを漕ぐ足に、渾身の力を込めた。
「どぉりゃぁぁぁーーーーっ!!」
女としては、ちょっと、はしたない、
雄叫びと共に、あたしは、相手を一気に抜き去る。
所詮は、ママチャリ……、
いかに脚力があろうと、
スピードで、あたしのMTBに勝てるわけがない。
「フフン……♪」
相手の男を追い抜き、
あたしは、チラリと後ろを振り返った。
そして、勝ち誇ったように、ニヤリと笑ってみせる。
ふふ〜ん……、
悔しかったら、追いついてみなさい♪
まあ、そんなボロいママチャリじゃ、無理だろうけどね〜♪
「――っ!!」
と、そんな挑発的な思考が伝わったのか……、
ママチャリ男は、表情を歪めると、
力強くペダルを漕ぎ始め、グングンと、追い上げてきた。
でも、もちろん、簡単には抜かせはしない。
あたしは、車体を、右へ左へと揺さぶり、
ママチャリ男の進路を塞ぐ事で、巧みにブロックをする。
「……チッ!」
後ろから、ママチャリ男の舌打ちが聞こえた。
それでも、あたしのスピードに喰らいつき、
真後ろから、プレッシャーを掛けてくるあたりは、賞賛に値する。
「絶対に、負けないんだからっ!」
そんな相手の気配を、
背中で感じつつ、あたしは、ブレーキを小刻みに握った。
そろそろ、カーブが見えてくる。
それに合わせて……、
上手く、速度を調節しないと……、
「――もらった!」
と、そこへ……、
突然、ママチャリ男が、
車体を、アウトコースへと、大きく傾けた。
なるほど……、
外から被せるように抜こう、ってわけね。
――でも、甘いっ!!
「なんとぉ……っ!?」
相手の狙いを、素早く察知したあたしは、
その進路を伏せごうと、車体を傾け、ブロックの姿勢に入る。
……だが、甘いのは、あたしの方だった。
なんと、相手は、アウトに振ったと見せかけ、
ガラ空きになったインコースへと、一気に食い込んできたのだ。
アウト・イン・アウト――
高速を維持しつつ、
カーブを曲がる為の常套手段――
まさか、そんな手に、まんまとハメられるなんて……、
「くぅ〜……っ!!」
インコースから、再び、
追い抜かれ、あたは、悔しげに歯噛みする。
間違いない……、
あのママチャリ男は、
コースの癖を、完全に知り尽くしている。
でなきゃ、あんな思い切ったコーナーリングが出来るわけがない。
おそらく、あたしよりも、学年が上で……、
この通学路を、あたし以上に、通いなれているのだろう。
つまり……、
経験値は、相手が上……、
「どうやら、コーナーでの、
アドバンテージは、あっちにあるみたいね」
今度は、あたしが舌打ちする番だった。
ママチャリ男を追撃しつつ、
あたしは、さらに、もう一段階、ギアを上げる。
分かった……、
ここは、潔く認めてやろうじゃないの。
確かに、コーナーでは、あっちに分がある。
ならば……、
最大の武器で勝負するのみっ!!
「――最高速度で勝負っ!!」
あたしは、グリップを握り直すと、
迷うことなく、一気にギアを最大へと上げた。
もちろん、その分、ペダルは重くなるけど……、
ここまで勢いがついていれば、
もう、ペダルの重さなんて、ほとんど大差は無い。
「てぇりゃぁぁぁーーーーーーっ!!」
かつて経験した事の無い速度……、
そのスピードで、あたしは、
ママチャリ男の横を、アッサリと通り抜けた。
――そう。
これこそが、あたしの最大の武器だ。
コーナーで勝てないのならば、ストレートで勝てば良い。
車体性能に頼ってるようで、
卑怯な気もするけど、ようは勝てば良いのだ。
ぶっちゃけ、横から蹴り入れられなかっただけ、感謝して欲しいくらい。
うんうん……、
勝てば官軍、って良い言葉よね。
「とはいえ……、
まだ、油断は出来ないのよね……」
軽く追い抜いた快感も、そこそこに……、
尚も、背後に迫る相手を、
ブロックしつつ、あたしは、気を引き締める。
何故なら、コースは、この先、下り坂へと突入するのだ。
となると、最高速度という、
あたしの優位性は、ほとんどゼロとなる。
しかも、その坂を下りきった先は、直角のカーブ……、
さらに、坂の正面には川があり……、
その間には、ガードレールすらないという……、
ようするに、コーナーリングをミスッたら、
思い切り、川へと突っ込む羽目になる、という難所なのだ。
当然、ママチャリ男も、それは分かっているようで……、
「クッ……!」
あたしのブロックを振り切ろうと、
何度か、車体を左右に揺するものの、さっきまでの積極性は感じられない。
となると、勝負所は、唯一つ……、
ブレーキング勝負――
つまり、ビビッて、先に、
ブレーキを掛けた方が負け、というわけだ。
「面白いじゃないっ!!」
とか、言ってるうちに、
問題の難所である、下り坂が見えてきた。
あたしは、不敵な笑みを浮かべると、無謀にも、MTBを加速させる。
そして、当然の様に――
ピッタリと、それについてくるママチャリ男――
物凄い勢いで、景色が横へと流れ……、
目も開けていられないくらい、
強烈な風が、あたしの顔に叩きつけられる。
それでも、あたしは、両目を、カッと見開き、前方を見据える。
全ては、絶妙のタイミングで、
ブレーキを掛け、この勝負に勝つために……、
「まだ……まだ早い」
下り坂の終わりが……、
急激な直角カーブが、目前まで迫る。
それでも、あたしは、まだ、ブレーキを掛けない。
そして、後ろを走る、
ママチャリ男も、未だに、ブレーキを掛ける気配は無い。
正直なところ……、
さすがに、そろそろ、ヤバイような気もしてきたんだけど……、
とは言え、ここまで来た以上、
相手よりも先にブレーキなんて掛けられない。
まさに、チキンレース――
最終的な勝負の行方なんて関係無く――
ただ、単純な――
意地と意地のぶつかり合い――
「クッ、これ以上は……」
「……っ!!」
――相手が、小さく呻いた。
それと同時に、ママチャリ男の、
ブレーキを握る手に、力が込められる気配。
その次の瞬間、あたしもまた、全力で、ブレーキを掛けていた。
キキィィィーーーーッ!!
激しいブレーキ音――
迫る直角カーブに対して、
あたしは、車体を鋭く倒しつつ、片足を地面に滑らせる。
「うっひゃあ〜っ!!」
急激なドリフトに、MTBの後輪が、砂塵を巻き上げた。
その耳障りな音に顔を歪めつつも、
あたしは、ギリギリで、コーナーを曲がることに成功する。
そして、ママチャリ男は、
どうなったのか、と後ろに意識を向け……、
と、そこへ――
キキィィィィーーーーッ!!
――ブチッ!
ガギャギャ!!
スポ〜〜〜ンッ!!
「…………」(汗)
後ろの方から……、
何か、イヤな音が聞こえてきた。
具体的に言うと……、
急ブレーキを掛けた音――
その負荷に耐えられず、ワイヤーが切れた音――
ワイヤーが、前輪に絡まった音――
そして――
「飛んでる……」(汗)
ああいうのって、何て言うんだっけ……、
え〜っと……、
キャット空中三回転?
いや、違う……、
あれは、三回転なんてモンじゃない。
クルクルと、何度も回転しながら、
端から見ていて、面白いくらい軽快にスッ飛んでいく。
ってゆ〜か……、
あたしは、人間が、縦に回転しながら、
飛んでいくなんて光景は、生まれて初めて見た。
もし、あれが体操選手だったら、金メダル確実よね。
――あっ!
相手と目が合っちゃった。
ポカ〜ンとしてる……、
あれは、絶対に、
自分の状況を理解出来てないわね。
まあ、無理もないだろうけど……、
「やっほ〜……」
なんとなく……、
手を振ってみたり……、
「――って、ノンキに見てる場合じゃないっ!」
あんな状況から、
地面に落ちたら、タダじゃ済まない。
ヘタしたら、死んじゃうかも……、
「あっ、危な……い?」
あたしは、飛んでいくママチャリ男を、
追い駆けようと、MTBのペダルに足を掛けた。
だが、結局、あたしの心配は杞憂となる。
何故なら、ママチャリ男の、
落下地点は、カーブの正面にある川だったから……、
バシャ〜〜〜〜ンッ!
ママチャリ男が落ちると、
思い切り、派手な水飛沫が上がった。
あたしは、川辺に駆け寄ると、ママチャリ男が浮き上がってくるのを待つ。
と、そこで……、
あたしは、ある事を思い出した。
そういえば……、
この川って……、
意外と、浅かったような……、
「…………」(汗)
あたしの頬を、イヤな汗が流れる。
も、もしかして……、
これって、かなりヤバイ?
誰か、助けを呼んで来た方が良いのかな?
と、そんな事を考え、
どうするべきが迷っていると……、
「あっ……」
川の水面の一部が、ブクブクッと泡立ち始めた。
そして……、
そこから現れたのは……、
浮かび上がる『それ』――
うつ伏せのままの『それ』――
ピクリッとも動かない『それ』――
そのまま流されていく『それ』――
「うわ〜……」(大汗)
その光景を……、
あたしは、ただ、呆然と見送る。
どんぶらこっこ、どんぶらこっこ……
と、ほのぼのとした――
まるで御伽噺の様な、
そんな音が聞こえてきそうな光景――
そんな非現実的なモノを、
目の当たりにして、あたしは、ただ、立ち尽くす事しか出来ない。
そして……、
そんなあたしに見送られながら……、
ママチャリ男の姿は、小さくなっていき……、
その姿が見えなくなるまで、
ゆっくりと、たゆたう様に、下流へと流されて……、
・
・
・
「…………」(滝汗)
ま、まあ、とにかく……、
勝負については、
一応、あたしが勝ったわけだし……、
それ以外は……、
何も見なかった、ということで……、(汗)
<おわり>
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