春――

 寒い冬を乗り越えて、
ようやく、辿り着いた芽生えの季節――

 桜が舞う、この場所で……、

 幾つもの出会いと……、
 幾つもの別れを見守ってきた、この場所で……、








 今年もまた――

 新しい恋の物語が始まる。









Heart to Heart 外伝
To Heart 2 編

「柚原 このみ 〜まちぼうけ〜」










「……タカくん、遅いな〜」








 東鳩高校の校門前――

 目の前を通り過ぎていく、
生徒達を眺めながら、私は、軽く溜息をついた。

 今日は、タカくんの入学式……、

 せっかくだから……、
 こうして、タカくんを迎えに来たんだけど……、

「早く来ないかな〜」

 タカくんが現れるのを、今か今かと待ち構え……、

 そのまま、待ちくたびれてしまった私は、
校門に、コツンと頭を当てて、力無く持たれ掛かった。

 ――そう。
 私は、すっかり待ち惚け。

 学校の中の様子からして、
入学式は、とっくに終わってる筈なのに……、

 ……未だに、待ち人が現れる気配は無し。

「きっと……また、寄り道してるんだ」

 それとも、教室で、
ユウくんとお喋りでもしてるのかな?

 う〜、そういう事なら、私だって、タカくんとお話したいのに〜……、

 そりゃあ、前もって、ちゃんと、
約束してたわけじゃないから、仕方ないんだけど……、

 でも、タカくんを、ビックリさせたかったんだもん。
 その後、楽しくお話しながら、一緒に帰りたかったんだもん。

 これから、しぱらくは……、

 私が中学を卒業するまで、
タカくんと一緒にいられる時間が少なくなっちゃうから……、

「……もう、先に帰っちゃおうかな」

 と、言いつつも、私の足は動かない。

 次々と、通り過ぎていく、
生徒達を眺めながら、タカくんが現れるのを、待ち続ける。

「それにしても……」

 何気なく、下校する生徒達を目で追い、私は、ポツリと呟く。

 ユウくんが言ってた通り、
この学校の制服って、ちょっと派手だけど、可愛いよね。

 それに、綺麗な女の子も一杯だし……、

 さっき通り過ぎていった、
薄い紫色の髪の人なんか、特に綺麗だった。

 いかにも、清楚って感じだし、赤を基調とした制服が、凄く似合ってる。

 あと、多分、友達なんだよね……、

 その人と、仲良さそうに、
一緒に歩いてる、青い髪の人も、可愛いし……、

 ……というか、あの人、テレビで見たことあるような?

 え〜っと……、
 エクレアシュークリーム、だっけ?

 以前、タカくんの家に、
お泊りに行った時に、一緒にテレビで見た気がする。

 しかも、チャンピオンだったような……、

 うわわ〜……、
 この学校って、そんな凄い人がいるんだ。

 来年の今頃は、私も、その一員になるんだね〜。

 まあ、入学試験に、
ちゃんと合格出来たら、の話なんだけど……、

「う〜、ちょっと自信無いな〜……」

 まだ、少し気が早いのかもしれないけど……、

 後に控える受験勉強……、
 その苦労を考え、私は、再び溜息をつきそうになる。

 でも、人前である事を思い出し、
慌てて、口を手で押さえて、それを呑み込んだ。

「あ、あう〜……」(赤面)

 見れば、下校する生徒達は、
皆、私を一瞥しては、首を傾げている。

 た、確かに……、
 こんな所に、中学の制服を着てる人がいたら、目立つよね。

 今更ながら、周囲の目が気になり、私は身を小さくする。

 ううう……、
 居心地が悪くなってきたよ……、

 気のせいなんだろうけど……、

 周りの皆が、私を見ては、
クスクスと、笑ってるような気がするし……、



「――んっ?」

「あうう……」



 現に、今も……、

 頭の上に猫を乗っけた、
男子生徒が、私を見て、首を傾げてるし……、

     ・
     ・
     ・





「――って、猫?!」

「にゃあ……♪」

 驚きのあまり、私は、
思わず、大きな声を上げてしまった。

 すると、いつの間に、傍まで来ていたのか……、

 猫の人は、私の前に立ち、
不思議そうな顔で、ジ〜っと、私を見下ろしている。

 そして……、

「え、え〜っと……」(汗)

「……?」

 間近で、猫の鳴き声がして……、
 顔を上げた私は、猫の人と、思い切り目が合ってしまった。

 なんとなく、気まずい沈黙ー―

 でも、私の頭の中は、
事態の急展開に、すっかりパニック状態だ。

 ――この人、誰なのかな?
 ――わたし、何か悪いことしたかな?
 ――どうして、頭の上に猫が乗ってるのかな?

 次々と疑問が浮かび、
私の混乱に、さらに拍車を掛けていく。

 ……ただ、不思議と不安は無かった。

 根拠は無いけど……、
 この人、悪い人には見えないし……、

 ……あっ、頭に猫を乗せてるのは、充分な根拠かな?

 猫に懐かれてる人が、
悪い人だなんて、とても思えないし……、

 と、そんな事を考えていると……、

「中学生が、こんな所で何してるんだ?」

「えっ、あ……その……人を待って……」

 猫を腕に抱き、顎の下を、
擽りながら、猫の人が、私に話し掛けてきた。

 その言葉に、我に返った私は、しどろもどろになりつつ、慌てて答える。

 すると、猫の人は……、
 ちょっと考えた後、納得顔で頷き……、



「彼氏待ち、か……」

「――へっ?」



 一瞬、頭の中が真っ白になった。

 彼氏、カレシ、かれし――

 何度も、何度も……、
 その言葉が、頭の中でグルグルと回る。

 そして……、
 その意味を理解し……、

 真っ先に浮かんできたのは……、

「ち、ちち、違うよ〜っ!
タカくんとわたしは、そんなんじゃ――」

 私は、誤解を解こうと、
手をパタパタと振って、それを否定する。

 あうう……、
 自分でも、顔が赤くなってるのが分かるよ〜。

 でも、猫の人は、そんな私に構わず、話を進めていく。

「タカくん、って……名前は?」

「えっと、幼馴染で……、
河野 貴明っていうんですけど……」

「どのクラスなんだ?」

「今日が入学式だから、まだ……」

「う〜ん、そうか……、
それじゃ、呼んで来てあげられないな」

「――ええっ!?」

 これで、もう何度目だろう?

 猫の人の言葉に、
私は、またしても、驚きの声を上げてしまった。

 どうやら、猫の人は、私の為に、
タカくんを呼びに行ってくれるつもりだったらしい。

「す、すみません……、
わざわざ、そこまで……」

 思い掛けない、猫の人の気遣いに、
申し訳ない気持ちで一杯になり、私は、ペコペコと頭を下げる。

 だが、猫の人は、そんな私を見て、困ったように笑うと……、

「こっちこそ、ゴメン……、
結局、役に立てなくてさ……」

 そう言って、軽く肩を竦めて見せた。

 そして、一体、何を思ったのか……、
 腕に抱いていた猫を、私に差し出すと……、

「その変わりに……、
待ってる間の、お供を貸してあげよう」

「えっ? えっ?」

「一人で待ってるのは、居心地が悪いだろ?」

「えっ、あ……はい」

「というわけで、ミレイユ……、
しばらくの間、この子の相手を頼むぞ」

「――にゃっ♪」

 あれよあれよ、と言う間に、
猫の人は、私に仔猫を押し付け……、

「それじゃ、彼氏と仲良くな」

「だ、たから、タカくんとは、そんなんじゃ……」

「――頑張れよ」

 それだけを言い残して……、
 止める間も無く、猫の人は、立ち去ってしまった。

「…………」

 両腕で猫を抱いたまま、
私は、呆然と、その場に立ち尽くす

 あうう〜……、
 だから、彼氏じゃないのに〜……、

 真っ赤になった頬を手で押さえつつ、
私は、少し恨みがましい目で、立ち去る猫の人の背中を見つめる。

 そんなわたしに見送られ……、

 いつの間に合流したのか……、
 猫の人は、三人の女生徒と一緒に帰っていった。

「……恋人、なのかな?」

 赤、青、黄色の髪の……、
 なんだか、信号機みたいな女の子達だけど……、

 凄く、仲が良さそう……、

「あ……!?」

 ほんの一瞬――

 猫の人と……、
 タカくんの姿が、重なって見えた。

 ……知らない女の人と歩いてる。

 タカくんが……、
 私じゃない、別の誰かと……、

 あんなにも、楽しそうに……、



「……いいなぁ」



 ――思わず、そう呟く。

 あの子達が、羨ましい……、

 いつか、私も……、
 タカくんと、あんな風に、一緒に歩けるようになるのかな?

 ……本当に、そんな日が来るのかな?

 私の想いは……、
 ちゃんと、タカくんに届くのかな?

「タカくん……」

 ――痛いよ、タカくん。

 胸が、チクチクして……、
 締め付けられるように、苦しいよ……、

「にゃ〜……?」

「うん、大丈夫……、
心配かけちゃって、ゴメンね」

 えっと……、
 確か、ミレイユちゃん、だっけ?

 どうやら、この子、凄く賢いみたい。

 飼い主の言いつけを守って、
今も、こうして、私の傍にいてくれてるし……、

 それに、私の沈んだ気持ちを察したのか……、

 ミレイユちゃんは、気遣うように、
優しい眼差しで、ジ〜ッと、私を見上げている。

「えへへ……♪」

 そんな彼女に笑顔で応え、私は、そっと頭を撫でてあげた。

「んにゃ〜……」

 何度も、私に撫でられ、
気持ち良さそうに、目を細めるミレイユちゃん。

 その表情は、とても優しくて……、

 まるで、私を励まそうと
頑張れ、って言ってくれてるみたい……、

 ――そう。

 さっき、猫の人が……、
 去り際に、言ってくれたみたいに……、

 そうだよね……、
 頑張れば、きっと、想いは届くよね。

 わたし、何も出来ないけど……、

 あんまり頭も良くなし、お寝坊さんだし、
料理も下手だし、背も低いし、胸も小さいけど……、

 今はまだ……、

 こうして、タカくんを待って、
一緒にお家に帰るくらいしか出来けど……、

 でも、これが、今のわたしの精一杯だから……、

「ありがとう……、
それじゃあ、タカくんが来るまで、一緒にいてね」

「にゃにゃ〜ん♪」

 この子、ホントに賢い……、

 わたしの言葉に、ミレイユちゃんは、
心得た、とばかりに、シュタッと前足を上げて見せる。

 そして……、
 私は、猫とお話しながら……、

 タカくんが現れるのを、待ち続ける。

 でも、もう、寂しくは無い。
 だって、頼もしい話し相手が出来たし……、

 それに……、

 わたしの胸の中あった不安は、
いつの間にか、すっかり、消えてしまっていたから……、

 だって、決めたんだもん。
 もっともっと頑張るって、決めたんだもん。

 ――大丈夫。

 私は、もっと頑張れる。
 タカくんに想いが届くまで、待っていられる。

 何故なら、この胸に、大事にしまってある想いがあるから……、

 私のタカくんへの想いは、
誰にも負けない、って自信があるから……、

 例え、それが、タマお姉ちゃんでも……、

 そんな大切な事を、私に気付かせて――
 ううん、思い出させてくれたのは――

「これって、ミレイユちゃんのおかげかな?」

 それとも……、
 やっぱり、あの人の……、

「――あっ!」

 と、その時……、
 私は、重大な事を思い出す。

 そういえば、猫の人の、
名前を訊くの、すっかり忘れてたよっ!

 どうしよう……、
 わたし、まだ、ちゃんとお礼を言ってないよ。

 でも、まあ、良いか……、

 これから、毎日、タカくんを、
迎えに来るんだから、また、いつか会えるよね。

 今日のお礼は、その時にでも……、

 なんて事を考えつつ……、



「綺麗だね……桜……」

「――にゃ♪」



 ゆっくりと……、
 ゆっくりと、時間は流れていく。

 まるで、舞い落ちる桜の花びらのように……、

 と、そこへ……、

「あっ……」

 一際、強い風が吹き、
周囲の花びらを、一斉に巻き上げた。

 それは、まさに……、
 新しい季節の幕開けを告げる、花びらのカーテン……、

 そのカーテンが、ほんの一瞬、わたしの視界を遮る。

 そして……、
 その向こうから、現れたのは……、

     ・
     ・
     ・
















「あっ! タカく〜んっ!」

「――このみ?!
お前、どうして、こんな所に?」

「えへへ〜、迎えに来たのでありますよ☆」

「迎えに、って……、
ってゆ〜か、その猫は何なんだ?」

「秘密だよ〜、それよりも――」

「お、おう……?」
















「……タカくん、一緒に帰ろ♪」








<おわり>
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