Heart to Heart 外伝
         Kanon編

  「水瀬 秋子 〜新婚さんでいこう!〜」







「はい、祐一さん♪ あーん、してください♪」

「あ、あの、秋子さん、それは……」(汗)

「やっぱり、わたしなんかじゃ嫌ですか?」

「そ、そんなことはないッス!!」

「それでは……はい、あーん♪」

「あうあうあうあう……」(涙)








 とある連休の朝――

 名雪の所為で、すっかり習慣になってしまったのか……、
 休日であるにも関わらず、俺は、随分と早い時間に目を覚ましてしまった。

 まあ、早いと言っても、時計の針は、もう8時を回っているのだが……、

 それを見て、二度寝したい、という誘惑を振り払いつつ、俺は、眠い目を擦りながら、起き上がる。

 なにせ、今日は栞のスケッチに付き合う約束をしているのだ。
 寝過ごして、遅刻なんぞしたら、またアイスを奢らされる羽目になってしまう。

 限りある貴重な小遣いだ。
 可能な限り、余計な出費は抑えなければな……、

 まあ、それはともかく……、
 俺は、軽く身支度を済ますと、階段を降り……、

「――おはようございます、秋子さん」

「おはようございます、祐一さん。
今、朝ご飯を作りますから、少し待っていてくださいね」

「じゃあ、リビングの方で待ってます」

「はい、出来たら、お呼びしますから……」

 ……と、いつものように、キッチンで、秋子さんに挨拶を交わす。

 そして、秋子さんに言われるまま、リビングのソファーに腰を下ろすと、
おとなしく、朝ご飯が出来るのを待つことにした。

「さて、今日の天気は、っと……」

 何気なく手に取った新聞を開き、天気予報を確認する俺。
 スケッチは野外でするのだから、雨が降ったら中止ってことになってしまうからな。

 正直、あの『独創的すぎる』絵のモデルになるのは勘弁だが……、
 だからって、栞の残念そうな顔を見るのは、それ以上にイヤだし……

「――よしよし」

 新聞に記載された『晴れ』のマークを見て、俺は満足げに頷く。
 と、その時、見計らったかのようなタイミングで、秋子さんの声が、キッチンから聞こえてきた。

「祐一さん、朝ご飯が出来ましたよ」

「あ、はい。すぐに行きます」

 秋子さんに呼ばれ、俺は新聞を閉じると、足早にキッチンへと向かう。
 そして、いつもの自分の席に座った時、ふと、ある事に気が付いた。

「――あれ? 二人分しかないですよ?」

 ――そう。
 テーブルの上に並べられた朝食は、二人分しか無かったのだ。

 つまり、俺と秋子さんの分だけ……、
 この家には、あと三人と一匹の住人がいるにも関わらず……、

「……どういうことです?」

 軽く眉間にシワを寄せつつ、俺は、正面に座る秋子さんに訊ねる。
 すると、秋子さんは、頬に手を当てた、いつものポーズで……、

「今日は、名雪も真琴も、あゆちゃんもいないんですよ」

 ……と、のたもうた。

「そういえば……誰もいませんね?」

 秋子さんに、そう言われて、始めて、
俺は、目覚めてから、まだ名雪達の姿を見ていないことに思い至る。

 確かに、休日の、この時間に、名雪が起きていないのはいつもの事だが……、
 意外に早起きな真琴やあゆが、朝食の時間に起きていないのは、ちょっとおかしいもんな。

 それにしても、あいつら、こんな時間から、一体、何処に出掛けたんだ?
 まあ、だいたい予想は付くが……、

 と、そのことを訊ねると、秋子さんから、予想通りの答えが返ってきた。

 どうやら、名雪は、泊りがけで陸上の大会へ――
 真琴は、天野の家に、やっぱり泊りがけで遊びに――

 そして、あゆは――

「あゆちゃんも、真琴と一緒に、美汐ちゃんのお宅です」

「天野の、ですか? そりゃまた、意外な……」

「抜け駆けされないように、って、
真琴に、無理矢理、連れて行かれたんですよ」

「抜け駆け? 何をです?」

「あらあら……」

 秋子さんの言葉の意味が分からず、俺は首を傾げる。
 そんな俺を見て、秋子さんは苦笑を浮かべると、茶碗にご飯をよそって、俺に差し出した。

「というわけで、明日までは、わたしと祐一さんの二人きりなんです」

「普段、騒がしいだけに、ちょっと寂しいですね」

「そうですね……」

 と、俺の何気ない一言に、秋子さんの表情が曇る。

 し、しまった……っ!
 俺は、何を馬鹿な事を言ってるんだっ!?

 いつもいつも、俺達のために頑張ってくれている秋子さんに、あんな顔をさせるなんてっ!

 ――ど、どうする?
 この後、俺が出掛けるなんて言ったら、秋子さんに、ますます寂しい思いを……、

「…………」

「…………」(汗)

 無言のまま箸を動かし、黙々と、目の前の朝食を口に運ぶ、俺と秋子さん。

 その何とも暗い雰囲気の中、
俺は、この状況を打開する方法を必死に考えていた。

 しかし、何も良い方法が思い浮かばず、ただただ、時間だけが過ぎていく……、

 う〜む、困った……、
 一体、どうしたら、秋子さんの笑顔を取り戻すことが……、

 こんな時、あの天性の笑わせ屋(笑われ屋)なら、
簡単に、それも無意識の内に、その場の雰囲気を明るくしてしまうのだろうが……、

 と、前に住んでいた街にいる友人の顔を思い出しつつ……、
 俺は、取り敢えず、軽いジョークでもとばしてみようと、秋子さんの方を見る。

 そして……、



「はははっ! でも、こうしてると、まるで新婚みたいですね〜」

「――了承」



 ……。

 …………。

 ………………はい?



 ……今、秋子さんは、何て言ったんだ?

 ってゆーか、今、何を『了承』されたんだ?
 なんか、凄く、トンデモナイことを『了承』されたような気がするが……、

 よ、よし……、
 ここは、確認の為にも、もう一度、同じ状況を再現してみよう。





「はははっ! でも、こうしてると、まるで新婚みたいですね〜」

「――了承♪」





 ……。

 …………。

 ………………。
















 
マジですかぁぁぁぁーーーーっ!?
















 とまあ、そういうわけで――

 冒頭のような状況に陥ってしまっているわけである。

 ――なに?
 ほんの軽い冗談だった、と言えば済むこと、だと?

 確かに、そうかもしれない……、
 だが、想像力を働かせて、よく考えてみて欲しい。

 今までに無いくらいに楽しそうな、秋子さんの『了承』の一言――
 そして、自分に向けられる、女神の如き満面の微笑み――

 そんな秋子さんを前にして、その魅惑的なお誘いを、断れるわけないだろう?

 現に、今だって……、



「祐一さん、早く食べないと冷めてしまいますよ」

「そ、そうッスね……」(汗)

「はい、それでは……あーん♪」

「……あーん」(泣)



 うううう……、
 秋子さん、その箸の下に添えられた手が、ラブリーです。(涙)

 そのあまりの愛らしさに、さすがに、これ以上、断り続けることが出来ず……、
 ついに、観念した俺は、秋子さんの箸を迎え入れる為、大きく口を開く。

 そして、それと同時に、俺の口の中に卵焼きが……、

 ――って、ちょっと待った。
 確か、この箸って、さっきまで秋子さんが使っていたはず……、

 ということは……、

「うふふ……美味しいですか?」

「――最高です!」

 毎日のように食べている、秋子さんの卵焼き……、
 もちろん、いつもと変わらぬ、飽きる事の無い美味しさなのだが……、

 でも、今日は、いつも以上に美味しく感じてしまいますっ!
 水瀬家の卵焼きは、塩味なのに、何故か、甘露な味わいですっ!

 ああ、秋子さんっ!
 もっともっと、あなたの料理を味わあせて――

 っと、いかん、いかん……、
 何を取り乱しているんだ、俺は……、(汗)

 相手は、叔母である秋子さんなんだぞっ!
 母さんの妹で、従兄弟である名雪の母親なんだぞっ!

 そんな人を相手に、間接キス(爆)をしたからって、何を興奮してるんだっ!



「さあ、祐一さん、次はご飯ですよ♪ あ〜ん♪」

「――あ〜ん♪」



 ……。

 …………。

 ………………。


 まあ、何だ……、
 たまには、こういうのも良いかな……、

 秋子さんも、結構、楽しんでるみたいだし……、
















 だが、この後……、

 その考えが甘かったことを……、
 俺は、イヤと言うほど、思い知らされることになる。

 何故なら、すっかり新婚気分な秋子さんの行動は……、
 時が経つに従い、徐々に徐々に、過激にエスカレートしていったのだ……、
















 例えば――

 朝食を食べ終え、俺が栞との待ち合わせ場所に向かおうとした時――



「ご馳走様でした。それじゃあ、ちょっと出掛けて来ます」

「――あら? お出掛けになるんですか?」

「はい、今日は栞との約束があるんで……」

「そんなっ! 新婚早々に浮気だなんて……クスン」

「だあああーーーっ! 何でそうなるんですかっ!?」

「ふふふふ、冗談ですよ♪」

「……いってきます」(涙)

「はい、いってらっしゃい……あ・な・た♪」

「――ぐはあっ!!」(吐血)








 例えば――

 スケッチを終えて、栞と公園で昼食を食べていた時――



「祐一さん……それ、何ですか?」

「何って、秋子さんが作ってくれた弁当だが……」

「えぅ〜っ! そういうこと言うひと嫌いですっ!
お弁当は私が作ってくる、って、言ったじゃないですかっ!」

「でも、せっかく、作ってくれたんだし……、
栞だって、自分が作った弁当を、いらない、なんて言われたらイヤだろう?」

「分かりました……そのかわり、私のお弁当も残さず全部食べてくださいね」

「……善処する」

「ところで、今後の参考にしたいので、
秋子さんのお弁当、ちょっと見せてもらっても良いですか?」

「あ、ああ、別に良いぞ……(パカッ)……ぐあっ!」

「ピンクのそぼろで……」(怒)

「……ハートマーク?」(汗)

「まるで、愛妻弁当ですねぇ〜……」(怒)

「そ、そうだな……」(大汗)

「…………」(怒)

「…………」(滝汗)

「あとで、百花屋にでも行きましようか?」(にっこり)

「御意……」(泣)








 例えば――

 栞に散々奢らされた後、財布の中身とは逆に、重い足取りで帰宅した時――



「――ただいま戻りました〜」

「お帰りなさい、祐一さん♪
ご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも――」

「さ、先にご飯を頂きますっ!!」

「ダメですよ、祐一さん……、
こういう時は、『まずはお前だー』と言って、わたしを押し倒してくださらないと……」

「冗談でも、そんな何処かで聞いたような真似は出来ませんっ!」

「――了承♪」

「いや、了承されても出来ませんって……」

「そうですか……」

「何で、そんな残念そうな顔を……」(汗)








 例えば――

 夕食を『食べさせてもらった』後、のんびりとお風呂に入っていた時――



「祐一さん、お湯加減はいかかですか?」

「あ、はい。ちょうど良いですよ」

「そうですか……じゃあ、お背中でもお流ししましようか?」

「お、お気持ちだけで結構ですっ!」

「そんなに遠慮なさらなくても……新婚なんですから♪」

「だからって、何もそこまで……って、すでにドアの曇りガラスの向こうは肌色っ!?
もう脱いでるんですか? 脱いじゃってるんですか?」

「はい♪ こんな姿になってしまいました。
というわけで、祐一さん……(ガラッ)……お邪魔しますね」(はぁと)

「ぶはああああああーーーーーーーっ!!」(鼻血)








 そして――

 色んな意味で疲れ切った俺は、今日は早めに寝てしまおうと、自室へと戻る。

 まあ、正確には、これ以上、
秋子さんの誘惑には堪えられないので逃げてきたのだが……、

「も、もうダメだ……」

 肉体的にも精神的にも、ボロボロになった俺は、
部屋に入った途端、バタリッと力尽きた様にベッドに倒れ伏した。

 そして、うつ伏せのまま、外界からの情報を全てシャットアウトするかのように、顔を枕に埋める。

 うううう……、
 秋子さん、いくらなんでもやり過ぎです。(泣)

 バスタオルで隠されていたとはいえ――
 網膜と脳裏に、しっかりと焼き付いてしまった秋子さんのあられもない姿――

 いくら相手が秋子さんでも、俺だって健康的な男子だ。
 あんな刺激的なものを見せられてしまっては、当然の如く、意識してしまうわけで……、

「煩悩退散っ! 煩悩退散っ! 煩悩退散っ!」

 その悶々とした感情を、何とか振り払おうと、俺は何度も何度も、頭を枕に叩きつける。

 本当なら、誰かさんみたいに、壁に頭をぶつけた方が効果的なのだろうが……、
 いかんせん、俺は奴ほど回復力に優れた特異体質じゃないので、そんな危険な真似は出来ない。

 ……だが、今回ばかりは、そうも言っていられないのかもしれない。

 どんなに、頭を叩きつけても……、
 気を紛らわせる為に、知りうる数学の公式を、念仏のように唱えても……、

 俺を誘惑するかのような、甘い吐息が――
 自己主張して止まない、形の良い豊満な胸が――
 とても高校生の娘がいるとは思えない、若々しい肌が――

 ……どうしても、俺の頭の中から消えようとしてくれない。

 それどころか、抑えようの無い衝動は、俺の中で、ドンドン大きくなっていく。

 マズイ、マズイぞ……、
 もし、今、この状態で、秋子さんに次の一手を打たれたら……、

「逃げた方が良いかも……」

 この後に起こるであろう展開……、
 新婚イベントの最後の一つを想像して、俺は本気で逃亡する事を考える。

 と、その時――
 まるで、狙い済ましていたかのようなタイミングで――





「――祐一さん、失礼しますね」





「遅かったか……」(泣)

 控えめなノックの後、遠慮がちに、俺の部屋へと入ってくる秋子さん。

 その秋子さんの、魅惑的なパジャマ姿を見て、
俺は、自分の理性が、ガラガラと崩れ落ちていく音を聞いた気がした。

「祐一さん……」

「あ、秋子さん……」

 熱っぽい潤んだ瞳で俺を見つめ、秋子さんは、ゆっくりと、こちらへと歩み寄ってくる。

 ベッドの上で、上体だけを起こした俺は、
そんな秋子さんを、呆然と眺めていることしかできない。


 
――ギシッ


 秋子さんが腰を下ろすと、ベッドが軽く軋み声を上げる。
 静寂に包まれた部屋の中で、その音を、妙に大きく感じながら、俺は秋子さんの言葉を待った。

「祐一さん……」

「は、はい……」

 俺の目を真っ直ぐに見つめてくる秋子さん。
 その視線を、俺は内心で戸惑いながらも受け止める。

 ああ、もうダメだな……、
 秋子さんの次の一言で、俺は間違いなく、禁断の道へと足を踏み入れてしまうだろう。

 父さん――
 外道へと墜ちる愚かな息子を、どうかお許しください。(泣)

 母さん――
 俺、貴方の妹と幸せになります。(爆)

 と、
これからの展開に、ちょっぴり期待なんかしつつ……、
 心の中で泣きながら、両親に最後の別れの挨拶をしつつ、俺は覚悟を決める。

 そして……、





「祐一さん、今日は本当にありがとうございました」

「――はい?」





 予想していたものとは違う、秋子さんの言葉に、思わず目を点にする俺。

 そんな俺に構わず、秋子さんは、
母性愛に満ちた、いつもの優しい笑みを浮かべて、言葉を続けた。

「祐一さんのおかげで、今日一日、とても楽しかったです」

「は、はあ……」

 さっきまでの新婚モードではなく、すっかり素に戻った秋子さんに、
ちょっと拍子抜けしつつ、俺はコクコクと相槌を打つ。

「主人が亡くなってから、ああいう事は、随分とご無沙汰だったので、
ついつい、祐一さんの好意に甘えてしまいました♪」

 まるで、幼い子供がするように……、
 小さく舌をチロッと出して、悪戯っぽく微笑む秋子さん。

 その仕草は、とても可愛らしく、思わず萌え狂ってしまいそうになったのが……、

「秋子さん……」

 冗談めいた軽い口調とは裏腹に――
 その秋子さんの言葉の奥にある、深い寂しさに気付いた俺は――

「ゴメンなさい……わたしの我侭に付き合わせてしまって……」

「……謝る必要なんて無いですよ」

 ――そう言って、申し訳なさそうにしている秋子さんの手を、ギュッと握り返していた。



 もう、ずっと昔に、旦那さんを亡くしている秋子さん――

 あまりにも早く、愛する人を失った、その時の秋子さんの悲しみは、
俺みたいな子供には、到底、分からないくらいに、深く、苦しいものだったに違いない。

 でも、秋子さんは、その悲しみにも負けることなく、、
仕事をこなし、家事をこなし、女手一つで、立派に名雪を育ててきたのだ。

 それは、どんなに、大変だったことだろう。
 それは、どんなに、つらかったことだろう。

 ……そして、どんなに、寂しかったことだろう。

 それでも、秋子さんは、そんな素振りを見せたりせず……、
 いつもいつも、俺達を安心させてくれる、あたたかい笑みを浮かべて……、

 本当に、秋子さんは、強い女性だと思う。
 でも、それ故に、何処か、危うさを感じてしまうこともある。

 だから――


『もっと、俺達に頼ってくれて良いんですよ』


 ――そう、秋子さんに言いたかった。

 でも、出来なかった……、

 何故なら、俺は……、
 俺達は、まだまだ子供で……、

 秋子さんを支えられるほど、強くもなくて……、
 支えているつもりでも、結局は、逆に支えてもらってばかりで……、

 秋子さんの負担にしかなっていないような自分が、そんな事を言うのは、
あまりにも無責任すぎると思ったから……、


「……今日は、俺も楽しかったですよ」


 こんな言葉しか言えない……、
 そんな自分が歯痒くて、凄く情けなかった。



「祐一さん……母は強し、です」

「――えっ?」

 不意に、秋子さんにそう言われ、俺はハッと我に返る。
 そして、気が付くと、俺は、秋子さんに、優しく頭を撫でられていた。

「祐一さんは、誤解しています……、
わたしは、祐一さんや、名雪達がいるから、頑張れるんです」

「あ……」

 その言葉に、俺は何も言えなくなってしまう。

 考えていた事が顔に出てしまっていたのか……、
 それとも、いつもの悪い癖で、ついつい口に出してしまっていたのか……、

 どうやら、秋子さんは、俺の考えなど、全てお見通しだったようだ。

 自分の想いを見透かされ、バツが悪い表情を浮かべる俺。
 そんな俺の頬に、そっと手を寄せて、秋子さんは言葉を続ける。

「……それに、自分の子供を、重いと感じる母親なんていませんよ」

「でも、俺は――」

「祐一さんも、わたしの大切な子供ですよ。
名雪も、真琴も、あゆちゃんも……、
香里ちゃんも、栞ちゃんも、舞ちゃんも、佐祐理ちゃんも、美汐ちゃんも……、
みんな、わたしにとっては大切な子供達です」

「秋子さん……」

「祐一さん……わたしには、こんなにもたくさんの子供達がいるんです。
だから、寂しくはありませんし、まだまだ、頑張れます」

 そう言って、ゆっくりと、俺から顔を離す秋子さん。
 そして、ちょっと恥ずかしそうに俯き、上目遣いで俺を見ると……、

「でも、たまにで良いですから……、
今日みたいに、甘えてしまっても良いですか?」

「はい、もちろんです。たまに、なんて言わず、
秋子さんが望むなら、いつだって付き合いますよ」

 もしかしたら、これが初めてなんじゃないだろうか?
 こんな風に、秋子さんが、自分から、俺を頼ろうとするなんて……、

 それが無性に嬉しくて――

 ってゆーか、秋子さんの年齢を感じさせない、
その可愛らしい仕草に我を忘れ、俺は秋子さんのお願いに心良く頷く。

 すると、秋子さんは、その言葉を待ってました、と言わんばかりに、再び小悪魔的な笑みを浮かべ……、



「――それじゃあ、最後の我侭を聞いて頂けますか?」



 ……と、のたもうた。

「最後の、ですか?」

「はい……実は、以前、知り合いに電話した時に、
『母と子のスキンシップ』というものを教えてもらったんですよ」

 先程までの事もあり、本能的に警戒心を働かせる俺。
 だが、『母と子の』という単語を聞き、俺はホッと胸を撫で下ろした。

「そういうことなら、構いませんよ」

「それでは……♪」

 俺の返事を確認すると、秋子さんは、
頬に手を当てた、いつものポーズのまま、ススッと擦り寄ってくる。

 そんな秋子さんに、ちょっと引きつつ、
俺は、秋子さんの言う『スキンシップ』とやらを待ち構える。

 そして……、





 
――ちゅっ☆





「――へっ?」

 一瞬、自分が何をされたのか分からなかった。

 ただ、理解出来たのは……、

 目前にまで迫った秋子さんの顔――
 秋子さんの綺麗な髪のシャンプーの香り――

 そして、自分の頬に……、
 いや、限りなく唇に近い位置に残る、柔らかくも湿った感触――

「それじゃあ、おやすみなさい……あ・な・た♪」

「え? え? え?」

 未だ状況が把握出来ず、俺は、ただただ戸惑うばかり。

 そんな俺に構わず、秋子さんは、指先を自分の唇に当てると、
とっておきのイタズラが成功したような笑みを浮かべたまま、部屋を出ていった。

 最後に、破壊力抜群の一言を残して……、








「…………ぐはっ!!」








 数瞬後――

 自分の身に起こった出来事を理解した俺は……、
 そのまま、力尽きたかのように……、

 ……バタリッと、ベッドに倒れ伏したのだった。
















 ああ、秋子さん……、

 こんな刺激の強すぎるスキンシップを、一体、誰に教わったんですか……?








<おわり>
<戻る>


ひかり 「もう、秋子ったら……ちゃんと唇にしなきゃダメじゃない」(¬¬)

秋子 「そんな恥ずかしい真似、出来ませんっ!」(* ̄□ ̄*)