Heart to Heart 外伝
         
Kanon編

  
「相沢 祐一 〜思い出のアルバム〜」







 それは、ある日の夜のこと――





「……おっ?」

 引越し荷物が入ったダンボール箱の中を漁り、
偶然にも『それ』を発見した俺は、思わず作業の手を止めた。

 ――なに?
 引越しして、もう随分と経つのに、まだ荷物の整理をしていなかったのか、って?

 悪かったな……、

 この街に来てからというもの、俺の周りの面々の関係で何かと忙しくて、
落ち着いて荷物整理してる暇が無かったんだよ。

 それに、最初に荷物整理した時は、名雪やあゆにも手伝って貰ったりしただろ?

 となれば、当然、あいつらがいる前では出せないような、
いわゆる、男なら誰もが持つ極秘書類等もあったりするわけで……、

 とまあ、そういうわけで、だ……、

 今まで色々と忙しかった俺だが、ここんとこは比較的落ち着いてきたので、
そろそろ、この荷物の封印を解こうか、と思い立ち、箱の中を漁っていたのだが……、

「そういえば、コレ、別れ際に貰ったんだっけ……」

 と、独り言を呟き、俺は、箱の中にあった一台のノートパソコンを繁々と眺める。

 ――そう。
 俺が発見した『それ』とは、このノートパソコンの事だ。

 実は、このノートパソコンは、前に住んでいた街にいる親友から、
引っ越し祝いとして譲り受けた物だったりする。

 どうやら、これを使って、いつでもメールでやり取りが出来るように、との事らしい。

 最初は、こんな高価な物は受け取れない、と断ろうとしたのだが、
あいつの使い古しだ、と言うので、それなら別に良いか、と受け取ったのだが……、

「……よく考えたら、パソコンの使い方なんて知らねぇぞ?
そんな俺に、どうやってメールを出せって言うんだ、あいつは……」

 と、何気なくノートパソコンのディスブレイを開き、意味もなくキーを叩きながら、俺は苦笑する。

 まあ、せっかく貰ったんだし、何とか有効に利用しないとな。
 今度、秋子さんにでも、使い方を教えて貰う事にしよう。

 秋子さんが、パソコンを使ってるところなんて見たこと無いけど、
あの人なら、知らない事なんて無いだろうしな……、

「それにしても……」

 取り敢えず、これについては、いずれちゃんと考えることにして、
俺は、ノートパソコンを机の上に置く。

 そして、あいつらの事を思い出してしまったからだろうか……、

 何となく、感慨深い気持ちになった俺は、
ふと、この街に来てから、今日までの出来事を思い返してみる。

 ――思えば、色々な事があったものだ。

 七年前、あんな別れ方をしてしまった、俺の従兄妹の『水瀬 名雪』との再会――
 その母親である『水瀬 秋子』さんを襲った不慮の事故――

 ひょんな事から水瀬家の居候になった『沢渡 真琴』によって毎夜繰り返される悪戯の数々――
 その真琴の親友となった『天野 美汐』によって語られた、ものみの丘の妖狐の真実――

 不治の病を負っていた『美坂 栞』の、まさに奇跡ともいえる回復――
 妹の栞を愛するが故、ずっと苦しみ続けた『美坂 香里』の涙――

 深夜の学校で、『川澄 舞』と共に魔物と闘った日々――
 舞の唯一無二の親友と言っても過言ではない『倉田 佐祐理』さんの過去――

 そして……、








「うぐぅぅぅぅ〜〜〜〜〜っ?!」








「な、なんだ……?」

 荷物の整理もそこそこに、ベッドにゴロリと横になって、思い出に浸っていた俺は、
その独特の叫び声を耳にして、ハッと我に返った。

 この、あまりにも個性的過ぎる叫び声は……、
 間違いなく、あいつだな……、

「ったく、騒々しい奴だな……」

 やれやれと肩を竦めつつ、体を起こす俺。
 そして、ドアの向こうから聞こえてくる音に、耳を傾けた。

 さっきの叫び声は、一階のリビングから聞こえてきた……、
 そして、次に聞こえてきたのは、ドタドタと、階段を駆け登ってくる音……、

 となれば、あいつが向かっているのは、俺のいるこの部屋しかない。

 まあ、二階には、名雪の部屋や、あいつと真琴の共同部屋もあるのだが、
この展開なら、絶対に、あいつはここに駆け込んで来るはずだ。

「……って、冷静に状況分析してる場合じゃないな」

 今、自分の部屋が、かなりヤバイ状態になっていることを思い出した俺は、
慌てて立ち上がり、床に散乱している物をダンボール箱の中に大雑把に放り込む。

 俺がこんな物を持っているなんて事を知られたら、シャレにならない事態になるからな。

 最低でも、三日は紅生姜尽くし……、
 場合によっては、アレが出てくる可能性も……、

 いかんっ! いかんぞっ!
 アレを食わされるって事は、確実に命に関わってくるっ!

 ……それだけは、何としてでも避けねばっ!!

 身に迫る危機感の所為か、ちょっと信じられないようなペースで部屋を片付ける俺。

 全ての危険物をダンボール箱に入れ……、
 それを部屋の物置の隅に押し込み……、

 そして、俺が何事も無かったかのようにベッドに横になり適当な本を開くのと、、
一人の少女が、この部屋に飛び込んで来くるのは、ほぼ同時だった。


 
――バタンッ!


「祐一君っ!!」


 乱暴にドアを開け、部屋に入って来るなり、
その少女は、何故か、妙に凄い剣幕で俺に詰め寄ってくる。

「どうしたんだ……あゆ?」

「うぐぅ〜〜〜……」

 そんな彼女の様子と、彼女の小脇に抱えられている大きな本を訝しく思いつつ、
俺は本を開いた姿勢のまま、その少女に視線を向けた。

 しかし、彼女は、俺の質問に答えるようとせず、
ただただ、その独特の口癖を発しつつ、俺を睨み付けるだけ……、

 ――そう。
 今更、言うまでも無いだろうが、さっきの叫び声の主はコイツである。

 俺の幼馴染みである『月宮 あゆ』――

 幼き頃のあの日……、
 木の上からの転落事故により、意識不明の重体となり……、

 七年もの間、ずっと眠り続けていた少女――
 俺がこの街に帰って来るのを待っていてくれた少女――

 そして、その想いは形となり……、
 ついに、奇跡が……、


 ……。

 …………。

 ………………。


 ……まあ、何だ。
 そのへんについては、説明しようとすると長くなるので省略させてもらおう。

 とにかく、過去に、それはもう色々とあったものの、
今はもう、すっかり完治しているあゆは、水瀬家の居候三号になっている。

 ちなみに、居候二号は真琴で、居候一号は俺こと『相沢 祐一』だったり……、

「……祐一君?」

「――ん?」

 こっちを睨んでいるあゆをそっちのけで物思いに耽っていた俺は、
そのあゆの呼び掛けで、我に返る。

「祐一君……何してるの?」

「見ての通り、本を読んでいるが……」

「……本、逆さまだよ?」

「――っ!?」

 あゆの鋭い指摘に、俺は、自分が本を逆さまに持っていた事に初めて気付いた。

 これは、非常にマズイぞ……、
 このままでは、いかにも何かを誤魔化してます、と言っているようなものだ。

 しかし、ここで、慌てて本を正しい向きに直そうものなら、逆に怪しまれてしまう。
 ならば、いっそのこと……、

「ま、まあ、たまには本を逆さにして読むのも良いものだぞ」

「ふ〜ん……」

 本の向きをそのままに、俺はしれっと言い切る。
 そして、そんな俺の言葉を真に受け、あゆは素直に納得した。

 どうやら、上手く誤魔化せたことに、俺は内心で胸を撫で下ろす。

 相手が、単純なあゆで助かったな……、
 これが、例えば香里とかだったら、間違いなく悟られていただろう。

 まあ、こんな時間に、ここに香里が現れるわけは無いのだが……、

 と、それはともかく……、

「――で、こんな時間に、一体、何の用だ?」

 持っていた本を枕元に置き、俺は体を起こすと、あゆに用件を訊ねる。
 すると、あゆは……、

「えっ? こんな時間って……」

 俺の言葉に、キョトンとした顔で首を傾げ、
ベッドの側にある目覚まし時計(名雪から借りたやつ)に目を向けた。

 そして、時間を確認し……、

「まだ、午後9時だよ?」

 と、そう言って、ちょっと不満げな顔で、俺に視線を戻す。

「お前の場合は、『もう』午後9時だろうが……、
ほら、良い子はもう寝る時間だぞ」

「うぐぅ……ボク、子供じゃないもん!」

「頭も体も、充分過ぎるくらいに子供だと思うが……」

「ボクは祐一君と同じ17歳だよ!」

「その俺と同じ17歳の名雪は、もう寝ているぞ?」

「それは、名雪さんが特別なだけだよ! ボクはまだ、全然、眠くならないもん!
だいたい、その理屈だと、祐一君だってもう寝なきゃダメだよ!」

「ええいっ! さっきから『だよ』と『もん』が多いぞ! 瑞佳か、お前は!」

「うぐぅ……瑞佳さん、って誰?」

「あ……」

 またしても、あゆの鋭い指摘に、俺は慌てて手で口を塞ぐ。

 だが、時、既に遅く……、
 あゆに、しっかりと『瑞佳』という名前を聞かれてしまった。

「ま、まあ、それについては気にするな……、
とにかく、これでお前は『だよもん星人二号』に決定……」

 ついつい、昔の友人の名前を口に出してしまった俺は、
それを誤魔化す為に、話題を変えようと、咄嗟にあゆをからかうネタを持ち出す。

 しかし、珍しくも、俺の言葉にあゆは誤魔化されず、
そのへんのところを、さらに追求してきた。

「気になるよっ! 瑞佳さんって……もしかして、この子のこと?!」

 あゆはそう言って、ドンッと、さっきから抱えていた大きな本を、ベッドの上に置く。
 そして、パラパラとページを開き、あるページを指差した。

 どうやら、それはアルバムらしい。
 あゆが開いたページには、等間隔で、綺麗に写真が飾られている。

 そのうちの一枚……、
 あゆが、ビシッと指差す写真には……、

 動物園のキリンがいる檻を背景に、カメラに向かってニヒルに微笑む俺――
 その隣で、両手に持ったソフトクリームを、美味しそうに食べている俺の友人――
 そんな友人の頬についたクリームをハンカチで拭いている桜色の髪の少女――
 そして、ウサギ型の風船を片手に持ち、カメラピースサインを向けている空色の髪の少女――

 ……と、いかにも、友達四人で仲良く遊びに行きました、って感じの光景が写し出されていた。

「さあ、祐一君っ! ちゃんと答えてもらうよっ!
その瑞佳さんっていう子は、この二人の内のどっちなのっ!?」

 今までに見たことも無い程の、あゆの押しの強さに、俺はちょっとたじろいでしまう。
 そして、ちょっと考えた後、俺は諦めたように溜息をついた。

 やれやれ……、
 どうやら、ちゃんと話さない事には、あゆの気は済んでくれそうに無いな……、

「わかったわかった……ちゃんと話してやるから、取り敢えず落ち着け」

「う、うん……」

 手をヒラヒラと振って言う俺の言葉に頷き、
あゆは、軽く深呼吸をしてから、俺の隣に腰を下ろす。

 そして、あゆが、広げたアルバムを自分の膝の上に置くのを確認した俺は、
取り敢えず、さっきから抱いていた疑問を解消することから始めるた。

「で、話をする前に一つ訊ねるが……」

「な、何……?」

「そのアルバムは、何処から持ち出した?」

「うぐっ!!」

 俺の質問を聞き、絶句するあゆ。
 そんなあゆを追求するように、俺は無言のまま、あゆをジト目で睨み付ける。





「…………」(汗)

「…………」(じと〜)

「…………」(大汗)

「…………」(じと〜)

「…………」(滝汗)

「……俺の部屋から、勝手に持ち出したんだな?」

「うぐぅ……ゴメンなさい」(泣)





 俺が、そう指摘してやると、あゆは涙目で頭を下げた。
 そんなあゆに、俺は……、

 ――まあ、素直に謝ったことだし、今回は許してやることにするか。

 と、内心で苦笑しつつ、軽く肩を竦める。

 でも、ここで甘い顔をしては、反省しないかもしれないので、
俺は、もう少しだけ、怒った顔を持続させたまま、話を続けることにした。

「まあ、それにつては、後からキッチリ話をつけるとして……」

 と、物を脇にどける動作をしつつ、
俺は、さっきからやたらと不機嫌なあゆに向き直る。

「……で、お前は、一体、何をそんなに怒ってるんだ?
こんなの、アルバムには有りがちな、ただのスナップ写真じゃないか」

「だ、だって……それって、男の子と女の子が二組出来てるから……、
いわゆる、ダブルデートっていうんじゃないの?」

「――はあ?」

 俺が、まだ怒っていることに、ちょっと怯えているのだろう。
 恐る恐るといった感じで言うあゆの、あまりに突拍子も無い意見に、俺は我が耳を疑った。

 ダ、ダブルデートだあ?!
 一体、あの写真に写った光景の何処がダブルデートなんてものに見えるんだ?

 と、眉間にシワを寄せつつ、俺は、あゆからアルバムをひったくり、
問題の写真をしげしげと見詰める。

 う〜む……、
 やっぱり、とてもダブルデートなんぞをしているようには見えないぞ?

 こんなの、どう見たって、親しい友人一同が、
日曜日を利用して、動物園に遊びに来ているようにしか……、

 ……って、ちょっと待てよ?

 何かが、頭に引っ掛かる……、
 コイツらの事を語る上で、何か重要な要素があったはず……、


 ……。

 …………。

 ………………。


 ああ、そうか……、
 なるほど、そういう事か……、

 その重大な要素を思い出した俺は、その瞬間に全てを理解した。

 ――そう。
 あゆは、勘違いをしたのだ。

 あゆは、コイツらの『あのこと』を知らないから、
二人の少女のうちの一人を、俺の恋人かなんかだと思ったのだろう。

 まったく……、
 この二人が、俺の……だなんて……、

 そんなこと、有り得るわけないだろうに……、
 ってゆーか、この二人を相手に出来る奴なんて、この世にたった一人だけだっての。

 まあ、あゆは知らなかったのだから、
そんな誤解をしてしまうのも仕方ないのかもしれないが……、

 と、とにかく、こんな誤解はサッサと解いてしまわないとな。
 そうしないと、今にもフライパンとクマさんバットが飛んできそうだし……、

「あのな、あゆ……この二人だが……」

 と、何やら背筋に言い知れぬ悪寒を感じつつ、
俺は件の写真に写る二人の少女を指差して、あゆに説明を始めた。

 この少女達は、二人とも、俺とはただの友達でしかないこと――
 俺の隣にいる男を合わせ、その三人は幼馴染みであること――
 この三人は、俺の中学時代の友人であること――

 そして――

「この子達はな……二人とも、こいつの恋人なんだよ」

「ええっ!?」

 と、俺が、写真の中のソフトクリームをパクついている男を指差しながら語った、
最後の事実を聞き、あゆは驚愕の声を上げる。

 しかし、ただの冗談だと思ったのか、すぐに俺に訊き返してきた。

「……ホントなの?」

「信じられないだろうが……大マジだ」

 俺の口調から、冗談ではない事を察したのだろう。
 その事実を受け止めたあゆの顔が、まるで苦虫を噛み潰したような表情になる。

「……それって、二股って言うんじゃないの?」

「まあ、簡潔に言ってしまえば、そうなるんだが……、
こいつらの場合、そういうのとは、ちょっと感じが違うんだよな」

「……どういうこと?」

「う〜ん……何て言ったら良いんだろうな?」

 軽く眉を潜め、首を傾げるあゆに、
どう説明したら良いものか、と、俺は顎に手を当てて頭を捻る。

 う〜む……、
 こうして考えると、あいつらの関係を口で説明するのは難しいぞ……、

 まあ、男一人に女二人(正確には三人だが)なんて関係は、
普通に考えれば、非常識極まりないからな。

 それを理解させよう、って言うんだから、難しいのは当然だ。
 しかも、その相手が、お子様なあゆなわけだし……、

「実際に、あいつらに会えれば、一発で納得させてやれるんだけど……」

「遠くに住んでるんだから、そんなの無理だよ」

「いや、ちょっと待て……」

 と、半ば説明するのを諦め掛けたところで、
俺は、ふと、身近にいる手っ取り早い実例の存在を思い出した。

 あの二人なら、あゆもよく知っているから、
多少の違いはあっても、雰囲気だけは概ね理解させてやれるだろう。

「そうだな……お前に分かるような例えを挙げると、
こいつらの関係は、舞と佐祐理さんみたいな感じなんだよ」

「舞さんと……佐祐理さん?」

「ああ、そうだ……」

 いきなり、自分が知っている人物の名前が出て来た事に、ちょっと驚いたのだろう。
 あゆは大きく目を見開き、再び、俺に訊き返してくる。

 そんなあゆに、大きく頷きながら、俺は話を続けた。

「こいつらはな、俺達が持ってる常識なんかじゃ絶対に引き裂く事なんて出来ないような、
そんな強くて深い絆で結ばれてるんだよ」

「ふ〜ん……」

 そこまで話して、ようやく納得したようだ。
 しかめっ面だったあゆの表情に、笑みが戻る。

「……ようするに、舞さん達みたいに、とっても仲良しさんなんだね」

「まあ、そういうことだな……」

 あゆの、あまりにシンプルなまとめ方に、俺は思わず苦笑してしまう。

 あいつらにも、自分達の関係について、
それなりに複雑な考えとか事情とかがあると思うんだけど……、

 こうもアッサリとまとめられてしまうと、
その事を、どう説明するべきか悩んでいた俺が馬鹿みたいだ。

 ……でもまあ、それで良いのかもしれないな。

 あいつらに、複雑な事情なんてのは、ハッキリ言って似合わない。
 まったくもって、あゆの言う通りなのだ。

 ――『仲が良い』。

 あいつらが一緒にいる理由なんて、それだけで充分なのだ。

 どんなに非常識であろうと……、
 例え、誰にも認めてもらえなくても……、

 俺だけは、『仲の良い』あいつらを認めて――

 と、それはともかく……、

「まあ、とにかく、俺とこの子達は、お前が考えたような関係じゃないって事は分かったな?
じゃあ、納得が出来たところで、この話はもうおしまいだ!」

 多少、強引ではあったが、俺はパタンとアルバムを閉じると、
宣言をするように、話をまとめに入る。

 ……だが、あゆは、まだ引き下がってはくれなかった。

「うんっ! この人達については、良く分かったよ。
それで、さっき言ってた瑞佳さんっていう人は誰なのかな?」

「……それも話さなきゃダメなのか?」

 覚えていやがったか、と、内心で舌打ちする俺。
 そんな俺に、あゆは上目遣いで、それでいて真剣な眼差しで訴えてきた。

「祐一君が話したくないなら、話さなくても良いよ。
でも、もし我侭言っても良いって言うなら、聞かせて欲しいな」

「あゆ……」

「ボク……祐一君の幼馴染みだけど、
実際のところ、祐一君のこと、何も知らないもん……」

 そう言うと、あゆは途端に表情を曇らせる。
 そんなあゆを前に、俺は何も言えなくなってしまった。

 そうか……、
 そうだよな……、

 確かに、俺とあゆは幼馴染みだけど……、
 でも、一緒に過ごした日々は、ほんの数日間……、

 そして、その後は……、

 七年もの間……、
 ずっと、あゆの時間は止まって……、

「祐一君……」

「…………」

 その大きな瞳を潤ませて、俺に懇願するあゆ。
 そんな目で見つめられてしまっては、もう俺は白旗を上げるしかなかった。

「……男にはな、ミステリアスな部分があった方が良いんだよな」

「うぐぅ……」

「でも、お前にだけは話してやるよ。
このアルバムも、ちゃんと俺に断わってからなら見ても良い」

「ホントッ!?」

「ああ……そのかわり、誰にも喋るなよ?」

「うんっ! わかった! ボクと祐一君だけの秘密だよ♪」

 俺の言葉を聞き、あゆに満面の笑みが戻る。

 やれやれ……、
 泣いたカラスが、もう笑ったな……、

 と、そんなあゆの現金さに苦笑しつつ、俺は、再びアルバムを開いた。








 少しだけでも良い……、
 過ぎ去ってしまった、俺達の時間を取り戻す為に……、








<おわり>
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