Heart to Heart 外伝
         
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「国崎 往人 と 神尾 観鈴」







「ねえねえ、往人さん?」

「……何だ、観鈴?」

「往人さんも……こういうの、やってみたらどうかな?」





 ある土曜日の午後――

 いつものように、仕事を終えた俺は、その帰り道の途中で学校に立ち寄った。

 もちろん、学校というのは、観鈴が通う高校……、
 義務教育すらロクに受けていない俺にとっては、全く無縁の場所である。

 さて、そんな場所に、俺こと『国崎 往人』は、一体、何をしに行くのか、というと……、

「にはは♪ 往人さ〜ん♪」

「おう、往人さんだぞ」

 ……授業を終えた観鈴を、こうして出迎える為だ。

 『神尾 観鈴』――

 このド田舎で、俺が最初に出会った少女……、
 そして、今、俺が厄介になっている神尾家の一人娘だ。

 何故、旅芸人である俺が、コイツの家に住んでいるのか?
 そのへんの経緯は、まあ、色々とあったので割愛させてもらうとする。

 それで、だ……、
 観鈴と出会って、既に三ヶ月以上が過ぎているのだが……、

 最初は、観鈴の母親である『神尾 晴子』と観鈴本人の頼みで仕方なく――
 そして、仕事の行き帰りの、そのついで――

 ……と、続けていくうちに、学校に通う観鈴の送り迎えが、すっかり日課となってしまった。

 まあ、それで観鈴が喜んでいるのだから、別に良いのだが……、

 毎日、校門の前で、一人の女生徒を出迎える目つきの悪い男の姿、ってのは、
端から見たら、さそがし滑稽に違いないだろう。

 いや、どちらかと言うと、怪しいかもな……、
 なにせ、俺の肩には、神尾家のペットであるカラスの「そら」がいるわけだし……、

 とまあ、それはともかく……、

 今日も今日とて、俺とそらの怪しい真っ黒コンビは、
俺達に手を振りつつ、校門から出て来た観鈴を出迎え、一緒に帰宅する。

 で、昼メシに、観鈴か作ったラーメンセットを食べていたのだが……、

「往人さんも……ああいうの、やってみたらどうかな?」

 と、冒頭のセリフを、テレビを見ながら、
一緒にラーメンを食べていた観鈴が、唐突に言ってきたのだ。

「……こういうのって、どういうのだ?」

 啜っていたラーメンを飲み込んでから、俺は観鈴に訊ねる。
 すると、観鈴は、箸を口に咥えたまま、さっきまで見ていたテレビを指差した。

「――?」

 観鈴に促されるまま、俺はテレビに目を向ける。

 どうやら、N○Kの教育テレビを見ていたらしい。

 テレビには、ファンシーな人形達が、
BGMに合わせて唄いながら、踊っている姿が映し出されていた。

 さすがは、お子様な観鈴だな。
 高校生にもなって、こんな番組を見ているとは……、

 と、妙な事に感心しつつ、俺は眉間に寄ったシワを揉み解しながら、観鈴に視線を戻す。
 もちろん、思い切り不機嫌に睨み付けて、だ。

「が、がお……」


 
――ぽかっ!


 俺にいきなり睨まれて困惑したのだろう。
 いつもの恐竜の鳴き声っぽい口癖を、観鈴は口にする。

 その口癖を言ったら殴って止めさせるように晴子に言われていた俺は、
当然の如く、観鈴の脳天に拳を落とした。

「往人さん、痛い……」

「殴ったんだから当たり前だ」

 俺に殴られた頭を両手で押さえ、観鈴は目に涙を浮かべる。

 まったく、大袈裟な奴である。
 そんなに痛がるほど、強く殴ったわけじゃないぞ。

「どうして、そういう事するかな……?」

「やかましいわっ!」

 ちょっと恨みがましい目で、俺を睨んでくる観鈴。

 そんな観鈴の頭をガシッと掴み、テレビがある方に強引に向けると、
俺は何かを確認するように、重々しい口調で観鈴に訊ねた。

「観鈴……今、テレビで放送されているものは何だ?」

「人形劇……」

「じゃあ、俺の仕事は何だ?」

「えっ? 往人さん、仕事してたの?」


 
――ぽかっ!


「もう一度訊くぞ……俺の仕事は何だ?」

「……人形劇」

 まあ、観鈴は冗談のつもりで言ったのだろうが……、

 あまりにも笑えな過ぎる冗談だったので、
俺はさっきよりも幾分力を込めた拳を観鈴の頭に落とす。

 それで、ようやく、俺がちょっとマジで怒ってる事に気が付いたようだ。
 観鈴は、俺の質問に素直に答える。

「そうだ、俺の仕事は人形劇だ。そして、この番組も、な。
つまり、お前は……」

 その答えに満足げに頷きつつ、そこで言葉を途切る俺。
 そして、再び観鈴を睨みつけると……、

「俺の芸なんか人形劇じゃない、と言いたいわけだな?」

 ……そう言いつつ、俺は観鈴の頬をむにむに〜っと引っ張った。

「ひょ、ひょんひゃひょひょ、ひっひぇひゃいひょ〜」(泣)

 頬を伸ばされて、まともに喋れない状態でありながらも、
『そんなこと言ってないよ〜』と、俺の言葉を懸命に否定する観鈴。

 しかし、俺は止めない。
 観鈴の言葉を聞き流し、無言でむにむにを続ける。

 もちろん、観鈴がそんなつもりで言ったんじゃ無いって事くらい分かっている。
 だが、分かってはいても、腹が立つものは腹が立つのだ。

 それに、この頬の感触が何とも……、

 う〜む……、
 これは癖になりそうだな。(爆)

「ゆひひょひゃん、ひひゃいよ〜……」(泣)

「――ん? おお、悪い悪い」

 そろそろ本気で痛くなってきたのか、観鈴の声に泣きが入る。
 それに気付いた俺は、ちょっと名残惜しく思いつつも、頬を引っ張っていた手を離した。

「う〜……」

 どうやら、結構、痛かったようだ。
 観鈴は半泣きの顔で、さんざん引っ張られて、少し赤くなった頬を擦る。

 そして、それが治まったところで、もう一度テレビに目を向けると……、

「わたしが言いたかったのは、そういうことじゃなくて……、
往人さんのお人形さんが、みんなとお話できたら良いな、って思ったの」

「――なに?」

「だから、往人さんのお人形さんも、このお人形さん達みたいに……」

「……ようするに、俺の人形劇にも、
動きだけじゃなく、セリフを入れてみたらどうだ、って言いたいのか?」

「そうそう♪」

 なかなか要領を得ない観鈴の説明を、何とか整理り、適当にまとめる俺。
 それを聞いて、俺を理解を得られた事に、観鈴は嬉しそうに頷いた。

「まあ、確かに、それなら少しはウケると思うが……」

「うんうん♪ 最近は、そらも手伝ってくれてるしね」

 そう言いつつ、卓袱台の上でパンの耳を食べているそらの背中を撫でる観鈴。

 そんな観鈴とそらの姿を眺め、ラーメンを啜りながら、
俺は観鈴の提案を、どうするべきか考えてみる。

 確かに、観鈴の言う通り、最初は俺に馴れなかったそらも、
今では、人形の動きに合わせるように羽ばたいたりして、仕事に協力してくれている。

 そんな、人形とカラスという組み合わせが珍しいのだろう。
 俺の芸に足を止める客も、ちらほらと現れ始めているのも事実だ。

 ここで、さらに人形にセリフを加え、カラスとの掛け合い漫才でもやれれば、
客のハートをガッチリ掴んで、ウッハウハも夢じゃない。

 しかし……、

「残念ながら、それは無理だな……」

「ええっ!? どうして?!」

 どうやら、かなり俺の芸の新ネタ完成が嬉しかったようだ。
 俺の言葉を聞き、あからさまにガッカリする観鈴。

 そんな観鈴に、ちょっと申し訳なく思いつつ、俺はその理由を説明してやることにする。



 さて、今更、言うまでも無いだろうが……、
 俺の芸は、法術を使い、手を触れずに人形を自在に操る、というものだ。

 で、当然のことだが、法術を使うには、それなりの集中力を要する。
 しかも、その度合いは、動かす対象の重さに比例するのだ。

 例えば、俺の人形のように軽いものなら、比較的、楽に動かせるが、
以前にも動かした薬局のカエル人形みたいに重い物だと、完全に意識を集中しなければないらない。

 また、制限は重さだけでは無く、その動きの精密さにもあったりする。

 例え、軽い物を使用しても、細かい動きをしようとすると、
やはり、それ相応の集中力が必要になってくるのだ。

 で、俺の人形劇には、どれくらいの集中力が必要なのか、というと……、

 もうすっかり慣れたせいか、今ではそうでもないが……、
 実は、人形を動かすのは、相当疲れたりする。

 いやまあ、人形をただ『動かす』だけなら簡単だ。
 しかし、人形を『動いているように見せる』のは、本当に疲れるのだ。

 例えば、『歩く』という動作にしたって……、

 右足を出す、左腕を前に振る、右腕を後ろに振る――
 左足を出す、右腕を前に振る、左腕を後ろに振る――

 実際には、こんなに単純ではないが……、
 とにかく、こういった動作を、一つ一つ、繰り返し指示してやらなければならないのだ。

 ただ『歩く』という単純な動作だけで、この労力である。

 となれば、もっと複雑な動きだった場合、
その集中の度合いは計り知れない、ということが分かってもらえるだろう。

 つまり、俺の人形劇は、法術の強さ云々よりも、
物を動かす時の集中力とイメージが、最も重要なものなのである。



 とまあ、俺の法術について、延々と話すことになったわけだが……、
 ようするに、俺が何を言いたいのか、と言うと……、

「人形を動かしながらだと、セリフを喋れるような余裕は無いんだよ」

「そうなんだ……残念」

 実際に、人形を動かして、丁寧に説明をする俺。

 その説明を聞き、観鈴は心底残念そうに表情を暗くし、
ラーメンを食べる手も止めてしまう。

「だいたい、俺にそんな真似が出来るわけないだろう?
なにせ、俺は無口でクールなナイスガイだからな! わっはっはっ!!」

 そんな観鈴を、ガラにもなく元気付けようと、俺は軽くおどけて見せるが、
それでも、観鈴の表情は暗いままだ。

 そして、俺の冗談にツッコミを入れようともせずに、
卓袱台の上に置かれたままだった俺の人形を手に取る。

「それにしても、知らなかったな……、
往人さんって、そんなに頑張って、人形を動かしてたんだね……」

「まあな……」

「それなのに……お客さん、いつも少ないんだよね」

「俺の労力なんて、客には関係無いさ……、
客が求めているのは、それが面白いかどうか、それだけだ」

「……そうなの?」

「大道芸なんて……いや、娯楽ってのは、みんなそういうモンだ。
どんなに俺が一生懸命に人形を動かしてたって、客がそれを面白いと感じなければ、
その客にとって、その芸は、芸としての価値は無い。
お前だって、面白くも無い芸を金出してまで見たいとは思わないだろう?」

「う、うん……」

「俺の芸は、その程度のものだったんだよ。
タネも仕掛けも無いが、面白くもないものだった」

「そ、そんなことないよ! 今は……」

 俺の芸は面白い、と、必死に訴える観鈴。
 そんな観鈴の頭を撫でてやりながら、俺は話を続けた。

「今は、この街に来て、大事なことを学んだからな。
俺自身が、芸を見てくれる相手を楽しませたい、っていう気持ちを……」

 ――そう。
 それが、一番、大切なことなのだ。

 誰かを楽しませたい……、
 誰かを笑わせたい……、

 芸の技術よりも、何よりも……、
 その想いが、一番大事なのだ、ということを、俺はこの街で学んだのだ。

 そして、それを教えてくれたのは……、

 と、内心で言葉を続けながら、ついつい真面目なことを言ってしまった事に、
気恥ずかしさを覚え、俺は照れ隠しの為にメシを掻き込んだ。

「わたしは……往人さんの人形劇、面白いと思うよ」

「……ふんっ」

 俺を優しい眼差しでジッと見つめてくる観鈴。
 その視線の所為か、さらに照れクサくなって、俺はプイッとそっぽを向く。

「とにかく、人形を動かしている以上、俺にはセリフを入れる事はできん。
そういうわけだから、そのアイデアは却下だ」

 そして、いつまでも、この話題を続けていると、
主導権を観鈴に握られてしまいそうだったので、サッサと元に戻す事にした。

「あっ! だったら、わたしが……」

「お前には学校があるだろうが!」

「が、かお……」

 人形にセリフを当てる役を自分がやると言い出しそうになった観鈴の先手を取り、
俺はその申し出を、素早く切り捨てる。

 これは、旅芸人である俺個人の問題だからな。
 たまにならともかく、毎日のように、観鈴を付き合わせるわけにはいかないのだ。

 それに、コイツに、そんな真似が出来るとは、到底思えないからな。

 動いている人形に、アドリブでセリフを入れるなんて……、
 そんな器用な真似が出来る奴が、そうそういるわけが……、

 いるわけが……、


 ……。

 …………。

 ………………。


 そういえば、一人だけ、いたっけな……、
 それを実践した奴が……、

「すっかり忘れてたな……、
俺の芸に声を当てる役は、もう決まっていたんだ」

 俺の人形劇に声を当てる……、
 そう考えた途端、ふと、俺はある男の事を思い出し、思わずそう呟いてしまう。

「えっ? それって、誰なのかな?」

 それを聞きつけ、興味津々といった感じで訊ねてくる観鈴。
 まあ、別に隠すような事でも無いので、俺は話してやることにした。

「ああ、この街に来る前、旅の途中で知り合ったんだが……、
まあ、言ってみれば、あいつは――」

 と、そこまで言って、俺はちょっと考える。

 この街にやって来る以前に出会った、あのお人好しな男――
 そして、その男に仕えるメイド――

 あの時、俺は不覚にも空腹で行き倒れになっていたところを、あの二人に助けられたのだ。

 メシを食わせてもらい……、
 一晩だけ、家に泊めてもらい……、

 ……わざわざ、旅の路銀まで渡してくれた。

 いわば、あいつらは俺にとって命の恩人みたいなもんだな。
 実際、あのまま見捨てられてたら、どうなってたか分からんし……、

 でも、何故か……、
 この時、俺は、あいつらを『恩人』と呼ぶのを躊躇った。

 たった一日だけだったのに――
 ロクに話だってしていなかったのに――

 それなのに、俺は、あいつのことを……、

 ……多分、アレのせいだな。
 あんな事があったから、こんな想いを抱いてしまうのだろう。

 転んで泣いている少女……、
 その子を慰めようと、俺は法術で、その少女のぬいぐるみを動かした。

 それを見て、あいつは……、
 何の打ち合わせもすること無く……、

 咄嗟に、俺が動かすぬいぐみに合わせてセリフを入れ、
見事に少女を剥げまして見せたのだ。

 あの時、ほんの一瞬だけ覚えた既視感――
 そして、遠い遠い昔の約束を果たしたような満足感――

「――あいつは、俺の友達だ」

 結局、なんて言ったら良いものか分からず、
俺はそんな陳腐な言葉しか、あいつの事を言い表す事が出来なかった。

 ……でも、これで良いのかもしれない。

 たった一日の付き合いだったが……、
 多分、もう会うことも無いのだろうが……、

 それでも……、
 あいつは、間違いなく……、

「そう……あいつは、俺の友達なんだよ」

 縁側の向こうの空を見上げつつ、俺は懐かしむように、
そして、まるで噛み締めるかのように、ポツリと呟く俺。

 それを聞き、観鈴は驚きの声を上げ……、





「往人さんって……友達いたの?」





 
――ぽかっ!


「人が感慨に耽ってるってのに、それブチ壊すような事を言うなっ!!」

「が、かお〜……」

 無茶苦茶失礼なことをのたまいやがった観鈴の頭に、三度、拳を落とした。
 もちろん、先の二回よりも力を込めて、だ。

「だ、だって……往人さんって、旅人さんなんでしょ?」

「確かに、俺は旅人だが、ちゃんと友達くらいはいる!
今だって、遠野や佳乃がいるだろうがっ!」

「……本当に『友達』なのかな?」

 俺に殴られた頭を押さえつつ、何やら含んだ台詞を言う観鈴。
 しかし、その言葉をキッパリと無視して、俺は最後に残ったスープを一気に飲み干す。

「さて……そろそろ、午後の仕事に行くか」

 そして、観鈴の手から人形を引っ手繰り、スクッと立ち上がった。
 すると、何故か観鈴から不満の声が上がる。

「え〜? 昔の事、お話してくれるんじゃなかったの?」

「……何でそうなる?」

「だ、だって、今までの話の流れなら、
このまま、往人さんの昔話が始まるんだとばっかり……」

 そう言って、上目遣いで、俺を見上げる観鈴。
 そんな観鈴と視線を合わせる事無く、俺はキッパリと言い放った。

「あのな、俺のご先祖の言葉にな……、
『自分の過去は、好いた相手にしか語ってはいけない』っていうのがあるんだよ」

 もちろん、口から出任せだ。
 まあ、空の彼方でよろしくやってる、あのご先祖達の性格だとマジで言いそうな事だか……、

 とにかく、男の過去なんてのは、易々と話すモンじゃないのだ。
 それに、旅人というのは、ミステリアスな部分がなければいけないからな。

 だいたい、俺の昔の話なんか聞いたって、別に面白くないだろうに……、
 俺だったら、野郎の過去なんて、全然、興味が湧かんぞ

「そ、そうなんだ……、
じゃあ、わたしが聞くわけにはいかないよね……」

 しかし、観鈴にとっては、そうでもないらしい。
 俺の言葉を聞き、観鈴は残念そうにガックリとうな垂れる。

 そして、ノロノロとした手付きで食器をお盆にのせ、台所へと……、

「…………」

 ったく、仕方のない奴だな……、
 そんな態度とられたら、放っておくわけにはいかないだろうが……、

「あ〜……まあ、なんだ」

 観鈴に背を向けたまま、俺はわざとらしく大きな声を出し、観鈴を呼び止める。
 そして、ポリポリと頭を掻きながら……、

「仕事を手伝ってくれるって言うなら、
俺の昔の話くらい聞かせてやっても良いけどな……」

「あっ……うんっ!!」

 それを聞いた後の観鈴の行動は早かった。

 素早く台所にお盆を持って行き、神業的速さで食器洗いを終えると、
すぐさま居間に戻って来て、俺の腕を掴む。

 そして、満面の笑顔を浮かべて、掴んだ俺の腕をグイグイと引っ張り始めた。

「仕事なら、いくらでも手伝うよ! さあ、早くいこう!
わたし、往人さんのお話、もっともっと聞きたいな!」

「あー、わかった! わかったから、そんなに急かすな!
取り敢えず、服を着替えて来い! お前、制服のままだろうが!」

 玄関まで引っ張られたところで、俺は観鈴の腕を振り払う。
 そして、観鈴の部屋がある方を指差しながら、着替えてくるように促した。

「……置いてっちゃダメだよ?」

「ちゃんと待っててやるよ……」

 自分が着替えている間に、俺に逃げられると思ったのだろう。
 観鈴は、俺にちょっと疑わしげな視線を向けてくる

 そんな観鈴に、俺は手をヒラヒラと振って、早く行け、と言い、 
玄関の戸に背を預けて、待ちの姿勢を取った。

 それで、ようやく納得したのか……、
 観鈴は、クルリと踵を返して、部屋へと駆けて行く。

 だが、その途中で、ピタッと足止め……、

「……往人さん」

「――何だ?」

「往人さんのお友達と、また会えると良いね」

「ああ……」

「その時は、観鈴ちんも一緒がいいな」

「ああ、そうだな……」

「にはは、約束」

「おう、約束だ」

 そう言って、嬉しそうに微笑むと、
観鈴は「ぶいっ!」と俺にVサインを向けてから、部屋へと走って行った。

 そんな観鈴の無邪気な後姿を見送りながら、俺は苦笑を浮かべつつ……、

「約束、か……」

 ……と、呟き、さっき、不意に甦ってきた幼い頃の約束を思い出す。
















『こうした方が楽しいんじゃないかな?
ほら、人形の動きに合わせて声を出して、それで劇みたいにやってみるとか』

『あ、いいね……、
でも、僕、人形
動かしてる時に、そんな風にできないよ?』

『だったら大丈夫、僕が声を出すよ』









『だけどさ……いつか、あの劇やろうね』

『――うん』
















 そうだな……、

 観鈴も、ああ言ってることだし……、
 いずれ、もう一度、会ってみるのも悪くないかもしれない。

 そして、観鈴に見せてやりたい。
 俺達の、俺達にしか出来ない人形劇を……、

 それに……、








 あいつとの約束を……、
 もう一度、ちゃんとした形で果たしたいからな。








<おわり>
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