Heart to Heart
      To Heart編

   特別編 その2 「命懸けの勝負」







 薄暗く、静寂に満ちたオカルト研究会の部室――

 とんがり帽子に黒マントという、
典型的な魔女ルックに身を包んだ芹香さんは、
慣れた手つきでカードをシャッフルする。

「さすが、先輩。様になってるなぁー」

 浩之のその言葉に、微かに頬を赤くしながらも、
芹香さんはそのしなやかな細く白い指で、
一枚一枚、丁寧にカードをテーブルの上に並べていく。

「…………」

 妖しげな雰囲気に包まれた部室で、
黙々とカードを扱う芹香さん。

 その姿は、魔女ルックともあいまって、とても神秘的で、美しい。

「…………」

 そして、終りました、と芹香さんはか細い声で言った……。








 今、俺は浩之に誘われてオカルト研究会の部室に来ている。

 なんでも、俺に手伝ってもらいたいことがあるらしい。

 で、放課後……。

 浩之の言う通り、オカルト研究会へとやってくると、
浩之と芹香さんが俺を待っていた。

「……で、浩之。俺に手伝ってもらいたいことって何だ?」

「ああ……それなんだけどな……」

 そう言って、浩之は部屋の片隅に視線を向けた。

 そこには、偉そうに足を組んで座っているあかりさんの姿があった。








 俺、浩之、そしてあかりさん……いや、『悪魔』の前に配られた五枚のカード。

 俺達はそれを手に取り、見る。

 ……なるほど、こうきたか。

「……場代は一枚な」

 そう言って、俺はテーブルの中央にチップを一枚置いた。

「……ああ」

 俺の枚数に合わせて、浩之もチップを置く。

「……
わかった

 とてもあかりさんの口から出ているとは思えないほど
低く不気味な声で頷きつつ、『悪魔』もチップを出した。

「……チェンジは一枚な」

 俺の手札にはハートが四枚あるから、ここはフラッシュ狙いだぜ。

「先輩、三枚頼む」

 浩之は三枚か……ってことは、ワンペアだな。
 こりゃ、良くてスリーカードだな。

二枚だ

 『悪魔』は二枚……スリーカードはほぼ確定。でも、それ以上になる可能性は低い。

 芹香さんの手によって、カードが配られる。

 俺のカードは……ちっ、ワンペアか。

 俺は対戦相手の表情をこっそりうかがった。

 浩之も、浮かない顔をしている。
 こりゃ、ワンペア止まりだな。

 『悪魔』はっと……げっ、笑ってやがる。
 マズイな……ヘタしたらフォーカードだ。

どうする? 上乗せするか?

 『悪魔』はそう言って誘ってくる。
 場には、残りのチップ八枚を全部出してきた。

 分かりやすい奴だ。
 こりゃ、フォーカード確定だな。

「降りた」

「俺も降りる」

 俺と浩之は、そう言ってカードを広げた。
 二人ともワンペアだ。

……チッ

 悔しげに舌打ちをする『悪魔』。
 広げられたカードは、やっぱりフォーカードだった。

まあ、いい。勝負はこれからだからな

 場代のチップ三枚を、『悪魔』が持っていく。

 そう……勝負はこれからだった……。








 浩之の頼みとは、あかりさんとポーカー勝負をするというものだった。

 いや、正確には、あかりさんではなく、あかりさんに憑依した悪魔相手にだ。

 事の原因は、芹香さんの召喚魔術の失敗らしい。

 今朝早く、芹香さんの下級悪魔召喚の儀式を見学するということで、
この部室には、浩之とあかりさんが来ていた。

 で、召喚の儀式が行われたわけだが、
どうも手順を間違えてしまったらしく、下級悪魔ではなく、
中級悪魔を召喚してしまったらしい。

 本来、こちらの世界に召喚された悪魔は、
召喚に使った魔方陣から外には出られないのだが、
その魔方陣に張られた下級悪魔用の結界では中級悪魔を抑えつけることが出来ず、
そのまま悪魔は解放されてしまったのだ。

 芹香さんは、咄嗟に悪魔の強制送還の呪文を唱えた。
 しかし、充分な用意もされていなかったので、その呪文は通用しなかった。
 だが、それでもある程度、ダメージは与えることが出来たようで、
その悪魔は激しく消耗し、こちらの世界に具現化していられなくなった。

 こちらの世界での力の焼失。
 それは悪魔にとって消滅を意味する。

 そこで、悪魔は苦肉の策に出た。

 己の存在をこの世界に維持するために。
 そばにいたあかりさんの肉体を乗っ取ったのだ。

 当然、浩之と芹香さんは、あかりさんの体を返すよう要求した。
 安全に魔界に帰すということを条件に。

 しかし、せっかく手に入れた肉体だ。
 悪魔が手放すわけがない。

 だが、悪魔の方にも問題があった。
 あかりさんの肉体を乗っ取ったまでは良かったのだか、
芹香さんの呪文によって消耗した力が思いのほか大きく、
悪魔としての力を全く発揮できない状態になっていたのだ。

 そこで、悪魔は一つの提案をした。

 あかりさんの体を取り戻すチャンスを与えるかわりに、
浩之達の『生体マグネタイト』を渡せ、と。

 『生体マグネタイト』とは、悪魔がこちらの世界に具現化するために
必要なエネルギーのことで、まあ、簡単に言えば生命エネルギーのようなものだ。

 本来は、相手を殺して奪うものなのだが、
今の悪魔にはそんな力は無い。

 と、いうわけで、悪魔はあかりさんの体を賭けて、
浩之と芹香さんは、自分の生命とも言える生体マグネタイトを賭けて勝負することとなった。

 安全かつ、公平な勝負方法で……。








 と、まあ、こういう理由で、悪魔とのポーカー勝負が始まることとなった。

 しかし、芹香さんはポーカーのやり方なんか知らないし、
だからと言って、浩之一人だけでは心もとない。

 で、俺に白羽の矢が立ったわけだ。

 さて、じゃあ、ここでルールを説明しておこう。

 だいたいのルールは通常のポーカーと同じ。
 最初にカードが配られた時点で、まず場代を出す。
 カードチェンジは一回のみ。
 そして、ショウダウンとなるわけだが、ここがちょっと特殊だ。
 まず手前に五枚のカードを伏せたまま並べ、右から順番にめくっていき、
一枚ごとに掛け金を上乗せしていくのだ。

 ま、ようするに、本物の賭けポーカーと同じルールってわけだ。

 で、俺達は、一人一人の生体マグネタイトをチップ10枚で代用し、
それを掛け金として使用する。
 悪魔はあかりさんの体をチップ10枚で代用し、それを掛け金として使用する。

 最終的に、手持ちのチップが無くなった方の負けだ。

 俺達が負けたら、負けた分の生体マグネタイトを悪魔に吸収され、
悪魔が負けたら、あかりさんの体を返してもらえるのだ。

 まさに、命懸けのギャンブルだな、こりゃ。

「スリーカード」

「同じくスリーカードだ!」

フフ……残念だったな。ストレートだ

「…………」

「くそっ!」

 掛け金が悪魔の手に渡っていく。

 最初は、一進一退、押しつ押されつの攻防が続いていた。
 しかし、勝負が長引くにつれ、勝敗の天秤は悪魔の方に傾いていった。





 そして……、





 現在の俺のチップは九枚。
 悪魔が、二十一枚。
 浩之は、カード運に見放され、ついに全てのチップを使ってしまった。

フフフ……もう勝負は見えたな

 余裕の笑みを浮かべる悪魔。

「すまねえ、誠……後は、頼む」

 無念そうにうめく浩之。

「ああ。まかせろ」

 浩之に頷き返し、俺は悪魔を見据えた。

 おそらく……次が最後の勝負になるな。

 場代の1枚が出され、次の勝負が始まる。

 配られる五枚のカード

「…………」

 俺は黙ってカードを見る。

 ……なるほど。

 次に、俺は悪魔の表情を盗み見た。

 ……どうやら、いいカードが来たようだな。

「……
一枚、チェンジだ

 悪魔がカードを一枚捨てる。

 四枚残したということは、考えられるのは……、

 ツーペアからのフルハウス狙い……、
 ストレート狙い……、
 フラッシュ狙い……、
 もしくは、それらに見せかけて実はすでにフォーカードが出来ている……、

 ……と言ったところか。

 ストレートフラッシュかロイヤルストレートフラッシュの可能性も無いことは無いが、
確率的に考えてそれは無いだろう。

 つまり、奴のカードは最高でフォーカード。

 芹香先輩からカードを一枚受け取る悪魔。

 カードを見た途端、悪魔は勝ち誇った笑みを浮かべた。

 それを見て、俺は考える。

 最初にカードが配られた時の奴の反応……。
 そして、いま見せた笑み……。

 分かった。
 奴のカードはフルハウスだ。

 最初にツーペアが出来ていて、
チェンジしたカードでフルハウスが出来たんだ。

さあ、お前は何枚チェンジするんだ?

 悪魔が俺に訊ねてくる。

 俺は不敵な笑みを浮かべつつ、言った。


「カードチェンジはしない」


「……
なにっ!?

 俺の言葉に少しうろたえる悪魔。

 カードチェンジをしないということは、
必然的にストレート以上の役が出来たということになるからだ。

 何も言わす、悪魔は俺を睨みつける。

 おそらく、迷っているのだろう。
 勝負を受けるべきか……降りるべきか。
 こういう真剣勝負では、例えフルハウスという強いカードを持っていても、
やはり少しは迷いは生じるものなのだ。。

 ここで降りられるわけにはいかない。
 これは最後のチャンスなのだから。

 悪魔は、まだ迷っているようだ。

 ……だったら、その迷いを俺が取り去ってやるよ。

 俺は自分のカードをチョイチョイと並び替えてやった。

 俺のその行為を見て、悪魔の表情に再び笑みが戻る。

 多分、今の俺の行為で、奴は俺のカードをストレートと予想したはずだ。

よし……勝負だ

 のってきたっ!

 奴は気付いていない。
 俺のカードの正体を……。

「じゃあ、カードを並べて、交互に順にめくっていき、
その度ごとに上乗せしていくぞ」

わかっている。まずは、上乗せ一枚だ

 一枚目のカードがめくられる。

 俺のカードは、ハートの6
 悪魔のカードは、クラブのジャック。





「……
さらに一枚上乗せ

 二枚目のカード……。

 俺は、ハートの7。
 悪魔は、ダイヤのジャック。





「……
二枚上乗せだ

 三枚目のカード……。

 俺は、ハートの8。
 悪魔は、スペードのクィーン。





「……
さらに三枚上乗せ

「三枚上乗せ、受けるぜ。そして、さらに芹香さんの分のチップを十枚全部上乗せだ」

なんだとっ!? 貴様、仲間の命を賭けるつもりか!?

 俺の言葉に、悪魔は驚愕する。

「ああ。そのつもりだ……芹香さん、いいだろ?」

 平然と言う俺。
 そして、俺の言葉に無表情で頷く芹香さん。

い、いいだろうっ! 貴様達の命、この私が食らってくれるわっ!

 と、悪魔は十枚のチップを出す。

「じゃあ、次のカードだ」





 そして、四枚目のカードがめくられる……。

 俺は、。ハートの9。
 悪魔は、ハートのクィーン。

フン……やはりストレートではないか……んっ?

 俺のカードを見て、最初は鼻で笑っていた悪魔。
 しかし、すぐに気が付いたようだ。
 俺のカードの真の正体に……。

ハートの9、だと? ハートの6、7、8……そして、9…………っ!!
まさか……まさかっ……!!

 ストレートフラッシュ――

 そう。俺のカードは、あとハートの5か10があればストレートフラッシュの完成なのだ。

「……最後に、俺の残りのチップ一枚を上乗せするぜ。全額勝負だ」

っ!!

 俺は手持ちのチップ、残り一枚を出した。

 そんな俺の強気の態度に、悪魔は明らかに狼狽している。

「…………」

 俺は何も言わず、ただジッと悪魔を睨み続けた。

 俺と悪魔の目がピタッと合う。

 ――ニヤリ

っ!!!

 俺が微かに見せた笑みが、とどめとなった。

「…………
降ろさせて……もらう

 それだけ言うと、悪魔はガックリとうな垂れる。

「んじゃ、これは頂くぜ」

 俺は場に出ていた合計三十八枚のチップを手元に引き寄せた。

 芹香さんの十枚を差し引いて、これで俺のチップは二十八枚。
 悪魔は、残り二枚。
 一気に形勢逆転だな。

「やるな、誠。まさかここでストレートフラッシュとはな」

「は? ストレートフラッシュだって? そんなデカイ手が出るわけねぇだろ」

 俺はそう言うと、まだめくられていなかった五枚目のカードを浩之に見せてやった。

 そのカードは……
スペードの2


なにぃーっ!? ブタだとぉーっ!!


 俺の最後のカードを見て、驚愕する悪魔。

「ま、誠……じゃあ、お前、最初からブタであんな大勝負を……
か、勘弁してくれよぉ……」

 浩之はへなへなと椅子からずり落ちている。
 ま、無理もないわな。

 とりあえず、浩之は放っておくことにして、俺は悪魔に向き直った。

「さあ、お前の残りはあと二枚だな。勝負を続けようぜ」

「……
その必要は無い

「はあ? どういうことだよ? まだ勝負はついてねぇぞ」

今の勝負で私は悟った。お前には勝てぬ。
人間のクセに悪魔をも平気で騙すような者に勝てるわけがない。
この体は、お前達に返してやる


「ま、まあ、それなら話は早くていいけどよ……」

 ……なんか、そういう言い方されると、
俺って悪魔よりもビドイ奴みたいじゃねーか?

 と、俺が妙に納得がいかない思いでいるのを無視して、
悪魔はあかりさんの体から出て行く。

 あかりさんの体から立ち上る青白い靄。

 ……あれが悪魔の正体か。

「……
さらばだ

 それだけを言い残すと、悪魔は床に描かれた魔法陣の中へと、
吸い込まれるように消えていった。

 その光景を呆然と見送る俺達。

「……ま、何はともあれ、あかりさんが無事で良かったな」

「あ、ああ……そうだな。サンキューな、誠」

 気を失ったままのあかりさんを抱き止めた浩之が力無く頷く。

「な、なあ……誠。お前に一つだけ言っておきたいことがある」

「ん? 何だ?」

「お前とは、絶っっっ対に賭けポーカーはやらねぇ」








 ……浩之。そういう言い方はねぇだろ?

 なあ、芹香さんからも何か言ってやってくれよ。

「…………(ふるふるふるふる)」

 ああっ!! 芹香さんまでっ!!








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