Heart to Heart
      To Heart編

    
番外編 その9 「姫川 琴音」







 図書室に借りていた本を返しにいく途中……、

「ようっ、さくらちゃん!」

 偶然、浩之さんに会いました。

「……こんにちは、浩之さん」

 わたしは、浩之さんにペコリとおじぎしました。

「どこ行くんだ? 今日は誠と一緒じゃないのか?」

「図書室に本を返しに行くんです。それと、まーくんは一緒じゃないですよ。
いくらなんでも、四六時中一緒なわけありません」

 もしそうなれるのなら、とっても嬉しいですけど。

「そーかぁ? なんか、さくらちゃん達はそういうイメージがあるんだけどなー」

「だったら、浩之さんだって、あかりさんはどうしたんですか?」

「ああ、あかりか……って、俺とあかりって、
そんなに一緒にいるっていうイメージ強いか?」

「はい。それはもう」

 どちらかというと、あかりさんが浩之さんに
くっついていってるっていうイメージの方が強いんですけどね。

「そっか……そうなんだ」

 浩之さんは何だか複雑な表情をしています。
 嬉しさ半分、恥ずかしさ半分ってところでしょうか?

「ところで、浩之さんも図書室ですか?」

「ああ。あそこは昼寝するにはもってこいの場所だからな」

「クスッ……まーくんと同じこと言ってます」

「そうなのか? ったく、どうしてこう俺とあいつの行動パターンは
こうも一緒なんだ? 何だか、もう一人の自分を見てるようだぜ。
……まあ、ラルヴァが作ったニセモノよりかは遥かにマシだけどよ」

 ……は?
 今、何か変なこと言いませんでした?

「浩之さん……『ラルヴァ』って何ですか?」

「あ? ああ……何でも無い。こっちの話だ。
それより、さくらちゃんは何の本を借りてたんだ?」

 むっ……話題を変えてわたしの質問を煙に巻こうとしてますね。
 深く追求したいところですけど、何だか言いにくそうな事のようですし、
見逃してあげましょう。

「わたしが借りた本ですか? コレですよ」

 と、わたしが持っていた本を浩之さんに見せようとしました。
 その時です……。

「……藤田さん」

 誰かが浩之さんを呼びました。

 声がした方を見ると、女の子が一人、わたし達を見ています。
 長くて綺麗な薄い紫色の髪のおとなしそうな女の子です。
 多分、わたしと同じ一年生ですね。

「おっす! 琴音ちゃん」

 と、片手を上げて挨拶する浩之さん。
 どうやら、お知り合いのようですね。

「……こんにちは、藤田さん」

 その女の子……琴音さんもペコリと頭を下げました。

「琴音ちゃんも、図書室か?」

「あ、はい……」

 浩之さんの言葉に、琴音さんは、何だか上の空といった様子。
 どうやら、わたしのことが気になっているようです。

「藤田さん……こちらの方は?」

「あ? ああ……彼女はさくらちゃん。友達だよ」

「はじめまして。園村 さくらです」

 浩之さんが紹介してくれたので、わたしは琴音さんに挨拶しました。

「あ、はじめまして。『姫川 琴音』です」

 『姫川』……あれ? どこかで聞いたことがあるような。
 確か、入学式の時に……、

 わたしは、頭を捻りました。
 でも、どうしても、よく思い出せません。

「藤田さん……神岸さんは?」

「あかりか? あかりなら、さっき志保の奴に捕まってたけど、
あかりに何か用なのか?」

「いえ……そういうわけじゃ……」

 琴音さん、何だかわたしの方をチラチラと見ています。
 ……一体、何なのでしょう?

「あの……藤田さん」

「何?」

「あ、あの……浮気はいけませんよ。神岸さんが、可哀想です」

「「はっ?」」

 琴音さんの予想外の言葉に、わたしと浩之さんは顔を見合わせました。

「……ぷっ!」

「……ウフフ」

 そして、思わず吹き出しちゃいました。

「あの……何が可笑しいんですか?」

 わたし達の様子に、琴音さんは戸惑っています。

「ははは、ゴメンゴメン。琴音ちゃん、心配いらないよ。
さくらちゃんは、もう売約済みだから」

「はい。わたしはまーくんだけのものです☆」

「……は?」

 わたしと浩之さんのセリフを聞き、琴音さんはキョトンとしています。

「つまり、さくらちゃんには、藤井 誠っていう立派な彼氏がいるんだよ」

「はい。わたしはまーくんだけのものです☆」

 どうせですから、ここでしっかりと主張しておきましょう。
 変な誤解をされたらイヤですから。

「は、はあ……」

 ようやく、琴音さんは納得がいったようです。

 ふぅ……これで安心ですね。

 ホッと胸を撫で下ろすわたし。

 てすが、次の琴音さんのセリフに、わたしは驚愕しました。

「そうだったんですか。すいません。
でも、藤田さんには、私という前例がありますし……」

「前例って!? 浩之さん、浮気してたんですか?!」

 わたしはすぐさまフライパンを取り出しました。

 浮気者は女の敵ですっ!!
 許すわけにはいきませんっ!!

「ち、ちょっと待った! 俺は浮気なんてしてねーよ!
ただ、あの時は、琴音ちゃんを放っておけなかったんだよ。
だいたい、俺はいつだってあかり一筋……」

 そこまで言って、浩之さんは口を噤んでしまいました。
 今、自分が凄く恥ずかしい事を言ったのに気付いたみたいです。

 フフ……今更、遅いですよ。
 今度、あかりさんに教えてあげましょう。

「ふふふ……そんなこと、分かってます。冗談ですよ。
ただ、藤田さんは誰にでも優しいだけなんですよね」

 そう言う琴音さんは満足そうに微笑んでいます。

 でも、わたしは見てしまいました。

 琴音さんの瞳の奥にある深い寂しさに……。

 そうですか……琴音さん、浩之さんのことを。
 それなのに、こうして浩之さんの前では笑顔を見せているなんて。
 ……強い人なんですね、琴音さんって。








「んじゃ、俺は予定通り、そこらで昼寝してくるよ」

 図書室につくと、浩之さんはまっすぐ日当たりの良い場所に向かいました。

 わたしと琴音さんは、本を返却する以外、特にすることもないので、
何となく浩之さんについていく。

 そして、まーくん曰く、図書室の絶好のお昼寝スポットに行くと……、

「おっ?」

「あら?」

「まあ?」

 そこには、マルチちゃんがいました。

 手首から伸びるコードを机の上に置かれたノートパソコンに繋ぎ、
椅子に座ったまま目を閉じています。

 どうやら充電中のようですね。
 いつもの光景です。

 ですが、今日はいつもとはちょっとだけ違っていました。

 机の上にはノートバソコンがもう一台あるんです。
 それは、マルチちゃんのパソコンとコードで繋がっていて、
画面には、よくわからない記号が羅列されています。

 そして、その前で、まーくんが机に突っ伏して寝ていました。
 どうやら、何かの作業中に眠ってしまったみたいですね。

「もしかして……この人が、藤井さんなんですか?」

「はい、そうですよ。まーくんです」

 わたしは寝ているまーくんの隣りに座って、
まーくんの頭を撫でながら、琴音さんの言葉に頷きました。

「なあ、さくらちゃん、誠がここで何やってたか心当たりないか?」

 と、浩之さんはまーくんのパソコンの画面を覗き込みました。
 ですが、パソコンに関しては素人の浩之さんに理解できるわけもなく、
首を傾げるだけです。

「……そういえば、最近、マルチちゃんの構造に興味が涌いたって言ってました。
もしかしたら、それを調べてたんじゃないでしょうか」

「ほほう……誠の奴、マルチの体に興味を抱いたのか」

 と、わたしの言葉に、浩之さんはちょっと下品に笑いました。

「まーくんはそんなんじゃありません!
マルチちゃんの頭脳に興味を持ったんです!」

「マルチの頭脳ってことは、
主任のおっさんが作った超並列処理演算神経網コンピューターとかいうやつか?
確か、PNNC‐205J……だったかな?」

「藤井さんは、それの構造を調べていたわけですね?」

「そうです! そうに決まっています!」

「どうだかなぁ……誠だって健全な男なわけだし、
俺みたいに胸とか触ったかもしれないぞ


 
ごき゜ょっ!!


「ぐえっ……」

 浩之さんの言葉に、わたしはすぐさまフライパンを取り出そうとしました。

 ですが、それよりも早く、何処からか飛んできたパイプ椅子が、
浩之さんの顔面に直撃していました。

「藤田さん……マルチちゃんにそんなことしてたんですか?」

 そう言う琴音さんの周囲には、いくつものパイプ椅子が飛び回っていました。

 ……これって……もしかして、超能力?!

 そして、わたしは思い出しました。

 それは、わたし達がこの学校に入学した頃のことです。
 わたし達と同じ新入生に超能力がいて、
その生徒が、入学式の時に、舞台上の校長先生の頭上から
スポットライトが落ちてくることを予知した、という噂が飛び交っていたんです。

 確か、その噂で聞いた名前が……『姫川』でした。

 そうでしたか。
 噂の超能力者って、琴音さんのことだったんですね。

 と、わたしが一人納得する中……、

「藤田さん! よけたら当たらないじゃないですか!」

「当たりたくないから、よけてんだよ!」

「大丈夫です! 大怪我しても、私が看病してあげます!
アフターケアは万全ですっ!!」

「だったら、最初から怪我なんかしたくねぇーーーーーっ!!」

 琴音さんの操るパイプ椅子の攻撃を、
浩之さんは必死でかわしていました。

「藤田さん! 女の子が寝てる時に胸を触るなんて最低です!」

「ちょ、ちょっと待て! それはいわゆる知的好奇心というやつで、
決していやらしい気持ちは…………まあ、ちょっとはあったけど」


「言い訳になってませぇぇぇぇーーんっ!!」


 その琴音さんの叫びと同時に、
浩之さんを襲うパイプ椅子の数が、一気に倍に増えました。

 あれは、さすがの浩之さんにもかわせませんね。

 それを悟ったわたしは、まーくんの頭を撫でながら、
浩之さんの冥福を祈ったのでした。








「藤田さんっ!! 滅殺ですっ!!








<おわり>
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