Heart to Heart
To Heart編
番外編 その7 「来栖川 綾香」
水曜日の放課後――
姉さんが通う学校の校門を見張っていたあたしは、
ターゲットが出てきたのを確認し、車から降りた。
「ねえ……あなた、『園村 さくら』よね?」
「え? はい」
あたしが話しかけると、ターゲット……園村 さくらは、こちらを振り向く。
「……何かご用ですか?」
彼女は、見知らぬ人物……つまり、あたし……に突然話しかけられ、
少し戸惑っているみたい。
「別にそんなに警戒しなくていいわよ。
あたしは『来栖川 綾香』。姉さんのことは知ってるわよね?」
「来栖川って……じゃあ、芹香さんの……」
「ええ。妹よ」
あたしが頷くと、彼女はすぐに警戒心を解き、ニッコリと微笑む。
「やっぱりそうだったんですね。どうりで似ていると思いました。
それで、わたしに何かご用ですか?」
「ええ。あなたにちょっと話があるのよ。時間、ある?」
「え? で、でも、まーくん達と一緒に帰る約束をしてますし……」
「そのまーくん……『藤井 誠』のことで話があるのよ」
あたしが出した『誠』という名前に、彼女は敏感に反応した。
「まーくんのこと……ですか?」
ふふ……やっぱり、ノッてきたわ。
計画通りね。
「そう。ここじゃちょっと話し難いことだから、場所を変えましょうか?」
「……わかりました」
さくらを連れてやって来たのは、学校の裏山にある神社。
葵の格闘技同好会の練習場ね。
今日は水曜日だから、クラブは休み。
だから、葵も浩之もいない。
ここなら、スペースも充分あるし、人気も無いから、
まさにもって来いの場所だわ。
「あの……それで、お話って……?」
こんなところに連れて来られたせいでしょうね。
さくらは、不安げな表情で訊ねてきた。
「単刀直入に言うわ。あたしと勝負しないさい」
「…………は?」
あたしの突然申し出に、さくらはキョトンとしている。
……まあ、無理もないわよね。
「だから、あたしと勝負しなさいって言ってるのよ……藤井 誠を賭けてね」
あたしがそう言うと、さくらの表情は一瞬にして真剣なものに変わる。
「…………どういう意味ですか?」
さくらが鋭い眼差しがあたしを貫く。
……すごい殺気ね。
面白くなりそうだわ。
「もちろん。そのまま意味、よっ!!」
最後の『よ』を言うと同時に、あたしは右上段回し蹴りを放った。
「きゃあっ!!」
悲鳴を上げつつも、さくらは上体を軽く後ろに反らしたたけで、
あたしの蹴りを紙一重でかわす。
やっぱり、この子……出来るっ!!
普段は大人しいのに、誠ってのが絡むと非常識に強くなるっていう
セリオの情報は間違ってなかったようね。
「……綾香さん……まーくんは、渡しません」
さくらは軽く足を広げて構えをとる。
その手に握られているのは、彼女の武器であるフライパン。
ふふふ……そうこなくっちゃね。
あたしは軽く後ろに跳んで、一旦距離をとった。
「…………」
「…………」
あたしとさくらは互いの隙を窺い合う。
そして、あたしが攻撃に出ようと、半歩前に出た。
と、その瞬間っ!!
「なっ!?」
き、消えたっ?!
一瞬にして、さくらの姿があたしの視界から消えた!
ど、とこに……っ!!!
あたしは、頭上に鋭い殺気を感じ、
逃げるように前のめりに跳んだ。
そして、地面に手をつき、そのままの勢いで側転の要領で着地する。
……まさか、このあたしが相手を見失うなんて。
あたしは、軽く舌打ちしつつ、さくらを見た。
さくらは、さっきまであたしが立っていた場所に、
フライパンを振り下ろした恰好で立っている。
これは、本気で闘らないと負けるわね。
「……やるわね」
「綾香さんこそ……」
「ま、これで挨拶は終わった、ってところかしら?」
「そうですね」
そう言葉を交わし、あたし達は再び構えをとる。
そして……、
「はぁああああああっ!!」
「たぁああああーーーっ!!」
あたし達の闘いが始まった……。
「はあっ!」
バシィィィィィッ!!
「えいっ!」
がいんっ!!
「はっ! はっ! はっ! はっ! せいやあっ!!」
スパン! スパン! スパン! スパン!
バシィーーーーーーーッ!!
あたし達の攻防が続く。
今のところ、勝負は互角……いや、少しだけあたしの方に分があるかもね。
さくらと闘いながら、あたしは気付いていた。
この子、確かに非常識な強さを持ってるけど、格闘技は素人ね。
闘い方がまるでデタラメだもの。
そのデタラメさに、最初はちょっと戸惑ったけど、
慣れれば大したことはないわ。
それに、この子には重大な欠点がある。
それは、攻撃も防御も、フライパンを使っているということ。
そんなんじゃ、攻撃に幅が出てこない。
この勝負、どうやらあたしの勝ちのようね。
「せいやぁあっ!」
あたしは、ワンステップで蹴りの間合いに入ると、
右のミドルキックを放った。
さくらは、それを受け止めようと、フライパンを中段に構える。
あまいっ!!
これはおとりっ! 本命は……、
あたしは蹴りとフライパンが当たる瞬間に蹴りを止め、
ハイキックへと切りかえた。
ブオンッ!!
しかし、あたしの二段蹴りは空を切った。
さくらは、あたしのハイキックを上体を屈めてかわしたのだ。
「ちいっ!!」
蹴りを放った後は態勢が崩れて、隙が出来る。
「飛天御剣流っ!! 龍昇閃!!」
その隙をついて、さくらは体を起こしざま、
フライパンをあたしのアゴ目掛けて振り上げてきた。
「くっ!」
あたしはそれを避けつつ、バックステップで大きく後退する。
とりあえず、距離をおいて、態勢を立て直さないと……。
と、あたしが思った。その時……、
びゅんっ!!
「なんとぉっ!」
さくらは意外な行動に出た。
なんと、フライパンを投げつけてきた。
顔面めがけてフリスビーのように飛んできたフライパンを、
あたしはマトリックスの如く体を反らしてかわす。
あたしの頭上をフライパンが飛び過ぎていく。
チャンスだ!
フライパンが無ければ、さくらに攻撃手段も防御手段も無い!
勝ちを確信したあたしは、決着の一撃を放とうと踏み出した。
だが……、
ひゅんひゅんひゅんひゅんひゅんひゅんっ!
「うひゃあっ!!」
背後に妙な気配を感じ、あたしはその場から飛び退いた。
あたしのすぐ横をフライパンが通りすぎていく。
ぱしっ!
そして、再びさくらの手に戻った。
「ち、ちょっと待ちなさいよっ!!
何で戻ってくるのよっ!?」
「……だって、無くなったら困るじゃないですか」
「そうじゃなくて! どういう原理で戻ってきてるのかって訊いてるのよ!」
「それは……わたしとまーくんの愛の力です☆」
「…………あー、はいはい。そうですか」
お空見上げて目がキラキラ輝いちゃってるし……。
よくもまあ、そんな恥ずかしいことを言えるわね。
何だか、マジメに闘ってるのがバカバカしくなってきちゃったわ。
「と、いうわけで、わたしとまーくんを引き離すことは誰にもできないんです。
ですから、あなたに負けるわけにはいきませんっ!」
と、次の瞬間、さくらは一気にあたしの懐に入ってきた。
しまったっ!! 油断したっ!!
「これで、終わりです!」
さくらがあたしの水月に拳を添える。
ぞくっ!!
その瞬間、あたしの背筋に寒気がはしった。
この感じ……。
以前、葵との組み手で崩拳をくらいそうになった時の感じに似ている!
「えいっ!!」
「くあっ!!」
咄嗟にあたしが飛び退くのと、さくらが拳を放つのは、全くの同時だった。
――ズキンッ!
腹部に鈍い痛みがはしる。
咄嗟に逃げたから、この程度で済んだけど、
モロにくらってたら、アウトだったわね。
「そんな……まーくんに教わった『虎砲』をかわすなんて……」
さくらは信じられないといった顔で、あたしを見つめている。
「なるほど、今のがあなたの必殺技ってわけね。
だったら、あたしも見せてあげるわ」
あたしは、呼吸を整え、気合を込める。
そして……、
「いくわよっ!!」
さくらに向かって飛翔した。
ヒュッ!
まずは空中で右前蹴り!
さくらはそれを軽く後ろに引いて、スレスレでかわす!
シャッ!
次に、左足を戻しつつ、その反動を利用しての左前蹴り!
さくらは体を左に開き、それもかわす!
ズパァーーーンッ!
さらに、死角となった後頭部へ右回し蹴り!
さくらは、なんとかフライパンでガードする!
ここまでは、予想通り……次が本命の一撃よっ!!
さくらがガードしたあたしの右足を弾き返す!
あたしはその力を利用し、空中で体を反転させ、
そのままさくらの顔面に右ソバットを放った!
「きゃあっ!!」
もう、さくらにこの蹴りを防ぐ手段は無い。
あたしの目に、観念して目を閉じるさくらの顔が映った。
……ここまでね。
あたしは、右ソパットをさくらの顔面手前でピタッと止め、着地した。
腰が抜けたのか、さくらはヘナヘナとその場に座りこむ。
「……これがあたしの必殺技『疾風空中四段蹴り』よ」
「…………」
「……あたしの、勝ちね」
その勝利宣言に、さくらはビクッと反応し、あたしを見上げる。
そして、ポロポロと涙をこぼし始めた。
「……わかり……ました……わたし、の……負けです……
もう……まーくんの、前には……現れ……うぅ……
ぅわぁああああああああああーーーー!!」
言葉の途中で泣き崩れるさくら。
そういえば、この闘いって、誠の恋人の座を賭けてたんだっけ?
自分で言い出しておいて、すっかり忘れてたわ。
だいたい、最初からそんなつもりなんかなかったのよね。
誠を賭けて……なんて言ったのは、
本気になったこの子と闘ってみたかっただけだからねぇ。
何か、悪いことしちゃったわね。
サッサと冗談だったって教えてあげなくちゃ。
「あのさ……ちょっと話を聞いてくれる?」
「……そういうことだったんですか」
泣き続けるさくらを宥めつつ事情を説明して、
ようやく彼女は落ち着きを取り戻してくれた。
ふぅ……やれやれね。
「良かった……わたし、これからもまーくんと一緒にいられるんですね?」
「あったりまえじゃない。だいたい、あなたさっき自分で言ってたじゃない。
『わたしとまーくんを引き離すことは誰にもできないんです』って」
あたしがそう茶化すと、さくらは顔を真っ赤に染める。
クスクス……可愛いわねぇ。
「そ、それはそうと……」
あたしが笑っているのを見て、さくらは慌てて話題を変えてきた。
もうちょっとからかいたかったところだけど……、
ま、この辺で勘弁してあげますか。
「まさか綾香さんがあのエクストリームのチャンピオンだなんて、
ちょっと意外です」
「よく言われるわ」
「とても芹香さんの妹とは思えませんよ」
「……よく言われるわ」
「でしょうね?」
「あら、言ってくれるじゃない」
顔を見合わせるあたし達。
「フフフフ……」
「ふふふふ……」
お互い、何となく笑みがこぼれてくる。
「ふふ……あなたとは仲良くなれそうだわ。
姉さん共々よろしくね」
「はい。こちらこそ」
「ところで、さくら。あなた、エクストリームやってみない?
あなたなら、絶対強くなれると思うのよね」
「イヤです」
「そ、そんなキッパリ言わなくても……」
「だって、将来、まーくんに捧げる体にキズがついたら大変じゃないですか(ポポッ☆)」
「…………あ、そう」
<おわり>
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