Heart to Heart
      To Heart編

   番外編 その6 「来栖川 芹香」







 俺は、とある古本屋に足を踏み入れていた。

 別に、何か目的があって入ったわけじゃない。

 ただ、学校帰りに偶然見かけて、なんとなく心惹かれるものがあったから、
立ち寄ってみたのだ。

 狭い店内にビッシリと埋まっている本、本、本……。

 俺は店内を歩き回り、本の背表紙に目を走らせていく。

 『世界構成原理に関する一考察』――
 『悲恋桜−その伝承と変遷−』――
 『ブラウニング家の世界書』――

 ……何か、妙な本が多いな。

 と、そんなことを思いながら、次々と本を眺めていく。

「……ん?」

 とある本に目を止め、俺は立ち止まった。

 
――『悪魔召喚プログラムの構築方法』

「…………」

 何で、こんなところにこんな本が……、








「……買ってしまった」

 黒い皮張りの分厚い本を見つめつつ、俺は道を歩く。

 歩きながら、大きくタメ息をつく。

 何で、こんなモンを買っちまったんだ、俺は?
 いかにも胡散臭いのは分かりきっていたのに、
思わず手に取った瞬間、そのまま店のジイサンに金を払っちまったぜ。

 まあ、買っちまったモンはしょうがない。
 試しに読んでみるか。
 何かの話のタネになるかもしれんし。

 とりあえず、適当にページを開き、内容を流し読みする。

 ……魔術理論と、コンピューター理論の類似性ねぇ。
 ……降魔術で使う呪文・生贄・魔方陣などは、二進法での数値化に容易に馴染む、か。

 最初は、面白半分で読んでいたのだが、次第に、その内容にのめり込んで行った。

 ……なるほどね。
 魔術を使うには、道具や呪文だけじゃなく、魔術を使う本人の魔力や精神状態、
それに日付や環境が作用するから、それらを全部プログラムを代用して、
コンピューターの中に架空の環境を作り出すわけだ。
 もし、これが本当なら、実際に魔術の儀式を行うよりも成功率は高いぞ。
 それに、いつでもどこでも簡単にあらゆる儀式が出来るようになるわけだ。

「……ま、この本に書いてあることが、全部事実ならって話だけどな」

 と、そう呟いた時……、


 
どんっ!


「おわっ!!」

 突然、誰かとぶつかった。

 俺は少しよろける程度で済んだが、相手は思いっ切り尻餅をついてしまっている。

 いかんいかん、完全に本の世界に入り込んでたぜ。

「わ、わりぃ! 大丈夫か?」

 俺は慌てて、ぶつかった相手を見た。

「っっっ!!」

 瞬間、息を呑んだ。

 ――流れる黒髪。
 ――透き通るような白い肌。

 ……美人だ。
 正真正銘の、絶世の美女だっ!!

 しかも、ウチの学校の制服を着ている。

 ウチの学校にこんな美人がいるなんて゜全然知らなかったぜ。

 ……って、何を見とれてるんだ、俺は!?

 早く助け起こしてやらねーと。

「ホラ、掴まれよ」

「…………」

 助け起こそうと差し伸べた俺の手を、彼女はジッと見つめている。

「ホラ。早く掴まれって」

 ちょっとイライラしつつもう一度言うと、
ようやく彼女は俺の手の上にそっと自分の手をのせた。

「よっと……」

 腕に軽く力を込めて、彼女を引っ張り起こす。

「大丈夫か? どこもケガとかしてねーか?」

 訊ねる俺に、彼女はこくこくと頷く。

 ……ずいぶんと無口な子だな?

「そっか。良かった。悪かったな、ぶつかったりして」

「…………(ふるふる)」

 今度は首を横に振る。

 マジで無口な子だ。
 それに、全然、表情に変化が無いぞ。

「……ん? どうした?」

 彼女がキョロキョロと何かを探している様子に気付き、
俺も訊ねながら足元を見回した。

 おっ! 足元に分厚い本発見!
 皮張りの重厚な雰囲気のある本だ。

「もしかして、コレか?」

 本を拾い、彼女に見せると……、

「…………(こくこく)

 と、頷く。

 本を渡すと、彼女はぺこりとおじぎをした。

「いいっていいって。元々は俺が悪いんだから。
んじゃ、気をつけてな」

 俺も落とした自分の本を拾い、後ろでに手を振りながら、
その場をサッサと立ち去った。

 あんな美人といつまでも話してたら、また、いつぞやみたいに、
さくらやあかねがどこからともなく現れるかもしれないからな。








 家に到着した俺は、早速、例の本を読んでみることにした。

 部屋着に着替え、スナック菓子片手にベッドに横になる。
もちろん、炭酸系の飲み物も忘れない。

 読書モード。スタンバイ完了だ。

「さて、と…………ん?」

 その時になって、ようやく、俺は気が付いた。

 コレ……俺の本じゃねーぞ。

 多分、あの時だ。
 さっき、道で女生徒とぶつかった時、彼女の持っていた本と入れ替わったんだ。

 なんてこった。
 表紙が似ていたから、全然気が付かなかったぜ。

「どうすっかな?」

 いくらなんでも、今からさっきの場所に行ったって意味ねえし……、

「あ、そういえば……」

 確か、彼女、ウチの学校の制服着てなかったか?
 だったら、明日、学校に行った時に、彼女を探せばいいじゃねーか。
 あんなに美人だったんだから、すぐに見つかるだろう。

 それに……、

「こんな濃ゆい内容の本を読む奴なんて、そうそういねーしな」

 そう呟きつつ、俺は本の題名を見た。

 その題名は……、

 
――魔術概論『ゴールデンドーン新説』








「よお、誠。どうしたんだ? こんなところで」

 次の日の昼休み、例の本の持ち主を探して、
二年の教室がある階の廊下を歩いていると、
突然、後ろから浩之に呼びかけられた。

「ああ、浩之か……実はさ……」

 俺は浩之に本を見せ、事情を話した。

 すると、浩之は何やら心当たりがあるようで、
俺が見せた本を見ながら、うんうんと頷く。

「多分、そりゃ先輩のことだな」

「先輩?」

「ああ。三年の『来栖川 芹香』先輩だよ。
この学校で魔術関係の本を持ってるなんて、
先輩以外に考えられねーからな」

「……知り合いなのか?」

「まあな」

「じゃあさ、コレ、お前から返しておいてくれ」

「あ? 何でだよ? お前から直接渡せばいいじゃねーか?」

「だってさ、来栖川って、あの来栖川グループの来栖川だろ?」

「ああ、そうだ」

「ってことは、その芹香さんって、来栖川のお嬢様なんだろ?」

「ああ。会長の孫娘だ」

「だったら、あんまり顔合わしたくねぇ」

「……なんでだよ?」

「お前には、まだ話してなかったっけ?
俺の親父ってさ、来栖川エレクトロニクスで働いてるんだよ。
だから……」

「……なるほど、その息子としては、お嬢様の相手をするには、
色々とやりにくいこともあるってわけだ」

 皆まで言わなくても、浩之は理解してくれたようだ。

「なんだよ。お前って、そういうの気にする質なのか?」

「そうじゃねーよ。
ただ、いちいち親の都合に振り回されるのが嫌なだけだ」

 親の都合に振り回されるのは、今の『ほとんど独り暮し状態』だけで充分だ。
 これで、人間関係にまで影響出されたらたまんねーよ。

「はっはっは。だったら心配いらねーよ。
先輩はそういうのは気にしねーから。
むしろ、来栖川ってことで遠慮されるのを嫌ってる」

「そうなのか? だったら、俺から渡そうかな。
あんな美人とお近付きになれるなんて、滅多に無いからな」

「おいおい。そんなこと言っていいのか?
さくらちゃんとあかねちゃんに怒られるぜ?」

 うっ……浩之、痛いトコ突かないでくれよ。








 てなわけで、放課後……。

 やって来ましたオカルト研究会!

 浩之の話では、芹香さんは、大抵ここにいるらしい。

「……さて、行きますか」

 ちょっち緊張しつつ、俺は部室のドアを開けた。

「よっ! 誠! 遅かったな」

 ロウソクの火に照らされた薄暗い部室。
 棚に並んだ数々の妖しい道具。
 そして、床に置かれた魔方陣のプレート。

 そんな妖しい空間で待っていたのは、浩之と芹香さんだった。

「なんだよ、浩之。お前も来るなら、一緒に来りゃ良かったじゃねーか」

「へへ……まあ、ちょっと、な……」

 と、俺の言葉に、悪戯っぽい笑みを浮かべる浩之。

 ……コイツ、何か企んでやがるな。

 浩之の表情からそう読み取り、少し警戒する俺。

 ……まあ、いいか。
 とりあえず、本を返そう。

「芹香さん、これ、あんたの本だろ?
わりぃな……間違えて持ってっちまって」

「…………(ふるふる)」

 芹香さんが何か言った。

 初めて聞いた芹香さんの声。
 か細くて、聞き取りにくかったが、凄く綺麗な声だ。

「えっ? 『こちらこそ、間違えてすみません』だって?
いいって、こっちが全面的に悪いんだから」

 それでも、深々と頭を下げる芹香さんに
さすがに俺も恐縮してしまう。

「そこまでしなくていいってば。顔を上げてくれよ。
じゃあさ、今回はお互い様ってことで……それでいいだろ?」

 俺がそう言うと、ようやく芹香さんは頭を上げてくれた。

 はあ〜〜……ったく、変わったお嬢様だぜ。
 でも、なんとなく親近感が涌いたりして……。

 そんな事を思いつつ、俺は芹香さんと本を交換した。

「さて……これで誠の用事も済んだわけだが……」

 本の交換が終わると、浩之がそう切り出してきた。

「ああ……で、浩之、一体何を企んでるんだ?」

 俺がちょぱやでツッコんでやると、浩之はちょっとむくれた。

「なんだよ、気付いてたのか? つまんねーなー」

「分かり易すぎるんだよ、お前の言動は」

「……ま、いいや。実はな、先輩がお前に見せたいものがあるんだってよ」

「芹香さんが見せたいんじゃなくて、
お前が芹香さんに頼んだんじゃねーのか?」

「うっ……スルドイな」

「ったりめーだ。もしお前の言う通りなら、ここにお前がいる必要性は無いからな。
で、見せたいものって何なんだよ」

「黒魔術の儀式だよ」

「くろまじゅつのぎしき〜?」

 浩之の言葉に、俺は思い切り眉をひそめた。

 まあ……何となく、そうじゃねーかとは思っていたが……。

「……マジか?」

「…………
マジです

 芹香さんがポツリと呟く。

 うーむ……どうしたものか。
 ……まあ、ものは試しだ。
 お言葉に甘えて、いっちょ見せてもらうとするか。

「……じゃ、芹香さん、よろしく頼むぜ」








「で、一体どんな魔術を見せてくれるんだ?」

 と、俺は浩之に尋ねつつ、床にある魔方陣の中央に座る。

「召喚魔術だよ」

 あっけらかんと答える浩之。

「召喚って……まさか、悪魔を呼び出したりしねーだろな?」

「そんな危ねーモンじゃねーって。安心しな」

「じゃあ、何を呼び出すんだよ?
それに、何で俺がこんなトコに入ってなくちゃいけないんだ?」

 と、俺は床の魔方陣をペシペシと叩く。

「イチイチ細かいこと気にするなよ。
大丈夫だって。危険なことは一切無い。
この魔術は、今までに一度も失敗してねーらしいからな」

「そうかもしれねーけど、今回も成功するとは限らねーだろが?」

「そうだな。少なくとも、お前があんまりうるさく騒ぐと、
先輩の集中が途切れて失敗するかもな」

「む……ぐぐ……」

 浩之の言葉に、俺は何も言えなくなり、
黙って芹香さんを見守ることにした。

 とんがり帽子に黒マント……。

 その妙に似合う可愛い魔女ルックの芹香さんは、魔方陣の前に立ち、
広げた魔術書片手に、人差し指を立てて呪文を唱えている。

 その表情は、真剣そのものだ。

 ……しゃーねー。ここまで来たら腹くくるか。

 その美しくもある表情に、俺は覚悟を決めた。

「……hi……roy……uki……lo……ve……lo……ve……」

 静かな室内に、芹香さんの呪文だけが聞こえる。

 そして……、

「…………」

 呪文を唱え終えた芹香さんが、スッと魔方陣を指差した。

 と、その瞬間っ!!


 
カッ!!


「おわっ!!」

 魔方陣が鋭い光を発した。

 な、なんだなんだ!?
 一体、何が起こるんだっ!?

 光の中、慌てふためく俺。

 だが、その光は、しばらくして消えた。
 それと同時に……、


 
ぽんっ!


 と、緊張感の無い軽快な音をたてて、煙を上げる。

 そして、煙が晴れると、俺の目の前には……、

「え? え? あれっ!?」

「……ま、まーくん? ここ、どこですか?」

 ……さくらとあかねがいた。

 しかも、俺にしがみ付くような恰好で……。

「やっぱりなー。この二人が出て来ると思ったんだよ」

 そんな俺達を見て、浩之は一人納得顔でうんうんと頷いている。
 芹香さんも、こころなしか微笑ましいものでも見るかのような眼差しを
俺達に向けているような……。

「……浩之……こりゃ、一体どういうことだ?」

 二人と抱き合ったまま訊ねると、
浩之はにやにやと笑いながら……、

「今、先輩がやった召喚魔術はな、
『魔方陣の中にいる者にとって最も大切なものを呼び出す魔法』なんだよ」

 と、教えてくれた。

「この前、先輩からこの魔法のことを聞いたんだよ。
で、都合良く、お前が先輩に用があるって言うじゃねーか。
ここはいっちょ、お前で試してみようと思ってな。
で、結果はこの通り。俺の予想通りだったぜ」

「……ってーことは、つまり……」

 俺とさくらとあかねは顔を見合わせる。

 そして、ある程度、状況を把握した二人は……、

「えへへへ〜♪ まーく〜〜ん☆」

「……わたし達が、最も大切……嬉しい」

 俺を抱きしめる力をいっそう強めた。

「お、おい、お前ら……浩之達が見てるだろが」

「……まーくん……まーくん」

「…………みゅ〜☆(すりすり)」

 ……ダメだ。聞こえてない。

「ははは。どうやら、俺達はお邪魔みたいだな。
先輩、ここは誠達に気をきかせてやろうぜ」

「…………(こくこく)」

 浩之はそう言い残すと、芹香さんを連れて部室を出ていった。

 薄暗い部屋の中に取り残された俺達三人……。
 俺に甘えかかってくるさくらとあかね……。

「……はぁ……まーくぅん☆」

「…………はにゃ〜☆」

 俺も、無意識のうちに、二人頭をなでなでしてるし……、

 ……なあ。

 ……おい。

 ……ちょっと待て。

 もしかして、ずっとこのままなのか?

「…………はふぅ〜☆」

「……うみゅ〜〜♪」

 二人の声が、妙に色っぽい……。








 ……ま、いいか。(爆)








<おわり>
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