Heart to Heart
To Heart編
番外編 その5 「長岡 志保」
「きせつを〜だ〜きしめて〜♪ あなたと〜あ〜るきたい〜き〜っと〜♪
このまち〜から、はなれ〜ても、ず〜っとこ〜の〜まま〜で♪」
室内にさくらの歌声が響く。
俺達は、学校帰りに、いつものゲーセンの二階にあるカラオケボックスに寄っていた。
いつもなら、俺とさくらとあかねの三人だけなのだが、
何故か今日はオマケが付いていた。
「こえをあ〜げて、わらいあ〜えた、みじかい〜〜〜、あの〜ひの〜ゆめ〜♪」
さくらが唄い終わり、マイクを元の場所に戻す。
「いよぉ〜っし! 次はアタシの番ねっ!」
「おい、志保。いい加減、勝ち目はねぇってのがわかんねぇのかよ?」
「うっさいわねぇ! このカラオケクィーンたる志保ちゃんが、
たとえどんなジャンルであろうと、カラオケ勝負で負けるわけが無いでしょっ!」
「だけどよー、誠達相手にアニソンレパートリー勝負で勝てるわけねーだろが」
「うるさいっ! アタシにだって意地ってものがあるのよっ!」
そのオマケ二人が言い争いを始める。
わざわざご丁寧に状況説明までしながら。
そう……オマケというのは、浩之と『長岡 志保』という女生徒だった。
長岡 志保……一応、それなりに噂は聞いている。
『志保ちゃんニュース』とか言って、学校中にホラ話を広め回っている
やかましい奴だ。
さくら達とカラオケボックスに入ろうとした時、偶然にも、その志保と出会った。
しかも、浩之も一緒にいたのだ。
どうやら、彼女は浩之の知り合いらしい。
しかも、信じ難いことに、あのあかりさんとも親友だというのだ。
話を聞くと、浩之達もカラオケに行くつもりだったらしい。
なら、いっそのこと、全員で行こうか、という事になった。
……これが事の発端。
カラオケボックスに入った俺達は、最初は普通に楽しんでいたのだが、
いきなり志保がさくらとあかねに勝負をしようと言い出したのだ。
「アンタ達、なかなか唄うの上手いじゃない。
どう? このカラオケクーンのの志保ちゃんと勝負してみない?
ヤックのバリューを賭けてさ」
志保のこの申し出を、さくらとあかねはあっさりと断った。
当然だ。
今まで志保の歌を聴いてきて、どちからが上手いのかは明白だ。
いちいち勝ち目の無い勝負をする必要は無い。
「なによなによー! ノリが悪いわねぇ!
じゃあ、アンタ達の好きなジャンルでのレパートリー勝負ってのはどう?」
この言葉が、志保の最大のミスだった。
そういう条件なら、と、志保の挑戦を受けて立ったさくらとあかねが
指定したジャンルは『アニメ&ゲームソング』だったのだ。
そして、志保はさらにミスを侵した。
さくらとあかねの出した条件をのんでしまったのだ。
かくして、ここに『輝けっ! 第一回アニメ&ゲーム歌合戦』が始まったのだった……。
「ぐ・う・ぜ・んが〜、い〜くつも〜、かさ〜な〜りあ〜〜って〜♪
あな〜たと〜、であ〜って〜、こ〜いにおち〜〜た♪」
浩之の静止も無視して、マイクを持った志保が唄い始める。
さすがというか、歌の方はかなり上手い。
カラオケクィーンを自称するだけのことはある。
だが、これはレパートリー勝負だ。
唄の上手い下手は関係無い。
ハッキリ言って、志保にとっては分の悪い勝負だ。
まあ、最近では、有名な歌手の歌がアニメの主題歌になっていることも多いから、
少しは唄えるだろうが、、それもすぐに尽きてしまうだろう。
そして、予想通り、志保はさっきから最近のアニソンばかりを唄っていた。
それに引き換え、さくらとあかねにはまだまだ余裕がある。
なにせ『お前ら、歳いくつだ?』とツッコミたくなるくらい
古い歌やマニアックな歌を知っているのだから。
こりゃ、はなっから勝負は見えてるな。
そこで、俺は一つの提案をした。
それは、勝負を4人対1人にするという提案だ。
つまり、浩之、俺、あかね、さくらの順でそれぞれ一曲ずつ唄い、その後、志保が唄う。
そして、俺達四人のうち誰か一人でも歌のストックが無くなったら、
その時点で志保の勝ち、というわけだ。
これなら、俺達が四曲唄わなければならないのに対し、志保は一曲唄うだけでいいから、
志保の勝率もグッと上がる。
しかも、そういうことには詳しくなさそうな浩之が俺達の方に加わるのだから、尚更だ。
さらに、俺は『志保が知ってそうな最近の歌は唄うな』とさくらとあかねに言ってある。
こっちも最近の歌を唄っていけば、志保のストックが無くなるのも早くなるから、
その分、こっちが有利になるのだが、そんなことしたら、勝負に面白味がなくなる。
これだけハンデをつければ、志保にも勝ち目は出てくるだろう。
やっぱり、勝負ってのは、それなりに面白味がないとな。
「……Forever You’re My Only Feeling Heart♪」
パチパチパチパチ……!
志保が唄い終わり、浩之がお約束の拍手ボタンを押す。
「さあ、次はヒロの番よっ!」
「わぁーってるよ。しかしなぁ、俺ってあんまりそういう歌は知らねぇんだよなぁ」
そうぼやきつつ、志保からマイクを受け取り、リモコンでコードを入力する浩之。
そして、イントロが流れ始め、画面に題名が映し出される。
おいおい、この曲って……、
浩之のあまりに意外な選曲に、俺は目を丸くした。
「そっ・らっ、たかくっ、かっかげっよ〜♪
にじをっ、てらすっ、いのちっのっきっらっめきっ♪」
影山ヒ○ノブばりに、熱く唄う浩之。
てっきり、浩之も志保みたいに最近のやつを唄うだろうと思ってたのに、
この曲は結構古いぞ。
しかも、それなりに知られている番組放送前半時の主題歌じゃなく、
後半時の主題歌だ。
浩之、なかなかやるじゃねーか。
俺の読みでは、この勝負の鍵を握っているのは浩之だと思っていたのだが、
こいつは俺達にとっては嬉しい誤算だったかもな。
「……え〜らばれた〜もうし〜ごの、ように〜〜〜♪」
唄い終わった浩之は、マイクを俺に投げ渡す。
「ほれ、誠。次はお前の番だそ」
「よーっし! なら、俺の十八番を聞かせてやるぜっ!」
俺はマイク片手にステージに立つ。
そして、イントロが始まった。
「も・え・ろ・ファイヤー!! た・た・かえ〜〜〜っ♪」
初っ端から大絶叫! 俺の熱い歌を聞かせてかるぜっ!
「あ〜か〜いほの〜〜お〜を〜、あ・と・に・し・き〜♪
ね〜っき〜、ふ〜きだ・し・や〜ってく〜る♪」
この曲唄うと、後々になって喉がつらくなるのだが、
今はそんな事は言っていられない。
浩之があんな熱い歌を唄ったのだ。
ここで対抗しなきゃ、漢がすたるぜっ!
「うなれ〜〜っ♪ う・な・れ・たきざわきぃっく〜〜〜っ♪
あたれ〜〜っ♪ あ・た・れ・こくでんぱっ・んっ・ち〜〜〜っ♪」
曲も後半に入ってきた。
そろそろ喉がつらい。
しかし、途中で声のキーを変えるのは、俺のポリシーに反するっ!
「お〜れ〜はっ、ほっ・のっ・おっ・のっ・て・ん・こ〜せい〜〜〜〜っ♪」
終った……。
やった……見事に唄いきったぜ。
精根尽き果てた俺は、ドスッとソワァーに腰を降ろす。
「さっすが、まくーん。あたしも負けてられないね」
俺にポカリを手渡すと、あかねがステージに立った。
さあ、今度はどんなマニアックな歌を聞かせてくれるかな。
「き・ま・り・きら〜ない、ぽ〜ずでも♪ い・じ・げ・ん・だったら、それでおっけい〜♪
む・り・は・しょ〜ちの、そ〜だんも♪ や・れ・ば・でっきるねと、わらうあ〜いつ〜♪」
むう……こりゃまた、古い歌を……。
ホント、なんでコイツらこんな古い歌知ってるんだ?
ま、俺も人のことは言えんがな。
「……ああ〜〜ふし〜ぎ〜なすと〜り〜〜♪」
唄い終わったあかねは、俺の隣にチョコンと座る。
「よしよし、相変わらず懐かしい歌だったぞ」
「はにゃぁ〜〜〜ん☆(ボッ☆)」
と、俺はあかねの頭を撫でてやる。
「さ、次はさくらだぞ」
「はい。頑張ります」
さくらは頷くと、マイクを手に取った。
「ひ〜きさいた〜♪ やみがほえ〜♪ ふ〜るえるて〜いとに〜♪
あ〜いのうた、たからか〜〜に〜、おどり〜でるせんした〜ち〜♪」
「ま〜た〜た〜く〜りゅう〜せい♪ ね〜が〜い〜を〜たく〜して♪
さ〜ん〜ど〜つ〜ぶや〜いた♪ おさ〜な〜い〜お〜も〜いで♪」
「ほしくずのうみ〜の〜なか♪ ただようゆ〜め〜も〜とめ〜♪
ときを〜〜、こえて〜〜、はるか〜〜♪」
「お〜〜らろ〜〜どが〜ひらか〜れた〜♪
き・ら・め・く・ひかり、おっ・れっ・を〜うつ〜♪」
「たと〜えあらしがふこ〜とも♪ たと〜えお〜なみあれるとも♪
こぎだそ〜たたかいの〜うみへ♪ とびこも〜たたかいのうずへ〜♪」
それからも、俺達の歌合戦は続いた。
で、結局……、
「うううううう……(泣)」
四人分のヤックのバリューをおごらされ、涙する志保の姿があった。
そう……俺の狙いはコレだったのだ。
あの時、俺が出した提案は、確かに志保にとって有利に働くものだった。
しかし、その分、負けた時のリスクも大きいのだ。
それに、例え負けたって、俺達は志保一人をおごるだけでいいのだから、安いモンである。
まあ、負けることなんて万が一にもあり得なかったけどな。
なにせ、俺もさくらもあかねも、カラオケに入っているようなアニソンは全て唄えるのだから。
ただ、唯一の不安要素は浩之の存在だったのだが、あれだけ知っていれば問題は無い。
ようするに、結果は最初から分かっていたのだ。
……俺って、けっこう外道?
<おわり>
<戻る>