Heart to Heart
To Heart編
番外編 その2 「佐藤 雅史」
「ふーふーふーふー、ふーふーふーふー、
ふーふーふーふーふーふふーん♪」
家の近くの公園を、特に目的も無くブラブラと歩いていると、
どこからか鼻歌が聞こえてきた。
この曲は、ベートーヴェンの交響曲第9番作品125『合唱』だな。
となると……、
「あいつか……」
俺は少し離れたところにある大きな岩(何でこんなところに?)の上に、
一人の男が座っているのを見つけた。
そいつは、まだ春だというのに夏服を着ている。
間違い無く、この歌はあいつが唄っているのだろう。
しかし、このネタ、いいかげん風化してると思うが。
まあ、それはともかく、俺のさっきから脳裏で警戒音がギンギンなっている。
何故なら、あいつは空を見上げて唄うフリをしながら、
俺の方をチラチラと見ているのだ。
ヤバイヤバイ。あんなのに関わったらロクな目に合わんぞ。
無視無視……。
「ふーふーふーっふー、ふーふふふーっふー、
ふーふふふーっふー、ふーふーふーんっ♪」
うあ……何か、俺の気を引く為に、妙に節つけて唄いやがるし。
「あーっ! 鬱陶しい!! 何なんだよ!?」
……しまった。あんまり鬱陶しいから、ついつい相手しちまった。
俺の叫び声に、そついは平然とした顔でこちらを向くと……、
「ん? なんだい? 僕に何か用かい?」
「うっわ、すっげー殺してー」
あまりに白々しい態度に、俺は拳を振るわせる。
「まあまあ、そう怒らないでよ。冗談なんだから。
僕の名前は『佐藤 雅史』。キミのことを浩之から聞いてね、
ちょっと興味が湧いたから会いに来たんだよ、藤井 誠君」
そう言って、そいつ……佐藤 雅史はニッコリと微笑んだ。
そうか。浩之の知り合いだったら少しは安心かな。
あいつの俺を見る目が妙に熱っぽいのが非常に気になるけど。
しかし、栗色のサラサラの髪といい、女の子みたいな顔立ちといい、
浩之の知り合いにしては、ちょっと意外なタイプだ。
「フフ……あかりちゃんが言ってた通り、
何となく雰囲気が浩之に似てるね、キミは。好意に値するよ」
と、雅史はポッと頬を赤らめる。
こ、こいつ……まさか……っ!?
「……な、何か俺に用があったんじゃないのか?」
俺が後ずさりながら訊ねると、雅史は空を見上げ……、
「……ホ◯はいいねぇ」
と、言った。
「さいならっ!!」
背を向けてダッシュで逃げる俺。
やっぱりだぁーーーーーっ!!
こいつ、やっぱりアッチ方面の人間だぁーーーーーーっ!!
「フフフ……逃がさないよ。
くらえっ! 『浩之直伝タイガーショット』!!」
ぼぐべきっ!
逃げる俺の後頭部に衝撃がはしった。
そのあまりの威力に、バッタリと倒れる。
い、いかん……意識が……。
マズイ! マズイぞっ!
こんな奴の目の前で気絶なんぞしたら、
どんな目にあうか分かったもんじゃない。
しかし、俺の意識はどんどん闇に呑み込まれていく。
浩之ぃぃぃーーーーっ!
こんなアブネー奴に物騒な技を教えるんじゃねぇーーーーっ!!
気がつくと、俺はベッドの上にいた。
服は……何も身につけていない。
「ま、まさか……」
俺は恐る恐る隣を見た。
そこには、全裸の雅史が微笑んでいた。
「良かったよ。誠君☆」
「うわああああああーーーーっ!!」
ごちっ!
飛び起きると、いきなり何かに頭をぶつけた。
あたたた……何だよ、ったく……。
……って、ンなことはこの際どうでもいい!
服は、着てるな……良かった、夢だったのか。
それにしてもヒドイ夢だった。まさに悪夢だな。
「ヒドイよ、誠君」
誰かの呻き声に、俺は現実に戻る。
すぐ傍に、鼻を押さえた雅史がいた。
「あわわわわわわわっ!」
さっきの悪夢が脳裏に蘇り、俺は慌てて後ずさる。
……そういえば、こいつ、何で鼻なんか押さえてるんだ?
そうだ。確か、俺、起き上がった時に、何かに頭をぶつけたぞ。
と、いうことは……
「テメー!俺に何しようとしてた!?」
「何って……気絶したまま全然目を覚まさないから、だから……」
「……だから?」
「人工呼吸を……」
「やめろぉーーーーーーーっ!!」
言わないでくれぇーーーーーっ!!
想像したくねぇーーーーーーーっ!!
「さあ、誠君……続き続き」
そう言って、雅史は俺ににじり寄って来る。
俺はなんとか逃げようとするが、
さっきの後頭部への一撃が効いているのか、
体がまともに動いてくれない。
雅史の顔がゆっくりと近付いてくる。
俺の唇に狙いを定めて……。
「誠君……僕と熱きベーゼを」
「いやだぁぁぁぁーーーーーっ!!
男とキスするなんて嫌だぁぁぁーーーーっ!!
誰か助けてくれぇぇぇぇーーーーーーっ!!」
と、俺が必死の叫び声を上げた、その時……、
ごぃん!
鈍い音とともに、雅史が吹っ飛ぶ。
「まーくんに何するの!このヘンタイ!」
「大丈夫ですか、まーくん!」
そこには、さくらとあかねがいた。
そっか……俺を助けに来てくれたのか。
ああ……今、俺には二人が女神様に見えるぜ。
「さくら〜、あかね〜、こわかったよ〜」
俺は半ベソをかきながらさくらに抱きつき、胸に顔を埋める。
さくらもこんな状況だから俺を振りほどいたりしない。
それどころか……、
「よっぽど怖かったんですね。もう大丈夫ですよ」
と、俺を安心させようと、ギュッと抱いてくれる。
「怖い人はあたし達がやっつけたから、もう大丈夫゜だよ」
あかねも俺の頭をよしよしと撫でてくれる。
何だか、いつもと立場が逆だなぁ。
まぁ、いいか。さくらの胸の感触が気持ちいいし。
へへ……役得役得。
「それにしても、ホントに危なかったですね。
わたし達が偶然通りかからなかったら、
一体どうなっていたことか」
さくらが倒れている雅史の方へ視線を向ける。
つられて、俺も雅史を見た。
……完全にノビてるな。
って、そういえば、二人とも一体何やったんだ?
いくら二人ががりだったとはいえ、女の子の力で
男一人フッ飛ばすなんて芸当、できるわけないぞ。
「えっ? コレで殴ったんだ゜よ」
訊ねる俺に、あかねがあっけらかんと答える。
見れば、あかねの手にはクマさんバットが、
さくらの手にはフライパンが握られている。
クマさんバットはともかく、何でフライパン……?
ってゆーか、お前ら偶然通りかかったんだろ?
何でそんなモン持ってるんだ?
そもそもどっから出した?
もしかして、背中からか?
それはともかく、雅史の奴、さっきからピクリとも動かねーな。
もしかして、死んだか?
まあ、こんな奴は、死んだ方が世の為人の為たと思うが。
「う、うーん……」
雅史が呻き声を上げ、ムクッと起き上がる。
「……あ、生きてた」
「……ちっ」
さくら……お前、いま「ちっ」って……。
さくらの舌打ちなんて始めて聞いたぞ。
ってゆーか、今のちょっち怖かった。
「……誠君。キミにはその二人がいるんだね。
分かったよ。僕は潔くあきらめるよ」
と、雅史が言う。
随分と物分りがいいじゃねーか。
もしかして、さくらとあかねにビビッたか?
まあ、その気持ちは分からんではないがな。
「……でも」
「……でも?」
「僕達、ずっと友達だよね?」
「…………」
「…………」
「…………殺れ」
俺の言葉と同時に、
クマさんバットとフライパンを持ったさくらとあかねが、
ゆっくりと立ち上がる。
「……佐藤 雅史」
「あなたを……殺します」
許せ、雅史。
お前のエンディングだけは絶対に迎えたくないんだ。
<おわり>
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