Heart to Heart
      To Heart編

    番外編 その13 「田沢 圭子」







 ある日の放課後――

 私はクラスメートの『田沢 圭子』さんに連れられて、学校の屋上に来ていました。

「ねえ、セリオ?」

「はい。なんでしょう?」

 金網越しに見える夕日をしばらく眺めた後、
田沢さんは意を決したように私の方を振り向きます。

 そして……、

「あんたさぁ、昨日の放課後、ゲーセン前にいたでしょ?」

 ……と、いきなり昨日の事を訊ねてきました。

 何故、田沢さんが私の行動を把握しているのか気にはなりましたが、
取り敢えず、その疑問は無視して、私は田沢さんの言葉に頷きます。

「はい。その近くのバス停から来栖川エレクトロニクス行きのバスが出ていますので」

「あのね……そういう意味じゃなくて……、
昨日、ゲーセン前にいた時、誰かと一緒にいたでしょ?」

 昨日の放課後……。

 確か、綾香お嬢様と一緒に下校して、
バス停近くで浩之さん達にお会いして……、

「はい。間違いありませんが、それが何か?」

 田沢さんの質問の意図がわからず、わたしは訊ね返しました。
 すると、田沢さんは、何やら言い難そうに……、

「あ、あのさ……その時さ、その……カッコイイ人がいたでしょ?」

 と、少し恥ずかしそうに言いました。

「……カッコイイ人、ですか?」

「そうそう。カッコ良くて、優しそうで、スキテな人♪」

 その言葉を聞き、私は少し考える。

 ……あの場にいた人の中でカッコイイ人?

 優しそうで……、
 ステキな人……、

 ……そんな人は、一人しかいませんね。(ポッ☆)

「……
藤田 浩之さんのことですか?」

 私がそう言うと、田沢さんは明らかに飽きれた表情を浮かべます。

「はあ? セリオ……あんた、何を馬鹿なこと言ってるのよ?
あたしはカッコ良くて優しそうな人って言ったのよ?
何で、あんな目つきの悪いのが出てくるのよ?」


 
――ムカッ!!(怒)


 田沢さんの失礼な物言いに、少しカチンとくる私。

 ――ですが、私は一応、最新鋭のメイドロボです。

 田沢さんは浩之さんの事を何も分かっていないのですから、
こんな事で取り乱したりしてはいけません。

 正直、二時間くらい掛けて、浩之さんがどんなにステキな方なのかを、
しっかりと話して聞かせてあげたいところですが……、

 ……止めておきましょう。
 そんな事をしてライバルを増やすのは、あまりに愚行ですからね。

 というわけで、私は怒りの衝動を堪えつつ、田沢さんに訊ね返します。

「それでは、田沢さんは一体誰のことを言っているのですか?
どうも、話の内容が理解出来ないのですが……」

「あう……それは……その……」(ポッ☆)

 私がそう言うと、浩之さんに対して失礼な言動をしていた先程までの態度は何処へやら、
途端に何やら気恥ずかしそうに、もじもじと指を絡ませ始めます。

 これは、もしかして……、

 そんな田沢さんの様子を見て、私はある事を思い出し、
メモリーに記録されている映像を再生しました。

 それは、以前、綾香さんに浩之さんのことをどう想っているのかをお訊ねした時のこと……、
 訊ねた私の言葉に、綾香さんは顔を真っ赤にして、ドギマギと言葉を詰まらせていました。

 あの時の綾香さんの様子と、今の田沢さんの様子は、非常に酷似しています。

 ということは……、

「田沢さん……もしかして、恋をしていますか?」


「――んなっ!?」


 どうやら、図星だったようです。

 私の指摘に、田沢さんの顔が、まるで瞬間湯沸し器のように、一気に赤くなりました。

 動悸や血圧もかなり上昇しているようです。
 いきなり倒れたりしないか、ちょっと心配ですね。

 しかし、田沢さんが恋をしているとなると、その相手は一体、誰なのでしょう?

 先程までの話の内容から推察するに、
昨日、バス亭付近で私の周りにいた方々の内の一人ということになります。

 確か、あの場にいたのは、私と浩之さんとマルチさんとあかりさん、
それに志保さんに綾香様に……ああ、そういえば誠さんもいましたね。

 もしかして、誠さんの事なのでしょうか?
 確かに、あの人は浩之さん同様に人を惹き付ける何かを持っていますが……、

 いえいえ……多分、その可能性は考えられませんね。
 田沢さんは、浩之さんを素敵な男性と認識できないのですから、
誠さんもその眼中には入っていないでしょう。

 あのお二人は、外見はともかく、それ以外の点では妙に似通っていますからね。

 ……というわけで、誠さんは除外です。

 さて……そうなると、田沢さんが恋をしている相手は誰になるのでしょう?
 あの場にいた男性は浩之さんと誠さんだけだった筈……、


 ……。

 …………。

 ………………。


 そういえば……一つだけ、意外な可能性を失念していました。
 よく考えれば、寺女は女子校なのですから、この可能性は充分に考えられます。

 となれば、相手は間違いなく……、

「田沢さん……」

「な、何……?」

「恋愛は自由ですから、私にとやかく言う権利はありません。
ですが、友人として、敢えて忠告させて頂きます。
同性愛を否定するわけではありませんが、一般社会的にはそれは受け入れられません。
日本の場合、特にその傾向は強いです。
ですから、どうか、心を入れ替えて、真っ当な道をお進みください」

「はあ? あんた、何を言ってんのよ?」

「……田沢さんが恋をなさっている相手は綾香様ではないのですか?」

「こんべこのかぁっ! 馬鹿なこつ言ってんじゃないぜよっ!!」

 私の言葉に、田沢さんは、今度は別の意味で顔を赤くして怒鳴ります。

 ……しかし、何故、いきなり土佐弁なのでしょう?

 そういえば、以前にも、掃除の時に机を教室の後ろに寄せる事を『机をつる』と言ってましたし、
昇降口にある下駄箱の下にある木製の足場の事も『ザラ板』と表現していたこともありましたね。

 確か、それらは名古屋特有の表現だと記憶していますが……、
 田沢さんって、何処の出身なのでしょう……謎です。

 まあ、それはともかく……、

「では、田沢さんは。その……レズビアンというわけではないのですか?」

「当然でしょっ! あたしは至ってノーマルよっ!
あのね、良く聞きなさいっ! あたしが好きなのはね
佐藤 雅史さんなのっ!!」
























「――は?」
























 一瞬、私は自分の聴覚機能を疑いました。

 ……何でしょう?
 今、とてもこの場には相応しくない人物の名前を耳にしたような?

「申し訳ありません。今、瞬間的に聴覚機能が異常をきたしていたようです。
差し障りなければ、もう一度言っていただけますか?」

 と、私が言うと、田沢さんは、自分が興奮のあまり大胆なことを口にしていた事に気付き、
口元に手を当てて、恥ずかしそうに俯いてしまいます。

 そして、消え入りそうな小さな声で……、

「何度も言わせないでよ……、
だから、その……あたしが好きなのは……佐藤 雅史さん、なの」(ポッ☆)


 
ずがしゃぁぁぁーーーっ!!


 田沢さんのその告白を聞き、
私は盛大にコケて、コンクリート製の床に頭をメリ込ませました。

 ど、どうやら、私の聴覚機能は正常に機能しているようです。

 間違いありません。
 今、田沢さんは、確かに雅史さんが好きだと仰いました。

 そういえば、言われてみれば、あの場には雅史さんもいましたね。
 あの方は、その……ああいう方ですので、男性として数えるのをすっかり忘れていました。

 ……私としたことが、とんだ失態ですね。

 と、それはともかく……、

 田沢さんが雅史さんに恋をしているというのは大きな問題です。
 ハッキリ言って、同性愛に走るより性質が悪いです。

 何故なら、田沢さんは知らないのです。
 雅史さんが、特殊な性癖をお持ちの方だということを……、

「た、田沢さんっ!」

「――へ?」

 私は素早く立ち上がると、田沢さんの肩をガシッと掴みます。
 そして、正面から、彼女の瞳を見つめました。

「ど、どうしたの、セリオ……いつになく真剣な様子だけど?」

「田沢さん……落ち着いて聞いてください」

 田沢さんの『いつになく』という発言が少し気になりましたが、
この際、それは無視することにしましょう。

 今は、田沢さんを正しい道にお連れするのが先決です。

「悪い事は言いません……雅史さんだけは止めましょう」

「ど、どうして……はっ! まさか、あんたも佐藤さんのことをっ!?」

「馬鹿なこと言わないでくださいっ!
そんな誤解は、私の全存在を賭けて否定しますっ!!」

 力強く、それはもうハッキリと否定する私の勢いに圧され、数歩後ずさる田沢さん。
 しかし、まだ私を疑っている様で、こちらに疑惑の眼差しを向けています。

「でも、あたしでさえ『佐藤さん』って呼んでるのに、
セリオは『雅史さん』って呼んでるし……」

「それは、私が彼の幼馴染みである藤田 浩之さんや神岸 あかりさんとお友達だからです」

 ――まあ、将来的には、浩之さんには私のご主人様になって頂く予定ですけどね。

 と、内心で言葉を付け足しつつ、私は田沢さんの誤解を解こうと説得を試み、
それで、ようやく、田沢さんは納得してくださいました。

「ふ〜ん……じゃあさ、もしかして、セリオって、佐藤さんのこと詳しい?」

「ええ、まあ……別に知り合いでなくても、サテライトサービスを使えば、
ある程度の個人情報はライブラリーから読み込めますから」

「だったら、あたしに教えてよ……佐藤さんのこと♪」

「……わかりました」

 田沢さんのお願いに頷きつつ、私は来栖川のデータベースにアクセスして、
雅史さんのデータのダウンロードを開始します。

 うう……いくら田沢さんの頼みとはいえ、
こんな人のデータをダウンロードしなくてはならないなんて……、

 普段、私のメモリーの約80%は浩之さんに関することで締められています。
 そして、残りの約20%が、日常生活に関するその他のデータです。

 ちなみに、私が所有している浩之さんの全データを以ってしても
あかりさんの頭の中にあるデータには遠く及びません。

 さすがは、浩之さんに関することで頭脳の200%が締められている、
『藤田浩之研究家』のあかりさんです。

 容量オーバーもなんのその……これが愛の力というものなのでしょうか。
 私も負けていられません。

 ……っと、それはともかく、今、私のメモリーはいっぱいいっぱいなのです。

 だから、雅史さんのデータをダウンロードするには、今あるデータのうち、
いくつかを削除しなければならないのです。

 さあ、どうしましょう?
 こんな理由で、浩之さんのデータを削除するなんて、私には出来ませんし……、

 仕方ありません。
 多少、日常生活に支障をきたすかもしれませんが、ここはその他のデータを……、

 あ……浩之さんのクラスメートであるツンツン頭の男性のデータがまだ残っていました。
 ちょうど良いですから、これを消してしまいましょう。

「――ダウンロード、完了しました」

 ライブラリーから雅史さんに関する主な情報を読み出した私は、
敢えて事務的な口調で、その結果を田沢さんに伝えます。

「佐藤 雅史、16歳。東鳩高校二年B組。両親と姉の四人家族。
サッカー部に所属しており、ポジションはMF。次期主将と言われる程の実力を……」

「あーっ! もうっ!! あたしが聞きたいのは、そういう事じゃないのっ!
あたしはね、佐藤さんに恋人はいるのか、好きな女の子はいるのかっていう事を聞きたいのっ!」

 と、私の説明を遮り、田沢さんは私に詰め寄ってきました。

 ある程度の予想はしていましたが、その予想通りの展開に、
私は少々ゲンナリしてしまいます。

 雅史さんに、恋人もしくは好きな人、ですか……、

 はあ……、
 ハッキリ言って、気が重いです。

 何故なら、それを語る場合、どうしても『例の事』も話さなければならないのです。

 ……凄く嫌です。
 一人の女性に芽生えた恋心を握り潰すようなものですからね。

 それでも、私は話さなければなりません。

 メイドロボである以上、不当な命令で無い限り、
人間の皆さんの命令には従わなければいけませんからね。

「それでは、一つずつお答えしましょう。現在、雅史さんに恋人はいません」

「よっしゃあっ!」

 私の言葉に、田沢さんはガッポーズを取りました。

「次に、好きな女性ですが……」

 女性がそういうはしたない真似をするのはどうかと思いつつ、私は言葉を続けます。
 ウンウンと頷きながら、それに聞き耳を立てる田沢さん。

「今のところ、雅史さんに好きな『女性』はいません」

「やったぁっ♪ これでこの恋の成就は決まったも同然よ♪」

 私は意図的に『女性』という単語を強調して、田沢さんに答えました。

 ですが、それには気付かず、
田沢さんは屋上中をピョンピョンと飛び回って喜びを表現しています。

 やれやれ……、
 その『恋の成就』の為には、大きな障害が待っているとも知らずに……、

 ふう……仕方がありません。
 喜びに水を差すように心苦しいですが、教えてあげることにしましょう。

 ……期待させればさせる程、無理だと分かった時、傷口は大きくなりますからね。

「……一つだけ問題があります」

「――へ?」

 私の不意の発言に、飛び跳ねていた田沢さんはピタッと動きを止めます。
 そして、真剣にな面持ちで私に顔を寄せてきました。

「何よ? その問題って?」

「そうですね……言葉では説明しかねますから、直接、見て頂きましょう。
もし時間がまだよろしいのでしたら、私について来てください」

 それだけを言うと、私はクルリと踵を返し、屋上の出入り口へと向かいます。

「ちょっと……一体、何だって言うのよ?」」

 と、首を傾げつつも、しぶしぶ私の後に続く田沢さん。
 そんな田沢さんを伴い、私はある場所へと向かいます。

 雅史さん『達』がいるであろう、いつものり公園へ……、
















「ひっろっゆき〜っ♪ まっこっとく〜んっ♪ 待ってよ〜っ♪」

「誰が待つかぁぁぁぁぁーーーーっ!!」

「うわああああああっ!! おい、浩之っ! こっちに逃げてくるなっ!!
こういう場合は、二手に分かれて逃げるがセオリーなんだぞっ!」

「やかましいっ! 俺を囮にして一人だけ逃げようたってそうはいかねぇからなっ!」

「ちいっ! さすがは浩之っ! 見抜かれたかっ!!」

「てめぇっ! やっぱりそのつもりだったかっ! この外道っ!!」

「外道って言うなっ!!」

「浩之も誠君も、どうして僕から逃げるんだい?
僕はただ、今日は家に誰もいないから遊びにおいでよって言ってるだけなのに〜」

「そんな危険なところに……」

「誰が行くかぁぁぁーーーーーっ!!」

「あははははははは♪ 恥ずかしがらなくても良いんだよ〜♪」

「……殺るぞ、浩之」

「おう……」

「さあ♪ 今夜は三人で一緒に薔薇の世界へれっつらご〜♪」


「ぶっ飛ぶなよっ! 自己流パンチッ!!」

「ぶっ飛べっ! 自己流キックッ!!」






!」


 
ドカバキグシャッ!!

 
ズガガガガガガガッ!!

 
バキィィィィィーーーーッ!!





「あ〜〜〜〜れ〜〜〜〜っ!!
二人の愛がとっても痛いよぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜……」



 ……。

 …………。

 ………………
キラーン☆


「ったく、最後の最後まで気持ち悪いこと言っていきやがって……」

「……勘弁してくれよ」

「まったくだねぇ〜♪」





「浩之も誠君もビドイじゃないか。二人だけで合体するなんて……、
次は僕も一緒に合体させてよね♪」

「うわぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!!」

「もう戻って来たぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!!」

「ふっふっふっふっふっふっ……、
こんな滅多に無いチャンス、絶対に逃がさないよ♪」

「に、逃げるぞ、誠っ!!」

「アラホラサッサー!!」

「あ〜〜〜〜ん♪ 待ってよ〜♪
ひろゆき〜〜〜〜〜♪ まことく〜〜〜〜〜ん♪」
















「…………」(汗)

「…………」(大汗)


 あれから、公園へとやって来た私と田沢さんは、
そのある意味すさまじい光景の一部始終を見て、呆然とそこに立ち尽くします。

「……ね、ねぇ、セリオ?」

「はい。なんでしょう?」

 凄い早さで走り去っていく浩之さん達の姿を見送りつつ、田沢さんはボソッと呟きます。
 それを耳にして我に返った私は、田沢さんに向き直りました。

「佐藤さんって……もしかして……」

 と、ひきつった笑みを浮かべる田沢さん。
 そんな田沢さんに、私はハッキリと頷き返しました。

「はい。少々、特殊な趣味をお持ちです」

「…………」(汗)

「…………諦めますか?」

 その私の問い掛けに、田沢さんは反応しません。
 俯いたまま、ふるふると肩を震わせています。

 無理もありませんよね。
 何せ、恋をした相手が、実はホ〇だったんですから……、

 これで、田沢さんの心は深く傷付いてしまったことでしょう。
 でも、私は自分の判断が間違っていたとは思っていません。

 代償は大きかったですが、これで、田沢さんは真っ当な道に戻ることができたのですから……、

 田沢さん、心中お察しします。
 ですが、ここは犬に噛まれたのだと思って気持ちを切り替え、新しい恋を見つけてください。

 と、私が田沢さんを励ます為に、田沢さんの肩に手を伸ばします。

 ……しかし、そこで、田沢さんは予想外の行動に出ました。

 私の手が肩に触れる瞬間に、田沢さんはバッと顔を上げました。
 そして、ググッと拳を握り締めて……、

「いいわっ!! こうなったら、あたしが佐藤さんを正常な道に戻してみせるわっ!!
待っててね、佐藤さんっ!!絶対に、この田沢 圭子に振り向かせてみせるからねっ!!」

 ……そう宣言すると、田沢さんは空に向かって高々と拳を突き上げたのでした。
















 そうですか……、
 真実を知った上で、敢えてイバラの道を進むと仰るのですね。

 わかりました……、
 私はもう何も言いません。

 これからは、雅史さんの心を勝ち取る為に頑張ってください。
 私は親友として、草葉の陰から応援させていただきます。
















「――というわけで、協力してよね、セリオ♪」

「ええっ!? そ、そんな御無体な……」(大泣)








<おわり>
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