Heart to Heart
      To Heart編

   番外編 その11 「保科 智子」







「あ〜、もう! 面倒やな〜っ!」

 ある日の放課後――

 私は図書室の片隅に備え付けられているパソコンの前に座って、
キーボード相手に悪戦苦闘していた。

 何でも、修学旅行の感想文を文集にするとか言うて、
それで、読み易いように全部ワープロで活字になおすんやと。

 まあ、それは分かるで。
 世の中には、字の汚い奴がようさんおるからな。

 でも、何で私がやらなあかんねん?

 いくら他の仕事が忙しいからって……、
 いくら私が委員長やからって……、

 何で私が教師の仕事までやらなあんねんっ!?
 あの先生、職務怠慢やでっ!!
 だいたい、私、パソコンなんてやったことないんやでっ!!

 ああ、何か考えたら腹が立ってきたわ。

 ……でも、まあ、先生も申し訳なさそう頭下げてたからなぁ。
 ふぅ……頼まれたら嫌とは言えへん自分の性格がちょっと恨めしいで、ホンマ。

 まったく、やっぱり委員長になんてなるモンやないな。
 おかげで面倒な仕事は押し付けられるし……、
 藤田君には名前で呼んでもらえへんし……、

 ……って、何言うとんねん、私は。
 後半はカットや! カット!

 妙な考えを振り払い、私は打ち込みを再開した。


 
タン……タン……タタン……


 黙々と、キーを一つ一つ叩く。
 しかし、作業は遅々として進まない。

 もう、かれこれ一時間は作業を続けていた。
 パソコンの扱いもだいぶ慣れた。

 でも、やっぱりアカンわ。
 まだ半分も終わっとらへん。

 何とか、明日までには終わらせたいところやけど、大丈夫やろか?
 こんな事やったら、藤田君にでも協力してもらえば良かったな。

 藤田君と一緒なら、こんな退屈な作業も結構楽しくなるやろうし……、
 そして、帰りはヤクドに寄って他愛も無いお喋りして……、
 で、何となく藤田君の家に寄っちゃったりなんかして……、
 そのまま……、(ポッ☆)


 
って、何を考えとんねん、私はぁぁぁーーーっ!!


 自分の妄想のあまりの恥ずかしさに、私は頭をかかえる。

 まったく、藤田君には神岸さんっていう立派な彼女がおるのに……、
 私、もしかして、愛人願望でもあるんやろか?
 ……悪い男には捕まらんようにせんとなぁ。

 大きくタメ息をつきながら、私はぎこちない手つきでキーを叩き続ける。
 と、そこへ……、


 
ピンポンパンポ〜ン……


『2年B組の保科 智子さん。2年B組の保科 智子さん。
山岡先生がお呼びです。至急、職員室に来てください』


 
ピンポンパンポ〜ン……


 突然、呼び出しの放送が掛かった。

 何や? こないな忙しい時に……、
 しゃーないなー。

 私はそれまでのデータを上書き保存して、席を立った。
 そして、どうせすぐ戻るからと思い、パソコンの電源は入れっぱなしにしておいて
図書室の出口へと早足で向かう。

 と、そこで……、


 
ドンッ!!


「わっ!」

「ひゃっ!」

 急いでいたせいで、ちょうど入って来た女生徒と肩がぶつかってしまった。

「ちょっと、気をつけ……何だ、保科さんじゃない」

 ぶつかった相手は岡田さんやった。
 いや、岡田さんだけやない。
 松本さんに吉井さんも一緒や。
 三人娘揃い踏みやな……ってゆーか、この三人、いつも一緒におるんやないか?

「急いでたんや。堪忍な」

 と、私は岡田さんに軽く頭を下げると、サッサと立ち去ることにした。
 今は、あの三人に構っていられるほど暇やないからな。

「ちょっと、待ちなさいよーーーーっ!」

 廊下の角を曲がったところで、私を呼び止める岡田さんの声が聞こえたけど……、
 ま、ええか。ちゃんと謝ったしな。

 と、私は自分を納得させ、職員室へと急いだ。

 でも、何か……イヤな予感がするんやけどなぁ。
 ま、ええか。
















「……失礼しました」

 軽く頭を下げつつ、私は職員室を出た。

「やれやれ……これで少しは楽になったな」

 と、静かに戸を閉めて、軽く息をつく。

 山岡先生の話は、例の文集についてやった。

 何でも、他の仕事が思ったよりも早よ終わりそうやから、
ワープロ打ちは半分でええそうや。

 少しでも私に迷惑かけまいと、頑張ってくれたんやな。
 なかなかええ先生や。

 ま、ホンマにええ先生は、最初から生徒に仕事頼んだりせぇへんけどな。

 とにかく、やる事が半分に減ったんや。
 となれば、後もう少し。
 今日中にチャッチャと終わらせたろ。

 私は図書室へと戻る。

 と、そこへ……、

「それにしても、さっきの男……ムカつくわよねぇ」
「そうねぇ。一年のクセに生意気よ」
「あーゆーのって、ちょっと鬱陶しいよね」

 また、例の三人娘とすれ違った。

「あ、岡田さん、さっきはすまんかったな」

 私はさっきぶつかってしまったことをもう一度詫びる。
 さっきは急いどったから、ちゃんと謝れへんかったからな。

「…………フンッ」

 だが、岡田さんは謝る私を一瞥し、鼻で笑うと、そのまま行ってしまった。

 その時、私は見逃さなかった。
 三人娘が、何やら勝ち誇ったような表情をしていたことを。

 ……あいつら、また何か企んどるな。

 漠然と、そんな予感がした。

 あいつら、藤田君に注意されてからも、私にちょくちょくちょっかいかけてくるんや。
 ま、やる事は、例のノートの件みたく、ガキみたいな嫌がらせなんやけどな。
 今のところ大した被害は無いから好きにさせとるけど、
いい加減、鬱陶しいったらありゃへんわ。

 ま、あいつらに付き合うとる暇は無い。
 サッサとやることやってまわんとな。

 私は急いで図書室へと入り、バソコンのある机へと向かう。

「……ん?」

 と、私は、さっきまで使っていたパソコンの前に、
見知らぬ男が座っているのに気が付いた。

 何やら、物凄い速さでキーを叩いとる。
 そして、作業が終わったのか、唐突に手を止めると、
プリンターからプリントアウトされた紙を掴んで立ち上がった。

「あんた、何やっとったんや? あそこはさっきまで私が使ってたんやで」

「あ? 別に……ただ、俺もちょいとやる事があっただけだよ」

 私が訊ねると、そいつはぶっきらぼうに持っている紙をヒラヒラさせる。

「大丈夫だよ。あんたがやってたのはちゃんと保存しといたから」

「当たり前や。消えとったらタダじゃ済まさんで」

 そう言って、私は椅子に座り、マウスを使って、さっき打ち込んでいたファイルを開く。
 そして、驚きのあまり、目を見開いた。

「何で……全部できとるんや?」

 そう……途中までできていなかった打ち込み作業は、全て完了していた。

 おかしいで……確かに、半分も出来とらんかったのに……、
 一体、どういう…………っ!!

 ふと、私はある事に思い至り、慌てて後ろを振り返った。
 しかし、もうさっきの男の姿は何処にも見えない。

 まだ近くにおるはずやっ!

 私は椅子を蹴って立ち上がり、図書室の出口へ、廊下へと急いだ。

 これは、私の推測やけど……、
 あの文章を打ち込んでくれたんは、やっきの男や。

 多分、私が席を外している間に、あの三人娘が、
私の打ち込んだ文章にタチの悪い悪戯したに違いない。

 で、あいつはそれを偶然見かけて……、

 まったく、藤田君といい、あいつといい、
ああいうおせっかいな奴は結構おるもんやな。

「ちょい待ち」

「あん?」

 ようやく追いついた私が呼び止めると、さっきの男は面倒臭そうにこっちを振り返った。

「何だ?」

「あんたやろ、余計なマネしたんは? 小さな親切、大きなお世話やで」

「……何の事だ?」

 訊ねる私に、そっぽを向いてとぼける。
 コイツ、結構顔に出るタイプやな。

 それにしても……あくまでシラ切るつもりみたいやな。
 ま、それならそれでええ。

「知らん言うなら別にええ。ただ、これだけは言わせてもらうで……」

 そして、私は一呼吸置いて……、

「――ありがとう」
















「……とまあ、こういう事があったんや」

 と、そこまで一気に話し終えると、私はシェイクを啜って喉を潤した。

「まったく、世の中にはおせっかいなのが結構おるもんやで。
それに、あいつ……何だか藤田君みたいな奴やったな」

 確かに、藤田君にそっくりな奴やった。
 見た目やなくて、何と言うか雰囲気みたいなやつやな。

 と、私が彼のことを思い出していると……、

「ねえ、浩之ちゃん……もしかして」

「ああ、間違いねーな。ンな事するのはあいつしかいねぇ」

 私の話を聞いた藤田君と神岸さんが、何やら納得顔で頷き合っていた。

「何や? もしかして、あいつのこと知っとるんかいな?」

「知ってるのもなにも……」

「あのね、保科さん、実はね……」








<おわり>
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