Heart to Heart
To Heart編
番外編 その1 「藤田 浩之 と 神岸 あかり」
「……遅いっ!」
さくらのヤツ、遅すぎるぞ!
もう待ち合わせの時間を20分もオーバーしてるぞ。
珍しく自分から『動物園に行きたい』なんて言い出すから、
わざわざ付き合ってやろうってのに、時間に遅れるとは何事だ。
いや、待てよ。よく考えたら、さくらが遅刻するなんて、
今まで無かったことだぞ。
もしかして、待ち合わせ場所を間違えたか?
……うーん……確かに駅前の時計台の傍だ。
俺は間違えてはいない。ましてや、記憶違いでもない。
じゃあ、やっぱり、さくらの遅刻か?
「「……ったく、何やってんだ、あいつは? …………ん?」」
偶然にも隣に立っていた男と同時に同じセリフを吐いてしまい、
俺と彼は思わず顔を見合わせる。
歳は俺と同じくらいだろうか……ちょっと目つきの悪い男だ。
そういえば、コイツ、さっきからここにいるな。
もしかして、俺と同じように人待ちか?
「もしかして、お前も待ち合わせか?」
……俺が思った事と、同じ質問してきやがった。
「ああ……アンタもか?」
俺が訊き返すと、彼は頷く。そして……、
「「あいつが時間に遅れるなんて珍しいよ」」
と、また俺達は同時に同じセリフを言った。
「「…………」」
再び顔を見合わせる俺達。
そして、やはり同時に苦笑すると……、
「あいつさ、ドジを標準装備してるのかってくらいトロいんだよ」
「そうそう。しっかりしている様で、どっか鈍クサイんだよな」
などと、思いっ切り談笑なんぞを交わしてしまった。
いま会ったばっかりなのに、この人とは妙にウマが合うなー。
ひょんな事から知り合った彼……『藤田 浩之』と話をし始めて
しばらくすると……、
「まーくーーーーーんっ!」
「浩之ちゃーーーーんっ!」
ようやく、さくらがやって来た。
ん?もう一人、別の女の人もこっちに走って来るぞ。
ショートの赤い髪のてっぺんに黄色いリボンを結んでいる。
『浩之ちゃん』ってことは、やっぱり浩之の待ち人なんだろうな。
「「おせーぞ、さくら(あかり)」」
と、同時に言う俺達に二人は……
「ゴメンね。お弁当作ってたら遅くなっちゃった」
「ゴメンなさい。お弁当作ってたら遅くなっちゃいました」
言葉遣いこそ違うものの、同じ内容のセリフを言う二人。
そんな二人に俺達は……、
「「ったく、しょーがねーなー」」
また、ハモって言ってやった。
「「えっ?」」
二人はようやく様子がおかしい事に気付き、キョトンとした表情を見せる。
そんな二人の顔が可笑しくて、俺と浩之は思いっ切り大笑いしてしまった……。
「へえー、じゃあ、二人ともあたし達と同じ学校なんだ」
俺達の隣を歩きながら、あかりさんが嬉しそうに言う。
そう。どうやら、二人は俺達と同じ高校に通っているらしい。
「一年ってことは、俺達の後輩になるわけだ」
「そうだな……ですね」
さっきまでのようにタメ口で話してしまいそうになり、
俺は慌てて訂正した。
そんな俺に、浩之さんは……、
「別にいいぜ。さっきまでの通りで」
と、言ってくれた。
じゃあ、お言葉に甘えて、これからも浩之と呼ばせてもらおう。
「しかし、デートの行き先まで一緒とはなぁ」
そう言って、浩之は軽く肩を竦める。
浩之の言う通り、浩之とあかりさんも、俺達と同じように、
動物園に行くつもりだったらしい。
そういうわけで、どうせだから一緒に行こうか、という事になったのだ。
「ねえねえ。さくらちゃんは、どんな動物が好きなの?」
あかりさんが訊くと、さくらは恥ずかしそうに答える。
「は、はい。あの……ペンギンさんです」
さくらの答えに、浩之がウンウンと頷く。
「ペンギンかぁ。いいねぇ、女の子らしくって。
なのに、あかり、何でお前はクマなんだ?」
「もう……あたしがクマ好きになったのは、
小さい頃に浩之ちゃんがクマのぬいぐるみをくれたからなんだよ」
「そりゃ知ってるけどよ……でもなぁ〜……」
「ははは……お前が原因じゃ文句は言えねぇよ。キッパリ諦めろ」
俺がそうツッコミを入れてやると……、
「わーったよ。ったく、しょーがねーなー」
と、浩之はタメ息をついたのだった。
で、その後、順調にダブルデートは進み、お昼の時間となった。
「はい、浩之ちゃん。お弁当」
「まーくん、どうぞ召し上がれ」
さくらもあかりさんも、お目当てのペンギンとクマを堪能してご機嫌だ。
そんな二人を見ていると、こっちまで嬉しくなってくる。
「「おう、サンキュー」」
俺と浩之さんは弁当を受け取ると、ガツガツと勢い良く食べる。
今更、美味しいとか言う必要はない。
俺も浩之も、食べる勢いと箸を動かすスピードで二人に答えた。
そして……、
「「ふぅーー、ごっそさん」」
と、瞬く間に弁当を平らげ、箸を置いた。
さくらもあかりさんも、凄く嬉しそうな顔をしている。
「ふふ……何だか、浩之ちゃんと誠君って似てるね」
そう言いつつ、あかりさんは浩之にお茶の入ったコップを渡す。
「そうですね」
さくらも頷きながら、俺にお茶をくれた。
「「そーかぁ?」」
俺と浩之は同時に顔を見合わせる。
「うん。なんとなく雰囲気が……ね、さくらちゃん?」
「はい。わたしもそう思います」
ふーん……まあ、この二人が言うんじゃ、そうなのかもなぁ……。
昼メシを食べ終えた俺達は、しばらくその場でのんびりとしていた。
ま、いわゆる食休みってやつだ。
「あかねちゃんも一緒に来れれば良かったですね」
「ま、しょーがねーさ。他に用事があったんだから。
また今度、何かで埋め合わせすればいいよ」
「そうですね」
と、俺とさくらがそんな話をしていると……、
「ねえ、浩之ちゃん。今日のお弁当、どうだった?」
「おう。美味かったぞ。さすがあかりだな」
浩之とあかりさんの会話が聞こえてきた。
「へへー。今日は久しぶりのデートだから、頑張ったんだよ」
「そうかそうか。えらいえらい」
そう言って、浩之はあかりさんの頭をなでなでする。
頭を撫でられて、あかりさんは本当に嬉しそうだ。
何だか、俺があかねにやってるみたいだな。
……でも、何か違うぞ。
浩之の撫で方は、俺があかねにするそれとは何処か違う。
何だか、ペットでも撫でているような……。
そう。あかりさんが妙に犬チックに見えるんだ。
「よしよし。ほれ、お手」
「わん♪」
……んなっ!?
俺は一瞬、自分の目を疑った。
あかりさんが、差し出された浩之の手の上に、まるで犬の様に手をのせたのだ。
しかも、嬉しそうに。
その姿は、本当に浩之の飼い犬の様だ。
もし尻尾があったら、絶対に振ってるぞ。
「おかわり!」
「わわん♪」
……まだやってるし。
もしかして、次は『おすわり』か?
「アゴ!」
「きゅうん♪」
アゴォ!?
なんだそりゃ?
と、俺の内心のツッコミをよそに、
あかりさんは浩之の手に自分のアゴをのせて、
上目遣いに浩之を見ると、ちろっと舌を出して、いたずらっぽく微笑んでいる。
そして、そんなあかりさんのアゴを楽しそうに撫でる浩之。
……このカップル……変だ。
でも、ちょっと羨ましいかも……。
俺は隣にいるさくらを見た。
あ……目が点になって固まってるし……。
まあ、そりゃそうだよなぁ……。
「……なんか、ある意味凄かったですね?」
その後、無事にデートは終了し……、
浩之達と別れ、家に帰る途中で、さくらが言ってきた。
「ああ……あれか」
『あれ』とはもちろん、本人達いわく『犬チックごっこ』のことだ。
どうやらよくやっている事らしい。
「まあ、何も言うまい。それだけあの二人の仲が良いということだ」
「そうですね。仲が良くなかったら、あんな事できませんよね」
俺の言葉に納得するさくら。
……よし。やるぞ。
俺は実行する決意をした。
「……さくら」
「はい」
俺に呼び止められ、さくらは立ち止まる。
俺はさくらをジッと見つめる。
そして、『その言葉』を言った。
「お手」
すぱぁぁぁーーーーーんっ!!
間髪入れず、さくらのフライパン(どっから出した?)の一撃で、
俺は張り倒された。
「こんなところで、そんな恥ずかしいことできません!」
じゃあ『こんなところ』じゃなかったらいいのか、さくら。
と、俺は心の中でツッコむのだった。
……よーし、今度はあかねで試してみよっと♪
<おわり>
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