Ｈｅａｒｔ ｔｏ Ｈｅａｒｔ　外伝
　　　　　　　　痕　編

　　　「楓ちゃん観察日記　パート�U」

　この話は、俺達が夏休みの自由研究の為に隆山へ行き、
柏木家のお世話になっていた時の話だ。








　カタカタカタカタ……


　まだ比較的涼しい、ある日の午前中――

　俺は居間でノートパソコンと向かい合い、作業に没頭していた。
　例の自由研究用のレポートの編集をしているのだ。

　さくらとあかねとエリアの三人は出掛けていて、今はいない。

　この研究課題を進める上で、俺達は役割を分担したからだ。

　さくらとあかねは主に外を出歩いての情報収集。
　そして、俺はパソコンを使って、それらの情報をまとめ、編集する。

　……という感じでな。

　当初、さくら達は俺と一緒に出掛けたいと言って、この分担作業に反対していた。
　もちろん、俺もそうしたかったが、それだと、どうしても作業が遅くなってしまう。

　そうなる事だけは、出来るだけ避けたかった。

　何故なら、今、俺達は、この柏木家の厚意に甘えて、世話になっている身だ。
　課題の進行が遅れたら、当然、この家での滞在期間も長くなる。
　となれば、その分、柏木家のみんなに迷惑をかける事になってしまう。

　耕一さん達は気にする必要は無いって言ってたけど、
世話になっている俺達としては、長いことその言葉に甘えているわけにはいかない。

　だから、可能な限り、課題を早く終わらせる必要があり、
その為には、この方法がベストなのだ。

　遊ぶのは、いつだって出来る事だ。
　現に、今だって、午前中は研究の時間に充て、午後は初音ちゃん達と遊んでいる。

　だから、俺は分担作業を提案した。
　そして、そういった理由をさくら達に説明して、ちゃんと納得させた。

　――そう。
　本格的に、みんなで遊ぶのは、課題を終えてからでも遅くないのだ。

　というわけで、俺は、今日もこうして一人で編集作業をしているわけだ。


　カタカタカタカタ……


　耳に聞こえてくるのは、外から響いてくるセミの鳴き声と、俺がキーを叩く音だけ。
　それ以外の雑音は……無い。

　集中して作業を続けるには、とても良い環境だった。

　――この調子なら、今日はかなりはかどりそうだな。

　と、思っていたのだが……、


　ガララララララララーーーーーッ！！


　突然、耳障りな音がしたと同時に、
何かが俺の後ろを通り過ぎていった様な気配がした。

「――ん？」

　その音と気配に、俺は後ろを振り向くが、特に何も変わったものはない。

　見えるのは、開けられた障子の向こうの廊下と、
さらにその向こうにある風流な庭だけだ。

「……気のせいか？」

　何も無い事を確認した俺は、首を傾げつつ、パソコンに向き直り、
再び、キーホードの上で両手を踊らせる。

　そして、しばらく作業を続けていると、また……、


　ガララララララララーーーーーッ！！


　……さっきの音が聞こえてきた。
　どうやら、気のせいでは無いようだ。

「ったく、何なんだ？　うるせーなー」

　と、舌打ちしつつ、俺はもう一度後ろを振り返る。
　だが、さっきと同様、特に変わった事は無い。

「……おいおい、こんな昼間っから幽霊とか言うんじゃねーだろーな？」

　などと、馬鹿げたことを呟く俺。

　でも、鬼が住んでる屋敷なわけだし、そういう事が起こっても不思議じゃない。
　だとすると、今の音はラップ音ってやつか？

「まさか、な……」

　と、否定しつつも、内心、ちょっとビビッている俺。

　このまま無視し続けた方が無難なのだろうが、そこはやはり俺も人間。

　好奇心というか、怖いもの見たさというか……、
　どうしても、その音の正体を確かめてみたくなった。

「…………ゴクッ」

　固唾を呑み込み、恐る恐る、廊下から頭を覗かせる俺。

　と、その瞬間っ！！


　ガラララララーーーッ！！


「うおっ！！」


　『何か』が、俺の顔目掛けて、真っ直ぐに突っ込んで来た。
　俺は慌てて頭を引っ込めて、ギリギリでそれをかわす。


　ガララララララーーーーーーーーッ！！


　俺に突っ込んできたその『何か』は、
そのまま俺の目の前を横ぎり、廊下を走っていった。

「…………」

　今、何が通っていったんだ？
　一瞬だったから、よく分からなかったけど……、

　と、俺はもう一度廊下に顔を出し、
その『何か』が通り過ぎていった方向に目を向ける。

　……そして、俺は見た。
















　座布団に正座して
廊下を走る楓さんの姿をっ！！
















「…………」（大汗）


　そのあまりに不可思議かつ理解不能な光景に、俺は言葉を失ってしまう。

　……何をやってるんだ、あの人は？

　と、内心、呻きつつ、走り去っていく楓さんの背中を見つめる俺。

　しかし、あれって、どうやって動いてるんだ？
　楓さんが何かしているようには見えないし……、

　取り敢えず、座布団に座って走れ回るという奇行の理由については考えない事にして、
俺はその原理の方を考えてみる事にした。

　何となく関わっちゃいけないような気がひしひしとするが、
一度、好奇心を掻き立てられてしまうと、気になって仕方なのだ。

「う〜む……」

　と、顎に手を当てて、楓さんを観察する俺。

　座布団が走らせること事態は、簡単な事だ。
　多分、その下に車輪でもついているのだろう。

　現に、さっきからガラガラと鳴っているこの音。
　この音は、木貼りの廊下の上を車輪が転がる音に違いない。

　ただ、問題は……それを動かす為の動力だ。
　それが、どうしても分からない。

　何故なら……、


　ガララララララーーーーーーッ！！


　俺が観察を続ける中、座布団に座った楓さんは廊下の壁に突き当たった。
　すると、クルリと１８０度方向転換をして、こっちに戻って来る。

　その間、楓さんが何かをした素振りは全く無い。

　――そう。
　楓さんは、別に何もしていないのだ。

　手を床についているわけでもなく、足で床を蹴っているわけでもなく……、
　ただ、座布団に正座しているだけだ。

　それなのに、楓さんが座る座布団は、
一定のスピードを保ったまま、廊下を走っている。

　方向転換は……まあ、多少、疑問は残るが、体重移動ということで納得はできる。
　でも、動力についてだけは、皆目見当がつかない。

　もしかして、これも『鬼』の力の応用とでも言うのか？
　そんなのじゃ、全然、納得なんかできねーぞ。

　それだったら、『楓さんだから』の一言で片付けた方が、よっぽど納得できる。

　……ってゆーか、それが正しいのか？
　まさか、それが正解だとでも言うのか？

　と、俺が自問自答していると……、

「……誠君……邪魔」

　いつの間にか、走ってきた楓さんが俺の目の前でピタッと止まっていた。

　どうやら、居間から出している俺の頭が邪魔らしい。
　ボソリとそう言って、ジ〜ッと俺を見る。

「なあ……楓さん？」

「……何？」

「あんた……何やってんだ？」

「……遊んでるの」

　訊ねる俺に、楓さんはキッパリと言う。

　――遊んでたのか？
　もしかして、何か意味のある行動なのかも、って思ってたけど……、

「……そうか」

　……もう、この人の行動に関しては何も言うまい。
　考えるだけ、馬鹿馬鹿しいし……、

　と、妙に悟った気持ちになり、俺は楓さんの為に、
廊下に乗り出していた体を引っ込め、場所を空ける。

　正直、その座布団の動力について訊ねてみたくもあったが、止めておいた。
　絶対に、怖い答えが返ってきそうだったから……、

「楽しいか？」

　と、何となく訊ねてみる俺。
　その問いに、楓さんは当たり前の事を言うように即答する。

「……楽しい」

「…………」

　……頭、痛い。
　何かもう、すっごく頭痛い。

「……誠君も乗ってみる？」

　――乗ってみたい。

　一瞬、そんな誘惑に心が揺れたが、これ以上、関わり合いになるのは危険だと判断し、
俺は楓さんの誘いを丁重に断ることにした。

「いえ……結構です」

「……そう」

　楓さん、ちょっと残念そうな顔してたけど……仕方無いような。
　俺はまだ、常識に世界に未練があるんだよ。

「じゃ、じゃあ、俺……まだ、やる事あるから……」

「……頑張って」

「あ、ああ……」

　楓さんの言葉に頷き、俺は障子を閉める。
　そして、気を取り直して、ノートパソコンの前に座った。

　……忘れよう。
　今、あった出来事は、全部、忘れよう。

　自分にそう言い聞かせつつ、俺はルーティンワークを再開する。

　しかし……、








　ガララララララーーーーーーッ！！


　ガララララララーーーーーーッ！！


　ガララララララーーーーーーッ！！








「…………」（汗）


　……い、いかん。
　集中だ……集中……、








　ガララララララーーーーーーッ！！


　ガララララララーーーーーーッ！！


　ガララララララーーーーーーッ！！








「…………」（汗）








　ガララララララーーーーーーッ！！


　ガララララララーーーーーーッ！！


　ガララララララーーーーーーッ！！








「…………」（汗）








　ガララララララーーーーーーッ！！


　ガララララララーーーーーーッ！！


　ガララララララーーーーーーッ！！
















「あああああーーーーっ！！
気になるぅぅぅーーーーっ！！」
















　で、結局――

　……俺は、誘惑に負けた。

　ううう……、
　親父、母さん……、

　……俺、もう普通じゃなくなっちまったよ。

　だってさ……、
















　――ちょっとだけ、楽しかったんだよ。（泣）








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