Heart to Heart 外伝
        痕 編

   番外編 その5 「柏木 千鶴」







「ただいまー」

 いつもより早くに仕事を終える事ができた私は、
軽い足取りで玄関の敷居を跨ぎました。

 腕時計を見てみると、なんと、まだ午後二時ですっ!

 いつもなら帰りは夕方頃になるのに……、
 本当に今日は早いですね。

 うふふ……♪
 これで、今日は耕一さんと、いつもよりも長く過ごせますね〜♪

 ……はい?
 何故、鶴来屋の会長であるわたしが、そんなに早く帰って来れたのか、ですか?

 それはですね……全部、足立さんのおかげなんですよ。
 耕一が帰って来ている事を知った足立さんが、気をきかせてくれたんです。

 本当に、足立さんにはいつもいつもお世話になりっぱなしです。
 いつか、このご恩は、何らかの形でお返ししなければなりませんね。

 と、足立さんの厚意に感謝しつつ、
愛しい耕一さん(きゃっ☆)の待つ我が家へと帰って来たのですが……、

「…………?」

 玄関に入り、ただいまを言ったのに、まったく反応がありません。
 いつもなら、誰かが出迎えてくれるんですけど……、

 もしかして、誰もいないのかしら?

 だとしたら、玄関の鍵をかけ忘れるなんて、
後でちゃんとあの子達に言っておかなくちゃいけないわね。

 と、一人呟きつつ、私は靴を脱ぎ、家の中へと入る。
 そして、取り敢えず冷たい麦茶でも飲もうと、台所へ向かう途中……、


 
カタカタカタカタ……


 居間からパソコンのキーを叩く音が聞こえてきました。
 ここ数日間で、すっかり聞き慣れてしまった音です。

「……誠君、居たんですか?」

 と、言いつつ、私は居間の中を覗きこむ。
 そこには予想通り、ノートパソコンを前に作業に没頭している誠君の姿がありました。

「あ、お帰りなさい、千鶴さん」

 私の声に気付き、誠君はキーを叩く手を止めて、私の方を振り向きます。
 そして、もう旧知の仲の様な親しみを込めた笑顔で出迎えてくれました。

 ――何故でしょうね?
 まだ会ってから数日しか経っていないのに、もうこんなに打ち解けています。

 もちろん、エリアさんのことや、ガディム事件という共通点、
それに柏木家の鬼の秘密を知っているから、という理由もありますが……、

 それ以上に、彼の親しみやすさが、一番の理由でしょうね。
 彼の邪気の無い笑顔に、ついつい心を許してしまいます。

 だから、私は、何の警戒もする事も無く……、

「はい。ただいま帰りました♪」

 ……と、誠君に微笑み返します。

「今日は早かったんですね?」

「はい。会長と言っても、実質、鶴来屋を動かしているのは職員の皆さんですから。
私自身はそんなに忙しく無いんですよ」

 当然のことながら、そんな事は無いんですけど、
別に本当の事を言う必要は無いだろうと、適当に誤魔化す私。

 ですが、すぐさま誠君にツッコまれてしまいました。

「ふ〜ん……とかなんとか言って、実は耕一さん恋しさに、
部下に仕事を押し付けてきた、とかじゃないでしょうね?」


 
う゛っ!!!


 誠君の鋭い指摘に、私は内心言葉に詰まる。

 そういえば、忘れていました。
 誠君って、何気に勘が働くんですよね。

 た、確かに、見方を変えれば誠君の言う通りなんでしょうけど、
今回は足立さんが自分から引き受けてくれたんですっ!

 ええっ! そうですともっ! 
今回はっ!!

「……ま、いいですけどね。それにしても耕一さんは幸せ者だよなぁ。
隆山一と噂される美人四姉妹にこんなに慕われてるわけだし」

 と、そう言いつつ、誠君は作業を再開します。

 誠君……それはあなたにも言える事なんじゃないですか?
 あんなに可愛い恋人が三人もいるんですから。

 それに、エリアちゃんから聞いた話では、
あのデュラル家のフランソワーズちゃんとも仲が良いみたいですし……、

 本人は、全然自覚してないんでしょうけどね。
 まさに、
天然というものでしょうか?

 もしかしたら、その辺のところは浩之君以上かもしれません。
 出来れば、その調子で梓達も惹きつけてくれると、私としても助かるんですけど……、

 その隙を狙って、私は耕一さんと…………うふふふ♪

 そんな事を考えつつ、私はパソコンを操る誠君の手つきを眺めます。

 誠君達が我が家に来てから、もう何度か見ている事なんですけど、
キーボードの上を、まるで滑るかのように動く両手さばきは、
鮮やかとしか言い様がありません。

 私も、仕事柄、パソコンは使いますが、さすがにここまでは扱えませんね。
 間違いなく、鶴来屋の職員全員と比較しても、誠君の方が遥かに上です。

 何せ、コンピューターにトラブルが起こったりしたら、
全職員がお手上げな状況ですから。

 幸い、今のところ、そんな事態にはなっていませんが……、

 こんな子が、ウチにも居てくれた助かるんですけどね。

 ……勧誘してみようかしら?
 例えば……そうですね、私の秘書なんてどうでしょう?

 ああ……でも、やはり鶴来屋の会長の座は、いつかは耕一さんが継ぐべきです。
 そうなれば、当然、耕一さんの秘書は、このわ・た・し♪

 あ、でもでも、普通の主婦にもなってみたいし……、
 私は会長のままで耕一さんが秘書というのも捨て難い……、

 うふ♪ うふ♪ うふふふふふふふ……♪

「あ、あの〜……千鶴さん?」

 会長権限で、耕一さんにあ〜んな事を要求したり〜……♪

「お〜い……もしも〜し?」

 ましてや、会長室で……あ〜ん♪ ちーちゃん、恥ずかしい♪

「…………」

 うふふふふふふふ……♪
 もう、耕一さんのえっち〜〜〜〜〜♪

「…………
貧乳」(ボソッ)


 
げしっ!!


「誠君……何か言いましたか?」

「……ちゃんと聞こえてるんじゃないですか」(泣)

「質問に答えてくださいね♪
今、とっても聞き捨てならない単語が聞こえたんですけど?」

「すいません。謝ります。許してください。
だから、早く、俺の頭を踏みつけているその足をどけてくれると非常に助かります」

「あらまあ?」

 誠君の言葉に、私はようやく気が付きました。
 いつの間にか、床に倒れ、畳に顔をメリ込ませた誠君の頭の上に、
自分の足が乗っていることに。

「まあ、誠君ったら、いつの間に私の足の下に移動したんです?」

「ううっ……何て偽善チックなお言葉……」

「…………」

 誠君ったら、ちゃんと自分の状況を把握してから発言した方が良いですよ。
 そんなこと言われたら……、


 
ぐりぐりぐりぐり……


 ……こんな事をしたくなっちゃうじゃないですか♪

「ああっー!! すみませんーーーーーっ!
もう言いませんから、捻りを加えないでぇぇぇぇーーーっ!!」

「分かれぱ良いんですよ♪ 子供は素直が一番です♪」

 私の
優しいお説教で、よくやく誠君は反省してくれたので、
私はゆっくりと誠君の頭の上から足をどけました。

 そして、私は当初の予定通りに台所に行くと、
冷蔵庫の中から麦茶の入ったペットボトルを取り出し、麦茶をコップに潅ぐ。

 麦茶を淹れたコップを持ったまま居間へと戻り、
ちゃぶ台を挟んだ誠君の正面に座ってから、麦茶を一口飲む。

「それで、他のみんなは何処に行ったんです?」

「うわっ、何事も無かったかりように話進めてるし……」

 と、苦笑しつつ、誠君は梓達が何処に行ったのかを話してくれました。

 耕一さんは、初音と一緒に夕飯の買い出し……、
 梓は例によって部活……、
 あかねちゃんとエリアちゃんは、お土産を買いにお出掛け……、

 そして、さくらちゃんは、楓に案内され、自由課題の資料用として、
鬼の伝承に縁のあるお寺と、そこにある次朗衛門の刀の写真を撮りに行ったそうです。

「……で、誠君は、例によって課題の編集作業ですか?」

「はい。そういうわけです」

 私の言葉に、キーを叩きながら頷く誠君。

「まったく、あの子達ったら、お客様である誠君に留守番させるなんて……」

「確かに……ちょっと無用心ですよね。他人の俺に家を任せてるわけですから」

「そういう意味で言ったわけじゃないんですけどね」

 と、お互い苦笑しつつ、軽く肩を竦める。

 そして、誠君は再び無言で作業に集中し始め、
私は邪魔にならないようにのんびりとくつろぎます。

 そういえば、誠君達は、鬼の伝承について、どういうふうにレポートを書くつもりなんでしょう?

 エリアちゃんとは知り合いですし、ガディム事件のこともある程度は知っているということで、
私たち柏木家が鬼の末裔である事は、すでに話してあります。

 まさか、その事まで書いたりはしないですよね?

 昨夜、耕一さんが誠君達のレポートを読ませてもらっていました。
 確か、その時、耕一さんは……、

『由美子さんとだいたい同じ解釈か……まあ、普通はそう考えるよな』

 ……と、呟いていたのを、覚えています。

 まあ、耕一さんが何も言わなかったなら大丈夫なんでしょうけど……、

 そんな事を考えつつ、私は麦茶を飲み干しました。
 と、それと同時に……、


 
ぐぅぅぅぅぅ〜〜〜〜……


 誠君のお腹が、凄い音をたてました。

「あう……」

 お腹を押さえて、何ともバツが悪そうな顔をする誠君。
 そんな誠君の顔が、ちょっと可笑しくて、私は思わず笑みをこぼしてしまいます。

「あらあら……もしかして、お昼ご飯、まだ食べて無いんですか?」

 私がそう訊ねると、誠君は力無く頷きます。

「はい。梓さん以外は、みんな、お昼までには帰って来るって言ってたから、
それまで我慢するつもりだったんですけど……」

「いつまで経っても、誰も帰ってこない、というわけですか?」

「…………はい」

 それだけ言って、誠君はバッタリとちゃぶ台に突っ伏します。
 どうやら、空腹が限界に達しつつあるようです。

 さて……どうしたものでしょう?
 誠君にとって、空腹というのは地獄の苦しみに違いありません。

 そして、今、それを救う事ができるのは……私だけなんですよね?
 となれば……やっぱり……、

「誠君……
私が何か作りましょうか♪


 
ガバッ!!


「是非、お願いしますっ!!」


 私の提案と同時に、誠君は勢い良く起き上がりました。

「そうですか? それでは、ちょっと待っててくださいね♪」

 誠君の答えに満足しつつ、私はいそいそと台所へ向かいます。

 うふふふ♪
 これは、まさしくチャンスです。
 何故なら、家に誰もいない今、私が台所に入るのを邪魔する人はいませんからね。

 ああ……久し振りに、お料理ができますね。

「千鶴さんの料理か〜……梓さんのがあれだけ美味いんだから、
きっと千鶴さんはのもっと美味いんだろうな〜♪」

 お料理の準備をする私耳に、
居間で待つ誠君の鼻歌混じりの声が飛び込んできます。

 私のお料理をあんなに期待してくれているなんて……、
 ここは、何としてもその期待に応えなくてはいけませんねっ!

「よしっ!!」

 エプロンを着けた私は、包丁を持ち、軽く気合いを入れると、
目の前に並べた食材をキッと見詰める。

 作るのは
キノコのリゾット!!

 さあっ!! 頑張りますよっ!!
















「……どうですか?」

 それからしばらくして……、

 私の目の前には、私が作ったリゾットを勢い良く掻き込む誠君の姿があります。
 そんな誠君の姿を見つつ、私は彼に訊ねました。

「……ふぁい?」

 私の問いに、誠君は口の中をいっぱいにしたまま、
キョトンとした顔で首を傾げます。

「こういう時は感想を言うものですよ」

「ほひほん……」

 私の言いたい事を理解したのでしょう。
 誠君は、口の中のものを飲み込んでから答えます。

「もぐもぐ……んぐっ……もちろん、美味しいですよ。
それにしても、梓さんといい千鶴さんといい、姉妹揃って料理が上手なんですか?
もしそうなら、今度は楓さんや初音ちゃんの料理も食べてみたいな〜♪」

 と、言いつつ、幸せそうにリゾットを食べる誠君。

「うふふ♪ そんなこと言ってると、さくらちゃん達に怒られちゃいますよ?」

「……それもそうですね」

 と、私の言葉に肩を竦め、苦笑する誠君。
 そして、最後の一口を頬張ろうとした、その時……、

「「ただいまー」」

 ……玄関から耕一さんと初音の声が聞こえてきました。
 どうやら、ようやく帰ってきたみたいです。

 お昼には帰ってくるって言ってたのに……二時間の遅刻ですね。

 一体、二人で何をしていたのでしょう?
 初音が抜け駆けをするとは思えませんけど……、

 と、私がそんな事を考えているうちに、
耕一さん達はトタトタと小走りで居間へとやって来ます。

「ごめんね、誠君! 福引で並んでたら遅くなっちゃった!」

「おーい、誠! 餓死してないか〜?
もし生きてるなら、福引で当てたお米券を進呈してやるから勘弁しろよ〜」

 と、少し慌てた様子で居間に顔を出す耕一さんと初音。

 なるほど……商店街で福引をやっていて、
それに並んでいる間に時間が過ぎてしまった、というわけですか。

 どうやら、私達に内緒で二人で……な事をしていたわけじゃないみたいですね。
 ちょっと安心しました。

 それにしても、耕一さん……餓死だなんて……、
 誠君の場合、それ、凄くありそうですから、そういう事は言っちゃダメですよ。

「ちょっと待っててね。すぐにお昼ご飯作るから」

 そう言って、初音はエプロンをつけ始める。
 が、それを制止する誠君。

「初音ちゃん、ごめん。もう千鶴さんに作ってもらったから……」

 と、ちょっと申し訳なさそうに言う誠君。
 誠君のその言葉に安堵する耕一さんと初音。

「あ、そうなの?」

「へ〜、千鶴さんにね〜……って……」





 と、二人はいきなり大声を上げると、大慌てで誠君に詰め寄る。

「ま、誠っ!! お前、千鶴さんの料理を食ったのかっ!?」

「あ、ああ……ほら、それ……」

 耕一さんに訊ねられ、誠君はちゃぶ台の上にある空になった食器を指差す。
 それを見て、真っ青になる耕一さんと初音。

「ぜ、全部って……
致死量じゃねーかっ!!」

「た、大変っ! 早く救急車っ!」

 混乱した様子で、あたふたと部屋の中を駆け回る二人。

 こ、耕一さん……致死量って……、
 何気に、失礼なこと言ってませんか?

「あ、あのさ……二人とも、何が言いたいのかよく分かんねーけど、
美味かったぜ……千鶴さんの
キノコのリゾット

 誠君のその一言に、二人はピタッと動きを止める。

「キ、キノコの……」

「……リゾット?」

 そして、ギギギィ〜ッと首を回して、二人は私の方を見る。

「キノコって……?」

「……千鶴さん……まさか、セイカクハンテンダケを使ったんですか?!」

「はい。リゾットを作るのに、キノコが無かったんです。
ですから、庭からチョイチョイっと……」

「キノコが無かったからって、あんなもの使わないでくださいよ!
前に、あれのせいで大変な事になったのは覚えてるでしょう!」

「だ、だって、庭に生えている他のよく分からない物を使うよりも、
最初から効果が分かっている物を使った方がまだマシじゃないですか」

「庭に生えているものを使うの事がそもそも間違ってますっ!」

「大丈夫ですよ。誠君なら、多分、何を食べても平気ですから。
事実、特に変化は見られないじゃないですか」

「そういう問題じゃないぃぃぃぃぃぃぃーーーーーっ!!」

 何故か絶叫しつつ悶え苦しむ耕一さん。

 私……何か間違ったことしたでしょうか?
 あのキノコなら、対応策はすでに分かっているわけですから、
他のキノコを使うよりは、遥かに安全だと思ったんですけど……、

「ちょっ、ちょっと……千鶴さん?
セイカクハンテンダケって……一体、俺に何を食わせたんですか?」

「あ、それはですね……」

 と、私が例のキノコについて説明しようとした、その時……、


「ふぇぇぇぇ〜〜〜んっ!!
まーくぅぅぅぅ〜〜〜〜んっ!!」



 いつの間に帰って来ていたのでしょう。
 突然、さくらちゃんが居間に飛び込んできました。

 しかも、大声で泣きながら……、

「ふえ〜〜〜ん! まーくん、怖かったですぅ〜」(泣)

 誠君の胸に顔を埋め、泣きじゃくるさくらちゃん。
 そんなさくらちゃんのただ事で無い様子に、
私達はさっきまでの事も忘れて、真剣な表情になります。

 と、そこへ……、

「……ただいま」

 さくらちゃんと一緒に出掛けていた楓が姿を現しました。

「楓ちゃんっ! 一体、何があったんだ?!」

 すぐさま、楓の肩を掴んで訊ねる耕一さん。
 そんな興奮気味の耕一さんとは対照的に、楓は落ち着き払った口調で言います。

「……柳川さんに襲われたんです」

「柳川だって!?」

 楓の言葉に、驚愕する耕一さん。

 驚いたのは私も同じです。

 ガディム事件以来、柳川さんはすっかり大人しくなっていました。
 ですから、もう改心したものだとばかり思っていたのですが……、

 どうやら、また鬼の力を制御できなくなってしまったのでしょう。
 そして、本能の赴くままに、楓とさくらちゃんに襲い掛かった。

 何とか、二人とも無事に逃げて来れたようですが、
だからと言って、彼を放っておくわけにはいきません。

 となれば、私達の出番ですねっ!!

「あの野郎っ!! 最近、大人しくしていから、すっかり油断してたっ!
まさか、さくらちゃんに襲い掛かるなんてっ!!」

「耕一さんっ! いきましょうっ!! 早くしなければ次の犠牲者が……」

 と、怒りをあらわに、鬼の力を解放する私と耕一さん。
 ですが、楓が相変わらずの落ち着いた口調で、私達を制止します。

「二人とも、落ち着いて。
柳川さんなら、もうさくらちゃんがやっつけましたから」

「「――はい?」

 その言葉に、私と耕一さんは固まってしまいました。
 驚きのあまり、解放していた鬼の力が抜けていきます。

 え、ええと……、
 今、楓は何て言ったのでしょう?

 私は、もう一度、楓の言葉を思い出してみる。








 ……やっつけた?
 さくらちゃんが……あの柳川さんを……?
















 
……ちょっと待ってくださいっ!!


 
相手は鬼なんですよっ!!
 
エルクゥなんですよっ!!
 
耕一さんの次に強いんですよっ!!


 
その柳川さんを、
普通の人間のさくらちゃんが

やっつけたですって!?
















「そ、それ……ホントなのか?」

 信じられないといった口調で、楓に訊ねる耕一さん。
 その問いに、楓はハッキリと頷く。

「はい。本当です。
そうでなければ、わたし達が無事に帰って来れるわけがありませんから」

 楓の言葉に、納得する私達。

 確かに、いくら楓にも多少は鬼の力があるとはいえ、
さくらちゃんを連れたままの状態で、あの柳川さんからそう簡単に逃げられるとは思えません。

 だとしたら、楓の言っている事は、全て真実なのでしょう。

「そ、それで……柳川はどうしたんだ?」

「……はい。首だけ出して海岸に埋めてきました」

「う、埋めてって……」(汗)

「……あと、ついでに、埋めた柳川さんの側に、
『この男は変質者です。お好きなように殺してください』って書いた立て札も立ててきました」

「あ……そ、そうなの……」(大汗)

「は、ははは……」(大汗)

 平然と言う楓の言葉に、乾いた笑みを浮かべる私達。
 そして、ゆっくりとさくらちゃんへと視線を戻す。

「まーくん、まーくん、まーくぅぅぅぅ〜〜〜〜ん……」

 未だに、誠君の胸の中で泣き続けるさくらちゃん。

 どう見ても、そんなに強いとは思えないんですけど……、
 それ以前に、この子、本当に普通の人間なんでしょうか?

 と、疑問に思う私達をよそに、さくらちゃんは泣き続けます。

 誠君は、そんなさくらちゃんを慰めるかのように、ギュッと抱きしめると……、

「よしよし、もう安心だからな」

 ……そう言って、さくらちゃんの頭を優しく撫でた後、
突然、ヒョイッとさくらちゃんの体を両腕で抱き上げてしまいました。

 そして……、

「怖かっただろ? 今からたっぷりと慰めてやるから♪」

「――え?」

 誠君の思わぬ発言に、泣くのも忘れてキョトンとするさくらちゃん。
 そんなさくらちゃんに、誠君は不意打ち気味に……、


 
――ちゅっ☆





 唐突に、あまりに唐突に、さくらちゃんと唇を重ねる誠君。

 わ、私達が目の前にいるのに、何て大胆な……、

 さすがのさくらちゃんも、私達が見ている前でキスするのは恥ずかしいのでしょう。
 真っ赤な顔をして、誠君に抵抗を試みる。

 でも、そんなさくらちゃんの理性も五秒で陥落。

 恥ずかしさに染まっていた顔は、うっとりとしたものになり、
両腕を誠君の首に絡め、積極的に誠君の唇を求め始めてしまいました。

「………ま、誠?」(汗)

「さ、さくらちゃん……?」(汗)

 目の前で繰り広げられる濃厚なキスシーンに、唖然とする私と耕一さん。

「…………」(ポッ☆)

 対照的に、頬を赤く染めつつも、その光景を興味津々といった表情で見つめる楓。

 そして、初音は……、

「さ、さくらちゃんも誠君も……、
そういう事はお部屋でした方が良いと思うよぉぉぉぉーーーーっ!!」

 ……と、悲鳴を上げつつ走り去ってい。

 ……じゃあ、部屋なら良いのかしら?

 という、私の内心のツッコミをよそに、ようやく誠君達の唇が離れる。
 そして、誠君は初音が走り去っていた方を見て……、

「なるほど……確かに、初音ちゃんの言う通りだよな。
じゃあ、続きは部屋で……な?」

「つ、続きって…………は、はい」(ポポッ☆)

 すっかりトロ〜ンとした顔になってしまっているさくらちゃんは、
『続き』という言葉を聞き、ギュッと誠君にしがみ付きました。

 そんなさくらちゃんの頭を優しく撫で、
誠君は、彼女を抱き上げたままスタスタと家の奥へと戻っていきます。

「お、おいおいおい……」

 誠君の思わぬ行動に、私達は慌てて彼らの追い駆けます。
 そして、誠君は耕一さんの部屋の前に立ち止まりました。

「耕一さん、ちょっと部屋、借りますね」

「あ、ああ……」

 誠君の言葉に、つい反射的に頷いてしまう耕一さん。
 それを確認すると、誠君はそそくさと耕一さんの部屋に入り、
ピシャリッと障子を閉めてしまいました。

「…………」

「…………」

「…………」

 その光景を、ただただ呆然と見送る私達。

「ど、どういう事なんだ?
いくらなんでも、誠らしくない行動だぞ?」

「も、もしかして……、
セイカクハンテンダケのせいで、食欲と性欲が反転してしまったんじゃ……」

「あ、ありえる……」

 と、顔を見合わせる私と耕一さん。
 そして、障子の隙間からちゃっかり中を覗いている楓。





「さくら……綺麗だよ……」


「ああ……まーくん……ふあっ……ああん♪」





 ……あ。
 障子の向こうから、さくらちゃんの甘い声が聞こえてきました。

 その声に、ドキドキしながら、
私と耕一さんは再び顔を見合わせます。

 そして……、

「……ど、どうしよう?」

「さ、さあ……」

 耕一さんの呟きに、私は引きつった笑みを浮かべ、
首を傾げることしかできませんでした。
















 その後――

 我に返った私が、慌てて部屋に乱入し、
当身で誠君の気を失わせたから、ギリギリで事無きを得ました。

 ……冗談抜きで、危なかったんですよ。

 私が部屋に入ったら、二人とも、もう下着姿で抱き合ってましたし……、
 さくらちゃんなんか、もうすっかりその気になっちゃってましたし……、
 帰って来てその光景を見たあかねちゃんとエリアちゃんまで、誠君に迫り始めますし……、

 ……ホントに、落ち着かせるのにひと苦労でした。

 で、それから数日後――

 無事、レポートを完成させた誠君達は、たくさんのお土産を持って帰っていったんですけど、
その時、さくらちゃんがこっそりとあのキノコを持っていくのを、私は見ました。

 一体、何に使うつもりなんでしょう?
 だいたい想像は来ますけど……、
















 あ、そういえば……、

 あれから、柳川さんは、どうなってしまったんでしょう?
 確か、あの海岸って、夕方になると潮が満ちてくるんですけど……、

 ……まあ、別に気にする必要はないですよね?








<おわり>
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