Heart to Heart 外伝
        痕 編

   番外編 その3 「柏木 梓」







「あるくな〜ら〜〜♪ ここで〜い〜い〜〜よ〜〜♪
さびし〜さ〜も、ときど〜き〜は〜、やりき〜れな〜いけど〜♪」



「きずつ〜け〜て〜〜♪ しまうこ〜と〜〜も〜〜♪
きずつ〜いて〜、さらけだすこと〜もな〜いから〜〜♪」



 夕方――

 あたしは、さくらとあかねに手伝ってもらいながら、夕飯の準備をしていた。

 本来、お客である二人に手伝わせるわけにはいかないんだけど、
我が家に楓と誠がいる以上、どうしてもあたし一人では対処できないのだ。

 なにせ、二人とも非常識なまでの底無し胃袋だ。
 料理がいくらあっても足りはしない。

 まあ、あれだけ美味しそうに食べてもらえれば、
作る側としても作り甲斐があるんだけどさ。

 でも、この作る量の多さは何とかして欲しい。
 なにせ、毎日のように冷蔵庫の中身はカラッポになるからね。

 だから、今までは三日に一度だった大買い出しが、
誠達が来てからというもの、毎日になってしまっている。

 おかげで、ここ数日の我が家のエンゲル係数は急上昇中だ。

 幸い、我が家の家長は鶴来屋の会長だから、
よっぽどの事でもない限り金に困ることはないんだけどさ。

 それはともかく、あの二人の食べる量に対応するには、
あたし一人だけじゃどうにもならない。

 というわけで、さくらとあかねは貴重な戦力として台所に立ってもらっているわけだ。

 まあ、それはいいんだけど……、


「ほし〜いも〜〜の〜〜の〜〜♪
か〜たち〜はなにも〜ない〜〜けど♪」


「さいごの〜うちゅう、こわして〜いま、あ〜し〜たへ〜〜〜〜♪」


 ……料理しながら、妙な歌を
大熱唱するのは止めて欲しいんだよねぇ。

 あたしも、たまに鼻歌唄いながら料理することあるけど、
よくもまあ、あんなに気持ち良く唄いながら料理できるもんだよなぁ。

 と、半ば感心つつ、あたしがジャガイモの皮を向いていると……、

「ごめんくださ〜い」

 玄関の方から、聞き覚えのある声がした。

 一瞬、買い出しに行ってもらった耕一と初音と楓が帰ってきたのかと思ったが、
よく考えたら、あいつらが『ごめんください』なんて言うわけがない。

 ……ってことは、客かな?

 でも、さっきの声……妙に記憶の済みに引っ掛かるんだよな。
 一体、誰なんだろ?

 と、あたしが首を傾げていると……、

「あっ! この声は……」

「エリアさんだね♪」

 その声を聞き、さくらとあかねは顔をパッと輝かせ、パタパタと玄関へ走っていく。

「へえ〜、例の誠の三人目の恋人か?」

 そういえば、用事があって一緒に来れなかったって言ってたっけ。
 どうやら、その用事も終わって、ようやくご到着ってところかな?

 と、誠達が言っていた事を思い出しつつ、
あたしも濡れた手をエプロンで拭きながら玄関へと向かう。

 ……『エリア』か。
 一体、どんな子なんだろう?

 あたし達の場合、『エリア』と聞くと、どうしても『彼女』を連想してしまう。

 以前、ガディム事件の時に出会った異世界の魔法少女。
 名前を『エリア・ノース』――

 誠達から、その『エリア』という名前を聞いた時は、
一瞬、あたし達の知っているエリアかと思ったけど、まさかそんな事があるわけがない。

 あの子は異世界の住人なんだから、
こちらの世界にいるわけがないのだ。

 ましてや、誠の恋人だなんて……、
 いくらなんでも、そんな偶然があるわけがない。

 と、そんな事を考えている内に、あたしは玄関へと到着する。

「いらっしゃ……って、
ああーーーーーっ!!

 そして、そこに立っていた人物を見て、あたしは目を剥いた。

 あたしは、自分の目を疑った。
 何度も何度も目を擦って、目の前にいる『彼女』をまじまじと見つめた。

 間違い無い。
 幻なんかじゃない。
 他人の空似でもない。

 『彼女』は、確かにそこにいて……、

 そして、あたしの顔を見て、にっこり微笑み……、

「お久し振りです、梓さん」

 と、ペコリと丁寧におじぎをした。








「エ、エリアッ!?
あんた、何でここにいるの!?」

















「なるほどねぇ……そんな事があったんだ」

 突然の再会に驚いたものの、何とか落ち着きを取り戻したあたしは、
居間でお茶を飲みつつ、さくら達から事情を聞いた。

 あたしには悪魔召喚プログラムとか、そういうややこしいことはよく分からないけど、
どうやら随分と色々あったみたいだね。

 それにしても……、

「とんでもない奴ね、誠は……」

 まったく、さくらやあかねだけじゃなく、エリアまで……、
 まあ、本人達の問題だから、敢えて何も言わないでおこうと思ってたけど、
やっぱり、ひと言だけでも言っておく必要があるかも。

 この子達を見てると、何故か妙に納得できちゃうんだけど、
常識的に考えると、男一人に恋人三人ってのは絶対おかしいよ。

 誠にも、そしてこの子達にも、その辺のところをちゃんと注意してあげるべきだよな。
 年上として、そして、友達として、ね。

 そう思いつつ、指で眉間のシワを揉み解していると……、

「あっ! そういえば、誠さんは何処に居るんですか?」

 と、エリアは誠の姿を探してキョロキョロと周囲を見回し始める。

「まーくんなら、耕一さんのお部屋で研究資料の編集と、
レポートのまとめをしてますよ」

「なるべく早く終われるように頑張ってるみたいから邪魔しちゃダメだよ」

「そうなんですか? それでは、たくさんお夕飯作って待ってましょうね♪」

「「は〜い♪」」

 何やら、誠のことでとっても楽しげに話をするさくら達。

 そんな三人の様子に、あたしは何となく自分の負けを悟った。

 ったく、誠のこと話すだけで、あんなに幸せそうな顔しちゃって……、
 ヘンにやきもきしてたあたしが馬鹿みたいじゃない。

 はいはい、ご馳走様。
 もう好きにしてちょうだい。

 あんた達のことは、もう誰も邪魔したりしないからね。
 ってゆーか、誰にも邪魔させないよ、このあたしが。

 こうなったら、とことん応援してあげる。
 だから、絶対に幸せになりなさいよね。

 と、あたしがさくら達を苦笑しながら眺めていると……、

「こんばんわー♪」

 またもや、玄関から客の声が飛んできた。
 しかも、また聞き覚えのある声だ。

 こ、この声は……っ!!

 その玄関からの声を聞いた瞬間、
あたしの中で警戒音が高々と鳴り響く。


「あずさせんぷぁ〜い♪ 遊びにきました〜♪」


「――っ!!!」


 その甘ったるい声に、あたしの全身に鳥肌が立つ。

 ま、間違い無い……この声は……、

「あら? お客様みたいですね?」

 と、何も知らないさくらは、スックと立ち上がり、
『あいつ』を出迎えようと玄関へと向かう。

「ちょっ、ちょっと待った、さくらっ!!」

 あたしが慌てて引き止めると、
さくらはキョトンとした顔で小首を傾げる。

「はい? 何ですか? お客様が来たんですから、
早くお出迎えしないと……」

「あ、あのさ、出迎えるのは別に良いけど、
あたしは居ないってことにしといて、お願いっ!」

 と、あたしはパンッと両手を合わせて、さくらに頭を下げた。

「はあ……でも、どうやら梓さんのお友達のようですけど、
本当にいいんですか?」

「いいのっ!! とにかく、あたしは居ないんだからね!
そう言って、あの子にはサッサと帰ってもらってっ!」

「でも、梓さん……もう遅いみたいだよ?」

「――えっ?!」

 あかねの言葉に、あたしはハッ後ろを振り向いた。

 多分、勝手に上がり込んできたのだろう。
 そこには、あたしの後輩の『日吉 かおり』が立っていて……、





「あっずっさせんぷぁ〜いっ♪」


「ぅどわぁぁーーーーっ!!」





 あたしを見るや否や、いきなり跳び付いてきた。

「ああ〜ん♪ あずさせんぷぁ〜い、会いたかったですぅ♪」

 あたしが逃げられないように両腕をガッチリと背中に回し、
かおりはあたしに体を摺り寄せ、さらには、顔をあたしの胸に埋めてくる。

「だあああああああーーーーーーっ!!
さっきまで一緒に部活やってたでしょうがぁぁぁぁーーーーーっ!!」

 あたしはかおりの頭を掴み、何とか引き離そうとグイグイと押し返す。
 しかし、何故か、こういう時のかおりの力は圧倒的で、
どうしてもその腕を振り解くことができない。

「うふふふ♪ あ・ず・さ・せ・ん・ぱ〜〜〜〜い♪」

 うっとりとした表情で、あたしに抱きついてくるかおり。
 それから逃れようと必死に抵抗するあたし。

 そんにあたし達の様子を見て、さくら達は……、

「まあ、とっても仲がよろしいんですねぇ〜」

「そうですねぇ」

「えへへ♪ なっかよっしなっかよっし♪」

 と、のんきにお茶を啜っていたりする。

 そ、そうか……この子達はかおりのこと知らないから……、

 となると、さくら達の助けはあてにならないわね。
 何とか、自力で逃れるしかない。

「あ、あのさ、かおり……見ての通り、今はお客さん来てるし、
それに夕飯の準備しなきゃいけないから、今日のところは……」

 と、適当な理由をつけて、かおりを帰そうとするあたし。
 しかし、さくら達が……、

「あら、大丈夫ですよ。私達のことはお構いなく」

「お夕飯の準備はわたし達がやっておきますから……」

「梓さん達はお部屋で遊んでてもいいよ」

 と、余計なことをにこやかに言ってくれやがった。

 まあ、多分、さくら達にしてみれば、あたし達に気をきかせてくれたんだろうけど……、
 うううう……あんた達はかおりの本性を知らないから、そんな事が言えるんだっ!

「そうですかぁ? それじゃあ、失礼しますねぇ〜♪」

 さくら達の言葉に、かおりはあたしの腕を掴んで立ち上がる。
 そして、あたしの部屋へと歩き出す。

 ああああーーーーっ!! どうしてくれるんだよぉ〜っ!!
 このままじゃ、あたしの純潔がぁ〜〜〜〜っ!!

「ホラホラ、梓先輩♪ 三人もああ言ってくれたんですから、
ここはお言葉に甘えて、先輩のお部屋で色々とお話しましょう♪」


 
ずりずりずりずり……


 と、かおりはあたしを部屋へと強引に引き摺っていく。

「いやだぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!」

 かおりと密室に二人きりなんて絶対にいやだぁぁぁぁーーーーーーっ!!
 絶対に『色々とお話』程度で済むわけがないぃぃぃぃーーーーーーーっ!!








『うふふふ……さあ、先輩……邪魔なお洋服はぬぎぬぎしましょうねぇ♪』


『あ……イ、イヤ……』


『とかなんとか言ってぇ、ここはもうこんなに…………ちゅっ♪』


『あっ……ぅん☆』


『うふふふふふ……梓先輩って、可愛い♪』








 いやぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!!
 そんなのいやぁぁぁぁぁーーーーっ!!
 そういう事は
耕一じゃないきゃ……って、何考えてるあたしはぁぁぁーーーっ!!

 ジタバタと懸命に抵抗を試みるあたし。
 しかし、かおりの力は緩むこと無く、より一層強くなる。

 何でっ?!
 何で勝てないのっ!?
 体力も腕力も、あたしの方がずっと上のはずなのにっ!!
 気付かれない程度に
『鬼の力』を発動させてるのにぃぃぃぃーーーーっ!!


 
ずりずりずりずり……


「うふふふふふふふ♪
梓先輩のお部屋……二人きり…………
じゅる

 あああああああああ……っ!!
 ヨダレ垂らしてる……ヨダレ垂らしてるよぉ。(泣)

 このままじゃ……マジでヤバイッ!!

 こうなったら鬼の力を全開にするしかないか、と思った、その時……、


 
ガラッ!!


 ちょうど耕一の部屋の前を通りかかった所で、グッドタイミングで障子が開いた。
 そして、中から誠がぬっと現れる。

 多分、レポートの編集作業とやらにかなり根を詰めていたのだろう。
 その表情は疲労の色が濃い。

 しかし、今のあたしにはそんなことはどうでも良い。
 これは最後のチャンスだ、と思った。

「誠っ! 誠っ! ちょっと待ったっ!
かおり、お願い。あいつに用事があるのよ。ちょっと離してくれない?」

「……ちょとだけですよぉ」

 意外にすんなりとあたしの願いを聞き入れ、
かおりはしぶしぶあたしを解放してくれた。

「誠っ! ちょっと待てってばっ!」

 思い切りダルそうに頭を掻きつつ居間へと向かおうとする誠に駆け寄り、
あたしはその肩を掴んでこちらを振り向かせた。

「何です? 人をいきなり呼び止めて」

 と、立ち止まった誠の耳を引っ張り、
あたしはかおりに聞こえないように小声で話す。

「イタタタタタッ! 何すんですかっ!」

「いいから黙って聞きなさいっ! あんたさ、何か適当に理由つけて、
かおりが帰るように仕向けてよ」

「はあ? 何でンなことしなきゃいけないんです?」

 誠はいきなりのことで戸惑っているようだ。
 しかし、今は詳しく説明をしている余裕は無い。

 あたしは、手短かつ、単刀直入に話を切り出した。

「あのさ……あの子、ちょっと特殊な趣味の持ち主なのよ。
だから、部屋に連れ込まれでもしたら、あたしの身が危険に晒されるの」

 誠は意外と頭のキレる男だ。
 これだけ言えば、だいたいの状況は理解するはずだ。

「……な、なるほど」

 予想通り、あたしの言いたい事が理解できたのだろう。
 誠はちょっと顔を赤くしながらも、コクコクと頷く。

「じゃあ、頼んだよ」

「了解」

 誠が頷き、あたしの後をついて来るのを確認しつつ、
あたしはかおりの所へ戻る。

「お、お待たせ」

「……二人で何をコソコソと話してたんですか?」

 と、かおりはあたしの後ろに立つ誠に、あからさまに疑惑の視線を向ける。
 だが……、

「あら……?」

 と、急に表情を和らげたかと思うと、
何やらカバンの中をゴソゴソとやり始めた。

 そして、中から長方形の包みを取り出すと……、

「お客さんが来てたんですね。だったら、ちょうど良かったです。
ここに来る前に
羊羹買ってきたんですよ。みなさんでどうぞ」

 と、にこやかに誠に差し出す。

 しまったっ!!
 かおりの奴、偶然とは言え、誠に対して何て効果的な手段をっ!!

 誠のことだ、そんな物渡されたら、きっと……、

「あっ、こりゃどうも。じゃあ、早速、頂きます♪
疲れてる時は甘い物が一番だからなぁ♪」

 案の定、誠は嬉々とした表情でかおりから羊羹を受け取る。
 そして……、

「おーいっ! さくらーっ! 羊羹貰ったからお茶淹れてくれーっ!」

 と、台所の方へ声を飛ばした。

 ……ダメだ。
 もう、こいつの頭の中には羊羹しかない。

「じあ、後でお茶と一緒に持って行きますから」

「いえいえ、お構いなく。全部、みなさんで食べちゃってください」

「そうですか? じゃあ、ごゆっくり〜♪」

 と、それだけを言い残し、羊羹で買収された誠は、
いそいそと居間の方へと立ち去ってしまった。

「コラーーーーーーッ!! 待てーーーーっ! 誠ぉぉぉぉぉーーーーーっ!!
あんたはあたしよりも羊羹を取るのかぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!」

 走り去る誠に叫ぶあたし。
 しかし、当然の如く、誠は戻ってこない。
 食い物を目の前に、あの『食欲魔人』である誠が戻ってくるわけがない。

 ただ、あたしの絶叫がむなしく廊下に響き渡るだけ。

「そ、そんな……」

 あまりにもあっけなく、この危機的状況から逃れる術を失い、
ガックリとうなだれるあたし。

「さあさあ、梓先輩♪ お部屋で仲良く遊びましょうねぇ……二人っきりで♪」

 邪魔者を排除したかおりは、そんなあたしの腕に嬉々として抱きつき、
あたしを部屋へと引き摺っていく。

 そして……、
















 
バタンッ!!


 
――カチャンッ!
















「い〜〜やぁぁぁ〜〜っ!!
誰か助けてぇぇ〜〜っ!!」









<おわり>
<戻る>