Heart to Heart 外伝
        痕 編

    「千鶴さんの野望 パートU」







『それじゃあ、そういうわけなんで……千鶴さん、おやすみなさい』

「は、はい……おやすみなさい、誠君」


 
ガチャン――

 
ツーツーツー……


 誠君との話を切り上げ、私は受話器を戻しました。

 電話の内容は、今日の昼間に、
私が捨てて来た初音の安否を知らせるものです。(
HtH 第127話 参照

 まあ、初音を誠君が拾ってくれるのを、ちゃんと私が確認してましたから、
別に何も心配はしていなかったんですけどね。

 ただ、そのまま耕一さんの家に送り届けられてしまったのは大きな誤算でしたけど……、

 ……でも、概ね、計画は順調に進んでいます。


 いくら耕一さんの家にいるとはいえ、誠君達が一緒にいる以上、
間違いが起こる事はありえないでしょうし……、

 と、内心、ほくそ笑みながら、私は居間へと戻ります。

「千鶴姉さん……誠君から?」

 電話の対応をしていた私の声が聞こえたのでしょう。
 居間で晩御飯ができるのを待っていた楓が、真っ先に私に尋ねてきました。

 耕一さん以外の事については基本的に無関心な楓ですが、
誠君の事となると、ちょっと話が違ってくるようです。

 現に、こうして、私と誠君が話していた電話の内容を随分と気にしているようですし……、
 うふふふふふ……良い傾向ですね♪

 ……と、思いつつ、私はいつもの場所に座りつつ、楓の質問に答えます。

「ええ……初音は今夜は誠君達と一緒に耕一さんの家でお泊りするそうよ」

「……羨ましい」

 私の話を聞き、ポツリと呟く楓。
 そんな楓の反応に、私は少し眉をひそめます。

 どうやら、楓の心の天秤は、未だに耕一さんに傾いているようです。

 楓……いつまでも前世の記憶に縛られていてはダメよ。

 もちろん、あたなの耕一さんへの想いが、
前世などとは関係無く、本物だという事は分かっています。

 でも、耕一さんには私がいるのですから、あなたは新しい恋を見つけなさい。

 例えば、誠君だったら、姉さん、あたなを安心して任せられるのよ。
 だから、あなたはサッサと耕一さんの事は忘れてくださいね。

「ちぇっ、初音の奴、お仕置きの割には楽しんでるな」

 と、私がそんな事を考えていたところで、お鍋を持った梓が台所から出てきました。

 まあ、確かに、耕一さんの家にお邪魔しているようでは、
梓の言う通り、お仕置きにはなりません。

 でも、今回のは楓の時と同様に、お仕置きが目的ではありませんから、これで良いのです。

 それにしても、初音ったら、耕一さんと一緒にお風呂に入るだなんて……、
 いくら水着を着ていたとはいえ、羨ましい限りですね。

 ……やっぱり、今回とは別に、ちゃんとしたお仕置きメニューを用意しておこうかしら?

 と、内心でそんな事を考えている事などおくびにも出さず、
私はブーたれている梓を窘めます。

「まあまあ、別に良いじゃない。それより、早く晩御飯にしましょう」

「……お腹空いた」

「はいはい……ちょっと待ってろよ」

 既に箸と茶碗を持って臨戦体勢に入っている楓を見て肩を竦めつつ、
梓は御櫃の蓋を開けます。

 そして、ご飯が山と盛られた茶碗を受け取った楓は、
いつものように目にも止まらぬ早さで晩御飯を平らげていく。

 そんな二人の姿を眺めつつ、私は……、

 ――次は梓の番ね。

 ……と、小さく呟きました。








 
――『ちーちゃんの耕ちゃんゲット大作戦♪』

 それが、私が立てた計画の名前です。

 その名の通り、私と耕一さんをらぶらぶな関係にする計画です。

 ……と言うよりも、本来、らぶらぶであるべき私と耕一さんの関係を邪魔する、
三人の妹達を排除する為の計画、と表現するべきでしょうか……、

 なにせ、三人とも、自分達が持っている特性を100%効果的に使って、
耕一さんに対して自分をアピールしていますからね。

 梓はあの豊満な胸と家事全般で――
 楓は前世での耕一さんのと関係を最大限に利用して――
 初音は純粋な笑顔と妹属性をフル活用して――

 それに比べて、私にはあの子達のような極端な特性がありません。
 それどころか、鶴来屋の会長としての仕事のせいで、ロクに耕一さんと話す事もできません。

 だから、多少、強引な手段を使ってでも、
こういった綿密な計画を立てないと、渡り合うことは出来ないのです。

 で、その計画の具体的な内容ですが……、

 まあ、簡単に言ってしまえば、妹達の目を、
耕一さん以外の男の子に向けてしまおう、というものです。

 実力行使で物理的に排除することも可能ですが、
やっぱり、妹達にもちゃんと幸せになってもらいたいですからね。

 ……は? 非人道的?
 妹達に幸せになって欲しいと言いつつ、やってる事は偽善者そのもの?

 ……な、何とでも言って下さいっ!(開き直り)
 私は耕一さんをゲットする為なら、手段は選びません!

 こういう事を言いたくはありませんが、私もいい加減、いい歳なんです。
 ハッキリ言いますと、ちょっと焦っているんです。

 会長である私は未だに独身なのに、
他の女性社員達はどんどん寿退社してしまって……、(泣)

 ……と、とにかくっ!!
 こんな歳になるまで耕一さんを一途に想い続けて来たのですから、
耕一さんにはちゃんと責任を取って貰わなければなりません。

 その為には、お邪魔な妹達に、できるだけ平和的に、
耕一さん争奪戦から戦線離脱してもらわなければならないんですっ!

 ……というわけで、まず、計画の第一段階として、
私は、妹達を安心して任せられる男の子を探すことにしました。

 そして、候補に上がったのが、ガディム事件の時に出会った浩之君と祐介君です。

 ですが、二人には既にあかりちゃんや沙織ちゃんといった恋人が存在しており、
妹達の恋人候補から除外するしかありませんでした。

 計画の第一段階から躓いてしまい、
これ以上の計画の遂行を半ば諦めかける私。

 ……しかし、そこに現れたのが『藤井 誠』君でした。

 彼と出会った瞬間、私は『この子しかいない!』と確信しました。

 そう考えた一番の理由は、あの楓が誠君に興味を示したということです。

 もちろん、今のところは大食いという共通点があるからという理由だけなんでしょうけど、
楓の中では、彼が耕一さんの次に位置する男の子であることは間違いありません。

 本人は『からかうと楽しいから』と、友達以上の気持ちは無いと言っていますが、
いずれ、それ以上の感情を抱くようになるでしょう。

 そして、初音もまた、誠君に良く懐いています。

 あの子は耕一さんのような『優しいお兄さんタイプ』が好きなのだと、私は睨んでいます。
 そして、誠君もまた、初音と同い年でありながらも、そういう雰囲気を持っています。

 これらの事から、私は誠君を楓と初音の恋人候補にすることにしました。

 そして、二人が誠君に接触する機会を増やすために、
『お仕置き』と称して、彼が住む街に捨ててきたのです。

 これで、あの子達と誠君の関係も、少しは親密になった事でしょう。

 特に楓は、『勝負してくる』と言って、良くあの街に行っているようですし♪
 しかも、たまにお泊りして来ることもあります。
 もしかしたら、誠君とは、予想以上に仲良くなっているのかもしれません。

 うふふふふふふ……♪
 計画は順調に進んでいるようですね〜♪


 (作者談 実は、千鶴の計画、楓にとっくに見抜かれていています。
       と言うか、誠が千鶴の計画に気付き、楓に教えたのです。
       そこで、楓はそれを利用して、耕一の家にちょくちょくお泊りに行ってるのです。
       もちろん、それらは初音も知るところ。ただ、積極的になれないだけなのです。
       ちなみに、『お仕置き』経験の無い梓は、何も知らされていません)



 やはり、私の目に狂いはありませんでした。
 誠君、その調子で、初音のこともよろしくお願いしますね♪

 恋人が三人……いえ、四人ですか?
 とにかく、そんなにたくさんいるんですから、あと二人くらい増えても問題無いですよね?

 姉の私が言うのも何ですが、二人ともとても良い子です。
 だから、末永く……、

 ……はい?
 二人ということは、残ったの梓はどうするつもりなのか、ですか?

 もちろん、梓にも、ちゃんと用意していますよ。

 ――あの子に
『最も相応しい相手』をね。

 うふふふふふふふ……♪








「というわけで……梓、次はあなたにお仕置きします」

 晩御飯を食べ終え、食後のお茶を飲みつつ寛ぐ私達。
 そして、洗い物を済ませた梓が台所から戻って来たところで、私はそう切り出しました。

「――はあ?」

 私の言葉を聞き、眉間にシワを寄せる梓。
 どうやら、自分がお仕置きをされる理由に気付いていないようです。

「梓……しらばっくれてもダメよ。
前に台所で耕一さんに押し倒されていたのを忘れたとは言わせないわ」

 と、私の指摘に、梓がうろたえます。

「あ、あれは誤解だったって事で、ちゃんと決着は付いてただろ?!
あの時は、あたしじゃ届かないところにある皿を耕一に取って貰おうとして、
それで、耕一がよろけて……」

「ええ……確かに、その通りね。耕一さんもそう言っていたし……、
でもね、私達は見逃してはいないわよ」

「梓姉さん……あの時、ドサクサに紛れて、耕一さんの顔を自分の胸に押し付けてた」

「しかも……随分と嬉しそうにしてたわよね?
まったく、柏木家の次女ともあろう者が、何てはしたない」

「ううっ……」(汗)

 梓の言い訳を遮るように入った私と楓のツッコミに、梓は言葉を詰まらせる。

 うふふふ……♪
 本当は、お仕置きと言うのは建前なんですけどね♪

 待っててね、梓ちゃん♪
 すぐにあなたに相応しい相手のところに連れて行ってあげますからね。

 と、見事に罠にハマッていく梓の姿に、密かに笑みを浮かべつつ、
私は怯んだ梓に有無を言わせぬまま、たたみ掛ける様に言い放つ。

「というわけで、お仕置き決定ね♪ じゃあ、これ着けてね♪」

 と、そう言って、私は例の猫耳猫尻尾を梓に差し出しました。
 梓は私の勢いに押されるように、渋々それを装着します。

「……これでいいか?」

「あんまり似合ってないわね?」

「うるさいな! だったら、こんなお仕置き止めろよなっ!」

「あら♪ それとこれとは話が別だもの。
それじゃあ、梓ちゃん……ちょっとだけジッとしててね♪」

 そう言って、私は何処からともなく取り出したロープで梓をグルグル巻きにしました。
 そして、何も言わずとも楓が用意したミカンのダンボール箱に梓を放り込みます。

「よいしょっと……梓、あなた、ちょっと重いわよ?
最近、太ったんじゃない?」

「ほっとけ! はっ! 胸がある分、余計に重くなるんだよ!
最近、太ったのは千鶴姉の方だろ?」

「…………」(怒)

 ダンボールごと梓を持ち上げた私は、梓のそんな物言いに引きつった笑みを浮かべます。

 そう……そういう事を言うのね。
 分かったわ……もう躊躇しませんからね。

 と、梓を『あそこ』へ捨てる決意を新たに、
私はダンボールを持ったまま玄関へと向かいます。

「それじゃあ、楓……しばらくの間、留守番お願いね」

「……いってらっしゃい」

 楓に見送られ、家を出る私と梓。

 いくら夜中とは言え、こんな姿を見られたら面倒な事になるので、
私は鬼の力を解放して、家々の屋根の上を跳び渡りながら目的地へと向かいます。

 と、その時、風を切る音とともに、梓の呟きが、私の耳に飛び込んできました。

「やれやれ……千鶴姉もワンパターンというか、馬鹿の一つ覚えと言うか……、
どうせまた、耕一のいる街に捨てて、誠に拾わせるつもりなんだろ?
だったら、そのまま拾われて、初音みたいに耕一のところに……へへへへ♪」


 ……。

 …………。

 ………………。


 あらあら♪ 梓ちゃんもまだまだ甘いですねぇ♪
 誰も、あなたをあの街に連れていくなんて言っていませんよ。

 ……何度も言うようですけど、あなたにはちゃんとした相手がいるんですからね♪
















 そして……、

 私が梓を連れてやって来たのは……、


 
――『日吉』


 ……と、書かれた表札のある家の前でした。

「なっ!? ちょっ……千鶴姉っ!? 一体、何を考え……んぐぐぐっ!!」

 その表札を見て、自分が辿る運命に気が付いたのでしょう。
 抵抗して騒ぎ立てようとする梓に、私は素早く猿ぐつわを噛ませます。

 そして、梓が入ったダンボールを日吉家の玄関前に置くと、
前もって用意しておいた立て札を地面に刺しました。


 
――捨て『ネコ』です。可愛がってあげてください♪


「んんんんーっ! んんんっ! んんっんっんんーっ!!」
(通訳 千鶴姉っ! それはシャレになってないぞっ!!)

 その立て札に書かれた内容を見て、梓はジタバタと暴れます。
 それをサクッと無視しつつ、私は玄関のチャイムを鳴らします。


 
ピンポ〜ン――


「んんんんんーーーーーっ!!」
(通訳 ちょっと待てーーーーーーっ!!)

 まるで地獄への門の鍵が開けられてしまったかのように、絶望の表情で悲鳴を上げる梓。
 そんな梓の悲鳴もやっぱり無視しつつ、私はクルリと踵を返します。

「それじゃあ、梓……たっぷりと可愛がってもらうのよ♪」

「んんんんーっ! んんんっ! んんんんんんーーーーっ!!
(通訳 千鶴姉っ! 頼むっ! 置いてかないでーーーーっ!!)

「おやすみなさ〜い……って、多分、寝かせてもらえないでしょうけどね♪」

「んんんーっ! んんーっ! んんんんーーーーっ!!」
(通訳 人でなしーっ! 鬼ーっ! 偽善者ーーーーっ!!)








 今、何となく聞き捨てならない事を言われた気がしましたが……、

 ……まあ、良いです。
 可愛い妹の門出の日ですし、今回は大目に見てあげましょう。

 それじゃあ、梓……、








 ――末永くお幸せに♪
























「もお〜……何処の誰よ、こんな時間に〜……」


 
――ガラッ


「まあまあ♪ こんなに可愛い『ネコ』ちゃんを捨てるなんて……、
これからは、わたしがタ〜ップリ可愛がって上げますからね〜♪」


「んんんんんーーーーっ!!」
(通訳 誰か助けてぇーっ!!)



























「……立て札に『猫』じゃなくて『ネコ』と書いてるあたり、深いですよね♪」(琴音)

「そ、そうなの……?」(葵)


「……ここで琴音ちゃんと葵ちゃんが出てくるのも何気に深いような気がするぞ」(誠)

「えっと、ちなみにですけど……」(さくら)

「あの後……梓さん、何とか自力で逃げる事が出来たんだって」(あかね)

「ま、まあ……とにかく、何事も無くて良かったですね」(エリア)

「……梓さん、ご苦労様です」(フラン)








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 原案 くのうなおき