Heart to Heart 外伝
        痕 編

    「楓ちゃん観察日記 パートX」







 
ピンポ〜ン……


「――ん?」

 ある日のこと――

 今日は大学の講義もバイトも休みなので、
俺は久し振りに家でゴロゴロしていた。

 もはや万年床と化してしまった布団に寝転がり、
秘蔵のエロ本……じゃなくて、女性の美を追求した高尚な書物を、
誰の目も気にする事無く、読み耽る俺。

 これぞ、独り暮しの男の特権ってやつだ。
 隆山の柏木邸にいる時は、絶対に出来ないからな。

 ……言っておくが、ただ読んでいるだけだぞ。
 決して
『妙なこと』はしていないからな……今回は(ボソッ)

 で、昼飯時となり――

 さっき頼んだ出前がそろそろ来る頃かな、と思っていたところへ、
タイミング良く、玄関のチャイムが鳴った。

「思ってたよりも早かったな」

 と、呟きつつ、俺は玄関へと向かう。
 だが、ドアを開ける直前でそれを思い止まり、慌てて洗面所に駆け込んだ。

 そして、鏡に映る自分の姿を見て、身だしなみを軽くチェックする。

 なにせ、注文した先は『天河食堂』だ。
 あそこに出前を頼むと、必ずあの美少女が来てくれるんだよな。

 だから、まあ、なんだ……、
 そういう子の前では、ちゃんとした恰好でいたいだろ?

 いや、別に、疚しい考えがあるわけじゃなくて……、
 やっぱり、子供の前では立派な大人でいなくちゃな。

 それに、だらしない姿を見られて、嫌そうな顔をされたりしたら、
こっちの精神的ダメージも計り知れないし……、

 ……というわけで、身だしなみ身だしなみ。

 う〜む……、
 髭が少し伸びているが、このくらいなら良いだろう。

 髪も……よし、寝癖はついてないな。
 服はスウェットだけど……まあ、いいか。

 んじゃ、あとは軽く顔だけ洗って、っと……、

 俺は素早く自分の姿を確かめると、バシャバシャと顔を洗う。

 その間の所要時間は、わずか10秒。
 我ながら惚れ惚れする手際の良さだ。


 
ピンポ〜ン……


 水で洗ってサッパリした顔をタオルで拭いていると、もう一度チャイムが鳴る。

「はいはいっと……」

 簡単に身だしなみを整えた俺は、
おかもちを持った少女を出迎える為に、いそいそとドアを開ける。

 だが、現れたのは、俺の予想に反して……、

「まいどっ!! まごころ運ぶペンギン便!
そのまごころがあれば人間だって運びます!」

 ……運送屋の女性だった。

 愛想良くお決まりのセリフを言い、帽子を取ってぺこりと頭を下げる。

 その仕草と、ボーイッシュな彼女の容貌を見た瞬間、
俺は彼女に見覚えがある事に気がついた。

「……もしかして、風見 鈴鹿さん?」

「……はい?」

 突然、俺に名前を呼ばれ、彼女はキョトンとした顔で俺を見る。
 どうやら、俺の記憶に見違いはないようだ。

「あの……何処かでお会いしましたっけ?」

「はい。会ってますよ。ほら、去年の夏、隆山で……」(千鶴さんの野望 パートT参照))

 と、俺がそこまで言うと、ようやく鈴鹿さんは思い出したようだ。
 ああ、っと頷きつつ、ポンッと手を叩く。

「そうそう。思い出しました! 以前、隆山でお会いしてましたね。
確か……
柏木 誠さん!


「……柏木 耕一です」


 一応、間違いを指摘しておく俺。

 まあ、あの時は状況が状況だったし、あまり話もしてなかったからな。
 記憶が曖昧で、一緒にいた俺と誠が混ざってしまっているんだろう。

「あの時は、本当にすみません。
従姉がとんだご迷惑をかけてしまって……」

「いえいえ。もう済んだことですよ。
……それに、ああいう事態は慣れてますし」

「……な、慣れてるって?」

「……私の知り合いにも、自分の野望の為なら、
人を平気で拉致監禁しそうな人が何人かいるんですよ」

「…………」

「…………」

「お互い、色々と苦労してるみたいですね」

「……はい」

 と、妙な親近感を覚えつつ、お互い、疲れたように溜息をつく。

 だが、鈴鹿さんは、その活発そうな見た目通り、前向きな女性なようだ。
 素早く立ち直ると、表から小包を持って来て、玄関に置く。

 そして、懐から、受け取り確認の書類を出して、俺に差し出した。

「取り敢えず、これにサインか印鑑をお願いできますか?
一応、言っておきますけど、婚姻届じゃないので安心してください」

「はいはいっと」

 鈴鹿さんの冗談に苦笑しつつ、俺は一緒に渡されたボールペンで、
サラサラと書類に名前を書く。

 鈴鹿さんはそれを確認して小さく頷くと、それを再び懐にしまった。

「はい。じゃあ、確かにお届けしました。
またのご利用、お待ちしています」

「ああ、ありがとう。鈴鹿さん、仕事、頑張ってね」

「はい! それでは失礼しました!」

 そう言って、来た時と同じように帽子を取ってぺこりとおじぎをすると、
鈴鹿さんは慌てて玄関を出ていった。

 あの慌て振りからすると、まだまだたくさん仕事が残っているのだろう。

 鈴鹿さん、頑張ってるんだなぁ。
 ……俺も負けてられないな。

 一生懸命働く鈴鹿さんの姿を見て、
自分の普段のぐーたらな生活振りを反省する俺。

 ――そうだな。
 今日はせっかくの休みなんだから、部屋の掃除でもするか。
 もう、随分とやってないし……、

「……でも、その前に、まずはこっちの確認をしないとな」

 と、俺は鈴鹿さんが置いていった小包に目を向けた。

 差出人の名前を見ると、綺麗な字で『柏木 楓』と書いてある。

「……楓ちゃんから?
一体、何を送ってきたんだろう?」

 そう呟きながら、俺は小包をヒョイと持ち上げると、
取り敢えず敷きっぱなしの布団の上にそれを置き、自分も腰を下ろした。

「郵送物の種類は……生物?
もしかして、食べ物でも送ってくれたのかな?」

 もしそうなら、独り暮しの男にとって、これほど嬉しい物は無い。

 早速、中身を確認する為、俺は包装を解こうと、
いそいそと小包に手を伸ばした。

 ……が、その瞬間っ!!
















 
ずぼっっっ!!!


「ぬおっ!?」
















 ――それは、突然の出来事だった。

 大抵の事では驚かない自信はあったが、、
その光景のあまりの不気味さに、さすがの俺も言葉を失ってしまう。

 俺が見たもの……、
 それは……、
















 
小包から首だけ出した
楓ちゃんの姿だったっ!!

















「…………」(汗)

「…………」

「…………」(汗)

「……お久し振りです、耕一さん」(ポッ☆)

「あ、ああ……久し振り」(汗)

 しばらく、お互い見詰め合った後、楓ちゃんの方からペコリと頭を下げてきたので、
それにつられて俺も深々と頭を下げ……って、ちょっと待ていっ!!

 どういうことなんだ、これはっ!!

 楓ちゃんが宅急便で送られてきた事は、この際どうでも良いっ!
 そのくらいの事、楓ちゃんなら平気でやりそうだからなっ!

 だが、それ以上に謎なのは……、


 
どうやって小包の中に入っていたんだっ?!
 
どう考えても、物理的に不可能だぞっ!


 小包の大きさは、だいたい電話帳サイズだ。
 どう頑張っても、人が入れるわけがない。

 じゃあ、一体、楓ちゃんは、どうやってあの中に入っているんだ?

 もしかして、あの小包に何か仕掛けがあるのか?
 それとも、これも鬼の……エルクゥの力なのか?

 それとも……それとも……、








 
『楓ちゃんだから』と
納得するしか無いのかっ!?









 さらに、俺は鈴鹿さんが来た時のセリフも思い出す。








「まいどっ!! まごころ運ぶペンギン便!
そのまごころがあれば人間だって運びます!」









 
マジで運んで来るなよっ!!








「……耕一さん、そういうことは気にしたら負けです」

 と、俺のモノローグにツッコミを入れつつ、
楓ちゃんは、よいしょっと小包の中から出てくる。

 なんか、もう、何もかもどうでも良くなってきた。
 色々と、深く考えたら、怖いことになりそうだし……、

「……で、一体どうしたの?」

 目の前で起こった理解不能な出来事を、記憶の片隅に追いやり、
俺は楓ちゃんに来訪の理由を訊ねた。

 すると、楓ちゃんは、ポッと顔を赤らめ……、

「こ、耕一さんに……会いたかったから……」(ポッ☆)

 ……と、恥ずかしそうにのたもうた。

 ――か、可愛い。

 そんな楓ちゃんの仕草に、俺の鼓動が高鳴るのがわかった。

 それと同時に、俺の中に眠る前世『次朗衛門』の記憶から、
楓ちゃんの前世である『エディフェル』への思慕の気持ちが蘇ってくる。

 その狂おしいまでの想いの奔流――

 一瞬、その流れに呑み込まれそうになった俺は、
楓ちゃんを抱きしめたいとい激しい衝動に駆られる。

「……くっ」

 俺は、その衝動を必死堪えた。

 出てくるなっ! 次朗衛門っ!
 俺は……俺は……柏木 耕一だっ!!

 お前はもう、この世にはいないんだっ!

 目の前にいる彼女も、エディフェルじゃないっ!
 彼女は楓ちゃんだっ! 柏木 楓という一人の女の子なんだっ!

 俺は、俺の魂の奥底に眠る次朗衛門の心が湧き上がって来るのを、
意志の力で強引に捻じ伏せた。

 そして、次第に、俺は冷静さを取り戻していく。

 落ち着け……落ち着け、柏木 耕一。

 確かに、楓ちゃんは可愛い。
 それに、前世とかそんなものは関係無く、俺を一途に慕ってくれている。

 正直、その気持ちは凄く嬉しい。

 だが、あの奇行には、ちょっとついて行けないものが……、

『何を言っている。ああいう人並み外れたところがたまらないのではないか』

 ……黙れ、次朗衛門。

 と、俺の中で眠る次朗衛門がそう言ってきたような気がして、
俺はその言葉を心の中で一蹴した。

 とにかくっ!
 俺はもう次朗衛門じゃないんだっ!
 前世も何も関係無い、柏木 耕一という個人なんだっ!

 そりゃまあ、前世のロマンってやつも悪くは無いが、
一度の人生をそんなモンで決められてたまるかっ!!

 例え、将来、楓ちゃんを選ぶとしても、それは俺の意志で決めるっ!!
 だから、てめぇは引っ込んでろっ!!

「……耕一さん」

「うわっ!! か、楓ちゃんっ!?」

 いきなり、俺の視界が楓ちゃんの顔でいっぱいになり、
驚きのあまり俺は我に返った。

 どうやら、俺が色々と葛藤している間に、
小包から出てきた楓ちゃんは、俺ににじり寄って来ていたみたいだ。

「か、楓ちゃん……ど、どうしたの?

 目と鼻の先に、楓ちゃんの顔がある。
 頬を赤らめ、ジッと俺の目を見つめている。

 ついつい、それを意識してしまい、
ドギマギしつつ、俺は楓ちゃんに訊ねる。

 すると……、


 
――ギュッ


「……へ?」

 ……不意に、楓ちゃんは何も言わずに、俺に抱きついてきた。

 か、楓ちゃんっ!? 直球ですかっ!?
 いつもは、もっとこう、絡め手で攻めて来るのに、今日に限ってなんて大胆なっ!!

 その普段の楓ちゃんらしからぬ行動に、
俺は全身を強張らせ、思い切り狼狽してしまう。

 しかし、次の瞬間、楓ちゃんが俺の耳元で囁いた言葉を聞き、俺は一気に脱力した。

「…………寒い」

「――は?」

 それまでの雰囲気から考えると、あまりに場違いな一言。
 その言葉の意味を理解するのに、俺は数瞬の時を用した。

 ……寒い?
 寒いって……どういう事だ?

 確かに、今日はちょっと肌寒くもあるけど、
そんな改めて寒いなんて言う程のモンじゃないと思うが……、

 でも、楓ちゃんは、その言葉通り、体をガタガタと震わせている。
 それに、全身もすっかり冷たくなってしまっている。

 まるで、服を着たまま冷たい水に浸って、そのまま乾かしたかのような……、


 ………………。

 …………。

 ……。


 ああ、なるほど。
 ……そういうことか。

 寒さに体を震わせる楓ちゃんを抱き返して温めてあげながら、
俺は少し考え、そして、全ての合点がいった。

 楓ちゃんは小包で送られてきたわけで……、
 で、当然のことながら、生物扱いなわけで……、

 ようするに、クール宅急便で運ばれて、
隆山からここまで、ずっと冷凍された荷台の中にいたわけだ。

 ……そりゃ寒くもなるわな。

 楓ちゃんの意外なマヌケッぷりにちょっと呆れつつ、
俺は楓ちゃんを布団に寝かせると、そっと掛け布団を被せた。

「あ……」

「ちょっと待っててね。何か温かい飲み物用意するから」

「は、はい……すみません」(ポッ☆)

 と、そう言って、恥ずかしそうに布団を頭まで被る楓ちゃんに苦笑しつつ、
俺は温かいココアを淹れる為に、台所へ向かったのだった。
















 で、結局――

 俺の休日は、すっかり体を冷やしてしまった楓ちゃんの面倒を見るだけで、
ほとんど終わってしまったのだが……、

 ……まあ、こんな休日も悪くない、かな?








「耕一さん……こういう時は体で温めてくれるものですよ」(ボソッ)

 ……はて?
 今、楓ちゃんが何か言ったような気がしたが……、

 確か、体でって……、

「…………」(汗)

 ……聞かなかったことにしておこう。








<おわり>
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