Heart to Heart 外伝 ナイトライター編

 デュラル家のフランソワーズ

    Silence is golden







 とん、とん、とん、とん……


 (誠様……そろそろ、お帰りになられた頃でしょうか?)


 包丁を動かす手を休めずに、
ワタシは台所の壁掛け時計に目を移しました。

 時計の針は、ちょうど午後6時を示しています。


(確か、今日は、放課後に、商店街で、
買物をされてから帰宅なさると仰っていましたから……)


 とん、とん、とん、とん、とん、とん……


 昨日の御夕食で、また、お米が切れてしまいましたからね。

 私が買い足しに行こうとしましたところ、
『どうせ他にも買物があるから、明日の放課後自分で買ってくる』と、そう仰っていました。


(でも……今夜は、エリア様がいらっしゃらないのに、本当に誠様お一人で大丈夫でしょうか?)


 非礼とは思いながらも、ふと、そんな事が頭に浮かんでしまいます。

 どうも誠様は、食事の「質」に関してはそれほど細かく気になされていない様で、
お一人の時は、外食なさったり、買ってきた御弁当などで済ませてしまったりなさいます。

 一人で夕食の支度をして、一人で御召し上がりになる、というのがご面倒なようですが……、
 そういう事が度々続くようですと、ちょっと困ってしまいます。

 きちんと栄養のバランスや、御健康の事も考えて頂かないと。

 特にこれからの誠様達は、人生の中でもとても重要な時期に差し掛かります。

 誠様お一人の御身体ではありませんし、しっかりと食べて、栄養をつけて、
常に万全の状態でいて頂かないと、エリア様のご計画にも差しさわりがでてきてしまいます。

 やはり、誠様には、その辺の事をしっかりと自覚して頂かなくては……、


 とん、とん、とん、とん、とんとんとんとんとん……


 ――そう。
 自覚です。

 ワタシの様な者が申し上げるのは、まことに忸怩たる物があるのですが……、

 どうも誠様は、ご自身の身が、
いかに重要であるかという、自覚に乏しい気が致します。

 誠様達が、更なる幸せを手に入れられるためには、食生活の事はもちろん、
生活全ての面において、誠様ご自身に、きちんと自覚を持って頂かないと困るのです!





 とんとんとんとん、トトトトトトトン!



「…………?」

 大体、誠様は、どうも、ここ一番というところで、今一つ、御覚悟が足りません。

 ひょっとして、何か古い貞操観念にでも、
捕らわれていたりするのでしょうか?





 この間、エリア様たってのご依頼で、誠様のお宅に御伺いした際も……、

 あれだけ万全な状況が揃っていながら、
結局、エリア様の本懐は遂げられず終いでした。





 ――先日の御夕食の際――




 誠様に内緒で、こっそりとワタシとエリア様が作った御料理は……、

 ワタシが長年のメイド生活で培った、
全ての知識を注ぎ込んだ、特製オリジナルスタミナ料理でした。

 スタミナ・精力増強はもちろんの事!
 疲労回復・食欲増進、滋養強壮に免疫力強化!!

 肥満・糖尿病・高血圧、その他各種生活習慣病の予防から、老化防止にボケ防止――
 ガンに貧血冷え性食あたり水あたり、骨粗鬆症に黄疸酒毒二日酔い悪酔い――
 にきびアトピー水虫口内炎不眠症、EDにアミロイド病からドライアイまで!!

 ありとあらゆる症状に効く、フランソワーズオリジナルのスーパー薬膳なのです!!

 もちろん、お味の方も、日本食に良く合う、あっさりめの味付けになっていますし
使用する食材にも、特に奇異な物はありませんから、
誠様に、不要な警戒心や猜疑心を与える事もありません。

 経済的にも、割とお手頃ですし……、

 ちょっとした魔法調理技術と知識があれば、
身近な食材を使っても、すばらしい効能を、引き出す事ができるものなのです。

 そして、誠様の御部屋には、
エリア様の意思ひとつで誠様が外に出られなくなる、強力な結界を……、

 机の引出しにも、施錠の魔法を三重にかけ、
窓と壁には、外部からの余計な騒音をカットする、防音魔法も施しました。





 まさに、完璧……、

 ――そう。
 完璧のはずだったのです。

 そのはずでしたのに……っっ!!





 トントントントントントントントン!



「……フランソワーズ?」

 いささか、策を弄しすぎた気もしましたが、
お二人が更なる幸せを手に為さるためと思い、全力を尽くして調理にあたりましたのに!





 誠様……、








 どうして、『食欲増進』にだけ、あんなに過剰反応なさいますか?(泣)








 普通、自ら既に所有している特殊能力に関する魔法というのは、一般的に、反応が低下するものです。

 例えば元々高い回復力を有しているイビルさんには治癒魔法の効果は低くなりますし、
生まれながらにして、驚くべき物理攻撃力と防御力を所有なさっているアレイさんに対して、
それらの強化魔法を施しても、他の方の場合より効果は小さくなってしまいます。
(そういう場合には、魔法にアレンジがいるのです)

 ですから、魔法の基礎的な常識として、あの料理をお食べになっても、
誠様には、食欲増進の効果など、ほとんど無いはずでしたのに……!!





 トントントントンントントントトトトトトトトトトトトト……



「――フランソワーズ」

 どうして……、
 どうしてなのですか?

 常識知らずにも、程がありますよ?(泣)

 どうして、他の魔法効果が全然現れなくて、『食べる事ばっかり』なのですか!!

 全くもう!
 まったくもう!!





 どうして、どうして壱百八回もおかわりなさいますか!?





 あんなに美味しそうに、食べられたら――
 あんなににこやかに、御茶碗を差し出されたら――

 嬉しくなって、ついついたくさん注ぎ足してしまうじゃないですか!!








 トトトトトトトトトトトトトトトトトト……






「フランソワーズ、手元を……」

「うう……結局、いつまでも誠様に御料理を作っていて……、
あまりの楽しさに、ついつい時間を忘れて、
まるで、競争するように調理を……デザートまで作ってしまって……」

「……楽しかったか。よかったな」

「でも……夢中になりすぎてしまって、
気が付いたらエリア様、すっかり拗ねてしまっていましたし……、
本来はエリア様の為、そして、誠様、みこと様達の為のご協力でしたのに……」


「いや、フランソワーズが楽しんだのなら、
充分に誠達の為になったのではないか?」

「いえ、そういう話ではなく……、
エリア様と誠様は、既に御将来を誓い合った御二人なのですから、
そろそろ、新たな一歩をですね……」

「……? なんの話だ?」

「やはり、いつまでも、女性を待たせ続けるというのは……、
それに、女性は常に待つべき、という時代でもありませんし……」

「うむ、それはそうだろうが……」

「やはり、そうですよねぇ……」





「…………」

「……っ!! エ、エビルさん、何時の間に?」






 気が付けば、御米を磨いでいらっしゃった筈の
エビルさんが、すぐ隣に佇んでいらっしゃいました。

 なんとなく、不思議そうな顔をなさいながら……、





「……最近のフランソワーズは、なんというか……見ていて、飽きないな」

「も、申し訳ありません! ちょっと考え事をしておりまして……あの、何か……?」

「うむ……確か、今日の献立は野菜炒めだったはずだが?」

「はい、申し訳ありません、すぐにできますから……」

「いや、特に急ぐ必要もないが……これは?」

「あ……」





 エビルさんに促されて、手元を見直せば……、

 そこには、この間芳晴さんから分けて頂いた、
ピーマンとパプリカが、既に、すっかり刻み終えてありました。



 ……見事な、みじん切りで。



「あ……あの、その……」

 ううう……、
 恥ずかしさで、言葉がうまく出てきません。

 どうやら、考え事に没頭していたせいで、
感情の赴くまま、ひたすらにピーマンを刻み続けていたようです。

「まあ、指まで刻まなくてよかった。
メニューをオムライスに変更するから、玉ねぎもみじん切りにしてくれ」

「は、はい……」

 エビルさんはふっと笑いながら、
そう仰って、まな板に玉ねぎを乗せました。

 優しすぎるフォローが、返ってワタシの羞恥心を深めてしまいます。

 まさか、わかっていて、そういう仰り様をなさっている訳ではないでしょうが……、

 エビルさんは、今、あった事など、
すっかり忘れたように、淡々と鶏肉をきざんでいらっしゃいます。

 それから冷蔵庫からバターを取り出すと、磨ぎ終えたお米の中に入れて、
(こうして炊くと簡単にバターライスができるのです)炊飯器にセットしました。

 ちなみにこの炊飯器も、芳晴さんが使われていた物のお下がりです。

 こうして見ると、我が家の芳晴さんへの依存度が日増しに高くなっているのがわかります。
 そのうちまた、何か御礼をしなくてはなりませんね。

「そ、そういえば、ルミラ様のお帰りが、ちょっと遅いですね。
今日は、ごく簡単な打ち合わせだけで、昼過ぎには終わるとおっしゃっていましたが……」

 恥ずかしさを振り払おうと、ワタシがそんな事を言うと、
エビルさんは、ちょっと溜息をついてから、手を休めて、耳をそばだてるような仕草をなさいました。

 ですが、やはり、近くにルミラ様の妖気は感じられなかったようです。

「仕事に関するルミラ様の『ちょっと』ほど、あてにならぬものはない……、
大方、また、担当編集の無理難題に付き合って、時間をとられているのだろう」

「また、ご無理をなさらなければ良いのですが……」

「あれは、昔からの性分だからな。
幼少時の教育者の悪影響というものは、そう簡単に消えるものではない」

「もう、なんですかぁ、それは……」

 ワタシが、抗議の声をあげようとした時、
がたんと立て付けの悪い玄関の扉の音がして、勤労意欲とは無縁の方のご帰宅を告げました。



「いやっは〜!! メイフィア・ピクチャー、ただいま帰館致しました〜♪」

「おかえりなさい、メイフィアさん……もう、呑んでいらっしゃるんですか?」

「やあねぇ、フランソワーズちゃん、そんな怖い顔しないで。ほらっ、御土産もあるからっ♪」



 奇妙なハイテンションのまま、メイフィアさんは、
両手いっぱいに抱えていた袋の一つを、ずいとワタシに押し付けました。

 中には、缶詰やレトルト食品などがぎっしりと詰まっています。

「その様子だと、めずらしく今日は勝ったようだな」

「もちのロン! ついでにいくらか換金して、キャストもばっちり買い込んできたんだから!
さあっ、次のワンフェスにむけて、忙しくなるわよ〜!」

「生産活動に従事してくれるのは大歓迎だが、作業に際には窓を開けてくれ。
あの『しんなあ』の臭いはもうたくさんだ」

「りょーかいりょーかい。
――ん? なに? 今日はオムライス?
あっ、凄い鶏肉入るんだ、ごーせーねー」

「芳晴さんに感謝してください。
しょっちゅう差し入れをしてくださるおかげで、御肉も買えているんですから」

「するする! バンバンサービスしちゃうって!
もーそれこそ本番解禁延長無料!
特別優待スペシャルコースで……っと、じゃあ、あっちで呑んでるからあとよろしくー。
アーレーイー! ビール出して、ビール!」

 なにか、下品な冗談を言い始めたメイフィアさんでしたが、
エビルさんの視線を感じとると、そそくさと居間の方へ退散なさいます。

 程なく薄い壁越しに、メイフィアさんのご機嫌な鼻歌が聞こえてきました。

 ふう、と同時に溜息をついて、
ワタシとエビルさんは顔を見合わせて苦笑してしまいます。

「さてさて……今朝、朝食の席で、
『もう当分ギャンブルはやめる!今日から、あたしの座右の銘は地道!』
とか宣言していた従者は誰だったかな?
確か、ヘビースモーカーのブロンド美人だったと記憶しているが?」

「そういう時に限って、必ず勝たれるんですよね、メイフィアさんは……」

 メイフィアさんに限らず、それが賭博の一番恐ろしいパターンなのですが。

 ただ、そんなギャンブルの麻薬的な刺激が、
メイフィアさんの労働意欲を活性化させる、ほとんど唯一の手段であるのも事実です。

 メイフィアさんは、ご自身の所持金に余裕がある時には、
ギャンブル欲が湧かないそうで、賭け事で得た大きな収入を、
更に賭博に注ぎ込むという事もなさいません。

 どうも『リスクが大きければ大きいほど楽しい』という、
刹那的な楽しみ方をなさっている様で、お金に困った時ほど、よくパチンコ等に行かれています。

 今回のように大勝ちした際には、食料品を買い込んできたり、
皆さんを外食に誘って奢ったり、あるいは画材や、立体造型の材料費等に充てたりなさっています。

 ルミラ様が、賭け事で得た現金収入は決してお受け取りにならない、という理由もあるのですが……、

 やはり、メイフィアさんにとって、ギャンブルは、
リスクの中に身を置く為の手段であって、お金を儲けるためのものではないようです。

「……かといって、戦場を懐かしむような感慨とは、全く無縁であるあたりに矛盾というか……、
元人間らしい、朦朧糢糊たる、つかみ所の無さを感じるな。興味深い」

「元人間とおっしゃいますが……、ワタシが思いますに、
メイフィアさんは、今までお会いした誰よりも、『人間』でいらっしゃいますよ、今でも」

「なるほど……確かに、誠や誠の母も人間であるのだから、
メイフィアが人間だと言っても、誰も否定はできないな」

「いえ、そういう意味でも、間違いではありませんが……心理的な面におきましても」









??? 「ちょっと待てっ! じゃあ、俺よりも、メイフィアさんの方が人間らしいと?
      元人間とはいえ、魔族であるデュラル家の一員よりも、俺って人外寄り?」(T▽T)

??? 「まあ、そう考えられる理由は、いくらでもあるもんね〜♪
      しかも、デュラル家の皆を、一番、長く見てきてるフランちゃんのお墨付き〜♪」(^〜^)

??? 「だったら、琴音ちゃんや、エリアや、スフィーさんはどうなるっ!?」(T□T?

??? 「この街で、超能力や魔法が使えるのなんて、普通だよ」(−o−)

??? 「俺は、そんな特殊能力は持ってないっ!!」(T▽Tメ

??? 「でも、まこりんだし……」(−o−)

??? 「俺は人間だ! 人間でたくさんだ〜っ!!」(T△T)

??? 「ギャグキャラが喋る事じゃないよね〜」ヽ( ´ー`)ノ









 思わず2人で吹き出して……、

 笑いが収まった時、玄関の扉が、
再び音をたてて、我が家の御当主様の帰宅を告げました。








☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆








「ふーん……それで、延々、誠君が満足するまで、料理を作り続けてた訳?」

「はい……」

「ナーニやってんだか……、
そもそも、そんなに、たくさん効能詰めこむから、変な事になるのよ。
マカとガラナとヨヒンベ……材料を、そのあたりにしぼって、単純に魔法濃縮して、
さくっと料理に混ぜちゃえば……イタ、イタタ、痛いいたい! 冗談ですって、ルミラ様……」

 にやにやしながら、かなり危険な提案(※)をなさる、
メイフィアさんの耳を引っ張りながら、ルミラ様は、澄まして御食事を続けられます。

(※アルカロイド製剤である。
ヨヒンベは劇薬ですので、
アルコールやカフェインとは、
併用しないようにしましょう)

「あっ、でも、健康スタミナ料理の作り方って言うのは興味ありますね〜。
ここのところ健康ブームですからぁ、らずべりーの新レシピのアイデアになるかも知れません〜」

 メイフィアさんに注がれてしまった発泡酒の入ったコップを弄びながら、
ふわふわと、既に眠気を帯びた口調で、アレイさんがおっしゃいます。

「いや、紅茶専門店の軽食に求められるとしたら、
滋養強壮や食欲増進より、低カロリーとかリラクゼーション効果といったものではないか?」

「論点がずれてるでしょーが、二人とも!今の本題は! 如何にして!
フランソワーズが、あの、もぐもぐブラックホール少年の食欲ひゃくぱー脳内領域に、
素敵ぴんくぱいなっぷるな性欲パーティーションを設けて、フラン色にフォーマット、
ロリっ娘メイドが『ご主人様……』と呟きつつも、やさしく攻め攻めの、
期間限定蔵出し中出しとれたて童貞生搾りを完遂するかという事であって……、
あっ、あっ、まって、まって、フランソワーズ!
じょーだん! 冗談なんだから、そんな大上段に振りかぶらないでよ……って、あれ?
今、何気に洒落ちゃった? てへっ☆」

「……アレイ、メイフィアの酒にハッシッシでも入れたのか?」

「いえ〜、単なる発泡酒ですけどぉ……、
なんか久しぶりのせいか、随分、いい感じに酔ってらっしゃいますねぇ……」

「メイフィアさん、ワタシはともかく、誠様に関する暴言は即座に――」

「はいはい、そこまで。フランソワーズも落ち着きなさい。
気持ちは解るけど、酔っ払いの戯言でしょ」

「……は、はい、失礼致しました」

 ……いけません。
 ワタシとした事が、思わず取り乱してしまいました。

 その上、ルミラ様に宥められてしまうなんて……、
 これでは、以前とアベコベです。メイド失格です。

「そーそー、I'm a boozerよっぱらい! ですので!
どうぞ長い目でプリーズ……あっ、アレイ! 次、日本酒お願い」

「……あなたも程々にしておかないと、イビルとたまみたいに、しばらく丁稚に出すからね」

「……え、えーっと、アレイちゃん、牛乳もらえる?(汗)」

 卑屈なほどに縮こまりながら、
メイフィアさんはちょっと名残惜しそうに一合升を伏せられます。

 夏にやらされた、『夏こみ直前都内八十八ヶ所漫画家スタジオ巡り』を思い出したのでしょう。
 酔いも、一気に覚めたご様子です。

 ルミラ様は、その様子を見て、
ふっと笑ってみせてから、すぐにまた表情を曇らせました。

「でも、まあ、確かに、誠君達の事も、ちょっと気がかりよねぇ……、
ほとんどの時間を、一つ屋根の下で暮らしてるのに、なんだって、あんなに慎重なのかしら?」

「はあ……何度か、その……、
進展に至りそうな事もあったそうなのですが、
なぜか、その度に、変な邪魔が入るそうでして……」

「きっとエリアさんってぇ〜、そういう星の元に生まれたんですね〜(ひっく)」

 アレイさんが『宿題を忘れたのが自分ひとりじゃなくて安心した』という表情で、
なんだか、ずいぶんと無慈悲な事をはっきりとおっしゃいます。

アレイさん……お酒は強くないのですから、律儀に付き合って呑まなくても……、(汗)


「それほど、気にする必要も無いのではないか?
会う度に口論が絶えないとか、ほとんど顔を合わせる機会が無いとか言うのならともかく……、
この前、店に来た時も、店中の注目を惹きつけるぐらい、仲睦まじい様子だったが」

「ちっちっち……そんなんだからいつまで経っても、おぼこねんねちゃんなのよ、エビルは。
会えない日が続けば毎日一緒にいる事を望み、
ひとつ屋根の下で暮らすようになれば、更なる繋がりを求める……、
互いに育む若さの欲求に、際限なんてあるもんですか」

 ルミラ様に、食後のトマトジュースを差し出しながら仰ったエビルさんの発言を、
メイフィアさんが、人差し指を左右に振りつつ否定なさいます。

「……そういうものなのか?」

「そうですよー。好きな人とは、やっぱりできるだけ一緒に居たいですし〜、
抱きしめてもらったりしたら嬉しいですし〜、もっと色々されたいとかとも思いますよ〜」

 アレイさんが、普段なら照れて真っ赤になってしまうような事を、よどみなく素直に仰います。
 お顔はお酒のせいで、やっぱり真っ赤になっていましたが。

「エビルさんはぁ、違うんですか〜?」

「いや、私は……」

「そうそう。芳晴君と、最近、なんか進展ないの?」

「いや、進展と言われてもな……別に、今までどおりだが?」

 これはちょっと意外でした。

 芳晴さんは、以前の幻蟲感染の騒動以来、ルミラ様に相当な恩義を感じてくれているようで、
お忙しい中機会を見ては、様々な形で心遣いを下さるようになりました。

 それ以前にも、ご好意を受ける事はあったのですが、
今は、その頻度が2倍にも3倍にも増えていて、逆にちょっと心苦しくなってしまうぐらいです。


「芳晴のルミラ様に対する姿勢は、もはや謝意と言うより忠誠だ。
メイフィアもうかうかしていると、第一級補佐の座を奪われる事になるかも知れんな」


 エビルさんがちょっと苦笑しながら、そう仰ったりしたものです。

 ちなみに、メイフィアさんの芳晴さんに対する評は――

『憎悪と怨恨はすぐに落してしまうくせに、恩義と謝儀は一生持ち歩く、世界一損する男』

 ――というもので、
これは、メイフィアさんにおきましては、信じがたいほどの賛美の言なのです。

 そのような状況でしたから、当然、エビルさんとも、
もうすっかり深い関係を育まれていると思っていたのですが……、


「進展……そういえば、最近は、
芳晴も自分の過去の話をしてくれるようになったな。
以前は、触れられたくない様子だったが、
今は、むしろ積極的に少年期の事も語ってくれる」

「はあ……なーんか、のんびりしてるわねぇ。
なんだかんだいって、もう知り合ってから結構経つのに……、
相変わらずバイト帰りに一緒に食事するぐらいで、デートらしいデートもしてないみたいだし」

 ひどくがっかりした様子で、メイフィアさんがぶつぶつと不満げに仰います。

「芳晴君もなにやってんだか。
食事と言わずホテルとか、お金が無いんだったら自分の部屋とか、駅前の公園とか、
その辺の茂みとか連れ込む場所とチャンスはいくらでも……あ、あ、イタイイタイ!
だから、耳は止めてくださいって、ルミラさまぁ!」

「自分の爛れた情事三昧の恋愛観で、他人のプラトニックな関係をとやかく言うんじゃないの!
そんなの人それぞれでしょーが。芳晴は紳士なのよ。
隣で下着一枚で寝てたって、やさしく布団を掛け直してくれるぐらい」





「……あのー、ルミラ様……、
わたくしには、流石に、そこまで行くと、
紳士的という枠を越えてしまっているように感じられるのですが……」

「っていうか、ルミラ様……なんか喩えが、みょお〜に具体的じゃありません?」

「ルミラ様……そういえば、三日前の雨の日、残業で終電を逃したと、外泊なさいましたよね?」

「な、なにいってんの、あなた達! 想像よ、そーぞー! あくまで!!」





 こほん、と、わざとらしく咳払いをして、ワタシの追求を遮ってから、
ルミラ様は皆の視点を逸らすために、エビルさんに向かって言葉を続けられます。

「ま、まあ、とにかく、エビルと芳晴君には、それなりにお互いのペースってのがあるんだから、
あんまり外野の声とか三日前とかは気にしないで、今まで通り、のんびりやればいいのよ、ねっ?」

「…………はい」

 あー、ダメですよ。
 エビルさん、そこで頷いては。

 ほんとに、ルミラ様に対しては、素直過ぎるんですから……、

 ……仕方がありません。
 後で、ワタシがしっかりと、ルミラ様を追求しておきましょう。

「でもねえ、それにしたって、どうも、今時じれったいというか……、
まあ、確かに、仰る事には賛成ですし、芳晴君が紳士なのも否定はしませんけどねぇ」

 まだ、ちょっと不満が残る様子で、
メイフィアさんは更にエビルさんに質問を重ねます。

「ねえ、エビルの方からは、芳晴君のマンションに遊びに行ったりしないの?」

「私は……私は、フランソワーズほど役には立てないし……、
芳晴はいつも忙しいから、返って、迷惑になる可能性が高い。
それは、私にとっても本位ではない」

 メイフィアさんのお言葉に、エビルさんは、
少し困惑した様子で俯いてから、ちょっと小さな声で返答なさいます。

「エビルさん……」

「ばっか、そんなわけ無いじゃない!
きっと芳晴君だって待ってるわよ? ねぇ、ルミラ様?」

 アレイさんが心配そうに、エビルさんの肩に触れられました。

 メイフィアさんは呆れたように、
そして、ちょっと怒ったようにそう言って、ルミラ様に同意を求められます。

 ルミラ様も、ちょっと困った顔をなさっていましたが、
真っ直ぐにエビルさんの瞳を見つめて、優しく声をかけられました。

「……あの娘でしょ? 芳晴君の守護天使の、えっと……なんていったかしら?」

「――コリンさんですか?」

「そうそう……大方、あの娘と鉢合せするのが怖くて、遠慮してるんでしょ?」

「いえ、別に怖いという訳では……」

「うそ! なに、そーなの!?
ばっかねー、エビル! ダメよそんな引っ込み思案じゃ!
絶対、あんたの方がリードしてるんだから、もっとがんがん行かないと!
フランソワーズみたいに、寝てる間にがばーって覆い被さって奪っちゃいなさい!」

「ご、誤解を招くような言い方をなさらないでください!!!」


 ううう……、
 まだ、そのことを引っ張るのですか、メイフィアさん。

 後生ですから忘れてくださいと、もう100回以上言っていますのに。(泣)


「いや、特に遠慮とか躊躇といったものでは、本当に無いのだ。
ただ、実際、ちょっとあの天使の相手は疲れてしまうし、
芳晴も家を空けている事が多いから、会おうと思うときには自然と、
自宅に尋ねるよりもバイト先で直接という事になるだけで」

 珍しく、ちょっと慌てた様子でそう仰ってから、
エビルさんは数瞬俯いて、更に言葉を続けられます。

「それに、皆、なにか先ほどから、
私と芳晴が仕事場でしか会っていないと思っている様だが、別にそんな事は無いぞ。
この間は、博物館に『西洋と東洋の刀剣歴史展』を見に行ったし、
『古代ローマ帝国美術展』にも連れて行ってもらったし、
今週末だって一緒に釣りに行く約束をしている」



「あの、エビルさん……、
我が家においては、釣りと言うのは、レジャーと言うよりお仕事では……」

「……他のもなんか、デートスポットとしては固くない?」

「えー、そんなこと無いですよぉ!
すっごくロマンチックじゃないですか! 羨ましいですよー」



 ワタシとメイフィアさんは、
否定的な意見を述べてしまいましたが、意外にも、アレイさんの心の琴線には響いたようです。

「まあ、デートスポットは別にいいわ。じゃあ、具体的に……ちゅーはもうした?」

「う……」


 メイフィアさん、ちゅーって……、
 でも、キスもまだだったのですか。

 ……ますます、意外です。


「確かに、あまりそういった雰囲気になった事は無いな。
いや、ひょっとしたら気付いていなかっただけなのかもしれないが……」

「あの、芳晴さんに言い寄られたり、
もしくは、エビルさんから、その……、おっしゃったりした事も無いのですか?
あかね様などは、頻繁に、誠様と、そういったコミニュケーションをとられているようですが」

「いや、お互いに、あまり、そういう話はした事が無いな……、
会話が少ないとは思わないのだが……」

 誠様達は、お互いの想いを、
相手に対して遠慮なく、素直にお伝えになっています。

 一緒にいらっしゃる時には、様々な会話をなさっていますし、
例えば、お昼の休憩時間や、公園でくつろがれている際などにも、
頭をなでて欲しいですとか、腕枕をして欲しいですとか……、

 とにかく、一緒に居れば、相手の雰囲気に気付かないという事は、まずありません。

 そういった点から比較して推測しますと、芳晴さんとエビルさんには、
やはり何か、若干のコミニュケーション不足があるのではないのでしょうか?

 そう思い、ワタシは改めて、お昼にくつろがれている誠様達を思い出してみます。








「はふぅ……まーくん……もっと♪」(ポッ☆)

「うにや〜〜〜〜ん♪ 腕枕うでまくらっ」(すりすり☆)








 い、いえ……、
 ちょっと、誠様達を例に出すのは、極端だったかもしれませんが……、(汗)


「もし、エビルさんが……そ、その、例えばキスをして欲しいですとか、
そういった事をお想いになっているのでしたら、やはり、素直に伝える事も必要かと……、
芳晴さんも、きっとエビルさんとは、そういったコミニュケーションを望んでいらっしゃると思いますし」

「しかし、確かに思い返してみれば、自分が芳晴とそういう事をする様を、想像する事もある。
あるのだが……そういうことを深く考えるのは、むしろ一人でいる時の方が多い。
芳晴といる時は、なにかそれだけで……その、満たされてしまってな」

 ワタシの発言に対して、エビルさんは、
ちょっと難しい顔をなさって考えてから、言葉を選ぶ様にそう仰いました。

 最後のあたりは、かなり顔を赤くされていましたが……、

 でも、そういうエビルさんのお気持ちも、なんとなく解ります。

「んー、なるほどね。ま、エビルは今、充実してるんだ。それなら心配ないかな。
それにしても……エビルとフランソワーズの恋愛談義なんて、
ちょっと前までは、とても考えられない光景だったわねぇ」

 ルミラ様はくすくすと笑いながらそう仰ると、
ゆっくりと腕を組まれて、少し沈黙なさり、ややあって、また静かに語られます。

「うーん……でも、そうね。私も、別に、エビルは、今のままでいいと思うけど、
フランソワーズの言う事も、確かに、一理あるかな。
でもねえ……かといって、恥ずかしいっていう気持ちも、
やっぱりあるだろうし、エビルのキャラ的にもねぇ……、
言葉にして伝えるのは、やっぱりちょっと、難しいかな」

「ですねぇ。そうなると、やはりここは、
フランソワーズ流という事でハルシオンなんか――おぶっ!!」

 また下品な事を言い始めたメイフィアさんを、
裏拳で沈黙させてから、ルミラ様は、にっこり笑って、エビルさんに向き直られます。

「んじゃ、まあ、そのうちデートでそんな雰囲気が来たら、
その時スムーズにいい感じになるように、ちょっと秘策を授けましょうか。
キスのタイミングを逃さないためにね」

「秘策……ですか?」

「――ん、まあ、そんな大したもんじゃないけど。
でも、芳晴君なら効果あると思うわ」

 エビルさんは、とても真剣なお顔で、ルミラ様のお顔を見つめます。
 心なしかアレイさんも、ぐぐっと身を乗り出されていました。



「エビルさ……芳晴君と一緒に居るとき、ついつい芳晴君の顔、観ちゃうでしょ?」

「――? は、はい」

「その時ね、よく注意してみるといいわ。芳晴君が今、なに考えてるのかなーって。
きっとね、エビルなら、すぐに読み取れるから。
注意するのは特に目ね。芳晴君って、口ほどに以上に、目がものを言う性質だから」

「――はい」

Whom we love best, to them we can say least. Love speaks, even when the lips are closed……、
色々言われてるけど、まあ、なんにしても重要なのは、言葉以上にお互いの気持ちよね。
確かに、言葉があった方が解り易いけど、それはあくまでも手段のひとつ。
エビルが、芳晴君の想いを感じてあげられれば、それでいいんだから、難しく考えなくてもいいの。
それを受けて、あなたも、あなた自身の想いに、素直に行動すればいいわ。
別に、今までと変わらないでしょ? それで十分。すぐに、いい雰囲気になるわよ」

「ぶー、ルミラ様つまんなーい。
目と目で通じ合うなんて、昔の少女漫画じゃないんですから……」

「あーら、こういう事は、策を労し過ぎると、大抵、策におぼれちゃうのが常よ。
生きた見本がいっぱいいるじゃないの」

「うわっ、聞いた、フランソワーズ、あんな事言われてるわよ?
しっつれいよね〜、一緒に家出しよっか?」

「メイフィアさんの事であって、ワタシのことではありません。勝手に同類にしないでください」

 メイフィアさんをできる限り冷たくあしらいながら、
私は内心で、改めて<ルミラ様のお言葉を考えていました。


 ……確かに、そうです。

 そういえば、誠様達を、改めて思い返してみましても、
お互いの気持ちは言葉を交わして伝える以上に、
何か言葉以上の感覚で、深く通じ合っていらっしゃるのがよく解ります。

 もちろん、長いお付き合いで気心が知れていますから、
遠慮なく言葉を用いられたりもなさいますけど。

 言葉に出すのは、相手に気持ちを伝えるためというよりも……、

 むしろ……、
 自分の気持ちを実感するため……、

 ――流石は、ルミラ様。
 物事の本質を、見事に見抜いていらっしゃいます。お見事です。








「あっ、でもね、エビル。ちゃんと避妊はするようにね?
今、赤ちゃんができると、芳晴君にもあなたにも赤ちゃんにも、
ちょっと随分苦労が多くなっちゃうから。その辺は悪いんだけど、もう少し我慢して。
できるだけ早く、協力できるようにするから」

「なっ……いえ、まさか、そこまでの事などあるはずが……」








 ……はあ。
 ちょっと誉めると、すぐこれです。

 エビルさん、真っ赤になってしまっているじゃないですか。

 ……ひっとして、わざとやっていらっしゃるのでしょうか?

「いやだって、さっきも、ちょっと話にでてたけど、
誠君トコなんかはもー、つくる気満々らしいじゃない。触発されちゃわないかと思って」

「そういえば……いや、しかし、そうなのか、フランソワーズ?
私はてっきり、メイフィアの戯言かと思っていたぞ?」


「え? いえ、いや、あの、その……、
確かに、みこと様やはるか様達のご意向は、そのような事らしいのですが……、
あっ、でも、きちんとした貯蓄もなさっているらしいですから、
決して計画性を無視しているという訳では無くてですね……」(汗)



 変な形で話を振られてしまい、
ワタシはしどろもどろになりながら返答します。

 別に、ワタシが言い訳がましくなる必要は無いのですが、なんとなく焦ってしまいます。

 エビルさんの目が非難めいた色をしているのが解るものですから――


「まさか、そんな……第一何故、そんなに急ぐ必要があるのだ?
私だって、まだそこまで具体的に考えた事など……」



 ――といいますか、エビルさんの表情には、少し焦りも含まれているような気もします。

 そういえば、エビルさん、意外に子供好きですし……、
 ひょっとすると、羨望もあるのかもしれません。


「あ、いえその、たぶん、たぶんですね……、
みこと様達の発言は、将来そうなったらという希望を冗談を交えて伝えていらっしゃる訳で、
さくら様やあかね様やエリア様達のほうは、まずはその、心をより深く通わせたいという意味で、
誠様に勇気を促しているという次第でありまして……」


「しかし……それにしたって、誠達はまだ十六……いや、もう十七になったのか?
未だ、親元を離れていない学生だろう?
確かに、マスコミからの情報を聞けば、そういった経験をしていても珍しくはない年齢ではあるが……、
だが、それでも、その歳で既に婚約者がいるというのなら、
むしろ、充分、進んでいる方だろう? 何をそんなに焦る必要がある?」


 ひどく複雑な表情のまま、エビルさんが不思議そうにそう仰います。

 いけません……、
 このままでは誠様達が、変な誤解を受けてしまいます。

 ワタシはそう思い、必死にやや早口で、エビルさんに説明を試みました。

「いえ、あのですね、確かにあまり焦りすぎる必要はないと言う意味では、そういう見方もあるのですが……、
ですが、問題は、年齢や社会的な地位では無くですね。
エリア様達が、そうなる事を望んでいらっしゃる、と言う点でして……、
それなのに誠様と来たら、どうもいまいち……その、私が述べるのも僭越ですが、
自覚なさっておられないと申しますか、余計な心配を為さり過ぎて、
お覚悟を決められずにいられる様でして、
確かに、お優しいのは誠様の長所なのですけれども、時にはその、むしろもうちょっとわがままに、
強引になって頂いた方が……その、女性には母性と言いますか、甘えられる喜びと言うのもございますし、
何より、大前提と致しまして、誠様の良い所も悪い所も全て、包みこみ、認め合った上で、
共に歩んでいきたいと言う決意がある訳でして、誠様が同じように思ってくださっているのであればもう、
すぐにでも押し倒されてしまっても本望…………と、思っていらっしゃるそうなのです、エリア様などは」








「フランソワーズ……後半のそれ、ほんとにエリアの事? あなたの事じゃないの?」

「――っ!! な、な、なな、なななな何をおっしゃいますか、ルミラ様!!」

「…………いや、驚いた。フランソワーズが、これほど長く力説してしゃべるとはな」

「あぅ……」(真っ赤)





 ううううう……、
 どうも最近、発言時に我を忘れてしまう事が多いです。

 恥ずかしすぎます。
 叶うなら、時を戻して欲しいです。(泣)


「ふむ、なるほどな……」


 ひょい、と真っ赤に茹であがっているワタシのおでこに、
カップを押し付けて牛乳を温めなおしてから、エビルさんは腕を組んで、難しい顔をなさいます。

 そして、ややあって、こう仰いました。

「その歳で、そこまで決意が固まっていると言うのは、敬服に値する……、
それならば、エリア達については、私が口を挟む事ではないか……、
問題は、フランソワーズが義母上殿らと誠の意向に添えるかどうかだが……」


「なっ!! エビルさんまでっ!!
ワタシの事など、心配無用です!!」

















 !」
















「…………?」








「…………」

「…………」


「…………」


「…………」









 な、なんでしょう……、(汗)

 皆様、何か、また……、
 とてつもない誤解をなさっているような……、
















「心配無用、ってことは、つまり……フランソワーズ、あなたはもう、シたのね?」
















 ずしゃぺちっ!!








「な、何でそーなるんですか、メイフィアさん!!! 違います!!
今、お話ししているのは誠様達の事であって、最初からワタシの事など話題にしていません!!
だから、心配など無用だと、そういう意味です!!
まったく、全くもう、皆さん何を考えているのですか!
ワタシはですね、デュラル家に使えるメイドであって、ルミラ様に一生涯の忠誠を誓っており、
ワタシが誠様の家で様々な御奉仕をさせて頂くのも、あくまでもルミラ様のご意向……ルミラ様?」








「あっ、みことさんですか、ルミラです。
どうも、ご無沙汰致しておりまして……はい、どうやらうちのフランソワーズが、
誠君に想像以上にお世話になりましたようで……はい、はい……、
それで、つきましては、改めまして結納の日取りなど……」



 がちゃん!!


「――あっ! ちょ、ちょっと、フランソワーズ、何する……」

「どんっ……っ! どこっ……どっ……!」

「……山口?」

「違いますっ!! どっ、どこまで先走るのですか、お嬢様!!
お戯れもいい加減になさいませ!!」


「えー、ちがうのー?」

「違います!! まるっきり、何もかも違います!!
ぜんぜん、全く、一切合切違いますっ!!!!!」







 はあ、はあ、はあ……、
 あっ、頭が痛くなってきました。

 激しい眩暈に襲われながら、ワタシはひとまず息を整えて、皆さんに向き直ります。


「いいですか、皆さん。改めて言いますが、先ほどからご説明している事は、
全て、さくら様とあかね様とエリア様と誠様に関するお話であって、ワタシのことは無関係です!
それが、一体どうしたら、ワタシと誠様の、ゆ、結納の話になるのですか!!
ワタシは、誠様達の新たなる幸せを願っているのであって、
さくら様達より先に誠様に情けをかけ……
て……いた、だく……など……


「あのー、フランソワーズさん……、
後からですと、むしろ、余計に問題になるんじゃないかと思うんですけど……」


「うむ……しかし、フランソワーズの言う通り、
先と言うのも、それなりに問題がありそうだな」


「でもさ、そうなると、結局、四人同時? 5P?
うわー、誠君大変ねぇ。そりゃ、しり込みもするわ、うんうん」




「違いますちがいますチガイマス!
ちぃーがぁーいぃーまぁーすうっっっっ!!!
先ほどの発言は間違いです幻聴です忘れてください!
ワタシはそんなこと、思った事もありませんし、期待した事もありません!!」



「――と、表向きはそうして欲しいのね、メイドとしての理念(プライド)から」


「でも、本音では、やっぱり期待してる、と」

「まあまあ、そう追求せずに忘れてあげましょうよ、恥ずかしいでしょうから」

「うむ、それにフランソワーズの本音は、誠だけが知っていればいいのだからな。よくわかった」


「全然解ってないじゃないですか!!
だから、本音も建前もなしに、事実として、そんなことは無いんですっ!」



「嘘だわね」

「ええ、嘘」

「うそですよねぇ」

「方便だな」


「嘘でも方便でもありません!!
どうして信じてくださらないのですか!」(泣)



「眼をみりゃ解るわよ」

「顔にそう書いてあるもの」

「言葉が無くとも心は伝わるという、好例ですねぇ」

「フランソワーズは、本当に表情が豊かになったな」


 うううううううううううううう……、(泣)

 もうダメです。
 今日は何を言っても、全て裏目にでてしまいます。

 違いますのに。
 絶対に違いますのに。



「ルミラ様……申し訳ありませんが、今宵はどうも、
ちょっと気分が優れませんので……お先に休ませて頂きます……」


「ハイハイ、お大事に。後片付けは、私がやっとくから。
おやすみなさい、フランソワーズ」(くすくす)


「は、はい……皆さん、おやすみなさいませ……」


 ワタシは全てを諦め、遺憾ながら、今夜はそのまま休ませて頂く事にしました。

 こういう日は、もう何を話しても無駄です。
 話さないに限ります。

 ――沈黙は金、というものです。



「いや、それはちょっと誤用ではないのか、フランソワーズ?」



 だから、心を読むのはやめてくださいエビルさん……、(泣)








 ……ううっ。(泣)

 明日から始まる、冷やかしの毎日が目に浮かびます。

 一体、いつからワタシは、
こんな自爆型になってしまったのでしょう?

 誰の影響を受けてしまったというのでしょう?








 しくしくしくしく……、

 恐らくきっと絶対に間違いなく、違いますのに。(泣)








<おわり>

―後日談―

「ねえ、ルミラ様? なんだか、最近エビルさん、とってもお優しいですよね」

「そうね、ご機嫌みたいね。ときどき、鼻歌まで歌ってるし」

「何か、いい事でもあったんでしょうかねぇ?」

「さあ? 大方、先週末釣りに行った時、カレイの代わりに、王子様でも釣り上げたんじゃない?」

「あ、なるほど」


(あとがき)

 エビルさんと芳晴君の関係は、自分のイメージですと、
今のところはまだラブラブアツアツというよりは、非常に仲のいい仕事仲間という雰囲気で、
仲良くは見えるんだけど、あからさまに恋人って感じでもない、
別な意味で、ちょっと大人っぽい、そんな関係なんじゃないかなーなんて思います。

 はたから見てると、もう付き合っているようにも見えるんだけど、
でも、「あれ、あの2人いつも仲いいけど、実はただの友達なのかな?」と思わせる雰囲気がまだある感じ。

 で、当人達もそういう関係が嫌いじゃなくて、
ほのかに御互いの気持ちもわかってるから、そんなに焦らずにのんびり付き合ってると。

 きっかけがあれば恋人らしい感じにもなるけど、普段は友達っぽく見える恋人?

 すみません、なんかうまく表現できないですけどね。

 なんていうのかな、御互いの気持ちが無意識に通じすぎちゃって、
かえって表立った恋愛コミニュケーションは押さえがちになる、ゆったりと余裕のある関係?

 ひょっとすると、あまり、HtHらしい恋人像じゃないかもですけど……、(^ ^ゞ


<コメント>

みこと 「ねえねえ、フランちゃん?」(^○^?
フラン 「は、はい……何か、ご用でしょうか?」(^_^;
みこと 「この間の電話の件だけど〜……」(^〜^)v
フラン 「あ、あれはですね……ただの、ルミラ様の先走りと言いますか……、
     そもそも、ワタシはデュラル家のメイドであり、
     誠様と、その、結納だなんて……そんな事……、
     と、とにかく、違うんですっ! 全部、間違いなんですっ!」(* ̄□ ̄*)
みこと 「……本当に違うの?」(・_・?
フラン 「うっ……それは……」(−−;
みこと 「じ〜……」(・_・)
フラン 「えっと……その……」(*−−*)
みこと 「じ〜……」(*^ ^*)
フラン 「あうあうあうあう……」(*T▽T*)

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