「それではルミラ様、行って参ります」

「はい、いってらっしゃい。誠君によろしくね」

「お昼はテーブルの上におにぎりを置いておきましたので、それをお持ちください。
確か今日は出版社の方に赴かれるのですよね?」

「ええ、その予定よ。まー今日は翻訳原稿見せて、ちょっと打ち合わせするだけだから、
すぐ済むでしょうけど」

「お疲れ様です……」

「もう慣れたわ。こっちの事は気にしないでいいから、ゆっくり楽しんできなさいな」

「は、はい……あ、それと他の方々のご昼食は冷蔵庫に入っておりますので、
温め直してお召し上がりくださいますよう、皆様にお伝えください」

「ん、わかったわ」

「それから、私の部屋のみかん箱の上に今月分のお家賃が入った封筒がありますから、
お手数ですがそれを今日中に大家さんに……」

「はいはい」

「それと、本日は夕方以降天気が崩れるそうですので、お洗濯ものは夕方までに……」

「はいはいはいはい」

「ええと、それから、それから……」

「行ってらっしゃい、フランソワーズ」





Heart to Heart 外伝 ナイトライター編

 デュラル家のフランソワーズ

    ―が、いない一日―







 ……ふう、やれやれ。

 まったく心配性なんだから。
 せっかくの休暇なんだからもっと他に考える事があるでしょーに。

 さてと、今日は高学館に10時だから……、
 平日の千代田区方面は飛んだりするとちょっと人目につくわね。面倒だけど電車でいこ。

 私一人なら別にどうでもいいんだけど、何しろ心配屋がいるから……、

 あの子達、どーもいまだに肝が据わってないのよねー。
 魔界じゃ、そこそこの貴族の家臣ともなれば、クーデターのことばっかり考えてるぐらいが普通なのに。


「不穏な発言ですねぇ」

「あら、おはよメイフィア……聞いてた?」

「ええ。最近独り言、増えたんじゃないですか?男日照りの証拠ですよ?」

「ほっといてよ。大体あんた、人のこと言えるの?」

「ん〜、あたしは当面、男よりお酒かな?」

「向上心に乏しい事あっさり言わないでよ、こっちが情けなくなるでしょ」

「こんぐらいあっさりしてれば、年寄りが心配しませんから」

「……なにそれ、年寄りって私の事?」

「さあ? どうでしょうねえ?」

「……私、これから仕事だから。大家さんに家賃払っておいてね。
お昼は冷蔵庫に入ってるから、チンして食べなさい」

「はーい、いってらっしゃいませー」

「……些細な社交辞令的好奇心で聞くけど、あんたは今日、予定ないの?」

「うーん、ほんとは出勤予定日だったんですけど……、
ここんとこ負けが混んじゃってるから自粛中です」

「またパチンコぉ? あのねえ、あなたの取り分だからあまりうるさく言う気はないけど、
もうちょっと他の方法は考えつかないの?」

「他の方法って言うと、お馬さんとかですか?」

「……イラストレーターの仕事とか、専門学校の講師とか。」

「(ぽむ) さっすがルミラ様! いや、考えつきもしませんでした。お見事です!」

「……もーいい……そうよ、わかってたことよ、ずーっとまえから……」

「あーほらほら、ルミラ様、そんなにため息吐くと幸が逃げますよ?」

「これ以上逃げてく幸があるなら、もう引き止めないわよ……」

「ほんのいつもの軽い冗談じゃないですか。
ご心配なさらずともこっちは『それなりに』やっておきますから、安心し……











 ちゅどーん!!










「……て、つつがなく即座に速やかに出勤していただけると、
御当主様の精神衛生上においても非常に有益かと具申いたします所存にござりますれば……」

「……無理よ」









 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 








「返せー!! 今すぐ返せー!! 耳そろえて返せこの糞ネコー!!!」

「ふーーーっ!! ふぎーーーーー!!!」


「もーっ!! イビルさんもたまさんもやめてくださあーい!」


「何事よ!! ……って、あああああああああっ!! 冷蔵庫が!!」


「あららー、完全にスクラップ」









「………………………………」

「あ……ル、ルミラ様……」(汗)


「……ふ、ふみゃ……」(汗)

「…………………………………………」

「……あ、あの、これはその……」(大汗)

「……みゃ……みーー」(がたがた)

「……………………………………………………」

「た、たまのやつが……あたいの弁当を……」(滝汗)

「…………」(そろ〜り)








 
ぐわしっ!!


「ふぎゃっ!!」

「………………………………」(にこっ)

「ひっ・……」





































































「……で? 今回の原因はなに?」

「はあ……なんでも、イビルさんが楽しみになさっていた三色酉弁当を、
たまさんがこっそり食べてしまったそうで……」

「それで、かんしゃく起こしたあげく、勢いあまって今日のお昼と、
この先1週間分の食材と一緒に、冷蔵庫を炭の箱に変えた、と?」(ひくひく)

「あ、あのルミラ様、これ以上はほんとにイビルさんが死んじゃいますから、どうか落ち着いて……」(汗)

「…………はあ……私、不幸だわ」

「ううううう……申し訳ありません……」(泣)

「いや、アレイが謝る事ないけど……」

「とりあえず、この陽気ですからねぇ。
今日のお昼はともかく、今後の食材保存のために冷蔵庫の替えが早急に必要になりますね。」

「あの……すみません、わたくし今持ち合わせが無くて……」

「いいわよ……私が仕事の帰りに買ってくるから、お掃除、よろしくね」

「「あ……いってらっしゃいませ……」」











 はあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜……、








 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 








『次は、神田。神田です。降り口は……』



 ふ〜〜……やれやれ……、

 なんだってあたしがこんな、空気も霊気も汚れきった乗り物に押し込まれて移動しなきゃならないのよ。
 暑苦しいし、臭いし、電車賃は高いし。術を使えばこんな距離、一瞬で移動できるのに。

 まあ、後々またいろいろ面倒が起こるのは私も避けたいからしょうがないけど……、

 まったく、よくみんな我慢できるもんだわ。
 こんな中で本読んだりできるんだから……ん?









「…………あ、おばあちゃん、ここ、ここ」

「どうもすみません、ありがとうございます」









 ……急にいっせいに寝た振り始めるんじゃないわよこいつらは!!(怒)

 少しは庶民の誇りってもの見せなさいよ!

 私はあんたらと違って貴族なのよ!
 魔界最高位のヴァンパイアなのよ!

 ほんとだったら自分で術使うまでも無く、
従者の先導のもと、輿に座って優雅に移動するもんなのよ!

 そんな私が、何でこんな狭苦しい箱に閉じ込められて、
挙句の果てに人間の年寄りなんぞにわざわざ席を譲らなきゃなんないのよ!

 おまけに私、夕べは徹夜だったんだからね!









 ……やめよ。
 なんか、よけい虚しい……おなかも減るし。

 あ、そういえばフランソワーズが休暇だから、買い物して帰らないと……、

 まったくあの馬鹿悪魔と馬鹿ネコは(怒)。

 フランソワーズがせっかく上手にやりくりして買い置きしてくれてたのに、
それを冷蔵庫ごと燃やしちゃうなんて……あの程度じゃ、まだまだ甘かったかもしれないわ。

 これを機に、あのかんしゃく癖を封印する手段を見つけないと……、

 ……あ〜あ。エビルがいてくれたらなー。

 あの娘にあまり構ってもらえなくなってから、イビルのおイタの頻度が急上昇してるのよね。
 前はエビルが上手に手綱を取ってくれてたんだけど。

 でも、エビルも今は『いろいろ』忙しいしなあ……、

 いっそ、芳晴君がうちに養子に来てくれれば少しは……いや、それも逆効果か。
 じゃあ、やっぱりイビルに誰かいい人を探してあげて……、





 ……やめやめ。

 ただでさえ部下のせいで理不尽な多忙さに身をおいてるって言うのに、
何で私がそんな事まで面倒みなきゃならないのよ。上官のするこっちゃないわ。

 そんな事より帰りに冷蔵庫買わないとなあ……、

 えっと、フランにお小遣い渡したから、今、手持ちが……14000と791円。





 ……冷蔵庫買っても、中にいれる物買えないわ(泣)。

 はあ。いつものお豆腐屋さんによって、オカラもらって帰ろ……、









「こんにちは〜」

「あ、デュラル先生! お待ちしておりました!」

「どうも。こちら、今回の原稿です。」

「ありがとうございます……はい、確かに。先生は締め切りが確実なので助かりますよ」

「えっと、次の翻訳用の原書、見せていただけます?」

「その事なんですけど……デュラル先生、今日はこのあと、御時間ございますか?」

「……はい? えっと……ええ、特に急ぎの予定は……」

「よかった! すみません! お願いします! この原稿の翻訳、何とか今日中に!」

「きょ、今日中?! そんなのむちゃくちゃじゃない!!」

「すみません! こっちの手違いで、どうしても今日中に上げないと大変な事になるんです!
あ、もちろん他の方にも、今、電話かけまくってお願いしてますから、
どうかこの原稿だけ! お願いします!!」

「そんな事言われても……私、夕べは寝てなくて……」

「後生です!! お願いします!! 自分の首がかかってるんです!!」(泣)

「…………」

「その……ここだけの話、特別手当としまして、
自分のポケットマネーからこのぐらいは出せますから!!」

「う……そ、そんなに?」

「お願いします! どうか! このとおり! ね? ね?」

「うう……」(汗)





(新しい冷蔵庫代……アレイの鎧の修理代……質に入れてある、メイフィアのイヤリングの買戻し代……、
商店街のデパートで見つけた、エビルに似合いそうだったキャミソール……、
全部あわせても、まだちょっと貯金ができる……!!)






「……解りました。空いてる机、お借りしますよ」

「ああっ、ありがとうございます!!」





 やれやれ……もう今日はこの後OFFにしようと思ってたのに。
 そんでもって、帰りに祐介君トコに寄って、愛の個人授業でもしてあげようかと思ってたのに


 でもまあ、これで冷蔵庫は何とかなりそうだわ。

 夏の食生活のためにも、がんばらないと!


     ・

     ・

     ・



 ……。

 …………。

 ………………。




 お、終わったわ……死ぬかと思った。

 一週間分の仕事を半日でやった気分だわ。
 私、明日は誰がなんと言おうと休むわよ……、

「本当にありがとうございました!! 先生は私と家族の命の恩人です!!」

「そんな大げさな……でも、こーゆーのはもうこれっきりにしてくださいね」

「は、はい。どうもすみませんでした。
お礼の方は原稿料と一緒に私が後日振り込んでおきますので、どうぞごゆっくりお休みください」

「…………は? 後日?」

「いや〜、先生には本当に感謝のしようもございません。
私はこれからすぐに印刷所のほうに行って参りますので、後はお任せください。それでは……」

「あ、ちょ、ちょっと待っ……」










 ……後日?

 ……後日なの?

 ……後日、振込み、だったの?

 ……日払いじゃ、ないの?

 ……じゃあ、冷蔵庫は?








 …………私、不幸だわ。(泣)








 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆








「ありがとうございましたー」



 ふう……これでよし、と。


 中古の冷蔵庫、値切りに値切って12000円!

 ほんとは10000円以下のを探したかったけど……すぐ壊れるのも困るし。
 それに、だいぶ遅くなっちゃったから、お豆腐屋さんによって早く帰らないと……、




14791円−(12000円+消費税600円)=2191円




 ぐうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅうう〜〜〜〜〜〜……


 うっ……そ、そのまえにそこのお弁当屋さんで何か買って食べよ……、

 おなかペコペコで倒れそうだわ。せっかくフランソワーズが作ってくれたおにぎりも黒焦げだったから、
お昼も何も食べてないし……あの馬鹿悪魔。(怒)

 そういえば、メイフィア達もお昼食べてないはずよね……、
 アレイがまた処分品のお弁当もらって来れてればいいんだけど……、






「いらっしゃいませ〜。なんになさいますか?」

 ……ん?

 くんくん。

 ん〜〜、いいにおい。こ、このにおいは……、





夏バテ解消メニュー、超本格仕込みのデラックス鰻弁当!

7月14〜8月31日までの期間限定 1500円(配達も承ります)




 ……ごくっ。

 えっと、1500円って事は消費税込みで1575円。
 帰りの電車賃が520円だから……、




2191円−520円=1671円




 よしっ!! ぎりぎりセーフ! 買えるわ!

 ……いいわよね。かなり贅沢だけどやっぱり体が資本だしっ!

 夏を乗り切るためにも、「私が」栄養つけないとね!

 そうよ!
 大体何度も言うけど、私は上流貴族なのよ!

 デュラル家当主なのよ!
 偉いのよ!

 それに昨日から不眠不休でがんばってるし!
 ひとりで鰻ぐらい食べたって、文句言われる筋合いなんか無いわ!

 ううん、むしろ食べるべき! 食べないとダメなのよ!

 そうよっ! それがデュラル家当主としての威厳というものよ!
 最近の私に欠けてたのはそれよっ!

 好きなときに食べて好きなときに寝て、お気に入りの男の子の血は遠慮なく吸う!
 メイフィアもたまもそうしてるし!

 目を覚ますのよ、ルミラ!
 ここでデラックス鰻弁当を食べて力をつけて、今夜、威厳を取り戻すの!

 いいえ、鰻弁当なんか所詮はオードブルよ。
 前菜で軽くおなかを落ち着かせたら、今夜はたっぷりメインディッシュも……、






 ふふふ、決めた。決めたよ。今夜は久しぶりに狩の夜!
 ここしばらくの不幸をあの子達の血で清算してもらわなきゃ!

 よーし! 萌えて……もとい、燃えてきた!!

 私はやるわよ! お玉でなぐられよーが、フライパンでどつかれよーが、
バレーボールが飛んでこよーが、私はやるんだから!!






「ふふ……うふふふふふ

「あ、あの……なんになさいますか?」(汗)

「……あ、すみません。えっと」

「はい………」

「…………あの」

「はい、なんになさいますか?」








「…………三色酉弁当4つ、こちらの住所に配達してください」



2191円−(三色酉弁当380円×4+消費税76円)=595円







 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 








「……お豆腐1丁、ください」

「はい、まいどどうも……って、どうしたんだい先生? いつに無くやつれちまって……」

「……え? そ、そう?」

「……なんだか、徹夜作業明けに食事もとらずに1日中働いてたみたいな顔つきだよ?」

「……おばちゃん、豆腐屋さんやめて探偵になったら?」

「……はあ。また苦労してるみたいだねぇ。ほら、お豆腐一丁おまけ。68円ね」

「あ、どうも……」



595円−68円=527円



「おからも持っていきな。いっぱいあるから」

「いつもごめんね……ここのおかげでずいぶん助かるわ……」

「いいよいいよ。どうせもうすぐ、この店もおしまいだしねぇ」

「……え? そうなの?」

「いや実はね。ほんとに豆腐屋、やめるんだよ。
娘がね、仕事が軌道に乗ったから一緒に暮らそうって言ってくれてねぇ。
私ももう歳だし、これからは娘夫婦に面倒みてもらおうと思ってね」

「……へえ〜、そうなんだ。よかったじゃない」

「まあねぇ、あんまり身内を自慢するもんじゃないけど、
二人とも働き者で稼ぎもいいみたいだからね。楽させてもらえそうで助かるよ」

「そう、よかったわね」

「娘の婿は電気屋さんなんだけどねぇ。こないだも冷蔵庫が壊れたから直してくれって言ったら、
わざわざ新しいのをすぐ運んできてくれてねぇ」

「…………よかったわねぇ」

「二人とも、忙しいのによく実家に顔を出してくれてねぇ。
こないだは有名な専門店に行って、家族みんなで鰻を食べてきたんだよ。いや〜美味しかったねぇ」

「・…………よかったですねぇ」(泣)

「やっぱりこの時期、栄養のあるものとって体力つけないとねぇ。
先生もあんまり働きすぎると体を壊すから、
たまにはしっかりしたもの食べないと……あれ? 先生? 先生?」









 …………私、不幸だわ。(泣)








 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 








 おなかすいた。ねむい。頭痛い。腰が痛い。目が痛い……、

 もう、飛んで帰る気力も無いわ……、
 サッサと帰って寝よう……、




「うえっ・・・・ひっく・・・・」




 心が泣いてるわ……、
 心なしか泣き声まで聞こえるみたい……、




「うっ、うっ……おかあさ〜ん」




 ……?

 なに? この泣き声?




「……うえ〜〜〜ん、おかあさ〜〜〜ん」




 あの娘だわ。向こうのホームでしゃがんで泣いてる……、

 きっと迷子かなんかね……かわいそうに……、




「うぐっ……ふえっ……」




 でもね、泣いてちゃダメなのよ。
 あなたよりずーっと不幸な大人はいっぱいいるんだから。

 みんな、心は泣いてるのよ……、




「ひっく……えぐっ……」

 ………………。




「おかあさ〜〜〜〜〜ん……」




 …………あ〜〜〜〜っ!! もう!!

 一体、駅員は何やってんのよ!!
 周りの連中も! あんなに泣いてるじゃないの!!




 ――たんっ



「きゃっ!!」

「どうしたの? お母さんとはぐれたの?」

「お、おねえちゃん……いま、線路飛び越えて……」

「ん、真似しちゃだめよ。危ないから」

「う、うん……」

「それで? なにがあったの? お姉ちゃんに教えてくれる?」

「……電車で、おうちに帰る途中に……おうちはまだなのに、
人に押されて違う駅で降りちゃって……、
その時、ころんで、おさいふも切符も落としちゃって……ぐすっ」

「……ついてないわね、お互いに」

「――え?」

「なんでもないわ。それで、おうちはどこなの? お姉ちゃんが連れて行ってあげる」

「……え? ほんと!!」

「ええ、どの駅で降りる予定だったの?」

「えっと……きんしちょう」

「……え?」

「きんしちょうって駅なの」






 ……きんしちょう?

 ……きんしちょうって、つまり……錦糸町?

 ………………まるっきり逆方向。(汗)

 ええと、錦糸町までの、この娘と私の電車代があわせて300円。
 今の残金が……、




527円−300円=227円




 ……つまり、この娘を送ると私は歩くなり飛ぶなりして帰らなくちゃならないわけ?(汗)






 こんな女の子だもの、駅員さんにわけを話せば便宜ははらってくれるわよね。
 ちょっと可哀想だけど、私もさすがに今の状態で家まで飛ぶのは無理。


 絶対無理――

 意地でも無理――

 死んでも無理――


 非情だなんて言わせない。
 今日は私の方がこの娘よりずっと可哀想なんだから!!

 そうよ……、
 駅員さんにこの子を預けて、家に連絡するなりなんなりしてもらえばすむ事よ。

 大人には大人の都合ってもんが……、





「……おねえちゃん?」






 都合って……もんが…………、


     ・

     ・

     ・


 ……。

 …………。

 ………………。





「本当にありがとうございました。わざわざ家まで送ってくださって……」

「おねえちゃん、ありがとう!」

「いえ、たまたま帰り道の途中でしたから、ちょうどよかったですわ」

「あ、そうなんですか?」

「え、ええ。それじゃあ、ちょっと急ぎますんで、私は失礼しますね」

「え……あ、待ってください!」

「――はい?」

「あの、よろしければ御住まいをお伺いしたいのですが。後日、何かお礼もしたいですし……」

「い、いいですよ別に」

「でも、この子がご迷惑をおかけした訳ですし……」

「い、いえ、ぜんぜん迷惑なんかじゃないです! し、失礼しますっ!」

「あ! あの、せめてお名前だけでも……」

「エリアですっ! エリア・ノース!! それではっ!」








 いまさら、かっこ悪くて住所なんか言えないわよ……、(泣)
















 ……不幸だわ、私。

 仕事の成果は報われない。

 無用な災難ばかり押し寄せる。

 今日は結局ご飯も食べられない。

 おまけに、血を呑もうとしても、いつも邪魔ばかり入るし……、









 ううううううううううううううううううううううううううううううう……、(泣)

 なんで? 何で私がこんな目に遭わなくちゃならないの?









 ……ぶんぶんぶんっ!!

 やめやめやめ!!

 グチグチ悩むのは性分じゃないわ。

 そうよ。こんなのとっくに馴れっこじゃない。
 落ちこんだって仕方ないわ。そんな時は夜空を見上げれば、今宵も美しい月と星空が……、






 ぽっ、ぽっ、ぽっ――





 星空が……、






 
ぽっ、ぽつぽつぽつ、ぱらぱら……

 
ザーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!








 ……しくしくしくしく。(泣)








 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆








「ただいま……」


 
どたどたどたっ!!





「「「「ルミラ様っ! お帰りなさいませっ!!」」」」





「……ど、どしたの、みんなそろって?」

「どしたのって……あんまり遅いから心配しましたよ?
今からみんなで手分けして探しに行こうかって話してたところで」


「あ、ああごめんね。ちょっと急に仕事が入っちゃって……」


「そうでしたか。てっきり三色酉弁当餞別にして、家出なさったかと思いました」


「あ、その手があったわねぇ」


「もう……お二人ともそんなこと言わないでくださいよ」


「ふふ、冗談よ」


「そんなことよりルミラ様、ずぶ濡れじゃないですか。お風呂が沸いていますから、
はやくはいってください。すぐお夕飯の準備もしますから!」


「あれ? あんた達もまだ食べてないの?」


「まだにゃ。今朝のお詫びに川で大物を釣ってきたから、みんなで食べるって話してたにゃ」


「へへ、見てくださいよルミラ様、この立派なナマズ!」


「お、おいしそうねぇ……」
(ごくっ)

「エビルにも連絡しましたから、仕事が終わり次第戻るはずですよ。芳晴君も呼びましたから」

「そう。じゃあ、今日の夕飯はあんた達に任せて、先にお風呂いただくわね」


「はいっ、かしこまりました!」


「期待しててくださいねっ! こらクソネコッ、つまみ食いすんじゃねえっ!!」


「は、はべへにゃいにゃ……むぐ」









「……やれやれ。んっとに、そーぞーしーんだから」

「まあ見た目はともかく、味は保証できると思いますよ?」


「そうね。でも、メイフィア、あんたしっかり見張っててよ?
芳晴君に黒コゲナマズ出すような事になったら、あんたら全員、ナマズと同じ姿にするからね!」

「伝えときます」

「じゃ、お風呂入って来るわね」

「ええ、ごゆっくり」

























「……ルミラ様」

「ん?」



「今日も一日、お疲れ様でした」



「…………ん」














ざばーーーーー……


ちゃぷん
















「…………あー、しやわせ」








<おわり>


(あとがき)

 Heart to Heartでのルミラ様の基本スタンスと言えば、やっぱり青少年の血を虎視眈々と
ねらい、ちょっかいかけては失敗するというギャグ描写でキャラが活きてくるかと思いますが、
まあ、それ以外にも「案外部下思いの苦労人」とか、
「よくふざけてるけどけっこうみんなの事を見ている」とか、
そういう一面もある程度は読み取れる気が致します。

 後者の方はメイフィアさんにもあてはまるかな?

 それで最初は、部下のために奮闘する、かっこいい苦労人のデュラル家当主の姿を書いてみたら、
ちょっぴり新鮮かもな、とか思って書き始めたのですが……それが一体、何故こんな事に?(-_-ゞ

 うーむ、これはやっぱり、エリアさんでやるべきネタだったかもなあ。

 「キャラが変わっちゃってますよ。」とか言われちゃいそうですが、
「まあこんなルミラ様の一面もありかな?」とか思ってくれる人がいたらとっても嬉しいですぅ。


<コメント>

誠 「……先生、お疲れ様でした」(^_^;
ルミラ 「まったく、こうも幸薄いとイヤになってくるわ……」(;_;)
誠 「ははは……でも、そういう先生、俺は好きですよ」(^ー^)
ルミラ 「そう思ってくれるなら、血を吸わせてほしいわねぇ〜」(^○^)
誠 「さ、さすがに、それはご勘弁……でも……」(^_^;
ルミラ 「――でも?」(・_・?
誠 「……先生? 『情けは人の為ならず』って言葉、知ってます?」(−o−)
ルミラ 「誰に向かって言ってるのよ? 当然でしょ?
     『人に親切にしておけば、巡り巡って、必ず自分に良い報いがある』って意味でしょ?」(−o−)
誠 「さすがは、塾の講師……、
   それで、ですね……先生、あの女の子の母親にエリアって名乗ったでしょ?」(−o−)
ルミラ 「え、ええ……」(・_・;;
誠 「一体、どうやって調べたのか……、
   その母親が、昨日、お礼持って俺の家に来たんですよ」(−o−)
ルミラ 「ええっ!? そうなのっ!?」Σ(@○@)
誠 「で、そのお礼の鰻を、俺が預かって、今、持って来てるんですけど……」(^〜^)
ルミラ 「ホントッ!? うううっ……人の情けが身に染みるわ〜」(T▽T)
誠 「あははははは♪ 良かったですね、先生」(^▽^)

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