Heart to Heart 外伝 ナイトライター編

 デュラル家のフランソワーズ

   ―初めてのお願い―







 こんこん。



「エビルさん? おうどんをお持ちしましたけど、召し上がりませんか?」

「ああ、すまない。入ってくれ」



 エビルさんのお部屋……正確には、エビルさんとイビルさんとワタシの共同のお部屋に入ると、
エビルさんは、もうお蒲団を畳まれて、繕い物をしている最中でした。

「もう、起きていらしたのですか?」

「つい先ほどな。少し寝過ごしてしまったようだ」

 プツリと歯で糸を切って、エビルさんは手にしていたワンピースを床に置きました。
 クリーム色のワンピースで、落ち着いた無地のデザインに1ポイントの刺繍が施されています。

 以前フリーマーケットで購入した安い品ですが、
シンプルなデザインだけに清楚なイメージが引き立つ、多様な着こなしができるお洋服です。

 エビルさんは、そのワンピースのスカートの裾上げをしていたようでした。



「……そのような事は、ワタシがいたしますのに」

 おうどんをエビルさんの前に置きながら、ついワタシはそう口にしてしまいました。



「確かにフランソワーズがやった方が速くて正確だとは思うが、こういった作業は別に嫌いではない。
それに、慣れておく必要もあると思う」



 いつもながらの簡潔な口調で、エビルさんはそうおっしゃいました。
 そう言われればワタシとしても口をはさむ事ではありませんし、微力ながら、応援したいとも思います。

 でも……それはやはり、花嫁修業、ということなのでしょうか?



 芳晴さんの習慣が移ったのか、胸の前で指を組んで見せてから、
エビルさんは淡々とおうどんを召し上がり始めました。

 イビルさんがご覧になったら、泣き出してしまったかもしれません。
 まあ、エビルさんは死神であって魔族ではないので、お祈りをしても別に問題はないのですが……、



 エビルさんがお食事をなさっている間、ワタシはお部屋の中を少し片付けていました。
 ふと部屋の隅にある小さな机を見ると、書きかけの履歴書が何枚も重ねてあります。

「エビルさん……まだ、就職活動は続けていらっしゃったのですね?」

「ん……」

 エビルさんは食事の手を止めて手早く履歴書を裏返しましたが、「佐藤江美」、「鈴木江美」と言った偽名に、
混じって、「城戸江美」という偽名があるのがしっかり見えてしまいました。

 ……意外な一面です。

「正規採用の職に就けているのは、結局、ルミラ様だけだからな。
バイトではなかなか収入も安定しないし……」

 照れ隠しにそう言いながら、エビルさんは食事に熱中しているふりをし始めました。
 頬がわずかに赤いのは、熱いおうどんを食べているせいばかりではないようです。

 ただ、確かにアルバイトの収入だけでは、家計が苦しいのも事実です。
 かといって、エビルさんにこれ以上、働いていただくのも心苦しいのですが……、



「エビルさん?」

「ん?」



 エビルさんが食べ終わるのをゆっくりと待ってから、ワタシは気にかけていたことを話し始めました。

「今日も、お仕事にいかれるのですか?」

「ああ、もうすぐ出掛けるつもりだ」

「差し出がましいのですが、少し働きすぎではありませんか?
いくらアルバイトとは言っても、こう働き詰めでは……」



 そう……エビルさんは今朝も朝方まで、徹夜で働かれていらっしゃいました。
 お店の改装中ということで、閉店後も様々なお仕事があるようです。

 今日も、いつもと異なり夕方から深夜にかけて、作業があるとのことでした。



「この調子で働かれては、お体に障ると思うのですが」

「臨時のバイトが集まらなかったとかで、人手が足りないのでな」

「今夜も、徹夜になるのですか?」

「いや、心配は要らない。休みであるのに悪いとは思ったが、今日は芳晴に助力を頼んだからな。
今夜はいつもより早く終われると思う」

「芳晴さん!?」



 ワタシは安心するより先に、驚いて聞き返してしまいました。
 あのエビルさんが、自らルミラ様以外の方に助力を頼むというのは、予想外の事だったからです。



「……やはり、無遠慮だっただろうか?」



 ワタシの驚きようを誤解なさったらしく、エビルさんは急に不安げな顔で尋ねてきました。
 ワタシは慌てて顔の前で手を振り、言葉を続けます。



「あ、いえいえ、そんな事はないと思うのですが、その……エビルさんは、お仕事に関しては、
特に他の方に助力を求める機会が少ないように思っておりましたので……、
芳晴さんにお仕事の頼み事をなさったと言うのは、ほんの少し意外でして……」



 エビルさんは常にマイペースな方ですが、それだけに大抵の事は自らこなしてしまわれます。

 先ほどの繕い物もそうですし、普段も本来ワタシがやるべきお掃除や家具の修理など、
気が付いた事は全部自分でやってしまわれて、慌ててワタシが代わるといった事がしばしばです。

 そんなエビルさんが、お休み中の、しかも他でもない芳晴さんに助力を頼むという事は、
やはりよほど多忙であったという事なのでしょうか?



 そんなワタシの反応に、エビルさんはあごに手を添えて考えつつ、少しずつ言葉を紡ぎました。



「……そうだな。意外かもしれない。おそらく……芳晴だから頼めた、という部分があるのだろうな」

「芳晴さんだから、ですか?」

「ああ」

「芳晴さんは……やはりエビルさんにとって、特別な存在なのですか?」

「含んだ言い方をする。メイフィアの影響か?」

「あ、いえ、他意はないのですが……」



 思わず不躾な聞き方をしてしまいましたが、ワタシはこの時、奇妙に芳晴さんの事が気になりました。
 エビルさんに気軽に頼み事をされる芳晴さんが、羨ましくなったのかもしれません。

「誠様も……エビルさんとご一緒で、ワタシが申し出なければ大抵自分でなさろうとするのです」



 唐突に誠様の名前を出してしまいましたが、
私はこの時そんな恥ずかしさにも気付かずに、エビルさんにお話していました。

 エビルさんは不信な顔もせずに、じっとワタシの声に耳を傾けてくださいました。



「そのような事はワタシがしますと言っても、いいからいいからと言って、
あまりご奉仕させてもらえない事もあるのです。
それなのに、いつもお仕事以上に感謝してくださって……」

「……それは、フランソワーズにとっては不満なのか?」

「いいえ! 不満など、とんでもありません!!」



 思わず、声が大きくなってしまいました。
 エビルさんは解ってくれていたようで、ゆっくりと無言で頷かれました。



「ただ……誠様は……誠様達は、ワタシがメイドらしく、隅に控えた振る舞いをしようとする事に、
あまりいい印象を持ってはおられないようで……、
もしそうなら、ワタシは誠様達が望むように振舞うべきなのかとも思いました。
ですが、やはりワタシには、そういった行いをするのは無理なような気がするのです」



 ワタシはいつの間にか、先ほどルミラ様に話した悩みを打ち明けていました。



「その事は、ルミラ様にはお話したのか?」

「はい、先ほど……」

「なんと言っておられた?」

「……ルミラ様は、ワタシはワタシらしく在ればいいと、そうおっしゃってくれました……、
無理に自分を変えようとする必要はないと……、
そのうち、デュラル家にいる時と同じような自然な関係ができるとおっしゃってくださいました」



 まだ全てを理解したわけではありませんでしたが、
自分なりに理解した部分を、ワタシはエビルさんにお伝えしました。



「そうだな。私もそう思うぞ」

 エビルさんは、緩やかな笑顔で、そうおっしゃいました。

 ……ドキッとしてしまうほど、素敵な笑顔でした。



「私が偽名を使うのは……就職の際、日本国籍をもっている事にした方が採用されやすいという事もあるが、
最近は、偽名の自分を楽しめるようになったと言う事もある」

 自分が微笑んでいる事に、おそらく気付いていない様子で……エビルさんは言葉を続けました。

「江美でいるとき……私はとても楽しい。芳晴と働く時間が楽しい。
そして江美でいるために、もっと芳晴の力になりたいと思う」

 そこまでおっしゃって、エビルさんは視線をワタシに戻しました。

「フランソワーズも……『フラン』でいる時、楽しいのだろう?」

「はい」

「きっと、それが一番重要なのだと思う」

「……はい」

 上手く言葉に表せませんが、ワタシもそう思いました。





「フランソワーズ……ルミラ様の笑顔を、どう思う?」

「はい?」

「素敵だと思わないか?」

「は、はい。とても素敵だと思います」



 唐突に話題が変わって戸惑ってしまいましたが、私は正直に答えました。
 ルミラ様の笑顔は、それはそれは本当に素敵なのです。

 誠様は、怖いと感じた事があるそうですが……、
 おそらく、その時のルミラ様の笑顔は、私達に向けられるものとはまた違うものだったのでしょう。



「芳晴も、とてもいい顔で笑う。ルミラ様以上……と思うのは不敬なのだろうが、
正直に言うと、私はその様に思っている」

「いえ、不敬と言う事はないと思いますが……」



 まだ話がよく見えず、ワタシは困惑したままエビルさんのお話を聞きます。

「私が芳晴をよく頼るのは……結局は、ごく利己的な理由だ。
芳晴は……私が物事を頼んだ時、とてもいい顔で笑う。その笑顔が、私は好きなのだ」

「笑顔、ですか?」

「ああ」

 照れてきたのか、ほんのり頬を染めながら、エビルさんはそれでもしっかりと頷きました。



「これは、おそらく甘えなのだと思う。だが……都合のいい解釈だが、芳晴が笑顔を保てるなら、
私がたまに頼み事をするのも、そう悪い事ではないだろうと……すまない、やはり典型的な甘えだな」

 何故かワタシに謝って、エビルさんは髪を弄りました。
 その仕草は普段の大人びた冷静な様子からは想像もつかないほど、可愛らしいものでした。



「いえ、その……ワタシもそう思います。芳晴さんが素敵な笑顔でいられるのは、
エビルさんの……江美さんのおかげなのですから」



 ワタシははっきりと、自信を持ってそう言いました。
 エビルさんは少し驚いたようでしたが、またにっこりと笑っておっしゃいました。



「フランソワーズも……いい顔で笑うようになったな」

「……!! エ、エビルさんまで、そのような……」

「誠のおかげなのだろうな」

「…………」



 どうしてこう、我が家の方々と言うのはワタシが言葉を返せないような事ばかり言うのでしょうか?
 まるで、みんなで申しあわせているかのようです。



「――フランソワーズ」

 不意に、エビルさんは真顔に戻ってワタシに呼びかけました。



「フランソワーズは……誠を笑顔に保ってやるといい。誠の笑顔も、素敵なのだろう?」

「……はい、とても」

「そうだろうな」



 赤くなっているワタシを可笑しそうに眺めながら、
不意にエビルさんはワタシの体に先ほどのワンピースをあてがいました。

「うん、丈はあっているな。着てみてくれ」

「はい? で、ですが、これはエビルさんのものでは?」

「実は、少しきつくなってしまってな。捨てるには忍びないし、フランソワーズが着てくれると助かる。
……似合うと思うのだが、気に入らないだろうか?」

「い、いえ、そんな事はありませんが……」

 驚いてワタシはエビルさんを見ました。
 エビルさんは相変わらずスレンダーで、その体格に無駄な部分は全くありません。

 とても、太られたようには見えないのですが………………、




 …………エ、エビルさん……成長なさっている……!!

 な、なぜ、ここ数百年維持された体型が急に?

 ひょっとして、これも、あかね様がおっしゃっていた「愛の力」というものなのでしょうか?



「? どうかしたか?」



 ワタシの視線を不思議に思ったのか、エビルさんが首を傾げていらっしゃいます。

 ひょっとしたら本人は気付いていなくて、単に太ったと思っているのかもしれません。
 エビルさんならありえることです。

 エビルさんがもし勘違いでダイエットなどを始めたら全力でお止めしなくては、と心に誓いながら、
ワタシはエビルさんに手渡されたワンピースを身につけてみました。



「思ったとおりだ。とてもよく似合う」

「……申し訳ありません、ワタシなどのために繕い物など……」

 そこまで言いかけて、ワタシははっと口をつぐみました。



「ありがとうございます、エビルさん……このワンピースは、ワタシの宝物です」



 その時のエビルさんの笑顔は……とても言い表せないほど、素敵なものでした。






 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆






「じゃあ、バイトに行ってくる。晩飯は外で食べてくるから」



「いってらっしゃい、気をつけてね」

「芳晴君によろしくね〜」

「ニシン、美味かったって伝えてにゃ」



 皆さんの見送りに片手を挙げて答えながら、エビルさんは心なしか楽しそうに出かけて行かれました。

 ルミラ様も嬉しそうにそれを見送っておられましたが、
不意にワタシに顔を向けると、不思議そうな顔でおっしゃいました。



「ちょっとフランソワーズ、何してるの? 今晩も誠君の家に行くんでしょ?」

「は、はい。こちらのお夕飯の支度を済ませてから……」

「そんなの私がやるから、さっさと行きなさいな。夕飯の買い物もまだなんでしょ?」

「……はっ! そういえば!」

「ほらほら、急いで急いで」



 ワタシは慌ててお財布をつかむと、ルミラ様のお言葉に甘えて出かけさせて頂くことにしました。



「申し訳ありません皆さん、では、明日まで留守にいたしますので……」



「はーい、ごゆっくりね。素敵な夜を祈ってるわよ

「あ、フランソワーズさん、そのお洋服とっても素敵ですね!」

「おーっ! 気合入ってんじゃん!」

「勝負服にゃ、勝負服!!」

「フランソワーズ、下着の方は大丈夫なの? あたしの貸そうか?」



 うううう……どうしてエビルさんとワタシとで、こうも見送り方が違うのでしょう……不公平です。

 ワタシは慌しくアパートを出ると、真直ぐ商店街に向かおうと思いました。
 先にお買い物を済ませて誠様のお家にお邪魔すれば……と、そこまで考えた時……、

 ……不意に、先ほどのエビルさんとの会話が思い起こされました。








「フランソワーズも・・・フランでいるとき、楽しいのだろう?」


「……誠を、笑顔に保ってやるといい。誠の笑顔も、素敵なのだろう?」









 そう。ワタシは、誠様の笑顔が好き。

 誠様を笑顔に保てるなら、それはこの上ない喜び。

 フランでいるために、ワタシらしくあるために、



 ワタシは誠様のためになりたい……、










「俺だって、フランの役に立ちたいんだけどなあ」










 その言葉が、再びワタシの頭の中に響きました。





 その日――

 ワタシは、まっすぐに誠様の家に向かい、初めて、誠様にお願いしてみました。





「誠様、今夜はおでんにしようと思うのですが、材料が足りませんので……、
ろしければ、お買い物を手伝って頂きたいのですが……」





「……おうっ!! まかせとけっ!!」















 ……エビルさん。

 ワタシもほんの少しだけ……思ってしまいました。

 こんなに素敵な誠様の笑顔が見られるのなら――
 こんなに誠様が素敵な笑顔を保てるなら――








 時々……いえ、ほんのたまには、甘えてみるのもいいかもしれないと……、








<おわり>


(あとがき)

 自分の中でのフランソワーズさんのイメージは、ナイトライターの際の等身大サイズのものより先に、
LF97等でおなじみのエビルさんに抱っこされているお人形さんスタイルの方が先に出てまして、
エビルさんとの会話シーンは割とイメージしやすかったです。

 たまに、ごくたまにフランソワーズさんが誠君にお願いをする事があったとしたら、
実家でこんな話をした後かもしれないなあと言う事で、
実はこっちのお話の方が―『フラン』として―というSSより先にイメージがありました。

 お買い物のお手伝いを頼む、というだけでこんな大げさなSSができちゃうのが、
自分の中のフランソワーズさんであり、『フラン』なのですが……どうでしょうね?(←と、聞かれても)


<コメント>

誠 「俺達は、フランのことをメイドだなんて思ってないんだけどな……」(^_^;
フラン 「ええっ!? そ、そうなのですか?!」(;_;)
誠 「だって、別に雇ってるわけじゃないし……だいたい、フランは大切な……」(−o−)
みこと 「大切な?」(^▽^?
誠 「大切な……友達だ」(*−−*)
みこと 「もう、まことりんったら恥ずかしがり屋さんなんだから……、
     そうだっ! こうなったら、みーちゃんがブランちゃんを雇っちゃおうかな?
     で、まことりんの面倒を『一生』見てもらおう♪」(^▽^)/
フラン 「――はい?」Σ(@○@)
誠 「お、おいっ、母さん! 何を言って――」Σ(@○@)
みこと 「お給料は〜、まこりんの愛情でどう?
     何なら、おまけに、みーちゃんやさくらちゃん達の愛情も付けちゃう♪」o(^○^)o
フラン 「そ、そんな……勿体無いお言葉で……ふ〜〜〜〜〜」(* ̄▽ ̄*)
誠 「うわわっ! フランッ!?」Σ(@○@)
みこと 「あらら……幸せすぎて気絶しちゃった」(^_^;
フラン 「きゅ〜〜〜〜……」(* ̄▽ ̄*)

<戻る>