ワタシは……自動人形。
フランちゃん、友達なんだからそんなに気を使ってくれなくてもいいんだよ?
人の姿を模して創られた、コンストラクター。
そうですよ。もうフランさんって、頑固なんですから。
ルミラ・ディ・デュラル様に仕えるべく存在する、一介のメイド……、
俺だって、フランの役に立ちたいんだけどな。
「……ーズ! …………ランソワーズ!」
皆様にお仕えする事がワタシの務め。
皆様にお仕えするのが、ワタシの喜び……、
皆様のお役にたち、皆様の笑顔を見ることが……、
「フランソワーズってば!」
「……! は、はい! なんでしょうかルミラ様?」
「……考え事する時は、火を消した方がいいわよ?」
「…………あ」
Heart to Heart 外伝 ナイトライター編
デュラル家のフランソワーズ
―『フラン』らしく―
―土曜日のお昼過ぎ―
冷凍庫に残っていた御飯でチャーハンをつくり、コーンスープをお鍋で温めなおしていたワタシは、
またボーッとしてしまっていたようです。
「も、申し訳ありません……」
ルミラ様は特に不快なご様子も見せず、微かに苦笑なさってから、
噴く寸前まで煮詰ってしまっていたスープをカップへと注ぎ移しました。
ワタシも慌ててチャーハンをお皿に盛りつけ、食卓に着かれたルミラ様の前に置きます。
「どうぞ……」
「ありがとう、いただくわ」
静かに頷いて、ルミラ様は一人遅れた、ちょっと遅めの昼食を始められました。
他の方々は先にお食事を済ませ、居間でおくつろぎになっています。
今日はお仕事がお休みの方も多いようでした。
普通、当主が起きて来ないからといって先に昼食を済ますなどという事は、
臣下にあるまじき事なのですが……、
ルミラ様はそういった習慣は「格式のみに捕われた無意味なもの」と嫌っておられるようです。
「そのような自由な家風の元であったからこそ、魔界随一の家臣団が形成されえたのだ」と、
以前アレイさんの御爺様がおっしゃっておりました。
ワタシもそう思うのですが、自らの意思で毎日のスケジュールを組むというのは、
メイドとしてもなかなか大変です。無論、非常に恵まれた苦労なのですが。
「あ、フランソワーズ。後でエビルに、何か消化にいいものを持ってってあげてくれる?」
「はい、心得ております」
エビルさんはバイト先のお店が改装中との事で、ここの所かなりお忙しいようです。
昨夜も徹夜だったそうで、今はまだ自室でお休みになられています。
そしてルミラ様もまた、明け方まで自室で徹夜作業をしておられたらしく、
つい先ほど起きていらっしゃったばかりでした。
ルミラ様は、最近塾講師のお仕事のほかにも、様々な短期のお仕事を増やしていらっしゃいます。
通訳のお仕事や出版物の翻訳、短期の家庭教師に大学の語学授業の臨時講師など、
ちょっと心配になるほどの多忙ぶりです。
「エビルがもし近いうちに嫁ぐようなことになれば、心ばかりでも、何かお祝いしてあげたいじゃない」
お体を心配して休養を勧める私とメイフィアさんに向かって、ルミラ様は笑ってそうおっしゃりました。
その時は、それは流石に気が早すぎるのでは、と思ったのですが……、
以前、誠様達のお供をさせていただいてエビルさんの仕事場に立ち寄らせていただいた際、
ワタシもルミラ様の推測が的を射たものであることを実感いたしました。
エビルさんが時折仕事の手を休めて芳晴さんにむける表情は……本当に素敵でしたから。
「ルミラ様、お体は大丈夫ですか?」
「ん?」
お食事中に唐突にワタシが話し掛けてしまったので、
ルミラ様はちょっと手を止めると、スープを一口飲まれてからワタシの方に向き直りました。
「心配しなくていいってば。仕事があるって言う事は、恵まれてるんだから」
「それはそうなのですが……あまり無理をさせないようにと、メイフィアさんからも頼まれておりますので」
「不摂生の御手本にまで心配されちゃオシマイだわね」
苦笑してから、ルミラ様はわずかに残っていたチャーハンをかきこみ、
ゆっくりとスープを飲み干すと、不意に話題を転じられました。
「さっきは、誠君のことを考えていたの?」
「!! ……」
「解るわよそのぐらい。家族だもの。」
「…………」
「……ん? 何かあった?」
こういう時のルミラ様の表情を前にして、何かを内に秘める術をワタシは知りません。
ワタシは先ほど考えていた事を、正直にルミラ様にお話していました。
「……誠様達は……ワタシがメイドらしく振舞う事を、あまり好ましくは思っておられないようです」
「誠君たちが互いにするのと同じように振舞って欲しいとか、言われたわけ?」
「そう明確に言われたわけではありませんが……、
少なくとも誠様達は、ワタシを周りのご友人と同じように扱ってくださいます……、
それは、とても有難いのですが……やはり、もったいないと思うのです」
「自分がメイドとして創り出された、オートマータだから?」
「……はい」
「あなたらしいわね」
にっこりと笑って、ルミラ様はワタシに話の続きを促します。
―先日―誠様の御宅にお伺いしたときの事でした。
先にお掃除をさせていただき、さくら様達が来る前にお料理に取り掛かろうと思ったワタシは、
お醤油とお米が切れている事に気付きました。
「誠様。買い物に行ってまいりますので……」
そう言いながら居間の方を見ると、誠様はソファの上でのんびりと、
穏やかな寝息をたてていらっしゃいました。
傾いた夕暮れ時のぽかぽかとした日差しを受けているうちに、眠くなってしまわれたのでしょう。
「…………」
とても幸せそうに眠る誠様の寝顔を見ていると、私の方も心が安らぐ感じがします。
ワタシは誠様を起こさないように、買い物に行く旨を書置きして、お米とお醤油を買いに出かけました。
……買い物を済ませ、スーパーを出たところで……向こうから誠様が駆けて来るのが見えました。
エリア様やさくら様、あかね様もご一緒です。
「フランーっ!」
「誠様?どうかなさったのですか?」
書置きに気付かなかったのではと不安になりましたが、どうやらそうではなかったようです。
「なんだよ……買い物があったなら、起こしてくれれば俺が行ったのに」
「いえ、お休みのようでしたので」
「エリアが起こしてくれなかったらずっと寝てるとこだったぜ。悪かったな、ほら。」
何故か、決まりが悪そうにそう言って、誠様はワタシから買い物袋を受け取ろうとしました。
「あ、いえ。ワタシが持ちますから」
「……だってフランは女の子だろ? そんな重い荷物持たせとくわけにはいかないって」
「いえ、大丈夫です。ワタシはオートマータですから」
「いいから」
そんなワタシに焦れた様に、誠様はちょっと強引にワタシから買い物袋を取り上げて、
すたすたと歩き始めました。
「さ、帰ろうぜ。腹も減ったし」
「誠様……申し訳ありません」
「何で謝るんだ?」
と、ワタシの横から、あかね様がニコニコしながら話し掛けてこられました。
「フランちゃん、友達なんだからそんなに気を使ってくれなくてもいいんだよ?」
「そーだそーだ。わざわざ遊びにきてもらった上に、いつも晩飯まで作ってもらってるんだから、
こんぐらい当然だろ? 買い物があったら俺を叩き起こして、何でも買いに行かせりゃいいんだって」
あかね様のお言葉に、誠様が熱心に同意なさいます。
「いえ、そういうわけには参りません。本来エリア様達が作られるお夕飯を、
ワタシが無理を言って手伝わせていただいているわけですから……」
「誰も無理を言われているなんて思ってませんよ」
「そうですよ。もうフランさんって、頑固なんですから」
さくら様とエリア様が苦笑しつつおっしゃいます。
皆様のご好意に感謝しつつも、ついワタシはまた、反論めいた事を言ってしまいました。
「で、ですが、ワタシはメイドとして作り出されたオートマータです。
皆様にご奉仕するのが、ワタシの喜びなのです。ワタシはメイドとして皆様に……」
急に、喉から言葉が出てこなくなりました。
誠様達は、怒った顔をなさってはいませんでした。
ただ皆様それぞれに、困ったような、呆れたような、そんな「やれやれ」といった表情をなさっておいででした。
そして……誠様は、ほんの少し、寂しそうな表情もなさっていました。
そして、ポツリと呟くようにおっしゃいました。
「俺だって、フランの役に立ちたいんだけどなあ」
誠様のその微かな独り言が……ワタシの中に、深く残りました。
でも、誠様はすぐにもとの表情に戻り、「ありがとな、フラン」と仰ってくれました。
そして、そう言いながら誠様は、優しくワタシの頭を撫でてくださいました……、
「なーんだ、何かと思えばのろけ話じゃない」
「……!! メ、メイフィアさん、いつからそこに?」
「誠君がソファで寝てたってとこから」
「……最初から、聞いてらしたのですか?」
「一言残らず」
うううう……もうこれで、ワタシは今晩のお酒のおつまみです。
「なるほどね。まあ、フランソワーズもフランソワーズらしいし、誠君達も誠君達らしいわねえ」
しきりに何か頷きながら、ルミラ様は真直ぐにワタシに向き直りました。
「それで、フランソワーズとしてはこれからどうしようと思ってるの?」
「……よく解らないのです。自分でも、どうしたらいいのか」
ワタシは正直にそう答えました。
「あの時の誠様の言葉が、あの時の誠様の表情が、ずっとワタシの中にとどまり続けています。
ですが・……ワタシは、さくら様やあかね様や、エリア様と同じ様には……、
同じであってはいけないのではないかと思うのです」
「……あなたがそう思っているのなら、そうなのかもしれないわね」
「ルミラ様?」
メイフィアさんがびっくりしたような顔でルミラ様に振り返ります。
ルミラ様はワタシから視線を外さずに、ゆっくりとお言葉を続けました。
「フランソワーズ。あなた、誠君が好き?」
「は?」
「深読みしなくていいから。正直なところ。私はフランソワーズのこと好きよ?
フランソワーズは、誠君が好き?」
「は、はい……」(ポッ)
「さくらちゃんが好き?」
「はい」
「あかねちゃんが好き?」
「はい、好きです」
「エリアが好き?」
「はい」
そこまで聞いて、ルミラ様はにっこりと微笑んで見せてから、ふっと時計を見やりました。
「……さてと。おなかもいっぱいになったし、もうひと頑張りしようかな」
クリクリと首を鳴らしながら、そのまま席を立ちます。
「あ、あの……ルミラ様?」
「自分らしくしてなさいな、『フラン』……」
くるっと振り向いて、ルミラ様はそうおっしゃいました。
「あなたが無理して変わろうとすることはないわ。
だいたい、まだ誠君達と知り合ってそう長くないでしょ?
気にしなくても、自分らしくしているうちに自然に馴染んでいくものよ。あなたも、誠君達もね」
「……変わっていく、という事なのですか?」
「『あなたらしく』が、自然になるって事。『貴方達らしく』ができるって事。もちろん、フランを含めてね」
「…………ワタシらしく……で、いいのですか?」
「そっ。貴方らしくしているうちに、自然と変わる部分も出てくるし、
変わる必要のないところは変わらずにいれるのよ。
簡単な事でしょ? それだけで、今よりもっと素敵になれるわ」
「……素敵に……ですか? ワタシも?」
「もちろんよ。なんたって……」
そこでルミラ様は、思わせぶりに言葉を切りました。
「「『フラン』は、誠君が大好きなんだもんね〜〜♪」」
「!!!!」
絶妙なタイミングで、ルミラ様とメイフィアさんの声が重なり、
居間の方からどっと笑い声が聞こえてきました
…………筒抜けだったのですね。(泣)
「…………ふぅ」
さっさと台所から抜け出したルミラ様の後姿を恨めしそうに見つめてから、
ワタシは非礼ながら、ちょっと溜息をついてしまいました。
「メイフィアさん……ワタシは、変われるのでしょうか?」
「真面目ね、アンタも。変わろうとか変われるとかじゃないのよ。
自然にしていれば、変わる部分は変わるもんなの。魂のあるものはみんなそうよ。
それが生きてる証拠なんだから」
苦笑しつつ、メイフィア様は禁煙パイプをくわえます。
「……変わるって言うか、慣れるって言うか……フランソワーズが好きな人の前で自分らしくしてれば、
いつの間にか、それが受け入れられるもんよ。あなた好かれてるし。」
「でも……ワタシは、オートマータに過ぎません」
「あら、あなたは『フラン』よ? そうでしょ?」
何故か……、
そのメイフィア様の言葉で、ワタシはルミラ様の言っていた言葉の一部が、
理解できたような、そんな気がしました。
「フランソワーズ。あなた、誠君が好き?」
そう、ワタシは誠様達が好き。
それはワタシの気持ち。フランソワーズの気持ち。
『フラン』の気持ち。
「自分らしくしてなさいな、『フラン』」
そう、ワタシはフランソワーズだから。『フラン』だから。
ワタシはワタシだから、誠様達が好き。
だから、お役に立ちたい。笑顔が見たい。
メイドだからではない。
オートマータだからではない。
ワタシだから……、
「メイフィアさん」
「ん、ナニ?」
「ありがとうございます」
「ハア??」
唐突にそんな事を言ってしまい、メイフィア様はポカンとした表情を浮かべましたが、
やがて、クックッと笑い出しました。
「……?」
「フランソワーズ、あなたやっぱり変わったわね」
「は?」
「いい顔で笑うようになったわ」
「!!!!」
「ポン」と音がするほど赤面したワタシを、
メイフィア様は可笑しそうに眺めながら、更に言い募ってきました。
「誠君にもそう言われるでしょ?」
「そ、そんな事はありません!!」
「あー、ムキんなってる。図星なんだー」
「も、もう、メイフィアさん! お戯れはおやめください!!」
「フランソワーズさん、お電話ですよ〜……あら、何のお話ですか?」
「あ、アレイ。フランソワーズの笑顔に誠君がもうメロメロッて話よ」
「へえー、妬けちゃいますねー」
「ち、違います!!ちょっとメイフィアさん!!」
うう……きっとワタシは、この先どんなに経っても、
ルミラ様やメイフィアさんにはかなわないのでしょう。
誠様がみこと様に永遠にかなわない様に……、
ひょっとして、それがデュラル家らしいということなのでしょうか?(泣)
ワタシは、オートマータ。
デュラル家に仕えるメイド。
デュラル家に仕える為に創り出された、コンストラクター。
ワタシは、フランソワーズ。
デュラル家に仕え、きっと魔界で最も主人に恵まれた自動人形。
ワタシは、『フラン』。
デュラル家に仕え、きっと人界で最も出会いに恵まれた自動人形。
誠様――
ワタシは、ルミラ様達が大好きです。
<おわり>
(あとがき)
ひょっとしたらデュラル家の台所で、こんな会話があったかもしれないなあ、という想像を、
フランソワ―ズさんの1人称の形でSSにまとめて見ました。
でも読み返してみると、ちょっと描写やキャラクタースタンスが、
筆者のひとりよがりだったかもしれないですね(^^;;
好きな人ができると、相手の事を想って変わりたいとか、
変わった方がいいのではとか悩んだりもするものですが、
重要なのは自分が相手が好きって気持ちですから、そこを大事にしよう、
その人を好きになったのはやっぱり自分なんだから、自分らしさを大事にしよう……と、
口で言うのはもっともらしいけど、それが難しいから悩むんだよなあ。
<コメント>
みこと 「これで、少しはフランちゃんも素直になれるかな?」(^▽^)
はるか 「そうですね〜♪ となると……」(^○^)
あやめ 「あとは、誠君ね♪」(^〜^)
はるか 「早く、フランさんの気持ちに気付いてくださると良いのですけど……」(^_^)
みこと 「そうだね〜」(^▽^)
あやめ 「まあ、それも時間の問題でしょ?」(^〜^)
はるか 「でも、フランさんの子供が見れないのは残念ですね。
なにせ、彼女はオートマタですし……」(;_;)
あやめ 「分からないわよ〜? あの子、魔族だっていうし……」(^_^;
みこと 「愛の力で、何とかしちゃうかもね〜……」o(^○^)o