「――ねえねえ、まこ兄?」

「もうすぐ……クリスマスだよね」

「ああ、そうだな……」

「あのね、お兄ちゃんは……、
サンタさんに、どんなフレゼントをお願いするの?」

「え〜っと、まだ決めてない……かな」

「もう、まこ兄ってば〜……、
早く決めないと、サンタさんが困っちゃうよ」

「ははは……」








「早く、クリスマスが来ないかな〜♪」

「――そうだね♪」

「…………」









Heart to Heart 外伝
まじかるアンティーク編


「私だけのサンタクロース 〜He remembers that holy night.〜」










「というわけで……、
リアンさん、協力してくれませんか?」

「は、はあ……」








 12月24日――

 クリスマスイヴと呼ばれる、
この日は、子供と恋人達にとっての聖なる夜――


 この世界に、サンタクロースおじいさまがやって来る日です。

 それを、数日後に控えた、
ある日のこと、誠さんが、私を訪ねて来ました。

 そして、私の顔を見るなり……、
 誠さんは、申し訳無さそうに、頭を下げると……、



「――俺と一緒に、サンタになってくれ」

「はい……?」



 詳しい事情を訊けば――

 最近、誠さんと仲の良い子達……、
 “鹿島”という双子姉妹の為、なのだそうです。

 サンタクロースは、子供の夢――
 実際には存在しない、子供だけの夢――

 その双子姉妹の夢を壊さぬ為に、
誠さんが、サンタに扮して、プレゼントを渡そう、と言うのです。

「それって、普通は、お父様の役目じゃ……」

「まあ、そうなんだけど……、
出来れば、もっと、本物っぽく演出したくて……」

 ――ようするに、俺の自己満足だな。

 と、照れ隠しのつもりか……、
 頬を朱に染めた誠さんは、そっぽを向いています。

「ふふふ……」

 そんな彼の様子が可笑しくて……、

 そして、そんな彼の優しさに、
私は、堪え切れず、笑みを溢してしまいました。

「可笑しいですか……?」

「いいえ、そんな事は無いですよ。
誠さんは優しいなって、改めて思っただけです」

「…………」

 馬鹿にされたと思ったのか……、
 私の笑みの意味を誤解し、誠さんは憮然とした表情を浮かべます。

 そんな誠さんの態度を見て、私は、
素直な感想を述べたのですが、逆効果だったようです。

「……それで?」

 先程よりも、さらに顔を真っ赤にして、
誠さんは、端的に、私に答えを求めてきました。

 誠さんの可愛い反応に、また、笑いが込み上げてくる。

 今度は、それをなんとか堪え、
私は、誠さんに、自分の意志を伝えました。

 もちろん、答えは決まっています。

 だって、そんな優しい計画を、
断る理由なんて、何処にも無いじゃないですか。

「では、及ばずながら……、
イヴの夜に、お手伝いさせて頂きますね」

「……ありがとう、リアンさん」

     ・
     ・
     ・
















 ――でも、驚かないでくださいね。

 今、目の前にいるのは……、
 本物のサンタクロースの孫娘なんですよ。
















「――こんばんは、リアンさん」

「誠さん……こんばんは、です」



 そして、当日の夜――

 ちらほらと、雪が舞い落ちる中、
私と誠さんは、待ち合わせ場所へとやって来ました。

 事前に、双子から聞き出しておいたのでしょう。

 誠さんの手には、二人への、
プレゼントが入った、大きな袋があります。

「あのさ、一つ訊いて良いか?」

「……何ですか?」

 既に、閉店時間を過ぎ……、
 薄暗い『HONEY BEE』の店内で、私達は、服を着替えます。

 実は、今日の為に、
サンタの衣装を用意しておいたのです。

 ちなみに、この衣装は、結花さんが用意してくれたモノです。

 今日の件を相談したら、
それはもう、嬉々として、用意してくれました。

 まあ、服を試着した際に、結花さんが、
いつもの悪い癖を出して、色々と苦労しましたが……、

 ……幼い子供の夢を叶える為なら、安いモノです。

 と、それはともかく――

 私と同様に、着替えを終えた、
誠さんに呼ばれ、私は、彼に向き直りました。

 すると、誠さんは――
 何やら、不満そうな表情で――



「……何で、俺がトナカイなんだ?」



 赤く丸い付け鼻を手で弄びつつ――

 トナカイの着ぐるみ姿で、
その場を、クルクルと回ってみせました。

 ――そう。
 トナカイの着ぐるみです。

 結花さんが、誠さんの為に、
用意した衣装は、サンタではなく、トナカイだったのです。

 企画立案者であるにも関らず……、
 トナカイという扱いに、誠さんは、納得がいかないようです。

 子供みたいな、誠さんの態度に、
私の中で、悪戯心が、ムクムクと芽生えてきました。

「良かったら、私のと交換しますか?」

 そう言って、私は、サンタ服の、
やや短めのスカートの裾を、軽く摘まみ上げました。

 このサンタ服は、女の子用なので、男の人には着られません。

 もっとも、誠さんなら、
充分すぎる程に、似合うと思いますが……、

「――トナカイで良いです」

 訊ねる私に、誠さんは即答しました。

 余程、女装が嫌だったのでしょう。
 誠さんは、慌てて、付け鼻を装着し、プレゼント袋を担ぎます。

「あの、誠さん……、
私からも、一つ訊いても良いですか?」

 着替えも終えて、準備万端――

 早速、鹿島宅へ向かおうと、
誠さんは、店を出ようと、ドアノブに手を伸ばします。

 と、そんな彼に……、
 私は、ふと、気になった事を訊ねました。

「何故、エリアさんや……、
姉さんに頼まなかったんですか?」

 私に、サンタ役を頼んだのは、おそらく、魔法使いだから……、

 でも、それだけが理由なら……、
 誠さんには、私よりも身近に、エリアさんという魔法使いがいます。

 仮に、エリアさんがダメでも、魔法使いとして、
私よりも、遥かに優秀な、姉さんに頼んだ方が良いはずです。

 にも関わらす、私を選んだ理由とは……、

「ほら、エリアの魔法ってさ、
戦闘向きなのばかりで、こういう事には向かないだろ?」

「では、姉さんなら……」

「今夜は聖夜だから……、
スフィーさんは、色々と忙しいだろうし……」

「……どうせ、私は独り身です」

「いや、そういう意味で言ったわけじゃ……」

「私には、今のセリフは、
そういう風にしか聞こえませんでした」

 むくれる私を見て、誠さんは、慌てて頭を下げます。

 しかし、その程度では許せません。
 今の発言を、笑って済ませられるほど、私は温厚じゃありません。

 確かに、今夜は聖夜……、
 世界中の恋人達が、愛を囁き合う夜です。

 今頃、姉さんは、健太郎さんと、“仲良く”していることでしょう。

 誠さんの気遣いは正しい……、
 正しいからこそ、尚更、面白くありません。

 ここは、もう少しだけ、
誠さんをイジメて、気晴らしを――

 ――いえ、反省して頂かないといけませんね。

「だいたい、そういう事なら、
誠さんには、さくらさん達がいるじゃないですか?」

 よく、さくらさん達が……、
 聖夜に出歩くことを許してくれましたね?

 と、私が訊ねると……、
 誠さんは、やや乾いた笑みを浮かべ……、

「……事情を話したら、納得してくれた」

「えっ……?」

 その答えに、私は、自分の耳を疑いました。

 今夜は、聖夜なんですよ?
 大願成就には、絶好の機会なんですよ?

 いくら、相手が幼子とはいえ……、
 そんな夜に、女の子の家に行く事を許すなんて……、

 ――正直、信じられません。

 どうやって、彼女達を……、
 特に、さくらさんや、エリアさんを説得したのでしょう?

「あ、あの、誠さん……?」

 さらに、問い質そうと、私は、誠さんを呼び止めます。

 しかし、誠さんは、ドアを開けると、
それ以上、語ろうとはせず、外へと出てしまいました。

「本格的に、雪が降ってきた……、
これ以上、寒くならないうちに、出発しよう」

「は、はい……」

     ・
     ・
     ・










「さて、と……素早く済ませよう」

「傍から見れば……、
ほとんど、泥棒ですからね……」



 鹿島宅へ到着し――

 早速、私と誠さんは、窓から、
双子姉妹の部屋に、お邪魔する事にしました。

 私の魔法で、二階へと飛び上がり……、
 さらに、鍵を開けて、部屋に足を踏み入れます。

「起こさないように……」

「ゆっくり、ゆっくり……」

 抜き足、差し足、忍び足――

 物音を立ててしまわないように、
静かな取りで、二人が眠るベッドに歩み寄ります。

「ふふっ、良く寝ていますね」

「ああ、そうだな……、
きっと、良い夢を見てるんだろうな」

 まさに、天使の寝顔――

 幼い双子の、無垢な寝顔に、
私も誠さんも、しばし、見惚れてしまいます。

 でも、すぐに、本来の目的を思い出すと……、

「メリークリスマス……、
くるみちゃん、なるみちゃん……」

「二人も、良い夢を……」

 誠さんが、袋の中から、
プレゼントを取り出し、二人の枕元に置きます。

「すやすや……」

「んに〜、まこ兄〜……」

 私達の声が聞こえたのか……、
 幸せそうに眠る、二人の頬か緩みました。

 そんな彼女達の表情の変化に、
私達も嬉しくなり、思わず、顔を見合わせ、笑みを浮かべる。

 と、その時――

「こうしていると……、
何だか、懐かしいですね……」

 ――ふと、私は、昔の事を思い出しました。

 あの時も、こうして――
 二人で、プレゼントを届けましたっけ――

 尤も、誠さんは、あの時の、
サンタが、私だとは気付いていないのでしょうけど――

「……どうした?」

「い、いえ、何でも……、
それより、二人が目を覚まさないうちに……」

「……ああ、サッサとズラかろう」

「そういう言い方すると……、
本当の泥棒みたいなので、止めてください」

 どうやら、少し、物思いに耽ってしまったようです。

 それを訝しんだ、誠さんに、
顔を覗き込まれ、私は、話題を逸らします。

「さあ、急いで……」

「あ、ああ……」

 外へと促す、私の勢いに、
押されるように、誠さんは、再び、窓を開ける。

 そんな彼の後に続き、私もまた、窓枠に手を掛けます。

 と、その時……、
 私は“それ”を発見しました。

「……靴下?」

 ベッド脇に吊るされた物――

 それは、プレゼントを入れる為の……、
 クリスマスには、定番である、小さな靴下でした。

「……?」

 どうやら、中に、何か入ってるようです。

 何となく、気になった私は、
靴下の中身を確認しようと、それを手に取ります。

「これは……」

 中から出てきたのは――
 サンタへ宛てた、二枚の手紙――

「あらあら、ふふっ……」

 その手紙に書かれた内容――

 彼女達の“本当に”欲しいモノが、
書かれた手紙を読み、私は、苦笑を浮かべました。

「どうしたんだ……?」

「あの、誠さん……、
二人へのプレゼントは、何なんですか?」

「新型のウォーターガンと……、
アリア社長の等身大ヌイグルミ、だけど……」

 ――本人達が、そう言ってたからな。

 と、唐突な質問に答えつつ……、
 誠さんは、その意図が分からず、首を傾げます。

 そんな彼とは逆に、私は納得顔で頷く。

 手紙の内容と、プレゼントの相違――

 なるほど……、
 そういうことですか……、

 どうやら、二人とも、
誠さんには、嘘のお願いを教えたようですね。

 まあ、確かに、本当に欲しいモノが、
この手紙の通りなら、誠さんには、恥ずかしくて言えませんよね。

 よく、女の子は早熟、と言いますけど……、

 まさか、二人の――
 “本当に”欲しいモノが――



『お兄ちゃんの、ちゅ〜』

『まこ兄の、ちゅ〜』



 ――だなんて、可愛いですよね。

 とはいえ、このプレゼントは、
キスをする本人である、誠さんの同意が不可欠です。

 そして、恋人がいるうえに、
照れ屋な誠さんに、それを了承して貰うのは、難しい。

 でも、折角、この場には、
本物のサンタの孫娘がいるのですから……、

 この可愛いお願いを……、
 叶えないわけにはいきませんよね。

 何故なら――
 サンタクロースの袋は――

 必ず、その子が欲しいモノを出すのだから――

「誠さん、折角ですから、
おやすみのキスくらい、してあげたらどうです?」

「なっ……むぐっ!?

 突然の提案に、驚く誠さん……、

 大声を上げないよう、素早く、
彼の口を手で塞ぎ、私は、二人の手紙を見せました。

 口を塞がれたまま、それを読み……、
 誠さんの顔が、見る見るうちに、真っ赤に染まっていきます。

「……おでこで良いよな?」

「ほっぺが、最大の譲歩ですね♪」

 解放された誠さんが、
溜息を吐きながら、私に、後ろを向くように促します。

 それに従い、私は、誠さん達に背を向け……、



「サンタの袋ってのは、
必ず、その子が欲しい物を出すんだもんな」

「――えっ?」



 誠さんの言葉を聞き――

 私は、その衝撃のあまり……、
 言われた事も忘れ、振り返ってしまいました。

 やや、ぎこちない動きで、
双子姉妹の頬に、そっと、唇を寄せる誠さん……、

 そんな彼の顔を、私は、まじまじと見つめます。

 間違いない……、
 今、確かに、誠さんは言った。

 先程、私が思い浮かべた言葉を――
 幼い頃、お爺様に教わった言葉を――

 あの時、幼い私が――
 得意気に、彼に語った言葉を――

「誠さん……今、何て……」

「そろそろ、行こう……、
早くしないと、夜が明けてしまう……」

 もう一度、訊ねようと、私は、誠さんを呼び止めます。

 しかし、それよりも早く、
誠さんは、窓から外へと出てしまい……、

 機会を失ってしまった私は――
 先程の言葉の件を、訊ねられぬまま――

 ――鹿島宅を後にするのでした。
















「ちょっと、寄り道しても良いかな?」

「あっ、はい……」



 ――もうすぐ、夜が明ける。

 凍えるような寒さの中、
私は、誠さんの寄り道に付き合う事になりました。

 途中で買った、缶コーヒーで暖を取り……、

 積もり始めたばかりの雪道に、
足跡を残しながら、やって来たのは、近所の公園……、

 あの時、幼かった私と彼が……、

 私と、誠さんが――
 再会を約束し、お別れした場所――

「ま……こと、さん……?」

 ――何故、今日なのか?
 ――何故、この場所なのか?

 この寄り道の意味を知り、
公園の中に入った私は、呆然と立ち尽くす。

 誠さんは、そんな私に向き直り……、

 軽く咳払いをしつつ……、
 照れクサそうに、優しく微笑むと……、



「久しぶり……サンタちゃん・・・・・・

「あ……っ?!」



 ――胸が詰まる。

 嬉しさと、懐かしさと……、
 色んな感情が混ざり、言葉を失ってしまう。

「あ、うう……」

 何を言って良いのか分からない。

 誠さんは、覚えていた――
 優しい少年は、覚えていてくれた――

 その事が、ただ、嬉しくて、
私は、溢れる涙を堪える事しか出来ない。

「……気が付いたのは、つい最近なんだ」

 泣き顔を見られたくなくて、私は、両手で手を覆う。

 誠さんは、そんな私の頭を、
優しく撫でながら、全てを話してくれました。





 ――誠さんは、全部、覚えていました。

 幼い頃、私と出会った事を……、
 あの聖夜の出来事を、ちゃんと覚えていました。

 ただ、今の私と、昔の私――

 “リアン”と“サンタちゃん”が、
同一人物だとは、思わなかった、とのこと。

 ……まあ、無理もないですよね。

 あれから、もう10年以上も経っていますし……、
 私だって、誠さんの幼児化事件が無ければ、気付かなかったでしょうから……、

 誠さんが、事実に気付く、きっかけとなったのが、私の姉さんでした。

 どうやら、姉さんは、誠さんに、
サンタクロースの正体を話してしまったらしく……、

 その話を聞いた瞬間……、
 誠さんの頭の中で、全てが繋がったのだそうです。





「今夜の計画は……、
全部、リアンさんを連れ出す口実だった」

 なるみちゃん達には、悪いけど――

 と、話を続けながら……、
 誠さんは、両腕を広げ、公園を見回す。

「……さくら達にも、協力してもらった」

 もちろん、お仕置き確定だけど――

 苦笑を浮かべ、肩を竦める、
誠さんの言葉を聞き、私は、店でのやり取りを思い出します。

 ――事情を話したら、納得してくれた。

 ああ、なるほど……、
 そういう意味だったのですね。

「全ては、この時の為に……、
リアンさんと、もう一度、ちゃんと再会する為に……」

 そう言って、誠さんがは、私に手を差し出す。

 彼の手の中にあったのは――
 幼い私が、少年に渡した、赤い髪飾り――

「はい……また、会えましたね」

 それを包むように……、
 私は、あたたかな、誠さんの手を握る。

 再会の約束を果たすなら――

 別れた時のように――
 今日、この時、この場所で――

「うっ、ううう……」

 感極まった、私の瞳から、
今まで、懸命に堪えていた涙が零れ出す。

 幼い頃の、微かな記憶――

 それを共有した少年は……、
 こんなにも、思い出を大切にしてくれていた。

 それが、とても嬉しくて……、

 どんなに拭っても、
止め処なく、ポロポロと涙が溢れてくる。

「……少し、胸を借りても良いですか?」

「うん……」

 誠さんの腕に抱かれ……、

 肩を震わせながら……、
 縋り付く私は、彼の胸を涙で濡らす。

 さくらさん、あかねさん、エリアさん――

 ごめんなさい……、
 今だけ、誠さんに甘えさせてください。

「もう、夜明けか……」

 ――聖なる夜が終わる。

 ゆっくりと、朝日が昇り……、
 真っ白な雪が、光を反射して、キラキラと輝く。



「……誠さん、ありがとうございます」

「俺の方こそ……、
ありがとう、覚えていてくれて……」



 澄んだ雪景色の中――

 誠さんは、涙が止まるまで、
ずっと、私の頭を、優しく撫で続けてくれました。

     ・
     ・
     ・
















 ――聖なる夜に、奇跡が起きる。

 でも、その奇跡は……、
 本当は、奇跡なんかじゃなくて……、
















 かつて、私の為に――
 私だけのサンタになってくれた――

 心優しい少年からの――
















 どんなモノにも勝る――

 最高のクリスマスプレゼント――
















「メリークリスマス、リアンさん」

「はい……メリークリスマス」








<おわり>
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