Heart to Heart 外伝
まじかるアンティーク編
「サンタさんは魔法使い?」
はじめまして、諸君――
今年も、クリスマス・イヴがやってきたわけじゃが、諸君はいかがお過ごしかな?
暖かい家族と一緒に過ごしておるのか……、
それとも、大切な恋人と過ごしておるのか……、
まあ、そんな事は、ワシがわざわざ訊ねるまでも無いかのう?
誰と一緒であれ。どんなカタチであれ……、
皆、年に一度の、この聖なる夜を、楽しんでいるじゃろうからな。
このクリスマスという日を象徴する存在としては、まったくもって嬉しい限りじゃ。
――ん?
そう言うワシは誰なのか、じゃと?
おおっ! そうじゃったそうじゃった。
自己紹介をするのを、すっかり忘れておったのう。
ワシの名前はサンタクロース――
――そう。
諸君が良く知っている『あの』サンタクロースじゃ。
もっとも、これは仮の名前で、ちゃんとした本名はちゃんとあるがのう。
こちらの世界では、ワシはサンタクロースという事になっておるのじゃ。
ふぉっふぉっふぉっ……
まさか、ホントにいるとは思わなかったじゃろう?
なんと、サンタクロースは実在したのじゃよ。
本人が言うとるのだから、間違い無いわい。
まあ、確かに、科学の発達しているこの世界では、
迷信やら架空の存在やらと言われても仕方ないかもしれんがのう。
というか、ワシの存在が認知されていたら、それはそれで問題じゃし……、
もっとも、そんなヘマはせんがな。
もし、姿を見られても、魔法で記憶を消してしまえば……、
……話しが逸れたの。
とにかく、非科学的だろうがなんだろうが、間違い無くサンタは実在するのじゃ。
細かい事は気にせず、そういう事なのだ、と納得してくれると嬉しいのう。
それで、じゃ……、
さっきも言ったが、今日はクリスマス・イヴじゃ。
だから、サンタであるワシは、子供達にプレゼントを配らねばならん。
そういうわけで、ワシはグエン……サンタの国から、
こちらの世界に、ソリに乗ってやって来たのじゃ。
さあっ! ゆくぞ、トナカイ殿っ!
世界中の子供達かワシらを待っておるからのうっ!
さて――
まず最初は、可愛い孫娘達が世話になっている街に行くとするかの。
あの街には、変わり者も多いが、良い子供達も多いから、
プレゼントの配り甲斐もあるというものじゃ。
特に、この家に住む『藤井 誠』という少年に関わっている子達には、な……、
ガラッ――
「よっこらしょっ……と」
ワシは、音をたてないようにゆっくりと窓を開けると、部屋の中へと入った。
もちろん、外気が中に入って、その寒さで子供達が目を覚ましてしまわないよう、
ちゃんと魔法で結界を張っておるぞ。
「やれやれ……こればっかのは、老体には堪えるわい」
と、呟きつつ、ワシは、ベッドで幸せそうに眠っている子供『達』に目を向ける。
「ふぉっふぉっふぉっ……本当に、この子達は仲が良いのう」
誠君に寄り添って眠る四人の少女達――
イヴの夜の仲睦まじき恋人達の姿――
そんな子供達の寝姿を微笑ましく思いつつ、
ワシは静かに、枕元に吊るされた靴下を手に取った。
そして、靴下の中にある、欲しい物が書かれてた紙を取り出し、その内容に目を落とす。
そこに書かれていたのは……、
『さくら・あかね・エリア・フランに、世界で一番の幸福を』
『永遠に続く幸せな生活を』
『いつまでもみんなが仲良く』
『暖かな家庭を』
『誠様達が、いつまでも健やかでありますように』
「これは、欲しい物じゃなくて、願い事というんじゃろうが……」
と、その内容を見て、ワシは苦笑する。
そして、プレゼントの入った袋に手を入れ、プレゼント箱を四つ取り出し……、
「ふむ……」
……少し考えてから、それを袋の中に戻した。
この子達には、ワシからのクリスマスプレゼントなど、
無粋な物でしかないような気がしたからじゃ。
――ならば、こういうプレゼントはどうじゃ?
そう考え、ワシは、子供達の真上で軽く手を振り、呪文を唱える。
対象の運を少しだけ良くする『幸運の魔法』じゃ。
ワシが呪文を唱えると同時に、光の粒が子供達に降り掛かり、
その光の粒は、ゆっくりと、子供達の体の中へ吸い込まれていった。
「うむ……これで良いな」
自分の魔法の出来に、ワシは満足げに頷と、
乱れた布団を子供達に掛け直してやり、窓に足を掛けた。
「さて……次の家にいくかのう」
と、窓の外に待機しているソリに乗ろうとしたが、
ふと、足を止めて、寝ている子供達に振り返る。
そして……、
「誠君……これからも、孫娘達と仲良くしてあげてほしい。
それと、メリークリスマス……良い夢を……」
そう言い残し、ワシは外に出た。
その後も、ワシはシナカイとともに多くの家々を巡り、
子供達にプレゼントを配って行った。
藤田家にて――
「んっ……あ……ひ、浩之ちゃぁん♪」
「あかり……可愛いよ」
ここは、パスじゃ。(汗)
馬に蹴られたくはないからの……、
しかし、まあ……、
若い、というのは良いことじゃな……、
取り敢えず、プレゼントは玄関先にでも置いておくかの。
あんな状況では、部屋の中には入れんし……、
津岡家にて――
『陣九郎様、早く帰って来てください』
『陣ちゃん、チキちゃんが寂しがってるから、早く帰って来て』
……早く帰ってくると良いのぉ。
まったく、どんな事情があるかは知らぬが、
こんな良い子達を、いつまで待たせるつもりなのやら……、
すまんが、こればっかりは叶えてやれんのじゃ。
だから、これで勘弁しておくれ……、
デュラル家にて――
『女性経験の無い青少年の血』
『酒とタバコ』
『昔、住んでいた屋敷』
・
・
・
おい、コラ……、
魔族が、サンタに願い事などするでないっ!
だが、この一家も、何気にシャレにってないからのう。
ここは、ちょっと奮発してやるか……、
矢島家にて――
『神岸さんが欲しい』
そんなもんは自分でなんとかせいっ!!
まったく、他力本願な……、
だがまあ、この男も、色々と苦労しとるようじゃし、
これからも、めげる事無く頑張るのじゃぞ。
いずれ、お主にも、大切なパートナーが現れることじゃろうて……、
佐藤家にて――
『浩之(はあと)』
と、取り敢えず……、
危険物は、今のうちに排除しておいた方が良いのかのう?
というか、この街に住む者達の欲しい物は、こういうのばかりではないか?
まあ、物欲に凝り固まった者よりは遥かにマシじゃが、これはこれで、結構、困るぞ。
なにせ、サンタクロースである以上、プレゼントを渡さぬわけにはいかぬしな……、
来栖川エレクトロニクス社宅にて――
『サンタさん、みーちゃんに孫を抱かせてください♪』
だから、そういうのはワシに頼むのではなく、
自分の子供にお願いして……って、ちょっと待てっ!
こんな幼い少女が、どうして孫なんぞ欲しがるんじゃ?
もしかして、これで人妻か?!
これで子持ちなのか?!
だとしたら、夫は警察に突き出した方が良くないか?!
う〜む……、
こちらの世界は、ワシの国などよりも、不可思議な事に満ちておるな……、
まあ、何と言うか……、
やはり、この街には変わり者が多いのう……、
「そろそろ、夜が明けて来たのう……」
「そうですね……」
世界中、とまではいかないが、多くの子供達にプレゼントを配ったワシは、
明るくなり始めた冬の空を見詰め、小さく呟く。
ワシが乗ったソリを引いて、一晩中、飛び回ったせいだろう。
そのワシの呟きに頷くトナカイ殿の声には、少し疲労の色があった。
まあ、変身の魔法の維持したまま、
飛行の魔法を使い続けておるのだから、疲れるのも当然じゃな。
来年からは、トナカイの着ぐるみでも用意するかの。
そうすれば、少しは負担も減るじゃろうし……、
「すまんのう、ミュージィ……じゃなくて、トカナイ殿。
ワシの我侭に付き合せてしもうて……」
「いえいえ、お気になさらずに……、
おかげで、私も娘にプレゼントを渡す事ができましたから」
「そう言ってもらえると幸いじゃ。
さて、それじゃあ、そろそろ戻るとするかのう」
「そうですね……」
ワシの言葉に頷き、トナカイ殿は、ワシらの世界に戻る為に空へと駆け上がる。
だが、ある事を思い出したワシは、慌てて手綱を引いた。
「おっと……ちょっと待ってくれんか」
「……どうしました?」
ワシを振り返り、訊ねてくるトナカイ殿。
そんなトナカイ殿に、ワシは照れ隠しの笑みを浮かべつつ……、
「最後に、寄って行きたい場所があるのじゃよ……」
そして――
ワシは、とある商店街にある、
骨董貧屋『五月雨堂』の前へとやって来た。
いや、正確には、孫娘が眠る部屋の窓の前じゃが……、
「…………」
無言で、その窓に手を掛け、開け放つ。
そこには……、
「す〜……す〜……」
「……スフィー」
懐かしい……、
孫娘の寝顔が、そこにあった。
「まったく……相変わらず、寝相の悪い子じゃのう」
と、この冬の寒い夜に、布団を蹴飛ばして寝ているスフィーの姿に、
何やら感慨深いものを覚え、ワシは苦笑する。
そして、そっと布団を掛け直しつつ、ワシはスフィーの頭を撫でた。
「さて……せっかく来たわけじゃし、
スフィーにもプレゼントを置いて行ってやろうかの」
可愛いの顔も見た事じゃし、あとはリアンの所に行けば良いのじゃが、
それだけで帰っては、面白くないじゃろう?
ちなみに、二十歳を越えた孫娘にプレゼントはないだろう、という意見は却下じゃ。
じじバカと言われようが何だろうが、初孫というのは、いつまでも可愛いものなのじゃよ。
「スフィーのことじゃ……どうせ、食べ物じゃろう」
と、呟きつつ、ワシは、スフィーの枕元にある靴下の中にある紙を見る。
そこには……、
『お爺様へ
毎年、ご苦労様、サンタクロースさん。
これは、あたしとリアンから、サンタさんへのクリスマスプレゼントです。
貴方の孫娘達より』
……という、メッセージとともに、手編みの手袋が入れられていた。
スフィーよ……、
そして、リアンよ……、
ワシの可愛い孫娘達よ……、
今、お前は幸せか?
何不自由の無い王女としての生活を捨て……、
こんな小さな店で、毎日、額に汗して働き……、
ワシら家族と、離れ離れになってまで……、
――つらくは無いか?
――寂しくは無いか?
あの健太郎という男は……、
お前達がそこまでする程に、価値のある男なのか?
いや……それは愚問というものだな。
お前達はワシの孫娘じゃ。
人を見る目は、確かなはず……、
そのお前達が選んだ男なのじゃから、大丈夫だろう。
お前達を、安心して任せられる男なのじゃろう。
だがな、お前達がいないと、正直、寂しいのじゃよ。
お前達が、特にスフィーがやたらと賑やかだった分、余計にな……、
でも……、
どんなに寂しくても、ワシはお前達を祝福してやらねばな。
それが、家族と言うものなのじゃなから……、
「トナカイ殿……ちょっと、この街の上空まで連れて行ってくれんか?」
「……ええ、構いませんよ」
ソリに乗り、物思いに耽っていたワシの突然の頼みに、トナカイ殿は首を傾げる。
だが、そんな躊躇もほんの一瞬で、すぐに頷くと、
言った通りに、街の上空の雲の上へとワシを運んでくれた。
「うむ……それじゃあ、始めるかの」
上空に到着したところで、ワシはソリの上でスクッと立ち上がる。
そして、持てる魔力を全て費やして、呪文を唱え……、
「スフィー! リアン! そして、宮田 健太郎よっ!
これがワシからのクリスマスプレゼントじゃっ!!」
……そう叫び、ワシは孫娘達に貰った手袋を嵌めた両腕を、
空高く、力一杯振り上げ、全ての魔力を解放した。
「メリークリスマスッ!!」
12月25日のクリスマス――
その日……、
スフィー達が住む街は、一面の銀世界に包まれた。
う〜む……、
本当は軽く雪でも降らせて、
ホワイトクリスマスにするつもりだったのじゃが……、
……ちょっと派手にやりすぎてしまったかのう?
ああ、そうそう……、
言い忘れていたが……、
スフィーでも、リアンでも、どちらでも良いから……、
……ワシが生きとるうちに、曾孫の顔を見せておくれよ。
<おわり>
<戻る>